体論

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体論

体論(Field Theory)とは、体と呼ばれる代数系に対する理論である。体は大変基本的な対象であり、数論や(可換)環論、代数幾何学など関連する諸分野において理論を打ち立てる基礎と位置付けられることが多い。帰結として、多くの分野にまたがって体に関する事実や結果が存在する。体論に独自の理論としては、方程式の可解性や古代ギリシャ以来の作図問題に応用を持つGalois理論が名高い。

体の定義

可除な可換環を(Field)という。より正確には、加法 $+$ 及び乗法 $\cdot$ という2つの二項演算が定義された集合 $K$ であって、以下の条件をみたすものをいう:

  1. $(K,+)$ はアーベルである。この群 $(K,+)$ の単位元を $0$ と表す。
  2. $(K,\cdot)$ は可換モノイドである。このモノイド $(K,\cdot)$ の単位元を $1$ と表す。
  3. 加法 $+$ と乗法 $\cdot$ は分配則をみたす、すなわち任意の $a$, $b$, $c \in K$ に対し以下が成り立つ :$$ a \cdot (b+c) = a \cdot b + a \cdot c,~~(a+b) \cdot c = a \cdot c + b \cdot c. $$
  4. $K \setminus \{0\}$ の任意の要素は乗法 $\cdot$ に関する逆元をもつ、すなわち任意の $a \in K \setminus \{0\}$ に対し、$a \cdot b = b \cdot a = 1$ を満たす $b \in K$ が存在する。この $b$ は $a$ に対して一意的であり、$a^{-1}$ と表す。
  5. $0 \ne 1$。

定理(体は整域である)

体 $K$ の2要素 $x \ne 0$, $y \ne 0$ に対し、$xy \ne 0$。

証明

背理法による。$xy = 0$ と仮定しよう。$x \ne 0$ なので逆元 $x^{-1}$ が存在し、これを両辺に乗じると $$ 0 = x^{-1} \cdot 0 = x^{-1} xy = y.$$これは $y \ne 0$ に矛盾するので $xy \ne 0$ である。
証明終

典型的な例

  • 有理数の全体 $\mathbb{Q}$、実数の全体 $\mathbb{R}$、複素数の全体 $\mathbb{C}$ はいずれも通常の加法と乗法により体をなす。$\mathbb{Q}$ を有理数体、$\mathbb{R}$ を実数体、$\mathbb{C}$ を複素数体と呼ぶ。
  • 素数 $p$ に対し、剰余環 $\mathbb{F}_p := \mathbb{Z}/p\mathbb{Z}$ は体をなす。この体は $p$ 個の要素からなるので $p$ 元体と呼ぶ。
  • より一般に、有限個の要素からなる体を有限体と呼ぶ。
  • $T$ を体 $K$ 上の不定元とするとき、$K$ 係数の $T$ の有理式の全体 $$ K(T) := \left\{ \dfrac{f(T)}{g(T)}~\middle|~f(T), g(T) \in K[T],~g(T) \ne 0 \right\} $$ は体をなす。この体を $K$ 上の有理関数体または有理式体と呼ぶ。

($K(T)$ は多項式環 $K[T]$ の局所化として実現され、局所化に定まる加法及び乗法を演算として体をなす。)

極大イデアルと体

体と密接に関連するのは極大イデアルの概念である。

定理(体のイデアル)

可換環 $K \ne 0$ に対して、以下は同値である:

  1. $K$ は体である。
  2. $K$ のイデアルは $\{0\}$ と $K$ 自身のちょうど2個である。
証明

単位元 $1$ を含む可換環 $K$ のイデアル $I$ が $K$ しかないことに注意する。実際、$1 \in I$ のとき、任意の $x \in K$ に対し $x = x \cdot 1 \in I$ が成り立つ。

1.$\Rightarrow$2. $I \ne \{ 0 \}$ を $K$ のイデアルとする。$x \in I$ を $0$ でない要素とすれば、逆元 $x^{-1}$ が $K$ に存在するから $1 = x x^{-1} \in I$、特に $I = K$。

2.$\Rightarrow$1. $0$ でない要素 $x \in K$ が生成する単項イデアル $xK$ は $\{ 0 \}$ ではないので $xK = K$、すなわち $1 \in xK$。ゆえに $xy = 1$ なる $y \in K$ が存在し、$x$ は $K$ 内に逆元をもつ。特に $K$ は体である。

証明終

定理(極大イデアルと剰余体)

可換環 $R$ のイデアル $I$ に対し、以下は同値である:

  1. 剰余環 $R/I$ は体である。
  2. $I$ は $R$ の極大イデアルである。
証明

剰余環のイデアルの対応関係によって、2つの条件はともに「$I$ を包む $R$ の真のイデアルが存在しない」と同値である。

証明終

体上の加群(ベクトル空間)

