環上の加群のホモロジー代数

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  • 環上の加群のホモロジー代数のお試し記事。サクラ 2020年11月04日 (水) 17:14 (JST)

この節では加群論に基づいて古典的にホモロジー代数の基礎をお浚いします。 本稿では圏論的な道具の明示的な使用は最小限に留め、 素朴にホモロジー次元を使った議論を体感することを目的としています。 特に環論との関わりを最後に書くと思います。

モチベーションと本稿の構成

何故、圏の定義から始まっているか

環上の加群のホモロジー代数について記述していくが、 これは大雑把にいって「分かりにくい環上の加群を、比較的分かりやすい環上の加群の列で近似する技術」といって差し支えない。 よって基本的には性質のよくない加群も含む「加群の全体」を取り扱うことになる。 また、性質のよい加群の列による近似を実現するために一つの加群の中身を具体的に見るのではなく、 加群の射を通して加群どうしの相対的な関係性を調べていくことになる。 この二つの理由から、環上の加群のホモロジー代数に於いては「環 $\ring$ に対して定まる圏 $\Modcat{\ring}$」を取り扱うことになり、 圏論的な言葉遣いを用いることになる[1]

以下では図式を表現する道具として有向グラフ(箙ともいう)を導入し、 可換図式を定義するために圏を導入する。 そして本稿に必要な言葉遣いとしての圏を概説した後、 環上の加群の圏 $\Modcat{\ring}$ の基本的性質と、 特に性質のよい加群である自由加群、射影加群、平坦加群、入射加群などの基本性質を探る。 これを用いて $\Modcat{\ring}$ の対象が全てよい性質を満たしている場合に、環 $\ring$ がどのような制約を受けるかについて観察する。

この観察を通して一般の環 $\ring$ 上の一般の加群を扱う上ではどうしても素性が分かりにくい対象が現れてしまうことが理解できるため、 いよいよこれを近似するための道具として複体を定義する。 複体を全て集めるとこれもまた圏を為し、それを $\Chcat{\Modcat{\ring}}$ と書く。 これにより基本的な舞台が整ったことになるため、以降は $\Chcat{\Modcat{\ring}}$ の性質を調べ、 射影分解、平坦分解、入射分解などを導入して加群を実際に近似していくこととなる。 最後にこの近似を用いて加群に対してホモロジー次元が定義し、 具体的なホモロジー次元の計算をしたり、より発展的な話題にいかに繋がっていくかを概観することにする。

他のホモロジー代数に関するページとの関係

まず第一に、既に述べた通り本稿で扱う内容は圏論的な準備をした後、環上の加群圏 $\Modcat{\ring}$ に関する話題が前半にあり、後半に加群の複体の圏 $\Chcat{\Modcat{\ring}}$ でのホモロジー代数という二部構成になっている。 このうち前半に該当する環上の加群圏 $\Modcat{\ring}$ に関する話題は、$\Abelcat$-豊穣圏(これは前加法圏と同義語である)に関する一般論から従うことが少なくないことを指摘しておく。 特に基本的な構成については、$\Abelcat$-豊穣圏として環を捉えたときに、 $\Modcat{\ring^{\op}}$ が $\ring$ 上の $\Abelcat$-前層圏に他ならないことと、$\Abelcat$ が完備余完備であることとから従うことが少なくない。 これらの事実は前加法圏論にて解説する予定である。 このように捉えると $\Setcat$ に値を取る前層に関する議論と並行していることが明らかになるが、 本稿ではこれをある程度意識して書いているため、学習が進んでから立ち返って読み直すといった使い方や、(未完であるものの)先に前加法圏論を学ぶという方法と相性がよいと思う。

次に後半に該当する加群の複体の圏 $\Chcat{\Modcat{\ring}}$ でのホモロジー代数については、アーベル圏のホモロジー代数完全圏のホモロジー代数などに於ける結果の系と見做すことができる。 しかしこちらの記事で解説する予定の一般化は、$\Modcat{\ring}$ がGrothendieckアーベル圏(これは自然に完全圏と見做される)であることと、$\Modcat{\ring}$ でのホモロジー代数が射に関する議論で完結すること(或いはアーベル圏側の大きな定理であるMitchellの埋め込み定理やGabriel–Popescuの定理などにより議論の多くが $\Modcat{\ring}$ に帰着させられること)とに依っている。 よってこれらは相補的なものであり、違いは準備の量と得られる結果の一般性とである。 基本的にどちらから読んでも差し支えないと考えている。

ホモロジー代数の初歩に必要な加群の構成

モチベーションでも述べた通り、 環上の加群のホモロジー代数に於いては圏論的な言葉遣いを用いていくことになる。 よって道具としての圏は最低限用意せざるを得ない。 図式(箙ともいう)、圏、函手、可換図式、自然変換などの言葉を扱っているのはこのためである。

一方、本稿に於ける興味の対象は環上の加群であって圏論的な言葉遣いは飽くまで道具であるという立場を取る為め、 裏返せば環上の加群を調べる際に必要になるまでは圏論的な言葉遣いは不要であるといってもよい。 以下では全体を通して整合性を取る為めに圏論的な言葉遣いを冒頭に纏めているものの、 特に圏と函手の定義まで読んだあとは一旦飛ばすことも可能であり、 環上の加群のホモロジー代数自体に興味のある読者は、寧ろ一旦飛ばすことをおススメする。

本稿ではアーベル群に関する基本的な事実は認めることにするが、 何らかの事実を認めるときは何を認めたかを明示するよう努めている。

圏と図式

定義 1 (有向グラフ、箙の定義)

四つ組 $\dgraph=\ordpair{ X, Y, \dom, \cod }$ が有向グラフ(ゆうこうぐらふ、irected Graph)または箙(えびら、Quiver)であるとは、

  • $\dom$ は $Y$ から $X$ への写像である。
  • $\cod$ が $Y$ から $X$ への写像である。

を満たすことをいう。有向グラフ $\dgraph$ について、この各成分を明示するとき $\dgraph = \ordpair{ \Ob{\dgraph}, \Mor{\dgraph}, \dom_{\dgraph}, \cod_\dgraph }$ と書く。

注意 2 (有向グラフ、箙の定義に関する注意)
  • $\dgraph$ を有向グラフとするとき、$\Ob{\dgraph}$ の元を $\dgraph$ の対象や頂点という。
  • $\dgraph$ を有向グラフとするとき、$\Mor{\dgraph}$ の元を $\dgraph$ の射や辺という。
  • $\dgraph$ を有向グラフとするとき、$\dgraph$ の辺 $\varphi$ について、これの $\dom_{\dgraph}$ による値を $\varphi$ の始域という。
  • $\dgraph$ を有向グラフとするとき、$\dgraph$ の辺 $\varphi$ について、これの $\cod_{\dgraph}$ による値を $\varphi$ の終域という。
  • 始域を返す写像 $\dom_{\dgraph}$ や終域を返す写像 $\cod_{\dgraph}$ の添え字 $\dgraph$ は省略することが多い。
  • 有向グラフ $\dgraph$ とその頂点 $a$、$b$ が与えられたとき次のように書き、この集合 $\Homset{\dgraph}{a}{b}$ を $a$ から $b$ への $\dgraph$ のHom集合という。

$$\Homset{\dgraph}{a}{b}\coloneqq\set{ f\in\Mor{\dgraph} }{ \text{$\dom(f)=a$ かつ $\cod(f)=b$ である} }$$

  • 有向グラフの対象や射は、($\ZF$-集合論における真クラスのように)集合でない場合がある。これは依って立つ理論に応じて正当化の方法が変わるため本稿では詳しく立ち入らないものとし、分かりやすさのために補助的に用いる場合はこれを“集まり”のように二重引用符を付けることにする。基本的な立場としては$\ZFC$-集合論にGrothendieck宇宙の存在を追加することで正当化できるような議論を行なっている。

ここでは詳しい証明を避けるが、頂点全体の集合 $\Ob{\dgraph}$ と全てのHom集合の為す族 $(\Homset{\dgraph}{a}{b})_{a,b\in\Ob{\dgraph}}$ とから元の有向グラフを復元することができるため、これを定義に採用してもよい。 具体的には次のように定義される。

定義 3 (Hom集合に基づく有向グラフ、箙の定義)

四つ組 $\dgraph=\ordpair{ X, Y, \Homset{\dgraph}{-}{?} }$ が有向グラフ(ゆうこうぐらふ、irected Graph)または箙(えびら、Quiver)であるとは、

  • $\Homset{\dgraph}{-}{?}$ は $X \times X$ から $\Powset{Y}$ への写像であり、
  • $\Homset{\dgraph}{-}{?}$ の像は $Y$ の直和分解を与える。即ち、$Y$ の任意の元 $f$ について、$f \in \Homset{\dgraph}{a}{b}$ を満たす $X$ の元 $a$、$b$ が一意に存在する。

を満たすことをいう。

この後に述べる有向グラフ上の算法を考える上ではこちらの見方の方が記述がすっきりするため、以下では適切に使い分けることにする。 有向グラフの例を幾つか見ておこう。

例示 4 (有向グラフである例)

$X\coloneqq\{ a,b,c \}$、$Y\coloneqq\{ f,g,h \}$ と定め、$\dom(f)=a$、$\cod(f)=b$、$\dom(g)=b$、$\cod(g)=c$、$\dom(h)=a$、$\cod(h)=c$ と定める。このとき四つ組 $\dgraph\coloneqq\ordpair{ X, Y, \dom, \cod }$ は有向グラフである。この有向グラフは、 \begin{xy} \xymatrix { a \ar@/^0pt/[dr]|{h} \ar[r]|{f}& b\ar@/^0pt/[d]|{g}\\ & c } \end{xy} のように図示される。これは各頂点ごとに対応する点を書いた後に、$\Homset{\dgraph}{a}{b}$ に属する辺を、頂点 $a$ に対応する点から頂点 $b$ に対応する点へ向かう矢印として書くことで得られる図である。 十分小さい有向グラフであればこのように図示して考えることができ、図示することで状況を一目で把握することができる。 このように情報を一目で分かる形で整理する上で有向グラフは有用であり、この有用性は本稿で図式(これは次に定義する)を用いた議論を多用する理由の一つである。

定義 5 (集合の図式の定義)

$\dgraph$ を有向グラフとする。 組 $\ordpair{ (\module_a)_{a\in\Ob{\dgraph}}, (f_\varphi)_{\varphi\in\Mor{\dgraph}} }$ が $\dgraph$ 上の集合の図式であるとは、

