Noether環

同義語:ネーター環

概要

ネーター環(Noether環)は、すべてのイデアルが有限生成となる可換環であり、イデアルの上昇鎖が必ず停止することと同値である。環の元の個数が有限という意味ではなく、イデアルや有限生成加群の関係式を有限個のデータで扱えるという有限性条件である。整数環や体上の有限変数多項式環が典型例となる。

$$\newcommand{AA}[0]{\mathscr{A}} \newcommand{abs}[1]{\left\lvert#1\right\rvert} \newcommand{Arg}[0]{\operatorname{Arg}} \newcommand{BB}[0]{\mathscr{B}} \newcommand{C}[0]{\mathbb{C}} \newcommand{CC}[0]{\mathscr{C}} \newcommand{floor}[1]{\left\lfloor#1\right\rfloor} \newcommand{ind}[0]{\mathrm{ind}} \newcommand{mmod}[1]{\ \left(\mathrm{mod}\ #1\right)} \newcommand{Mod}[1]{\ \left(\mathrm{mod}\ #1\right)} \newcommand{ord}[0]{\mathrm{ord}} \newcommand{Q}[0]{\mathbb{Q}} \newcommand{R}[0]{\mathbb{R}} \newcommand{rank}[0]{\mathrm{rank}} \newcommand{SS}[0]{\mathscr{S}} \newcommand{TT}[0]{\mathscr{T}} \newcommand{UU}[0]{\mathscr{U}} \newcommand{wenvert}[1]{\left\lvert\left\lvert#1\right\rvert\right\rvert} \newcommand{Z}[0]{\mathbb{Z}} $$

前提知識: 可換環、イデアル、商環、環の準同型、加群と部分加群。加群の節以降では自由加群・完全列、ホモロジーの節ではテンソル積と Hom、幾何の節では素イデアルと Zariski位相を用いる。

定義と見取り図

本稿では、環は単位元をもつ可換環、加群は単位的な加群とする。

Noether環

Noether環(Noetherian ring、ネーター環)とは、すべてのイデアルが有限生成である環 $R$ のことである。すなわち、任意のイデアル $I$ に対して、有限個の元 $a_1,\ldots,a_r\in I$ が存在し、
$$I=(a_1,\ldots,a_r)=Ra_1+\cdots+Ra_r$$
と書ける。零イデアルは空の生成系でも生成され、零環もこの定義に含まれる。

重要なのは環の元の個数ではなく、イデアルや関係式を有限個のデータで扱えることである。ただし、関係式の関係式を追う自由分解が、有限段で終わるとは限らない。

観点Noether性から得られること
イデアル有限生成・上昇鎖の停止
有限生成加群部分加群も有限生成、有限表示をもつ
ホモロジー代数各段が有限階数の自由分解、有限生成加群同士の Ext・Tor の有限生成性
幾何素イデアルの空間がネーター的、極小素イデアルが有限個

同値な特徴づけ

三つの同値な条件

$R$ について、次の条件は同値である。

  1. $R$ のすべてのイデアルが有限生成である。
  2. 任意の上昇鎖 $I_1\subseteq I_2\subseteq\cdots$ は停止する。すなわち、ある $N$ が存在して、すべての $n\geq N$$I_n=I_N$ となる。
  3. イデアルからなる任意の空でない集合は、包含関係に関する極大元をもつ。

1から2。 $I=\bigcup_{n\geq1}I_n$ はイデアルである。有限生成系 $a_1,\ldots,a_r$ をとると、すべての生成元を含む $I_N$ があるため $I=I_N$ となる。
2から3。 極大元のない空でない集合があれば、その中から順次真に大きいイデアルを選び、停止しない上昇鎖を作れてしまう。
3から1。 イデアル $I$ に含まれる有限生成イデアル全体を考える。この集合は $(0)$ を含むので、極大元 $J$ がある。もし $a\in I\setminus J$ があれば、$J+(a)$$J$ より真に大きい有限生成イデアルとなり矛盾する。よって $I=J$ である。

この特徴づけは、$R$ をそれ自身の上の加群とみて「$R$Noether加群である」と言うことにも等しい。条件3の極大元とは、その集合の中での極大元であり、環の極大イデアルとは限らない。

例と反例

体と整数環

$k$ のイデアルは $(0)$$k$ だけなので、体は Noether環である。また、$\mathbb Z$ のイデアルはすべて $n\mathbb Z$ の形なので、$\mathbb Z$ も Noether環である。
一方、$\mathbb Z\supsetneq2\mathbb Z\supsetneq4\mathbb Z\supsetneq\cdots$ は停止しない下降鎖である。したがって Noether性は、イデアルの下降鎖が停止する Artin性とは異なる。

有限個の変数と関係式

後述の Hilbertの基底定理と商環の性質から、
$$k[x_1,\ldots,x_n]/(f_1,\ldots,f_s)$$
は Noether環である。例えば $k[x,y]/(xy)$$k[\varepsilon]/(\varepsilon^2)$ がある。これらは零因子をもち、後者には非零の冪零元もある。Noether環であることは、整域や被約環であることを意味しない。

