Noether環

概要

すべてのイデアルが有限生成である環をNoether環という。Noether環の同値な定義、およびNoether環に関するHilbertの基底定理について解説する。

$$\newcommand{AA}[0]{\mathscr{A}} \newcommand{abs}[1]{\left\lvert#1\right\rvert} \newcommand{Arg}[0]{\operatorname{Arg}} \newcommand{BB}[0]{\mathscr{B}} \newcommand{C}[0]{\mathbb{C}} \newcommand{CC}[0]{\mathscr{C}} \newcommand{floor}[1]{\left\lfloor#1\right\rfloor} \newcommand{ind}[0]{\mathrm{ind}} \newcommand{mmod}[1]{\ \left(\mathrm{mod}\ #1\right)} \newcommand{Mod}[1]{\ \left(\mathrm{mod}\ #1\right)} \newcommand{ord}[0]{\mathrm{ord}} \newcommand{Q}[0]{\mathbb{Q}} \newcommand{R}[0]{\mathbb{R}} \newcommand{rank}[0]{\mathrm{rank}} \newcommand{SS}[0]{\mathscr{S}} \newcommand{TT}[0]{\mathscr{T}} \newcommand{UU}[0]{\mathscr{U}} \newcommand{wenvert}[1]{\left\lvert\left\lvert#1\right\rvert\right\rvert} \newcommand{Z}[0]{\mathbb{Z}} $$

定義

つぎの定理に掲げる条件が成り立つ環をNoether環 (Noetherian ring)という。

つぎの3つの条件は、互いに同値である。

  1. $R$ 上のすべてのイデアルは $R$ 上有限生成である。
  2. $R$ のイデアルの無限上昇列 $I_1\subset I_2\subset \cdots$ をとると、$m, n$ が十分大きいとき、必ず $I_m=I_n$ となる($R$ のイデアルの、真の無限上昇列は存在しないということもできる)。
  3. $S\neq\emptyset$$R$ のイデアルからなる集合とすると、$S$ は必ず包含関係に関する極大元をもつ。つまり、$I\in S$ だが、$I\subset J\in S$ のとき $I=J$ となる $R$ のイデアル $I$ が存在する。

このことはNoether加群に一般化されるので、証明は Noether加群に関する一般的な定理 の証明を参照。

Hilbertの基底定理

Noether環に関する最も基本的かつ重要な定理は、Hilbertの基底定理である。

$R$ がNoether環ならば、$R$ 上の多項式環 $R[X]$ もNoether環。

このことから、帰納的に、$R$ がNoether環ならば、任意の整数 $n\geq 1$ に対して、$R$ 上の $n$ 変数多項式環 $R[X_1, X_2, \ldots, X_n]$ もNoether環であることがわかる。

$I$$R[X]$ のイデアルとする。$J$$$F(X)=a_d+a_{d-1} X+\cdots +a_0 X^d \in I$$ の最高次の項の係数としてあらわれる $a_0\in R$ 全体の集合とすると、$J$$R$ 上のイデアルとなる。実際、$a_0\in J$ のとき、$J$ の定義より $$F(X)=a_r+a_{r-1} X+\cdots +a_0 X^r$$ となる多項式 $F(X)\in I$ がとれるが、$kF(X)\in I$ だから、$ka_0\in J$ となる。さらに $b_0\in J$ のとき $$G(X)=b_s+b_{s-1}+\cdots +b_0 X^s$$ となる多項式 $G(X)\in I$ がとれる。$r\geq s$ ならば $F(X)+X^{r-s}G(X)\in I$ となり、$s\geq r$ のとき $X^{s-r}F(X)+G(X)\in I$ となることから、$a_0+b_0\in J$ となる。

$R$ は Noether環だから、$J$ は有限生成である。つまり $J$ はある $a^{(1)}, a^{(2)}, \ldots, a^{(t)}\in R$ によって生成される。$J$ の定義から、$i=1, 2, \ldots, t$ について $a^{(i)}$ を最高次の係数とする多項式 $F_i\in I$ が存在する。

ここで整数 $m\geq 0$ について、$J_m$ を、$J$ のうち、$m$ 次以下の $I$ の多項式の最高次の項の係数全体の集合とすると、同様にして $J_m$ もイデアルとなり、$J_m$ はある $a^{(m, j)}\ (1\leq j\leq t_m)$ により生成され、$a^{(m, j)}$ を最高次の係数にもつ多項式 $F_{m, j}\in J_m\subset I\ (1\leq j\leq t_m)$ が存在することがわかる。

$N$$F_1, F_2, \ldots, F_t$ の次数の最大値とする。$I_0$$F_i$ および $F_{m, j}\ (m< N, 1\leq j\leq t_m)$ から生成されるイデアルとすると、$I_0$ は有限生成で、$I_0\subset I$ となる。$I\subset I_0$ ならば、$I=I_0$ は有限生成となるので、以下では $I\subset I_0$ を示す。

$I_0$ に属さない多項式が存在すると仮定して矛盾を導く。そのような多項式で次数が最小のものをひとつとり、それを $G$ とする。$G$ の最高次の係数を $a$ とおく。$a\in J$ となるので $a=\sum_{i=1}^t k_i a^{(i)}$ となる $k_1, k_2, \ldots, k_t\in R$ がとれる。

$G$ の次数が $N$ 以上のとき、$i=1, 2, \ldots, t$ について $k_i$ を最高次の係数にもち、次数が $N-\deg F_i$ となる多項式 $H_i$ をとると、$G$ の最高次の係数は $\sum_{i=1}^t H_i F_i$ の最高次の係数と一致する。つまり $G_0=G-\sum_{i=1}^t H_i F_i\in I$ とおくと $G_0$ の次数は $G$ の次数より小さい。よって、$G$ の定義から $G_0\in I_0$ となるから、$G=G_0+\sum_{i=1}^t H_i F_i\in I_0$ となって、矛盾する。

$G$ の次数が $m< N$ となるとすると、$a\in J_m$ となるので、先程と同様にして $a=\sum_{i=1}^{t_m} k_i a^{(m, i)}$ となる $k_i\in R (1\leq i\leq t_m)$ がとれる。$i=1, 2, \ldots, t_m$ について $k_i$ を最高次の係数にもち、次数が $m-\deg F_{m, i}$ となる多項式 $H_i$ をとると、$G$ の最高次の係数は $\sum_{i=1}^{t_m} H_i F_{m, i}$ の最高次の係数と一致する。つまり $$G_0=G-\sum_{i=1}^{t_m} H_i F_{m, i}\in I$$ とおくと $G_0$ の次数は $G$ の次数より小さい。よって、$G$ の定義から $G_0\in I_0$ となるから、$$G=G_0+\sum_{i=1}^{t_m} H_i F_{m, i}\in I_0$$ となって、やはり矛盾する。

これらのことから、$I\subset I_0$ でなければならず、したがって $I=I_0$ は有限生成であることが示された。

Hilbertの基底定理の証明は Fulton Fulton2 の1.4節, p. 7 を参考とした。

参考文献