  • $\dgraph$ の任意の頂点 $a$ について、$\module_a$ は集合である。
  • $\dgraph$ の任意の辺 $\varphi$ について、$f_\varphi$ は写像である。
  • $\dgraph$ の任意の辺 $\varphi$ について、$\dom(f_\varphi)=M_{\dom_{\dgraph}(\varphi)}$ が成り立つ。
  • $\dgraph$ の任意の辺 $\varphi$ について、$\cod(f_\varphi)=M_{\cod_{\dgraph}(\varphi)}$ が成り立つ。

を満たすことである。 この条件はインフォーマルには次のように書くこともできる。 集合全体の為す“集まり”を $\Ob{\SETcat}$ とし、写像全体の為す“集まり”を $\Mor{\SETcat}$ と書く。 更に $\Mor{\SETcat}$ の元に対して始域(これは $\Ob{\SETcat}$ の元である)を返す“写像”を $\dom_\SETcat$ と書き、$\Mor{\SETcat}$ の元に対して終域(これは $\Ob{\SETcat}$ の元である)を返す“写像”を $\cod_\SETcat$ と書く。 この下で組 $\ordpair{ M, f }$ が $\dgraph$ 上の集合の図式であるとは、次を満たすことである。

  • $M$ は $\Ob{\dgraph}$ から $\Ob{\SETcat}$ への“写像”である。
  • $f$ は $\Mor{\dgraph}$ から $\Mor{\SETcat}$ への“写像”である。
  • $M \circ \dom_\dgraph = \dom_\SETcat \circ f$ が成立する。これは次の“図式”が可換であると言ってもよい。

\begin{xy} \xymatrix { \Mor{\dgraph} \ar[r]|{f} \ar@/^0pt/[d]|{\dom_\dgraph} & \Mor{\SETcat} \ar@/^0pt/[d]|{\dom_\SETcat}\\ \Ob{\dgraph} \ar[r]|{M} & \Ob{\SETcat} } \end{xy}

  • $M \circ \cod_\dgraph = \cod_\SETcat \circ f$ が成立する。これは次の“図式”が可換であると言ってもよい。

\begin{xy} \xymatrix { \Mor{\dgraph} \ar[r]|{f} \ar@/^0pt/[d]|{\cod_\dgraph} & \Mor{\SETcat} \ar@/^0pt/[d]|{\cod_\SETcat}\\ \Ob{\dgraph} \ar[r]|{M} & \Ob{\SETcat} } \end{xy}


注意 6 (集合の図式の定義に関する注意)
  • 大雑把に云えば、$\dgraph$ 上の集合の図式とは $\dgraph$ の頂点に集合を置き、$\dgraph$ の辺に写像を置いたものであり、より正確には辺の始点と射の始域との整合性および辺の終点と射の終点との整合性を満たすようなものといえる。

よって有向グラフが図示して考えられるようなものであれば、左 $\ring$-加群の図式も同様に図示して考えることができる。

  • 集合の図式と同様に、アーベル群の図式や環の図式などを考えることができるが、これは(小)圏の定義をした後に再定義した方が見通しがよいため一旦保留する。
  • $\dgraph$ を有向グラフとするとき、$\dgraph$ 上の集合の図式 $\ordpair{ (M_a)_{a\in\Ob{\dgraph}}, (f_\varphi)_{\varphi\in\Mor{\dgraph}} }$ の添え字のわたる範囲は殆ど明かであるため、以降では混乱の生じない限りにおいて $\ordpair{ M_\bullet,f_\bullet }$ と略記する。


図式の可換性

$\dgraph$ を有向グラフとし、$\dgraph$ 上の集合の図式を $\alpha=\ordpair{ M_\bullet,f_\bullet }$ としよう。 $\dgraph$ の頂点 $a$ と $b$ とについて、この頂点の上に乗っている集合 $M_a$ から出発し、有向グラフ $\dgraph$ の辺に沿って $M_b$ へ至る辿り方は一般に一通りではない。 如何なる方法で矢印を辿って行ったとしても同じ写像で向かったことになるような図式として可換図式が定義したい。 このとき「繋ぎうる $\dgraph$ の矢印の列」を辺に持つ新しい図式 $\widehat{\dgraph}$ を構成し、元の $\dgraph$ 上の図式を $\widehat{\dgraph}$ 上の図式に拡張できれば、$\Homset{\widehat{\dgraph}}{a}{b}$ の上の写像が一致していることとして図式の可換性を定義できる。 このアイデアに基づいて可換性を定義する。 ただし、図式の可換性の定義を完全に形式的に行なわずとも直観的な理解で困ることは殆どないといって差し支えないため、特別に気にならない場合は本節を読み飛ばすことも可能である。


定義 7 (自由に生成された有向グラフの定義)

$\dgraph$ を有向グラフとする。このとき次のように再帰的に有向グラフ $\dgraph_n$ を定義する。 $\Ob{\dgraph_n}=\Ob{\dgraph}$ とし、$\Ob{\dgraph}$ の元 $a$、$b$ に対して

$$ \begin{aligned} \Homset{\dgraph_0}{a}{b} &= \Ob{\dgraph}\\ \Homset{\dgraph_{n+1}}{a}{b} &= \bigcup_{x\in\Ob{\dgraph}} \Homset{\dgraph_n}{x}{b}\times\Homset{\dgraph_n}{a}{x} \end{aligned} $$

と定める。更にこれらを用いて有向グラフ $\widehat{\dgraph}$ を次のように定義する。 $\Ob{\widehat{\dgraph}}=\Ob{\dgraph}$ と定め、 $\Ob{\dgraph}$ の元 $a$、$b$ に対して $$\Homset{\widehat{\dgraph}}{a}{b} = \bigcup_{n\in\omega}\Homset{\dgraph_n}{a}{b}$$ とおく。このようにして得られた有向グラフ $\widehat{\dgraph}$ を $\dgraph$ から自由に生成された有向グラフと呼ぶ。


注意 8 (自由に生成された有向グラフの定義に関する注意)
  • 構成から容易に分かるように、$\widehat{\widehat{\dgraph}}=\widehat{\dgraph}$ が成立する。
  • $\Homset{\dgraph_{n+1}}{a}{b} = \{ \ordpair{ p,q } \mid \text{ $\Ob{\dgraph}$ の元 $x$ であって $p\in\Homset{\dgraph_n}{a}{x}$ かつ $q\in\Homset{\dgraph_n}{x}{b}$ を満たすものが存在する } \}$ と書くこともできる。
  • $\Homset{\dgraph_{n}}{a}{b}$ の元 $x$ は、二つの $\Homset{\dgraph_{n-1}}{a}{b}$ の元 $p_1$、$p_2$ を用いて $x=\ordpair{ p_1, p_2 }$ と書き下せるので、$\ordpair{ M_\bullet,f_\bullet }$ を $\dgraph$ 上の集合の図式とするとき、$\dgraph_n$ 上の図式への拡張も再帰的に定義でき、それらの合併により $\dgraph$ から自由に生成された有向グラフ上の図式への拡張 $\ordpair{ \widehat{M}_\bullet,\widehat{f}_\bullet }$ が得られる。

ここまでで可換性を定義する準備が整った。

定義 9 (図式の可換性)

$\ordpair{ M_\bullet,f_\bullet }$ を $\dgraph$ 上の集合の図式とする。図式 $\ordpair{ M_\bullet,f_\bullet }$ が可換であるとは、自由に生成された有向グラフ $\widehat{\dgraph}$ の任意の辺 $p$、$q$ について、$\dom_{\widehat{\dgraph}}(p)=\dom_{\widehat{\dgraph}}(q)$ および $\cod_{\widehat{\dgraph}}(p)=\cod_{\widehat{\dgraph}}(q)$ が成立するならば、対応する $\widehat{\dgraph}$ の図式への拡張 $\ordpair{ \widehat{M}_\bullet,\widehat{f}_\bullet }$ の辺 $\widehat{f}_p$ および $\widehat{f}_q$ が一致することをいう。

ここまでで図式の可換性を素朴なアイデアに基づき定義したが、圏の言葉を用いれば自由に生成された有向グラフというアイデアは自由圏の底グラフとして捉え直せ、更に図式が可換であることは有向グラフからの有向グラフの射が自由圏からの函手に持ち上がる必要十分条件として捉え直すことができる。本稿では圏の概念も用いるため、次節以降では圏に関する基本的な概念の定義を述べる。

有向グラフ上の算法と圏

前節では有向グラフの可換性を定義するために、有向グラフ $\dgraph$ から自由に生成された有向グラフ $\widehat{\dgraph}$ を構成した。この新たな有向グラフは $\widehat{\dgraph}$ 上の繋ぎうる二つの矢印 $p$、$q$ について、これらを繋いだものを表す $\widehat{\widehat{\dgraph}}$ の辺 $\ordpair{ p, q }$ が再び $\widehat{\dgraph}$ の辺であるという顕著な性質を満たしている。

本節ではこの性質を構造として捉えなおす。 具体的には「繋げられる矢印の組に一つの矢印を対応させる写像」として有向グラフ上の算法(合成)を定義し、 この合成を備えた有向グラフであって特に重要なものとして圏を導入する。 圏はこれ自体で学ぶべき価値がある概念であり、 環上の加群のホモロジー代数も圏論を学んだ後に読み直すことでより明瞭に理解されるようになる。


定義 10 (合成、結合的、単位的)

$\dgraph$ を有向グラフとする。このとき族 $( \map{ m_{a,b,c} }{ \Homset{\dgraph}{b}{c}\times\Homset{\dgraph}{a}{b} }{ \Homset{\dgraph}{a}{c} } )_{a,b,c\in\Ob{\dgraph}}$ を $\dgraph$ の合成といい、合成による値 $m_{a,b,c}(g,f)$ を $g\circ f$ と略記する。 合成が結合的であるとは

  • $\dgraph$ の任意の辺 $f\in\Homset{\dgraph}{a}{b}$、$g\in\Homset{\dgraph}{b}{c}$、$h\in\Homset{\dgraph}{c}{d}$ について、$h\circ(g\circ f)=(h\circ g)\circ f$ が成立する。

を満たすことである。また単位的であるとは次を満たすことである。

  • $\dgraph$ の任意の頂点 $a$ について、$f\in\Homset{\dgraph}{a}{a}$ であって次を満たすものが存在する:$a$ を始点とする任意の辺 $g$ について $g \circ f=g$ が成立し、$a$ を終点とする任意の辺 $h$ について $f\circ h=h$ が成立する。