体の上の加群をベクトル空間または線形空間といい、ベクトル空間及びその上の準同型(線形写像)を調べる分野を線形代数という。この観点からすると、線形代数は加群論の一部と位置づけることもできる。しかしながら、基礎環(体)の良い性質を反映して、ベクトル空間と線型写像の理論は、一般の環上の加群と準同型の場合よりも高い精度で展開できる。この精度を支える定理を2つ挙げよう。これらの定理はいずれもベクトル空間と線型写像に特有のものであり、一般の可換環上では成り立たない。これらの差異を埋めるものがホモロジー代数である。

定理(基底の存在)

任意のベクトル空間は基底(一次独立な生成系)を持つ。

定理(単射の分裂性)

体 $K$ 上の任意のベクトル空間 $V$ と任意の部分空間 $U$ に対し、埋入写像 $i \colon U \hookrightarrow V$ は分裂する、すなわち線型写像 $q \colon V \to U$ で $q \circ i = \operatorname{id}_U$ をみたすものが存在する。特にこのとき $V \simeq U \oplus (V/U)$ である。

体拡大に関するGalois理論

体 $L$ の部分集合 $K$ が $L$ と同じ加法と乗法を演算として体をなすとき、$K$ を $L$ の部分体、$L$ を $K$ の拡大体という。体 $K$ の拡大体 $L$ は自然に $K$ ベクトル空間と見做せて、$K$ ベクトル空間としての次元 $\dim_K L$ を $L$ の $K$ 上の拡大次数といい $[L : K]$ と表す。$[L : K]$ が有限のとき、$L$ を $K$ の有限次拡大という。

ここで、写像 $\phi \colon L \to L$ に関する以下の条件を考えよう。

  1. 任意の $x$, $y \in L$ に対し $\phi(x+y) = \phi(x) + \phi(y)$;
  2. 任意の $x$, $y \in L$ に対し $\phi(xy) = \phi(x) \phi(y)$;
  3. $\phi(1) = 1$;
  4. 任意の $a \in K$ に対し $\phi(a) = a$;

$\phi$ が 1.~3.を充たすとき $L$ の自己同型、1.~4.を充たすとき $L$ の $K$ 自己同型という(($1 \in K$ なので、4. は 3. を含意する。))。$L$ を体 $K$ の拡大体とするとき、

  • $L$ の自己同型の全体 $\operatorname{Aut} L$;
  • $L$ の $K$ 自己同型の全体 $\operatorname{Aut}_K L$;

はそれぞれ写像の合成を演算として群をなす。$\operatorname{Aut} L$ を $L$ の自己同型群という。$L$ が $K$ の良い拡大のときには、その拡大の様子が $\operatorname{Aut}_K L$ という群として写し取られ、体拡大について知りたければその自己同型群を調べればよいという基本方針が得られる。この理論を現在では、最初にこの事実を示唆した若き天才の名を冠してGalois理論と呼んでいる。

体 $K, L$ について、$K$ から $L$ への単射な準同型 $\phi\colon K \to L$ を埋め込みという。$\phi$ が $K$ から $L$ への埋め込みのとき、$\phi$ は $K$ と $\phi(K)$ の間の体同型を与える。$H$ が $K$ の拡大体、$\phi\colon H \to L$ が $H$ から $L$ への埋め込み、$\psi\colon K \to L$ が $K$ から $L$ への埋め込みで、$x\in K$ について $\phi(x)=\psi(x)$ となるとき、$\phi$ は $\psi$ の $H$ への拡張であるという。$\psi$ が恒等写像、つまり $x\in K$ について $\phi(x)=x$ となるとき、$\phi$ は $K$ 上の埋め込みという。

体拡大に関する諸定義

Galoisの基本定理を述べるため、用語を準備する。以下、$L$ を $K$ の拡大体とする。$L$ の要素 $x$ が $K$ 上のある多項式の根となるとき、すなわちある自然数 $n > 0$ と $a_t \in K$ で $$ a_0 x^n + a_1 x^{n-1} + \cdots + a_n = 0$$ なる $a_t \in K$ なるものが存在するとき、$x$ は $K$ 上代数的であるという。$x$ を根にもつ $0$ でない多項式 $f(T) \in K[T]$ のうち、次数が最小のものを $x$ の最小多項式という。

あらゆる $L$ の要素が $K$ 上代数的のとき $L$ を $K$ の代数拡大という。有限次拡大はつねに代数拡大であることが知られている。

あらゆる $K$ 上代数的な要素が $K$ に含まれるとき $K$ を代数閉体という。$K$ を含む代数閉体で、$K$ 上代数的な要素のみを含むものを $K$ の代数閉包という。$K$ の代数閉包は $K$ 自己同型を除いて一意的に定まる。

$L$ が代数閉体、$\phi\colon K \to L$ が体 $K$ から $L$ への埋め込みで、$H$ が $K$ の拡大体であるとき、$\phi$ は $H$ から $L$ への埋め込みに拡張できる。