無限変数多項式環は反例

$k[x_1,x_2,\ldots]$ では
$$(x_1)\subsetneq(x_1,x_2)\subsetneq(x_1,x_2,x_3)\subsetneq\cdots$$
が停止しない。実際、最初の $n$ 個の変数を $0$ にする準同型で $x_{n+1}$ の像は非零なので、$x_{n+1}\notin(x_1,\ldots,x_n)$ である。
有限変数の場合の定理を、無限変数へそのまま拡張することはできない。

加群の有限性と関係式

有限生成加群の部分加群

$R$ が Noether環ならば、有限生成 $R$-加群 $M$ の任意の部分加群は有限生成である。特に $M$ は有限表示をもつ。つまり、有限な整数 $a,b\geq0$ と完全列
$$R^a\longrightarrow R^b\longrightarrow M\longrightarrow0$$
が存在する。

まず $R^b$ の部分加群について、$b$ に関する帰納法を用いる。$b=0$ は自明で、$b=1$ はイデアルの有限生成性である。$L\subseteq R^b$ を最後の座標へ射影すると、像は有限生成イデアル、核は $R^{b-1}$ の有限生成部分加群となる。像の生成元の持ち上げと核の生成元を合わせれば、$L$ を生成する。
一般の $M$ には全射 $R^b\to M$ をとる。部分加群の逆像は有限生成なので、その像も有限生成である。さらに、この全射の核の有限生成系を用いれば、上の有限表示が得られる。

「有限生成」は生成元の数が有限という意味であり、「有限表示」はそれらの間の関係式も有限個で足りるという意味である。逆に、有限生成加群の任意の部分加群が有限生成となる環は、$M=R$ とすれば Noether環である。この加群による特徴づけは StacksNoether の Lemma 10.31.4 とも照合できる。

Hilbertの基底定理と保存性

Hilbertの基底定理

$R$ が Noether環ならば、$R[X]$ も Noether環である。したがって、有限変数多項式環 $R[X_1,\ldots,X_n]$ も Noether環である。

$I\subseteq R[X]$ をイデアルとする。$I=(0)$ の場合はよいので、$I\neq(0)$ とする。$I$ の非零多項式の最高次係数全体に $0$ を加えた集合を $J$ とする。
$J$$R$ のイデアルである。加法については、二つの多項式の次数を $X$ の冪を掛けてそろえればよい。最高次係数の和が $0$ なら、それも $J$ に含まれる。係数 $a\in J$$r\in R$ の積についても、$ra\neq0$ なら対応する多項式の $r$ 倍の最高次係数であり、$ra=0$ なら最初から $J$ に含まれる。
$J$ の非零の有限生成系 $a_1,\ldots,a_t$ と、それらを最高次係数にもつ $f_1,\ldots,f_t\in I$ をとり、$N=\max_i\deg f_i$ とする。次数が $N$ 未満の多項式の加群を $R[X]_{< N}$ と書く。これは $R^N$ と同型で、$N=0$ の場合は零加群である。前節から $I\cap R[X]_{< N}$ には有限生成系 $g_1,\ldots,g_s$ がある。
これら $f_i,g_j$$I$ をイデアルとして生成することを示す。$h\in I$ の次数が $d\geq N$ なら、その最高次係数を $\sum_i c_i a_i$ と書いて、
$$h-\sum_{i=1}^t c_iX^{\,d-\deg f_i}f_i$$
を作る。この多項式は $I$ に属し、零であるか、次数が $d$ より小さい。これを繰り返せば、残りは次数 $N$ 未満となり、$g_j$$R$-線形結合になる。したがって $I=(f_1,\ldots,f_t,g_1,\ldots,g_s)$ は有限生成である。

ここで次数をそろえる指数は $\deg h-\deg f_i$ である。固定した上限 $N-\deg f_i$ では、$\deg h>N$ の場合に最高次の項を消せない。また、上の証明は係数環が整域であることを仮定していない。

商・局所化・有限型代数

$R$ が Noether環ならば、次の環も Noether環である。

  • 任意のイデアル $I$ による商環 $R/I$
  • 任意の乗法的集合 $S$ による局所化 $S^{-1}R$。特に、素イデアル $\mathfrak p$ での局所化 $R_{\mathfrak p}$
  • 有限型 $R$-代数、すなわち有限個の元で $R$-代数として生成される環。

商環のイデアルは $I$ を含む $R$ のイデアルに対応する。局所化のイデアル $K$ は、縮約 $J=\{r\in R:r/1\in K\}$ を用いて $K=S^{-1}J$ と書ける。いずれも生成元の像が有限生成系になる。有限型代数は有限変数多項式環の商なので、基底定理と商の性質を組み合わせればよい。

ホモロジー論的な帰結と特徴づけ

各段が有限階数の自由分解

自由分解とは、自由加群からなる完全列
$$\cdots\longrightarrow F_2\longrightarrow F_1\longrightarrow F_0\longrightarrow M\longrightarrow0$$
である。各写像の像が次の写像の核と一致する、というのが完全性の意味である。