注意 11 (合成、結合的、単位的に関する注意)
  • 合成は、終域と始域とが一致する二つの射 $f$、$g$ に対してのみ考えることができる。よって特に $\Mor{\dgraph}\times\Mor{\dgraph}$ 上の算法と見做したとき全域的とは限らない。
  • 一方で、合成の定義域は必ず $\set{ \ordpair{ g,f }\in\Mor{\dgraph}\times\Mor{\dgraph} }{ \cod(f)=\dom(g) }$ である。これを $\compdom{\dgraph}$ と書く。
  • $\dgraph$ を有向グラフとするとき、$\dgraph$ 上の合成 $( m_{a,b,c} )_{a,b,c\in\Ob{\dgraph}}$ から定まる写像 $\compdom{\dgraph}\rightarrow\Mor{\dgraph}$ を $\compstr_{\dgraph}$ と書く。添え字の $\dgraph$ はしばしば省略する。
  • $\dgraph$ を有向グラフとするとき、$\compstr_{\dgraph}$ を与えることと $( m_{a,b,c} )_{a,b,c\in\Ob{\dgraph}}$ を与えることとは等価である。
  • $\dgraph$ を有向グラフとし、$\compstr$ を$\dgraph$ 上の結合的かつ単位的な合成とするとき、各頂点 $a$ に対して存在が主張される射 $f$ は一意的に定まるのでこれを $\id_a$ と書く。実際、斯かる射 $f$、$f'$ を任意に取ると、$\dom(f)=\cod(f')$ が成立することに留意すると $f=f\circ f'= f'$ と計算できるのでよい。この射 $\id_a$ を頂点 $a$ の恒等射という。
  • $\dgraph$ を有向グラフとし、$\compstr$ を$\dgraph$ 上の結合的かつ単位的な合成とするとき、先の注意より写像 $\map{ \id }{ \Ob{\dgraph} }{ \Mor{\dgraph} }$ が定まる。これを単位構造と呼び、組 $\ordpair{ \compstr, \idstr }$ を $\dgraph$ の単位的合成構造と呼ぶ。


定義 12 (小圏)

三つ組 $\ordpair{ \dgraph, \compstr, \idstr }$ が小圏であるとは、

  • $\dgraph$ は有向グラフである。
  • 組 $\ordpair{ \compstr, \idstr }$ は $\dgraph$ の単位的合成構造である。

を満たすことである。

圏の例を幾つか挙げておこう。 次のように図示される有向グラフ $\dgraph$ を考える。 \begin{xy} \xymatrix { a \ar@/^0pt/[dr]|{h} \ar[r]|{f}& b\ar@/^0pt/[d]|{g}\\ & c } \end{xy} ただしこの図では省略したが、各頂点 $x$ に対して定まる集合 $\Homset{\dgraph}{x}{x}$ は一元集合であるとする。 このとき $\dgraph$ 上の合成は、各Hom集合が一元集合であるため一意に定まる。 この合成で $\dgraph$ は圏を為す。 先ず単位的であることは各Hom集合が一元集合であることに注意すると容易に確認できる。 次いで結合的であることは $\dgraph$ から頂点を四つ選んだ時点で重複が生じるため、結合律を定義通りに示す際に取るべき射 $f$、$g$、$h$ の一つは恒等射である。 よって単位的であることから $h\circ(g\circ f)=(h\circ g)\circ f$ が成立する。

例示 13 (集合の為す圏)

この例示に於いてはGrothendieck宇宙の存在を仮定し、$\Grouniv$ をGrothendieck宇宙とする。 また順序対の集合論的実装はKuratowskiによるものを採用し、写像の集合論的実装はグラフによるものを採用する。 このとき次のように定義する。

$$ \begin{aligned} \Ob{ \Setcat^\Grouniv }&\coloneqq\Grouniv\\ \Mor{ \Setcat^\Grouniv }&\coloneqq\{ \ordpair{ f,X,Y }\in\Grouniv \mid \text{$f$ は $X$ から $Y$ への写像である} \} \end{aligned} $$

更に $\Mor{\Setcat^\Grouniv}$ の元について、第二成分を始域とし、第三成分を終域とすると有向グラフを為し、 この有向グラフは写像の通常の合成により圏を為す。 これを( $\Grouniv$-小な)集合の為す圏といい、$\Setcat^\Grouniv$ と書く。 $\Setcat^\Grouniv$ の恒等射は恒等写像である。

例示 14 (アーベル群の為す圏)

この例示に於いてのみGrothendieck宇宙の存在を仮定し、$\Grouniv$ をGrothendieck宇宙とする。 また順序対の集合論的実装はKuratowskiによるものを採用し、写像の集合論的実装はグラフによるものを採用する。 このとき次のように定義する。

$$ \begin{aligned} \Ob{ \Abelcat^\Grouniv }&\coloneqq\set{ \module\in\Grouniv }{ \text{$\module$ はアーベル群である} }\\ \Mor{ \Abelcat^\Grouniv }&\coloneqq\set{ \ordpair{ f,\module,N }\in\Grouniv }{ \text{$f$ は $\module$ から $N$ へのアーベル群の射である} } \end{aligned} $$

更に $\Mor{\Abelcat^\Grouniv}$ の元について、第二成分を始域とし、第三成分を終域とすると有向グラフを為し、 この有向グラフは写像の通常の合成により圏を為す。 これを( $\Grouniv$-小な)アーベル群の為す圏といい、$\Abelcat^\Grouniv$ と書く。 $\Abelcat^\Grouniv$ の恒等射は恒等写像である。

有向グラフの射と圏の射(函手)

定義 15 (有向グラフの射)

$\dgraph$、$\dgraph'$ を有向グラフとするとき、組 $F=\ordpair{ F_0,F_1 }$ が有向グラフの射であるとは、

  • $\map{ F_0 }{ \Ob{\dgraph} }{ \Ob{\dgraph'} }$ である。
  • $\map{ F_1 }{ \Mor{\dgraph}}{ \Mor{\dgraph'}}$ である。
  • $\dom_{\dgraph'}\circ F_1=F_0\circ\dom_{\dgraph}$ が成立する。これは次の集合の図式が可換であると言ってもよい。

\begin{xy} \xymatrix { \Mor{\dgraph} \ar[r]|{F_1} \ar@/^0pt/[d]|{\dom_\dgraph} & \Mor{\dgraph'} \ar@/^0pt/[d]|{\dom_{\dgraph'}}\\ \Ob{\dgraph} \ar[r]|{F_0} & \Ob{\dgraph'} } \end{xy}

  • $\cod_{\dgraph'}\circ F_1=F_0\circ\cod_{\dgraph}$ が成立する。これは次の集合の図式が可換であると言ってもよい。

\begin{xy} \xymatrix { \Mor{\dgraph} \ar[r]|{F_1} \ar@/^0pt/[d]|{\cod_\dgraph} & \Mor{\dgraph'} \ar@/^0pt/[d]|{\cod_{\dgraph'}}\\ \Ob{\dgraph} \ar[r]|{F_0} & \Ob{\dgraph'} } \end{xy} を満たすことである。

注意 16 (有向グラフの射の定義の注意)
  • $\dgraph$、$\dgraph'$ を有向グラフとするし、組 $F=\ordpair{ F_0,F_1 }$ を有向グラフの射とする。このとき $\ordpair{f,g}\in\compdom{\dgraph}$ について、$\cod(g)=\dom(f)$ が成立していることに注意すると、$\cod(F_1(g))=F_0(\cod(g))=F_0(\dom(f))=\dom(F_1(f))$ が成立するので $\ordpair{ F_1(f), F_1(g) }$ は $\compdom{\dgraph'}$ の元である。よって次を可換にする写像 $\varphi$ が $\varphi(\ordpair{f,g})=F_1(f)\times F_1(g)$ により定義できる。これも $F_1 \times F_1$ と書く。

\begin{xy} \xymatrix { \Mor(\dgraph)\times\Mor(\dgraph) \ar[rr]|{F_1 \times F_1} && \Mor{\dgraph'}\times\Mor{\dgraph'}\\ \compdom{\dgraph} \ar[u]|{\incl} \ar[rr]|{\exists\varphi} && \compdom{\dgraph'} \ar[u]|{\incl} } \end{xy}

定義 17 (圏の射、函手)

$\cat$、$\cat'$ を小圏とするとき、組 $F=\ordpair{ F_0, F_1 }$ が函手であるとは、

  • $F$ は底有向グラフの射であり、
  • $\cat$ の任意の辺 $a\xrightarrow{\varphi}b\xrightarrow{\psi}c$ について、$F_1(\psi\circ\varphi)=F_1(\psi)\circ F_1(\varphi)$ が成立する。これは次の集合の図式が可換であると言ってもよい。

\begin{xy} \xymatrix { \compdom{\cat} \ar[d]|{\compstr_\cat} \ar[rr]|{F_1 \times F_1} && \compdom{\cat'} \ar[d]|{\compstr_{\cat'}}\\ \Mor{\cat} \ar[rr]|{F_1} && \Mor{\cat'} } \end{xy}

  • $\dgraph$ の任意の頂点 $a$ について、$F_1(\id_a)=\id_{F_0(a)}$ が成立する。これは次の集合の図式が可換であると言ってもよい。

\begin{xy} \xymatrix { \Ob{\cat} \ar[d]|{\idstr_\cat} \ar[r]|{F_0} & \Ob{\cat'} \ar[d]|{\idstr_{\cat'}}\\ \Mor{\cat} \ar[r]|{F_1} & \Mor{\cat'} } \end{xy} を満たすことである。

有向グラフから自由に構成される圏

図式の可換性を定義するために与えられた有向グラフ $\dgraph$ から全ての辺の辿り方を知っている有向グラフ $\widehat{\dgraph}$ を構成する方法を既に述べたが、これは圏の言葉を用いると有向グラフから構成される自由圏を考えることに他ならない。 以下ではこのことを説明するが、この節で述べた事実は以降で用いることはないので読み飛ばしても差し支えない。 (予定:自由圏の定義) (予定:自由圏の存在(抽象的な方法)) (予定:自由圏の存在(具体的な構成))

有向グラフ $\dgraph$ の自由圏 $\cat(\dgraph)$ の具体的な構成よりこの底有向グラフは $\widehat{\dgraph}$ である。 有向グラフ $\dgraph$ 上の図式 $\ordpair{ M_\bullet, f_\bullet }$ は、一意的に $\widehat{\dgraph}$ 上の図式 $\widehat{\alpha}=\ordpair{ \widehat{M_\bullet}, \widehat{f_\bullet} }$ に拡張される。 これが自由圏からの函手であることを書き下すと、次の条件を満たすことと同値であることが分かる。

  • 任意の頂点 $a$、$b$ について、$\widehat{\dgraph}$ に於ける $a$ から $b$ への任意の射 $\varphi$ および $\psi$ について、$\widehat{f_\varphi}=\widehat{f_\psi}$ が成立する

これは既に述べた有向グラフ $\dgraph$ 上の図示 $\alpha=\ordpair{ M_\bullet,f_\bullet }$ の可換性と同値である。

加群と加群の射

本稿で用いる加群の定義や加群の射の定義をここではっきりさせておこう。

定義 18 (加群)