$L$ を体 $K$ の有限次代数拡大とするとき、

  1. 任意の $x \in L$ の $K$ 上の最小多項式が重根をもたないとき、$L$ は $K$ の分離拡大という;
  2. 任意の $x \in L$ の $K$ 上の最小多項式の根が総て $L$ に属するとき、$L$ は $K$の正規拡大という;
  3. $K$ の分離拡大かつ正規拡大 $L$ を $K$ のGalois拡大という;

体 $K$ のGalois拡大 $L$ に対し、$K$ 自己同型群 $\operatorname{Aut}_K L$ を $L$ の $K$ 上のGalois群という。

定理(Galoisの基本定理)

$L$ を体 $K$ の有限次Galois拡大とし、$G := \operatorname{Aut}_K L$ を $L$ の $K$ 上のGalois群とする。$G$ の部分群の全体を ${\cal H}$、体拡大 $L \supset K$ の中間体の全体を ${\cal M}$ と表すとき、 $$ \Phi \colon {\cal H} \to {\cal M}~~;~~H \mapsto L^{H}:= \{ x \in L \mid \sigma(x) = x~(\forall \sigma \in G)\}$$ は互いに包含関係を反転する1対1対応を与える。

Galois理論の応用

ギリシャの3大作図問題

「定木とコンパスのみを用いて所与の条件を充たす図を描けるか」という問題を作図問題という。以下の3つの作図問題はギリシャの3大作図問題と呼ばれ、その成否は長らく不明であった。

  • 円積問題 与えられた円と面積が等しい正方形を作図せよ。
  • 立方体倍積問題 与えられた立方体の2倍の体積をもつ立方体を作図せよ。
  • 角の3等分問題 任意の角を3等分せよ。

これらの問題は、いずれも体拡大の理論を用いて統一的に不可能であることが証明できる。詳細は作図問題を参照されたい。

代数方程式の可解性

体 $K$ 上の代数方程式 $f(T) = 0$ が与えられたとき、体 $K$ を含む代数閉体(例えば $K$ の代数閉包)にはこの方程式の解がすべて存在する。しかし、その根を構成的に求められるか、換言すれば「四則演算と冪根をとる操作のみにより、$f(T)$ の根を総て求める手続きが存在するか?」は明らかではない。 例えば2次方程式 $aT^2 + bT + c = 0$ を考えよう。左辺の係数から判別式 $D := b^2 - 4ac$ を求め、その平方根 $\sqrt{D}$ を用いることで、2つの解は $$ T = \frac{-b \pm \sqrt{D}}{2a}$$ と表せる。言い換えれば、2次多項式に対しては

  1. 方程式の係数から判別式 $D = b^2 - 4ac$ を求める;
  2. 判別式の平方根 $\sqrt{D}$ を $K$ に添加して $L := K(\sqrt{D})$ を得る;

という手続きにより、総ての根を含む体 $L$ が得られる。この手続きが存在すれば解を構成できるので、代数的に解けるとか解の公式が存在するとも表現される。歴史的に最も興味を引いてきたのは有理数体 $\mathbb{Q}$ に係数を持つ場合((代数学の基本定理は複素数体 $\mathbb{C}$ が代数閉体であること、すなわち $\mathbb{C}$ に係数をもつ多項式 $f(T)$ は $\mathbb{C}$ 内に重複を込めて $\deg f(T)$ 個の根をもつことを主張する定理である。特に有理数体に係数を持つ多項式は $\mathbb{C}$ 内で「解ける」。しかし、今回問題となっているのは「この解が構成的に見つけられるか」である。「解ける」という単語の意味を取り違えないよう注意されたい。))であり、Galois理論により導かれる次の定理が有名である.

体 $K$ 上の多項式 $f(T) \in K[T]$ に対し,$f(T)$ の根を総て含む拡大体 $L$ を $f(T)$ の分解体といい、そのような分解体のうち最小のものを $f(T)$ の最小分解体という。上の例により、2次多項式 $f(T) = aT^2 + bT + c$ の最小分解体は $K(\sqrt{D})$ である(($\sqrt{D}$ が $K$ に属する場合もあり、このとき最小分解体は $K$ 自身に他ならない。))。$f(T) \in K[T]$ が重根をもたない多項式のとき、$f(T)$ の最小分解体 $L$ は $K$ のGalois拡大である。

定理(代数方程式の可解性)

有理数体 $\mathbb{Q}$ に係数をもつ多項式 $f(T)$ の最小分解体を $L$ とする。代数方程式 $f(T) = 0$ が代数的に解けるための必要十分条件は、$L$ の $K$ 上のGalois群 $G$ が可解群となることである。

最小分解体は $K$ 自己同型を除いて一意的に定まる。


関連事項