関係式を繰り返し有限個で扱える

Noether環上の有限生成加群 $M$ には、各 $F_i$ が有限階数の自由加群である自由分解が存在する。

実際、有限生成系から $F_0\to M$ を作る。その核は有限生成なので有限階数自由加群 $F_1$ から全射をとれ、同じ操作を繰り返せる。こうした核はシジジー加群(関係加群)と呼ばれる。ここで有限なのは各段の生成元数であり、段数ではない。

Ext と Tor の有限生成性

自由分解 $F_\bullet\to M$ を使うと、
$$\operatorname{Tor}_i^R(M,N)=H_i(F_\bullet\otimes_R N),\qquad \operatorname{Ext}_R^i(M,N)=H^i(\operatorname{Hom}_R(F_\bullet,N))$$
と定義できる。$H_i$$H^i$ は、その次数での「核を像で割った加群」を表す。$\operatorname{Hom}$ を施すと矢印の向きが逆になる。分解の選び方によらないことは、自由分解の比較定理による(StacksExtStacksTor)。

有限生成加群同士の Ext・Tor

$R$ が Noether環、$M,N$ が有限生成 $R$-加群ならば、すべての $i\geq0$ について
$$\operatorname{Ext}_R^i(M,N),\qquad\operatorname{Tor}_i^R(M,N)$$
は有限生成 $R$-加群である。

$F_i$ を有限階数に選べば、$\operatorname{Hom}_R(F_i,N)$$F_i\otimes_RN$ も有限個の $N$ の直和となる。その部分加群と商加群も有限生成なので、核を像で割って得られる Ext・Tor も有限生成になる。

有限段で終わるとは限らない

$k$ 上の $R=k[\varepsilon]/(\varepsilon^2)$ と、$R$-加群 $k=R/(\varepsilon)$ を考える。$R$ は Noether環だが、
$$\cdots\xrightarrow{\ \varepsilon\ }R\xrightarrow{\ \varepsilon\ }R\xrightarrow{\ \varepsilon\ }R\longrightarrow k\longrightarrow0$$
という自由分解から、すべての $i\geq0$
$$\operatorname{Tor}_i^R(k,k)\cong k,\qquad\operatorname{Ext}_R^i(k,k)\cong k$$
を得る。したがって、$k$ に有限段で終わる自由分解は存在しない。

$R$ の元は一意的に $a+b\varepsilon$ と書ける。$\varepsilon$ 倍の核と像はともに $(\varepsilon)$ なので、上の列は完全である。$k$ とのテンソル積をとると各項は $k$、各微分は零になる。$\operatorname{Hom}_R(-,k)$ を施しても同様である。よって各次数のホモロジー・コホモロジーは $k$ となる。有限長の自由分解があれば、その長さを超えた次数の Tor は零になるので矛盾する。

入射加群による判定

$R$-加群 $E$入射的であるとは、任意の部分加群 $A\subseteq B$ からの準同型 $A\to E$$B\to E$ に延長できることである。

Bass–Pappの特徴づけ

単位的可換環 $R$ について、次は同値である。

  • $R$ は Noether環である。
  • 任意の集合で添字づけられた入射 $R$-加群の族の直和は、入射的である。

有限直和ではなく、任意の直和という点が判定の要である。この同値定理を外部結果として用いる(Iacob 冒頭)。Noether性からの方向は、イデアルの有限生成性と Baerの判定法を組み合わせるものである。イデアルから直和への写像は有限個の直和成分を通るため、そこで延長できる(StacksInjective)。

幾何的な帰結

有限個の成分と冪零性

Noether環 $R$ について、次が成り立つ。

  • 素イデアル全体の空間 $\operatorname{Spec}R$ は、Zariski位相に関してネーター的である。つまり、閉集合の下降鎖が停止する。
  • 極小素イデアルは有限個である。これは $\operatorname{Spec}R$ の既約成分が有限個であることに対応する。
  • 冪零元全体のイデアル $\sqrt{(0)}$ は冪零イデアルである。つまり、ある $q\geq1$ について $(\sqrt{(0)})^q=(0)$ となる。

最初の主張は、閉集合 $V(I)=\{\mathfrak p:I\subseteq\mathfrak p\}$ が根基イデアルと包含を逆にして対応することから従う。第二の主張には、ネーター空間は有限個の既約成分をもつという位相の定理と、既約閉集合と素イデアルの対応を用いる(StacksNoether、Lemmas 10.31.5–10.31.6)。
第三の主張は直接示せる。$\sqrt{(0)}=(a_1,\ldots,a_r)$ とし、$a_j^{e_j}=0$ を満たす $e_j\geq1$ を選ぶ。$q=1+\sum_j(e_j-1)$ とすれば、生成元の任意の $q$ 個の積には、ある $a_j$$e_j$ 回以上現れるので零になる。根基が零の場合は $q=1$ でよい。

関連項目

参考文献