$\ring$ を環とするとき、 アーベル群 $\module$ と環準同型 $\map{ \ract{\module} }{ \module\times\ring }{ \module }$ との組 $\ordpair{ \module, \ract{\module} }$ が右 $\ring$-加群であるとは、

  • $\ring$ の任意の元 $r$、$r'$ および $\module$ の任意の元 $m$ について、$m(rr')=(mr)r'$ が成立する。
  • $\ring$ の任意の元 $r$、$r'$ および $\module$ の任意の元 $m$ について、$m(r+r')=mr+mr'$ が成立する。
  • $\ring$ の任意の元 $r$ および $\module$ の任意の元 $m$、$m'$ について、$(m+m')r=mr+m'r$ が成立する。
  • $\module$ の任意の元 $m$ について、$m1=m$ が成立する。

を満たすことである。 ただし $\ract{\module}(r,m)$ を $rm$ と略記した。

$\ordpair{ \module, \ract{\module} }$ および $\ordpair{ N, \ract{N} }$ を右 $\ring$-加群とするとき、 写像 $\map{ f }{ \module }{ N }$ が右 $\ring$-加群の射であるとは、 $\ring$ の任意の元 $r$ および $\module$ の任意の元 $m$ について $f(mr)=f(m)r$ が成立することである。

定義(構造射による加群と加群の射)

$\ring$ を環とするとき、 アーベル群 $\module$ と環準同型 $\map{ \modstr{\module} }{ \ring }{ \EndringF{\Abelcat}{\module} }$ との組 $\ordpair{ \module, \modstr{\module} }$ を右 $\ring$-加群という。

$\ordpair{ \module, \modstr{\module} }$ および $\ordpair{ N, \modstr{N} }$ を右 $\ring$-加群とするとき、 写像 $\map{ f }{ \module }{ N }$ が右 $\ring$-加群の射であるとは、 $\ring$ の任意の元 $r$ について \begin{xy} \xymatrix { M \ar[d]|{f} \ar[rrr]|{\modstr{\module}(r)} &&& M \ar[d]|{f} \\ N \ar[rrr]|{\mathsf{str}_{R\curvearrowright N}(r)} &&& N } \end{xy} が可換であることである。 以下では用いないが、環を一点前加法圏と見做せることに注意すると、構造射により定義された加群は環から $\Abelcat$ への加法的函手と同一視でき、加群の射を二つの函手の間の自然変換と同一視できる。 この見方を推し進めた研究は多く、例えばBarry MitchellのRings with several objectsなどは基本的である。

注意・例示(加群と加群の射)

加群および加群の射の二通りの定義を紹介したが、両者の定義は一方から他方が構成されるという意味で同値である。 このときの構成方法はカリー化とアンカリー化でよく、well-definedであることさえ示せば一対一対応を与えることは明白である。 詳しい証明については環上の加群論を参照されたい。 また本稿では可能な限り両方の定義による証明を併記している。 作用による加群の定義を用いた証明の方がアーベル群に関して認めるべき事実が少ないが、 構造射による加群の定義を用いた証明は「加群は環の表現である」という思想をよく表しており、 (少なくとも筆者は)一種の味わい深さがあると感じている。 よって特にアーベル群に関する事実に詳しくない場合は、 まず作用による加群の定義を用いた証明を読まれたうえで、 $\mathbb{Z}$-加群とアーベル群とが等価な概念であることに注意を払いつつ、 再度構造射による定義を用いた証明を眺められることをおススメする。 このような読み方ができるように配列したことで、自己完結的でありつつも仮定するべき前提知識を極力少なくなるよう努めた次第である。


$\ring$ の反対環 $\ring^\op$ と書くとき、右 $\ring^\op$-加群を左 $\ring$-加群という。 右 $\ring$-加群の射の写像としての合成は再び右 $\ring$-加群の射となり、 恒等写像は右 $\ring$-加群の射である。 よって( $\Grouniv$-小な)右 $\ring$-加群と右 $\ring$-加群の射は($\Grouniv$-小な)圏を為し、これを $\Modcat{\ring}$ と書く。 また、$\ring^{\op\op}=\ring$ および $\Modcat{\ring}^\op\cong\Modcat{\ring^\op}$ が成り立つため、$$\Modcat{\ring^\op}^\op\cong\mathsf{Mod}(\ring^{\op\op})=\Modcat{\ring}$$ が得られる。 この事実は圏論的な双対命題が常に成立することを担保する。 以下では特に既に示した命題の双対命題と見做せる言明については、一部の例外を除きこの性質を用いて証明していく。

例示 19 (零加群)

$\ring$ を環とする。 このとき 自明なアーベル群 $O$ について、 このEnd環は $\mathsf{End}_{\Abelcat}(O)=\{\id_O\}$ と計算できるため、 $\ring$ からEnd環への環準同型は一意的に定まる。 よってこれを構造として備えた左 $\ring$-加群も $O$ と書き、 これを零加群という。

例示 20 (零射)

$\ring$ を環とし、\module を左 $\ring$-加群とする。 このとき $O$ を始域または終域とする一意的なアーベル群の射 $\map{ 0_{O,\module} }{ O }{ \module }$ および $\map{ 0_{M,O} }{ \module }{ O }$ は左 $\ring$-加群の射である。 更に $N$ を左 $\ring$-加群とするとき、左 $\ring$-加群の射 $\map{ 0_{M,N} }{ \module }{ N }$ を $0_{M,N}\coloneqq0_{O,N}\circ 0_{M,O}$ と定義する。 これらを総称して零射といい、始域および終域が明らかなときは単に $0$ と書く。 零射については次の性質が顕著である。

  • \module、$N$、$L$ を左$\ring$-加群とするとき、$0_{N,L}\circ 0_{M,N}=0_{M,L}$ が成立する。


$\ring$ を環とし、$\map{f}{\module}{ N }$ および $\map{g}{ \module }{ N }$ を左 $\ring$-加群の射とする。 このとき $f$ および $g$ はアーベル群の射でもあるから、 アーベル群としてのHom集合 $\Homset{\Abelcat}{\module}{N}$ には値に依る加法を入れることができ、 これによりアーベル群と見做せる。 この加法は左 $\ring$-加群としてのHom集合 $\Homset{\Modcat{\ring}}{\module}{N}$ に於ける加法を誘導する。

証明:

また、加群に関する基本的な性質については、重要であったとしても本稿で用いないものについては言及していない。 これについても環上の加群論を参照されたい。

定義(部分、剰余)

$\ring$ を環とし、$\module$ を左 $\ring$-加群とする。 組 $\ordpair{ L, \iota }$ が $\module$ の部分であるとは、$\iota$ が $L$ から $\module$ への単射な加群の射であることである。 $\ordpair{ L_1, \iota_1 }$ および $\ordpair{ L_2, \iota_2 }$ を $\module$ の部分とするとき、$\varphi$ が $\ordpair{ L_1, \iota_1 }$ から $\ordpair{ L_2, \iota_2 }$ への部分の射であるとは、$\varphi$ は $L_1$ から $L_2$ への加群の射であって $\iota_1=\iota_2\circ\varphi$ を満たすことである。 この条件は次の左 $\ring$-加群の図式が可換になると換言できる。 $\varphi$ が同型であるとき、二つの部分は部分として同型であるという。

また、組 $\ordpair{ N, \pi }$ が $\module$ の剰余であるとは、$\pi$ が $\module$ から $N$ への全射な加群の射であることである。 $\ordpair{ N_1, \pi_1 }$ および $\ordpair{ N_2, \pi_2 }$ を $\module$ の剰余とするとき、$\varphi$ が $\ordpair{ N_1, \pi_1 }$ から $\ordpair{ N_2, \pi_2 }$ への剰余の射であるとは、$\varphi$ は $N_1$ から $N_2$ への加群の射であって $\pi_2=\varphi\circ\iota_1$ を満たすことである。 この条件は次の左 $\ring$-加群の図式が可換になると換言できる。 $\varphi$ が同型であるとき、二つの剰余は剰余として同型であるという。

例示 21 (加群の射に沿って誘導される構造)
例示 22 (値域に誘導される加群の構造)

定義(差核、核)

$\ring$ を環とし、 $\map{ f }{ \module }{ N }$、$\map{ g }{ \module }{ N }$ を左 $\ring$-加群の射とする。 組 $\ordpair{ E, e }$ について、 $e$ が $E$ から $\module$ への左 $\ring$-加群の射であり、かつ $f\circ e=g\circ e$ が成立するときこれを $f$ と $g$ とのフォーク(Fork)という。 $f$ と $g$ とのフォーク $\ordpair{ E, e }$ および $\ordpair{ F, f }$ が与えられたとき、 左 $\ring$-加群の射 $\map{ \varphi }{ E }{ F }$ がフォークの射であるとは、 $f\circ \varphi=e$ が成立することをいう。 これを図式で書けば次が可換になると換言できる。 \begin{xy} \xymatrix { F \ar[r]|{f} & M \ar@<0.5ex>[r]^-{f} \ar@<-0.5ex>[r]_-{g} & N\\ E \ar@/_/[ru]|{e} \ar[u]|{\varphi} } \end{xy} フォークの射の合成もまたフォークの射であり、この合成に関して $\id_{X}$ は中立的に振舞う。 このことに注意し、$g\circ f=\id_X$ かつ $f\circ g=\id_Y$ を成立せしめる $g$ が存在するとき、 フォークの射 $f$ は同型であるという。斯かる射 $g$ は一意的であるから、これを $f$ の逆射といい $f^{-1}$と書く。

$\ring$ を環とし、 $\map{ f }{ \module }{ N }$、$\map{ g }{ \module }{ N }$ を左 $\ring$-加群の射とする。 このとき組 $\ordpair{ E, e }$ が $f$ と $g$ との差核対象であるとは、 任意のフォーク $\ordpair{ F, f }$ の中で終普遍的である、 即ち $\ordpair{ F, f }$ から $\ordpair{ E, e }$ への一意的なフォークの射 $\varphi$ が存在することをいう。 図式を用いて書けば、 \begin{xy} \xymatrix { E \ar[r]|{e} & M \ar@<0.5ex>[r]^-{f} \ar@<-0.5ex>[r]_-{g} & N\\ F \ar@/_/[ru]|{f} \ar@{.>}[u]|{\varphi} } \end{xy} を可換にする射 $\varphi$ が一意的に存在することといえる。 左 $\ring$-加群のフォークに対する終普遍性を特に差核の普遍性と呼ぶ。 特に $g=0_{M,N}$であるときの $f$ と $0_{M,N}$ との差核対象を $f$ の核対象といい、 この場合の差核の普遍性を核の普遍性という。

命題(差核の一意性)

$\ring$ を環とする。 $\map{ f }{ \module }{ N }$ および $\map{ g }{ \module }{ N }$ を左 $\ring$-加群の射とするとき、 $f$ と $g$ との差核対象は存在するならばフォークの同型を除いて一意である。

証明

$f$ と $g$ との差核が存在する左 $\ring$-加群の射 $\map{ f }{ \module }{ N }$、$\map{ g }{ \module }{ N }$ について考え鵜。 このとき差核対象 $\ordpair{ X, \varphi }$ および $\ordpair{ X', \varphi' }$ を任意に取り、 この二つの間のフォークの同型を構成すればよい。 先ず $\ordpair{ X, \varphi }$ の差核の普遍性より \begin{xy} \xymatrix { X \ar@/^0pt/[r]|{\varphi} & M \ar@<0.5ex>[r]^-{f} \ar@<-0.5ex>[r]_-{g} & N \\ X'\ar@/_6pt/[ur]|{\varphi'} \ar@{.>}[u]|{\psi} } \end{xy} が可換になる射 $\psi$ が一意に存在し、 同様に $\ordpair{ X', \varphi' }$ の差核の普遍性より \begin{xy} \xymatrix { X'\ar@/^0pt/[r]|{\varphi'} & M \ar@<0.5ex>[r]^-{f} \ar@<-0.5ex>[r]_-{g} & N \\ X \ar@/_6pt/[ur]|{\varphi} \ar@{.>}[u]|{\psi'} } \end{xy} が可換になる射 $\psi'$ が一意に存在する。 この $\psi$ と $\psi'$ とを取れば $\psi\circ \psi'=\id_{X}$ および $\psi'\circ\psi=\id_{X'}$ が成立する。 これは次の二つの図式について \begin{xy} \xymatrix { X \ar@/^0pt/[r]|{\varphi} & M \ar@<0.5ex>[r]^-{f} \ar@<-0.5ex>[r]_-{g} & N \\ X \ar@/_6pt/[ur]|{\varphi} \ar[u]|{\psi\circ\psi'} \ar@/^9pt/[u]|{\id_X}\\ X' \ar@/^0pt/[r]|{\varphi} & M \ar@<0.5ex>[r]^-{f} \ar@<-0.5ex>[r]_-{g} & N \\ X' \ar@/_6pt/[ur]|{\varphi} \ar[u]|{\psi'\circ\psi} \ar@/^9pt/[u]|{\id_X'} } \end{xy} $\varphi\circ\psi\circ\psi'=\varphi'\circ\psi=\varphi$ および $\varphi'\circ\psi'\circ\psi=\varphi\circ\psi=\varphi'$ と計算できることに注意し、 それぞれ $\ordpair{ X, \varphi }$ の差核の普遍性および $\ordpair{ X', \varphi' }$ の差核の普遍性を適用することで射の一意性から左の平行射の一致が分かることによる。 したがって $\ordpair{ X,\varphi }$ と $\ordpair{ X',\varphi' }$ はフォークの同型である。 (証明終)

記法(差核)

先の命題より左 $\ring$-加群の射 $f$ と $g$ との差核対象は存在すればフォークの同型を除いて一意である。 よって斯かる $f$ と $g$ との差核対象の一つを $\ordpair{ \Eq(f,g), \eq(f,g) }$ と書く。 差核対象の第一成分を差核といい、第二成分を差核射という。 核対象は特別な差核対象であったから、先の命題の系としてこれについても同様の主張が成り立つことが分かるので、 $f$ の核対象の一つを $\ordpair{ \Ker(f), \ker(f) }$ と書く。 核対象の第一成分を核といい、第二成分を核射という。

差核対象や核対象は第一成分の加群だけから決まるわけではないが、簡単のため屡々第二成分を省略して $\Eq(f,g)$ ないしは $\Ker(f)$ と書かれることがある。

命題(差核と核との等価性)

$\ring$ を環とし、 $\map{ f }{ \module }{ N }$ および $\map{ g }{ \module }{ N }$ を左 $\ring$-加群の射とする。 このとき次の二つの言明

  • $f$ と $g$ との差核対象が存在する。
  • $f-g$ の核対象が存在する。

は同値であり、 この一方(即ち全て)が成り立つとき、$\Eq(f,g)$ と $\Ker(f-g)$ とは左 $\ring$-加群として同型である。


証明: $f$ と $g$ との差核対象が存在するとき、差核対象 $\ordpair{ \Eq(f,g),\eq(f,g) }$ を取れば \begin{xy} \xymatrix { \Eq(f,g) \ar[rr]|{\eq(f,g)} && M \ar@<0.5ex>[r]^-{f} \ar@<-0.5ex>[r]_-{g} & N\\ } \end{xy} はフォークである。よって $g\circ\eq(f,g)=f\circ\eq(f,g)$ が成立し、これより $(f-g)\circ\eq(f,g)=0=0\circ\eq(f,g)$ を得る。 よって \begin{xy} \xymatrix { \Eq(f,g) \ar[rr]|{\eq(f,g)} && M \ar@<0.5ex>[r]^-{f-g} \ar@<-0.5ex>[r]_-{0} & N\\ } \end{xy} はフォークである。これが弱終普遍的であることは、 \begin{xy} \xymatrix { \mathsf{E} \ar[r]|{e} & M \ar@<0.5ex>[r]^-{f-g} \ar@<-0.5ex>[r]_-{0} & N\\ } \end{xy} なるフォークを任意にとるとき、$0=0\circ e=(f-g)\circ\mathsf e=f\circ e-g\circ e$ と計算すると $f\circ e=g\circ e$ の成立が分かる。 よって $\ordpair{ \Eq(f,g),\eq(f,g) }$ が差核対象であることに留意すれば \begin{xy} \xymatrix { \Eq(f,g) \ar[rr]|{\eq(f,g)} && M \ar@<0.5ex>[r]^-{f} \ar@<-0.5ex>[r]_-{g} & N\\ E \ar[rru]|{e} \ar@{.>}[u]|{\varphi} } \end{xy} を可換にする射 $\varphi$ の存在が分かり、直ちに \begin{xy} \xymatrix { \Eq(f,g) \ar[rr]|{\eq(f,g)} && M \ar@<0.5ex>[r]^-{f-g} \ar@<-0.5ex>[r]_-{0} & N\\ E \ar[rru]|{e} \ar@{.>}[u]|{\varphi} } \end{xy} の可換性が分かるのでよい。 一意性についても、もし一つ上の図式を可換にする射 $\map{ \psi }{ E }{ \Eq(f,g) }$ を与えれば、二つ上の図式も可換にする。 よって $\ordpair{ \Eq(f,g),\eq(f,g) }$ の差核の普遍性を適用して射の一意性から $\varphi=\psi$ が得られる。 逆に $f-g$ の核対象 $\ordpair{ \Ker(f-g),\ker(f-g) }$ が与えられたとき、これが $f$ と $g$ との差核対象であることは殆ど同様にして示され、 同値性が分かる。 また $f$ と $g$ との余差核の存在ないしは $f-g$ の差核の存在の一方が成立するとき、いま示した同値性より他方も存在し、両者は同一のものを取れる。 よって特に左 $\ring$-加群として同型である。

命題(核の存在)

$\ring$ を環とし、 $\map{ f }{ \module }{ N }$ を左 $\ring$-加群の射とする。 このとき $f$ の核対象が存在する。 先の命題と併せると、一般に左 $\ring$-加群の差核対象が存在することが分かる。

証明: 左 $\ring$-加群の射 $\map{ f }{ \module }{ N }$ を任意にとる。 このとき次の集合 $X\coloneqq\{m\in M\mid f(m)=0_N\}$ は $\module$ の部分加群である。 ここで $X$ と包含写像との組 $\ordpair{ X, \iota_X }$ を考えると、 $ f\circ\iota_X(x)=f(x)=0_N=0\circ\iota_X(x)$ が成立するので $f$ と $0$ とのフォークである。 これが弱終普遍的であることは、 $f$ と $0$ とのフォーク $\ordpair{ Y, y }$ を任意にとると $f(y(x))=f\circ y(x)=f\circ 0(x)=0_N$ が成立するので $y(x)\in X$ が成立することに留意すれば \begin{xy} \xymatrix { X \ar[rr]|{\iota_X} && M \ar@<0.5ex>[r]^-{f} \ar@<-0.5ex>[r]_-{0} & N\\ Y \ar[rru]|y \ar@{.>}[u]|\varphi } \end{xy} が左 $\ring$-加群の可換図式であることが分かる。 一意性については、上図式を可換にする射 $\map{ \varphi }{ Y }{ X }$、$\map{ \varphi' }{ Y }{ X }$ を任意にとると、$\iota_X$ が包含写像であることに留意すれば $$ \varphi(a)=\iota_X\circ\varphi(a)=y(a)$$ $$ \varphi'(a)=\iota_X\circ\varphi'(a)=y(a)$$ と計算できるので $\varphi=\varphi'$ が従うのでよい。

左 $\ring$-加群の射 $\map{ f }{ \module }{ N }$ および $\map{ g }{ \module }{ N }$ を任意にとる。 差核対象と核対象との等価性より $f$ と $g$ との差核対象は $f-g$ の核対象に他ならないので、 $Y\coloneqq\{ m\in M\mid (f-g)(m)=0 \}=\{ m\in M\mid f(m)=g(m) \}$ とおけば $Y$ と包含写像 $\iota_Y$ との組 $\ordpair{ Y, \iota_Y }$ が $f$ と $g$ との差核対象であることが分かる。

別証: 左 $\ring$-加群の射 $\map{ f }{ \module }{ N }$ を任意にとる。 このとき $f$ をアーベル群の射て、アーベル群の射としての核 $\ordpair{ X, \iota }$ を取れば \begin{xy} \xymatrix { X \ar[rr]|{\iota_X} && M \ar@<0.5ex>[r]^-{f} \ar@<-0.5ex>[r]_-{0} & N } \end{xy} となっている。 これが左 $\ring$-加群の射となるように $X$ に構造射を定義し、 かつ $f$ の左 $\ring$-加群の射としての核の普遍性を満たすことを示す。

先ず左 $\ring$-加群の構造射については、$\ring$ の元 $r$ を任意にとるとき \begin{xy} \xymatrix { X \ar[rr]|{\iota_X} && M \ar[rr]|{f} && N\\ X \ar[rr]|{\iota_X} \ar@{.>}[u]|{\str(r)} && M \ar[rr]|{f} \ar[u]|{\str(r)} && N \ar[u]|{\str(r)} } \end{xy} なるアーベル群の可換図式が得られる。 よって $f\circ(\str(r)\circ\iota_X)=\str(r)\circ f\iota_X=\str(r)\circ 0=0$ と計算でき、 上図を可換にするアーベル群の射 $\map{ \str(r) }{ X }{ X }$ が一意的に定まる。 $r$ の取り方は任意であったので、これを束ねて得られる写像 $\map{ \str }{ \ring }{ \mathsf{End}_{\Abelcat}(X) }$ について、 $\ring$ の任意の元 $r$、$r'$ について $$\begin{aligned} \str(r+r')\circ\ker(f)&~=\ker(f)\circ\str(r+r')\\ &~=\ker(f)\circ(\str(r)+\str(r'))\\ &~=\ker(f)\circ(\str(r)+\str(r'))\\ &~=\ker(f)\circ\str(r)+\ker(f)\circ\str(r')\\ &~=\str(r)\circ\ker(f)+\str(r')\circ\ker(f)\\ &~=(\str(r)+\str(r'))\circ\ker(f)\\ \str(rr')\circ\ker(f) &~=\ker(f)\circ\str(rr')\\ &~=\ker(f)\circ(\str(r)\circ\str(r'))\\ &~=\str(r)\circ\ker(f)\circ\str(r')\\ &~=(\str(r)\circ\str(r'))\circ\ker(f)\\ \str(1)\circ\ker(f) &~=\ker(f)\circ\str(1)\\ &~=\ker(f)\circ\id\\ &~=\id\circ\ker(f) \end{aligned}$$ と計算できることに注意すると、 $\ker(f)$ はアーベル群の射としてモノなので $\str(r+r')=\str(r)+\str(r')$、 $\str(rr')=\str(r)\circ\str(r')$、 $\str(1)=\id$ が得られる。 よって $\str$ は環の射であり、組 $\ordpair{ X, \str }$ は左 $\ring$-加群である。

次に左 $\ring$-加群 $\ordpair{ X, \str }$ が $f$ の核対象であることを示すため、 左 $\ring$-加群としての核の普遍性を示す(近々書きます)。

命題(差核射のモノ射たること)

余核

定義(余差核、余核)

$\ring$ を環とし、 $\map{ f }{ \module }{ N }$、$\map{ g }{ \module }{ N }$ を左 $\ring$-加群の射とする。 組 $\ordpair{ C, c }$ について、 $c$ が $N$ から $C$ への左 $\ring$-加群の射であり、かつ $c\circ f=c\circ g$ が成立するときこれを $f$ と $g$ との余フォーク(Cofork)という。 $f$ と $g$ との余フォーク $\ordpair{ C, c }$ および $\ordpair{ D, d }$ が与えられたとき、 左 $\ring$-加群の射 $\map{ \varphi }{ C }{ D }$ がフォークの射であるとは、 $\varphi\circ c=d$ が成立することをいう。 これを図式で書けば次が可換になると換言できる。 \begin{xy} \xymatrix { & M \ar@<0.5ex>[r]^-{f} \ar@<-0.5ex>[r]_-{g} & N \ar[r]|{c} \ar[rd]|{d} & C \ar[d]|{\varphi}\\ &&& D } \end{xy} 余フォークの射の合成もまた余フォークの射であり、この合成に関して $\id_{X}$ は中立的に振舞う。 このことに注意し、$g\circ f=\id_X$ かつ $f\circ g=\id_Y$ を成立せしめる $g$ が存在するとき、 余フォークの射 $f$ は同型であるという。斯かる射 $g$ は一意的であるから、これを $f$ の逆射といい $f^{-1}$と書く。

$\ring$ を環とし、 $\map{ f }{ \module }{ N }$、$\map{ g }{ \module }{ N }$ を左 $\ring$-加群の射とする。 このとき組 $\ordpair{ C, c }$ が $f$ と $g$ との余差核対象であるとは、 任意の余フォーク $\ordpair{ D, d }$ の中で始普遍的である、 即ち $\ordpair{ C, c }$ から $\ordpair{ D, d }$ への一意的なフォークの射 $\varphi$ が存在することをいう。 図式を用いて書けば、

\begin{xy} \xymatrix { & M \ar@<0.5ex>[r]^-{f} \ar@<-0.5ex>[r]_-{g} & N \ar[r]|{c} \ar[rd]|{d} & C \ar@{.>}[d]|{\varphi}\\ &&& D } \end{xy} を可換にする射 $\varphi$ が一意的に存在することといえる。 左 $\ring$-加群の余フォークに対する始普遍性を特に余差核の普遍性と呼ぶ。 特に $g=0_{M,N}$であるときの $f$ と $0_{M,N}$ との余差核対象を $f$ の余核対象といい、 この場合の余差核の普遍性を余核の普遍性という。

命題(余差核の一意性)

$\ring$ を環とする。 $\map{ f }{ \module }{ N }$ および $\map{ g }{ \module }{ N }$ を左 $\ring$-加群の射とするとき、 $f$ と $g$ との余差核対象は存在するならば余フォークの同型を除いて一意である。

証明

証明は余核の一意性の証明の矢印を全て逆にすることで得られるため、具体的な証明は省略する。 以下では双対性に注目した別証を与える。 環 $\ring$ を任意にとり、 $\map{ f }{ \module }{ N }$ および $\map{ g }{ \module }{ N }$ を左 $\ring$-加群の射とし、 余核対象 $\ordpair{ C, c }$ および $\ordpair{ D,d }$ を任意にとる。 このとき環 $\ring^\op$ に注目すると、 $\map{ f }{ M\leftarrow N$ および $\map{ g }{ M\leftarrow N$ は左 $\ring^\op$-加群の射であり、 組 $\ordpair{ C, c }$ および $\ordpair{ D,d }$ は差核対象である。 よって差核対象の一意性より \begin{xy} \xymatrix { & M & N \ar@<0.5ex>[l]^-{f} \ar@<-0.5ex>[l]_-{g} & C \ar[l]|{c} \\ &&& D \ar@{.>}[u]|{\varphi} \ar[lu]|{d} } \end{xy} なる同型射 $\varphi$ が存在する。 これを再び $(\Modcat{\ring^\op})^\op=\mathsf{Mod}(\ring^{\op\op})=\Modcat{\ring}$ に於ける図式と見做すと、 \begin{xy} \xymatrix { & M \ar@<0.5ex>[r]^-{f} \ar@<-0.5ex>[r]_-{g} & N \ar[r]|{c} \ar[rd]|{d} & C \ar@{.>}[d]|{\varphi}\\ &&& D } \end{xy} が得られ、余差核対象の一意性が得られた。 (証明終)

記法(余差核、余核)

先の命題より左 $\ring$-加群の射 $f$ と $g$ との余差核対象は存在すればフォークの同型を除いて一意である。 よって斯かる $f$ と $g$ との余差核対象の一つを $\ordpair{ \Coeq(f,g), \mathsf{coeq}(f,g) }$ と書く。 余差核対象の第一成分を余差核といい、第二成分を余差核射という。 余核対象は特別な余差核対象であったから、先の命題の系としてこれについても同様の主張が成り立つことが分かるので、 $f$ の余核対象の一つを $\ordpair{ \Coker(f), \coker(f) }$ と書く。 余核対象の第一成分を余核といい、第二成分を余核射という。

余差核対象や余核対象は第一成分の加群だけから決まるわけではないが、簡単のため屡々第二成分を省略して $\Coeq(f,g)$ ないしは $\Coker(f)$ と書かれることがある。

命題(余差核と余核との等価性)

命題(余核の存在)

命題(差余核射のエピ射たること)

像、余像

定義(像対象、余像対象)

$\ring$ を環とし、$\map{ f }{ M }{ N }$ を左 $\ring$-加群の射とする。 組 $\ordpair{ \Ker(\coker(f)),\ker(\coker(f)) }$ を像対象といい、 組 $\ordpair{ \Coker(\ker(f)),\Coker(\ker(f)) }$ を余像対象という。 左 $\ring$-加群の射は常に核対象および余核対象を持つため、特に像対象および余像対象も常に存在し、 フォークおよび余フォークの同型を除いて一意であることに留意されたい。

記法(像、余像)

$\ring$ を環とし、$\map{ f }{ M }{ N }$ を左 $\ring$-加群の射とするとき、 像対象の一つを $\ordpair{ \mathsf{Im}(f),\mathsf{im}(f) }$ と書き、 余像対象の一つを $\ordpair{ \Coim(f),\coim(f) }$ と書く。 第一成分をそれぞれ像、余像といい、第二成分を像射、余像射という。 像対象や余像対象は第一成分の加群だけから決まるわけではないが、簡単のため屡々第二成分を省略して $\mathsf{Im}(f)$ ないしは $\Coim(f)$ と書かれることがある。

注意(像、余像の具体的な姿)

像対象の存在は定義を述べた直後に言及したが、(本質的には構成しているものの)像の姿は明示的には記述していない。 これは像対象の定義に留意すれば、核対象および余核対象の具体的な構成を一つ固定することで記述できる。 以下では左 $\ring$-加群の射 $\map{ f }{ \module }{ N }$ について、 核の存在および余核の存在の証明に於いて用いた次の具体的な記述$$\Ker(f)=\{m\in M\mid f(m)=0_N\}$$および$$\Coker(f)=N/f[M]$$を固定する。 先ず像対象について考えよう。

命題(像、余像分解)

命題(加群の為す圏がBarr完全圏であること)

$\ring$を環とするとき、$\Modcat{\ring}$はBarrの意味で完全圏である。

命題(全射-単射分解の一意性)

図式に関する補題

定義(完全列)

$\ring$ を環とする。 $0\rightarrow 1\rightarrow 2$ 上の左 $\ring$-加群の図式 $X\xrightarrow{f}Y\xrightarrow{g}Z$ について、$g\circ f=0$ が成り立つとき \begin{xy} \xymatrix { X \ar[rr]|{f} && Y \ar[rr]|{g} \ar[rrd]|{\coker(f)} && Z \ar@{.>}[d]|{\pi} \\ \Ker(g) \ar[rru]|{\ker(g)} \ar@{.>}[u]|{\iota} && && \Coker(f) } \end{xy} を可換にするような射 $\iota$ および $\pi$ が核の普遍性と余核の普遍性より一意に存在する。 ここで $\coker(f)\circ\ker(f)=\pi\circ g\circ f\circ\iota=\pi\circ 0\circ\iota=0$ と計算できるので、 核の普遍性より \begin{xy} \xymatrix { \mathsf{Im}(f) \ar[rrd]|{\mathsf{im}(f)} \\ X \ar[rr]|{f} && Y \ar[rr]|{g} \ar[rrd]|{\coker(f)} && Z \ar@{.>}[d]|{\pi} \\ \Ker(g) \ar[rru]|{\ker(g)} \ar@{.>}[u]|{\iota} \ar@{.>}@/^21pt/[uu]|{\varphi} && && \Coker(f) } \end{xy} を可換にする射 $\varphi$ が存在する。 この記号法の下で、図式 $X\xrightarrow{f}Y\xrightarrow{g}Z$ の 完全性を $g\circ f=0$ が成立し、このとき誘導される射 $\varphi$ が同型射であることとして定義する。

より長い $0\rightarrow 1\rightarrow\cdots\rightarrow n+1$ 上(あるいは $\omega$ 上、$\mathbb{Z}$ 上)の図式 $\ordpair{ M_\bullet, f_\bullet }$ の完全性は、 $0$ 以上 $n$ 未満の任意の整数 $n$(あるいは$0$ 以上 の任意の整数 $n$、任意の整数 $n$)について定まる図式 $M_n\xrightarrow{f_n}M_{n+1}\xrightarrow{f_{n+1}}M_{n+2}$ が完全列であることとして定義する。

四項補題

五項補題

蛇の補題

直積

定義(直積)

$\ring$ を環とし、 $M_{\bullet}\coloneqq(M_\lambda)_{\lambda\in\Lambda}$ を左 $\ring$-加群の族とする。 組 $\ordpair{ X, p_\bullet }$ について、 各 $p_\lambda$ が $X$ から $M_\lambda$ への左 $\ring$-加群の射であるときこれを $M_{\bullet}$ の錘(Cone)という。 $M_{\bullet}$ の錘 $\ordpair{ X, p_\bullet }$ および $\ordpair{ Y, q_\bullet }$ が与えられたとき、 左 $\ring$-加群の射 $\map{ f }{ X}{ Y }$ が錘の射であるとは、 任意の $\lambda\in\Lambda$ について $p_\lambda\circ f=q_\lambda$ が成立することをいう。 これを図式で書けば次が可換になると換言できる。 \begin{xy} \xymatrix { X \ar@/^0pt/[dr]|{p_\lambda} \ar@{.>}[r]|{f}& Y\ar@/^0pt/[d]|{q_\lambda}\\ & M_\lambda } \end{xy} 錘の射の合成もまた錘の射であり、この合成に関して $\id_{X}$ は中立的に振舞う。 このことに注意し、$g\circ f=\id_X$ かつ $f\circ g=\id_Y$ を成立せしめる $g$ が存在するとき、 錘の射 $f$ は同型であるという。斯かる射 $g$ は一意的であるから、これを $f$ の逆射といい $f^{-1}$と書く。

$M_{\bullet}$ の錘 $\ordpair{ X, p_\bullet }$ が $M_{\bullet}\coloneqq(M_\lambda)_{\lambda\in\Lambda}$ の左 $\ring$-加群としての直積対象であるとは、 任意の錘 $\ordpair{ Y, q_\bullet }$ の中で終普遍的である、 即ち $\ordpair{ Y, q_\bullet }$ から $\ordpair{ X, p_\bullet }$ への一意的な錘の射 $f$ が存在することをいう。 左 $\ring$-加群の錘に対する終普遍性を特に直積の普遍性と呼ぶ。 $f$ の満たす条件を各成分に関する条件に書き下すと、 「任意の $\lambda\in\Lambda$ に対して定まる次の図式について、 \begin{xy} \xymatrix { Y \ar@/^0pt/[dr]|{q_\lambda} \ar@{.>}[r]|{f}& X\ar@/^0pt/[d]|{p_\lambda}\\ & M_\lambda } \end{xy} は可換である」となる。 よって直積の普遍性は、各成分への行き先を定めることで必ず一意的に行き先が決まってしまうような対象であることを述べていると考えられる。

命題(直積の一意性)

$\ring$ を環とする。 $M_{\bullet}\coloneqq(M_\lambda)_{\lambda\in\Lambda}$ を左 $\ring$-加群の族とするとき、 $M_{\bullet}$ の直積は存在するならば錘の同型を除いて一意である。

証明

直積が存在する左 $\ring$-加群の族 $M_{\bullet}=(M_\lambda)_{\lambda\in\Lambda}$ について考える。 このとき直積 $\ordpair{ X, p_\bullet }$ および $\ordpair{ X', p'_\bullet }$ を任意に取り、この一致を示せばよい。 先ず $\ordpair{ X, p_\bullet }$ の直積の普遍性より任意の $\lambda\in\Lambda$ に対して \begin{xy} \xymatrix { X \ar@/^0pt/[dr]|{p_\lambda} \ar@{.>}[r]|{f}& X'\ar@/^0pt/[d]|{p'_\lambda}\\ & M_\lambda } \end{xy} が可換になる射 $f$ が一意に存在し、 同様に $\ordpair{ X', p'_\bullet }$ の直積の普遍性より任意の $\lambda\in\Lambda$ に対して \begin{xy} \xymatrix { X' \ar@/^0pt/[dr]|{p'_\lambda} \ar@{.>}[r]|{g} & X\ar@/^0pt/[d]|{p_\lambda}\\ & M_\lambda } \end{xy} が可換になる射 $g$ が一意に存在する。 この $f$ と $g$ とを取れば $f\circ g=\id_{X}$ および $g\circ f=\id_{X'}$ が成立する。 これは次の二つの図式について \begin{xy} \xymatrix { X \ar@{.>}[r]|{f} \ar@/_6pt/[drr]|{p_\lambda} \ar@/^15pt/[rr]|{\id_{X}} & X' \ar@{.>}[r]|{g} & X \ar@/^0pt/[d]|{p_\lambda} & X' \ar@{.>}[r]|{g} \ar@/_6pt/[drr]|{p'_\lambda} \ar@/^15pt/[rr]|{\id_{X'}} & X \ar@{.>}[r]|{f} & X' \ar@/^0pt/[d]|{p'_\lambda} \\ & & M_\lambda & & & M_\lambda } \end{xy} $p_\lambda\circ g\circ f=p'_\lambda\circ f=p_\lambda$ および $p'_\lambda\circ g\circ f=p_\lambda\circ f=p'_\lambda$ と計算できることに注意し、 それぞれ $\ordpair{ X, p_\bullet }$ の直積の普遍性および $\ordpair{ X', p'_\bullet }$ の直積の普遍性を適用することで射の一意性から上辺の平行射の一致が分かることによる。 したがって $\ordpair{ X,p_\bullet }$ と $\ordpair{ X',p'_\bullet }$ は錘の同型である。 (証明終)

記法(直積)

先の命題より左 $\ring$-加群の族 $M_\bullet$ の直積対象は存在すれば錘の同型を除いて一意である。 よって斯かる錘の一つを $\ordpair{ \prod M_\bullet, p_\bullet }$ や $\ordpair{ \prod_{\lambda\in\Lambda}M_\lambda, (p_\lambda)_{\lambda\in\Lambda} }$ などと書く。 直積対象の第一成分を直積加群といい、第二成分を標準的射影という。 直積対象は直積加群だけから決まるわけではないが、簡単のため屡々第二成分を省略して $\prod M_\bullet$ と書かれることがある。 また標準的射影 $p_\lambda$ の方の記法はしばしば衝突するため、 状況に応じて $\mathsf{pr}_\lambda$、 $\pi_\lambda$、$p'_\lambda$ などと記述することがあることに注意されたい。

以下では直積の存在について示すが、 先んじて次の観察をしておこう。 $M_\bullet$ を左 $\ring$-加群の族とし、この直積対象 $\ordpair{ \prod M_\bullet, p_\bullet }$ が存在するとする。 このとき各 $\lambda\in\Lambda$ の台集合と $\mathsf{Hom}_{\Modcat{\ring^\op}}(\ring,M_\lambda)$ とが $\map{ f }{ \ring }{ M_\lambda }$ の$\id_\ring$ の行き先を見ることで一対一に対応することに留意すると、 直積加群 $\prod M_\bullet$ の台集合と $M_\lambda$ の台集合の集合としての直積とは一対一に対応する。 よって台集合の直積集合に対して構造を適切に追加することで直積対象の存在を示す方向で考える。

命題(直積の存在)

$\ring$ を環とする。 $M_{\bullet}\coloneqq(M_\lambda)_{\lambda\in\Lambda}$ を左 $\ring$-加群の族とするとき、 $M_{\bullet}$ の直積は存在する。

証明

この命題は左 $\ring$-加群の定義に立ち返る必要があるため、 採用している流儀に依って証明が変わる。 以下では左 $\ring$-加群 $\module$ をアーベル群 $\module$ とEnd環への環の射 $\map{ \str }{ \ring }{ \EndringF{\Abelcat}{\module} }$ との組と考える。 先ずアーベル群の直積が存在することに注意し、 $\map{ \mathop{\prod} }{ \prod\mathsf{End}_{\Abelcat}(M_\bullet) }{ \mathsf{End}_{\Abelcat}(\prod M_\bullet) }$ なる環の射を次で定める: $\prod\mathsf{End}_{\Abelcat}(M_\bullet)$ の元 $f_\bullet$ に対して、 $\prod M_\bullet$ のアーベル群の直積の普遍性を用いて、 各 $\mu\in\Lambda$ について \begin{xy} \xymatrix { \prod M_\bullet \ar@/^0pt/[d]|{p_\mu} \ar@{.>}[rr]|{\prod f_\bullet} && \prod M_\bullet \ar@/^0pt/[d]|{p_\mu}\\ M_\mu \ar[rr]|{f_\mu} && M_\mu } \end{xy} が可換であるような射 $\prod f_\bullet$ を取り、 写像 $\mathop{\prod}$ による $f_\bullet$ の値を $\prod f_\bullet$ と定める。 次に環の直積は存在することに留意して、 \begin{xy} \xymatrix { \ring \ar@/^0pt/[drrr]|{\str_\lambda} \ar@{.>}[rrr]|{\mathsf{prestr}} &&& \prod\mathsf{End}_{\Abelcat}(M_\bullet)\ar@/^0pt/[d]|{\pi_\mu}\\ &&& \mathsf{End}_{\Abelcat}(M_\mu) } \end{xy} を可換にする環の射 $\mathsf{prestr}$ が取れる。 これらを用いて$\str\coloneqq\mathop{\prod}\circ\mathsf{prestr}$ とおき、 以上の構成をまとめると \begin{xy} \xymatrix { \ring \ar@/^0pt/[drrr]|{\str_\lambda} \ar[rrr]|{\mathsf{prestr}} \ar@/^21pt/[rrrrr]|{\str} &&&\prod\mathsf{End}_{\Abelcat}(M_\lambda) \ar@/^0pt/[d]|{\pi_\mu} \ar[rr]|{\mathop{\prod}} && \mathsf{End}_{\Abelcat}(\prod M_\bullet) \ar@/^6pt/[lld]|{\sharp p_\mu}\\ &&& \mathsf{End}_{\Abelcat}(M_\mu) \ar@/^6pt/[rru]|{\iota_\mu\sharp\circ\sharp p_\mu} } \end{xy} となっている。 これが普遍性を満たすことを確かめないとね(未)。


この命題の系として、特に全て同じ加群であるような族 $M_\bullet=(M)_{\lambda\in\Lambda}$ から定まる直積加群を考えることができる。この直積加群は $M^{\Lambda}$ とも書かれる。

直和

定義(直和)

$\ring$ を環とし、 $M_{\bullet}\coloneqq(M_\lambda)_{\lambda\in\Lambda}$ を左 $\ring$-加群の族とする。 組 $\ordpair{ X, i_\bullet }$ について、 各 $i_\lambda$ が $M_\lambda$ から $X$ への左 $\ring$-加群の射であるときこれを $M_{\bullet}$ の余錘(Cocone)という。 $M_{\bullet}$ の余錘 $\ordpair{ X, i_\bullet }$ および $\ordpair{ Y,j_\bullet }$ が与えられたとき、 左 $\ring$-加群の射 $\map{ f }{ X}{ Y }$ が錘の射であるとは、 任意の $\lambda\in\Lambda$ について $f\circ i_\lambda=j_\lambda$ が成立することをいう。 これを図式で書けば次が可換になると換言できる。 \begin{xy} \xymatrix { & M_\lambda \ar@/^0pt/[dl]|{i_\lambda} \ar@/^0pt/[d]|{j_\lambda}\\ X \ar@{.>}[r]|{f}& Y } \end{xy} 余錘の射の合成もまた余錘の射であり、この合成に関して $\id_{X}$ は中立的に振舞う。 このことに注意し、$g\circ f=\id_X$ かつ $f\circ g=\id_Y$ を成立せしめる $g$ が存在するとき、 余錘の射 $f$ は同型であるという。斯かる射 $g$ は一意的であるから、これを $f$ の逆射といい $f^{-1}$と書く。

$M_{\bullet}$ の余錘 $\ordpair{ X, i_\bullet }$ が $M_{\bullet}\coloneqq(M_\lambda)_{\lambda\in\Lambda}$ の左 $\ring$-加群としての直和対象であるとは、 任意の余錘 $\ordpair{ Y, j_\bullet }$ の中で始普遍的である、 即ち $\ordpair{ X, i_\bullet }$ から $\ordpair{ Y, j_\bullet }$ への一意的な余錘の射 $f$ が存在することをいう。 左 $\ring$-加群の錘に対する始普遍性を特に直和の普遍性と呼ぶ。 $f$ の満たす条件を各成分に関する条件に書き下すと、 「任意の $\lambda\in\Lambda$ に対して定まる次の図式について、 \begin{xy} \xymatrix { & M_\lambda \ar@/^0pt/[dl]|{i_\lambda} \ar@/^0pt/[d]|{j_\lambda}\\ X \ar@{.>}[r]|{f}& Y } \end{xy} は可換である」となる。

命題(直和の一意性)

$\ring$ を環とする。 $M_{\bullet}\coloneqq(M_\lambda)_{\lambda\in\Lambda}$ を左加群の族とするとき、 $M_{\bullet}$ の直和は存在するならば一意である。

証明

直和が存在する左加群の族 $M_{\bullet}=(M_\lambda)_{\lambda\in\Lambda}$ について考える。 このとき直和 $\ordpair{ X, i_\bullet }$ および $\ordpair{ X', i'_\bullet }$ を任意に取り、この一致を示せばよい。 先ず $\ordpair{ X, i_\bullet }$ の直和の普遍性より \begin{xy} \xymatrix { M_\lambda \ar[r] |{i_\lambda} \ar[rd]|{i'_\lambda} & X \ar@{.>}[d]|{f} \\ & X' } \end{xy} なる射 $f$ が一意に存在し、 同様に $\ordpair{ X', i_\bullet }$ の直和の普遍性より \begin{xy} \xymatrix { M_\lambda \ar[r] |{i'_\lambda} \ar[rd]|{i_\lambda} & X' \ar@{.>}[d]|{g} \\ & X } \end{xy} なる射 $g$ が一意に存在する。 このとき直和の普遍性より $f\circ g=\id_{X'}$ が成立し、 また $g\circ f=\id_{X}$ が成立する。したがって $\ordpair{ X,i_\bullet }$ と $\ordpair{ X',i'_\bullet }$ とは同型である。 \qed

記法(直和)

先の命題より左 $\ring$-加群の族 $M_\bullet$ の直和対象は存在すれば余錘の同型を除いて一意である。

命題(直和の存在)

テンソル積

特別な加群たち

自由加群

環 $\ring$ と $r\in \ring^op$ に対し、$\map{ \mathsf{left}_r }{ \ring }{ ring }$ を $\mathsf{left}_r(s)=rs$ が成り立つような写像として定めると、$\mathsf{left}_r$ は $\mathsf{End}_\Abelcat(R)$ の元となっている。このとき、$r\in R^{op}$ に対し $\mathsf{left}_r\in \mathsf{End}_\Abelcat(R)$ を割り当てる対応 $\map{ \mathsf{left} }{ \ring^{op} }{ \mathsf{End}_\Abelcat(R) }$ は環準同型となっている。よって、$\mathsf{left}$ により $\ring$ は左 $\ring$-加群としての構造を持つ。以下明示的に $\ring$ の左 $\ring$-加群構造について言及しない場合は、この方法により左 $\ring$-加群構造が与えられているものとする。

$\ring$ を環とし、\module を左 $\ring$-加群とする。 このとき $\module$ が自由であるとは、 次を満たす基数が存在することである:左 $\ring$-加群の同型射 $\map{ f }{ \ring^{\oplus\kappa} }{ \module }$ が存在する。

恒等写像が特に左 $\ring$-加群の同型射であったことに注意すると、基数 $\kappa$ を用いて定義される $R^{\oplus\kappa}$ は自由である。

任意の集合 $X$ について、$R^{\oplus X}=\bigoplus_{x\in X}R$ は自由加群であることに注意する。実際、集合の同型 $\map{ \mathsf{ind} }{ X }{ \mathrm{card}(X) }$ をとったとき、$x\in X$ について $f\circ i_x=i_{\mathsf{ind}(x)}$ が成り立つような左 $\ring$-加群の射 $\map{ f }{ \ring^{\oplus X} }{ \ring^{\mathrm{card}(X)} }$ が(一意的に)存在する。また、$x'\in \mathrm{card}(X)$ について $g\circ i_{x'}=i_{\mathsf{ind}^{-1}(x')}$ が成り立つような左 $\ring$-加群の射 $\map{ g }{ \ring^{\oplus \mathrm{card}(X)} }{ \ring^{\oplus X} }$ が(一意的に)存在する。このとき、$g\circ f=\id_{R^{\oplus X}}$ かつ $f\circ g=\id_{R^{\oplus \mathrm{card}(X)}}$ が成り立つ。よって $\map{ g }{ \ring^{\oplus \mathrm{card}(X)} }{ \ring^{\oplus X} }$ は左 $\ring$-加群の同型である。$\mathrm{card}(X)$ は基数であったため、$R^{\oplus X}$ は自由左 $\ring$-加群である。

自由加群については、次の重要な性質がある。

$\ring$ を環とし $\module$ を左 $\ring$-加群とする。 写像 $\map{ f }{ \ring^{\oplus M} }{ \module }$ を $f(e_m)=m$ と定義すると全射な左 $\ring$-加群の射である。

証明:


予定

  • 自由加群の特徴づけ
  • 自由加群の例

射影加群

平坦加群

入射加群

代表的な部分加群たち

本質的部分加群

余剰部分加群

加群の複体と加群による近似

射影被覆、入射包絡、平坦被覆

加群の複体

$\mathbb{Z}$ 上の図式 $\alpha=\ordpair{ M_\bullet, f_\bullet }$ について、 $\mathbb{Z}$ の任意の元 $n$ について、$f^{n-1}\circ f^n=0$ が成立するとき $\alpha$ を複体であるという。

定義から直ちに分かる通り、複体は完全列を含む概念である。 Hom函手やテンソル函手のようによく用いられる加法的函手でさえ一般には完全函手でないため、 完全列全体は加法的函手を適用するという操作で閉じていない。 一方で零対象を保つので合成して零射であるという性質も保たれ、 このことに注目すると複体全体は加法的函手を適用するという操作で閉じている。 これが複体を考える理由の一つである。

また、以下で説明する通り複体を与えるとホモロジーを定義することができ、 その定義よりホモロジー自体が完全性からのズレを定量的に測っていると理解することができる。 これも複体を考える理由の一つである。

$\alpha$ を複体とするとき各 $n$ ごとに \begin{xy} \xymatrix { {\cdots} \ar[rr]|{f^{n+2}} && M^{n+1} \ar[rr]|{f^{n+1}} && M^n \ar[rr]|{f^n} \ar[rrd]|{\coker(f^{n-1})} && M^{n-1} \ar[rr]|{f^{n-1}} \ar@{.>}[d]|{\pi_{n-1}} && {\cdots}\\ && \Ker(f^{n}) \ar[rru]|{\ker(f^n)} \ar@{.>}[u]|{\iota_{n+1}} && && \Coker(f^{n-1}) } \end{xy} を可換にするような射 $\iota_{n+1}$ および $\pi_{n-1}$ が核の普遍性と余核の普遍性より一意に存在する。 ここで $\coker(f^{n-1})\circ\ker(f^{n+1})=\pi_{n-1}\circ f_{n}\circ f_{n+1}\circ\iota_{n+1}=\pi_{n-1}\circ 0\circ\iota_{n+1}=0$ と計算できるので、 核の普遍性より \begin{xy} \xymatrix { && \mathsf{Im}(f^{n-1}) \ar[rrd]|{\mathsf{im}(f^{n-1})} \\ {\cdots} \ar[rr]|{f^{n+2}} && M^{n+1} \ar[rr]|{f^{n+1}} && M^n \ar[rr]|{f^n} \ar[rrd]|{\coker(f^{n-1})} && M^{n-1} \ar[rr]|{f^{n-1}} \ar[d]|{\pi_{n-1}} && {\cdots}\\ && \Ker(f^{n}) \ar[rru]|{\ker(f^n)} \ar[u]|{\iota_{n+1}} \ar@{.>}@/^21pt/[uu]|{\varphi_n} && && \Coker(f^{n-1}) } \end{xy} を可換にする射 $\varphi_n$ が存在する。

射影分解、入射分解、平坦分解

環と加群のホモロジー次元

射影次元、入射次元、平坦次元

弱大域次元、大域次元

実際に使ってみる

  1. 勿論、圏論的な言葉遣いも全て論理式によって書き下すことで恰も圏を用いていないように振舞うことも可能である。しかしこれは本質的な困難は何も解消しておらず、却って状況を把握しづらくするものである。