3本の方程式を解いたあと、答えが一点・直線・空集合になる違いを、計算をやり直さずに説明できるだろうか。
このページでできるようになること
方程式の答えを「数の組」だけでなく、位置と自由度をもつ集合として読めるようになる。
高校では一つの方程式を解くたびに計算をやり直した。大学数学では、解の存在・一意性・自由度を、個別の数値を越えて説明できるだろうか。第0章では、連立方程式を入口に、集合・写像・論理・証明という大学数学の読み方を準備する。
このページでは、高校数学で学んだ連立一次方程式を出発点にします。一つの方程式を解くだけなら、代入法や加減法で十分です。線形代数学が必要になるのは、係数や未知数の個数が変わるたびに計算をやり直すのではなく、解の存在、一意性、自由度をまとめて理解したいときです。
次の連立方程式を考えます。
$$
\begin{cases}
x+2y=5,\\
3x-y=4.
\end{cases}
$$
第一式から $x=5-2y$ を得て、第二式へ代入すると
$$
3(5-2y)-y=4,
\qquad 15-7y=4,
\qquad y=\frac{11}{7}.
$$
したがって
$$
x=5-\frac{22}{7}=\frac{13}{7}.
$$
解は
$$
(x,y)=\left(\frac{13}{7},\frac{11}{7}\right)
$$
の一つだけです。
この計算は正しいのですが、「なぜ解が一つだけだったのか」はまだ説明していません。係数を少し変えて、三つの例を比べます。
$$
\begin{array}{c|c|c}
\text{方程式} & \text{計算結果} & \text{解の様子}\\ \hline
\begin{cases}x+2y=3\\2x+4y=6\end{cases}
&x=3-2y&\text{無数にある}\\[4mm]
\begin{cases}x+2y=3\\2x+4y=7\end{cases}
&0=1&\text{存在しない}\\[4mm]
\begin{cases}x+2y=5\\3x-y=4\end{cases}
&\left(\frac{13}{7},\frac{11}{7}\right)&\text{一つだけ}
\end{array}
$$
個々の答えは加減法で求められます。しかし、知りたいのは三つの場合を分ける共通の仕組みです。
体 $K$ の元 $a_{ij},b_i$ を用いた方程式
$$
\begin{cases}
a_{11}x_1+\cdots+a_{1n}x_n=b_1,\\
\hspace{18mm}\vdots\\
a_{m1}x_1+\cdots+a_{mn}x_n=b_m
\end{cases}
$$
を $m$ 本の方程式、$n$ 個の未知数からなる連立一次方程式または一次方程式系という。すべての式を同時に満たす $(x_1,\ldots,x_n)\in K^n$ を解といい、解全体の集合を解集合という。
右辺がすべて零の一次方程式系を斉次系、それ以外を非斉次系という。
「一次」という語は、未知数同士の積 $x_1x_2$、二乗 $x_i^2$、絶対値 $|x_i|$ などを含まず、各未知数が係数との積として一回だけ現れることを表します。
係数をまとめて
$$
A=
\begin{pmatrix}1&2\\3&-1\end{pmatrix},
\qquad
\boldsymbol{x}=
\begin{pmatrix}x\\y\end{pmatrix},
\qquad
\boldsymbol{b}=
\begin{pmatrix}5\\4\end{pmatrix}
$$
と書くと、最初の連立方程式は $A\boldsymbol{x}=\boldsymbol{b}$ となります。ここで行列 $A$ は数を並べた表であるだけでなく、入力 $\boldsymbol{x}$ を出力 $A\boldsymbol{x}$ へ移す規則です。
$$
\begin{pmatrix}1&2\\3&-1\end{pmatrix}
\begin{pmatrix}x\\y\end{pmatrix}
=
\begin{pmatrix}x+2y\\3x-y\end{pmatrix}.
$$
連立方程式を解くとは、出力が $\boldsymbol{b}$ になる入力を探すことだと読み替えられます。
右辺を零にした方程式 $A\boldsymbol{v}=\boldsymbol{0}$ を斉次方程式と呼び、その解全体を
$$
N(A):=\{\boldsymbol{v}\mid A\boldsymbol{v}=\boldsymbol{0}\}
$$
と書きます。$N(A)$ は、$A$ を作用させたときに見えなくなる方向の集まりです。
$m\times n$ 行列 $A$ に対して
$$
N(A):=\{\boldsymbol{v}\in K^n\mid A\boldsymbol{v}=\boldsymbol{0}\}
$$
を $A$ の零空間という。後には、行列が定める線形写像の核 $\ker A$ と呼ぶ。
個々の消去計算から共通して残る性質を取り出し、解の位置と動ける方向を分ける。
$A\boldsymbol{x}=\boldsymbol{b}$ が少なくとも一つの解 $\boldsymbol{x}_0$ をもつとする。このとき、解全体は
$$
\boldsymbol{x}_0+N(A)
:=
\{\boldsymbol{x}_0+\boldsymbol{v}\mid \boldsymbol{v}\in N(A)\}
$$
である。
この定理は、「一つの基準となる解」と「動かしても出力が変わらない方向」を分離します。証明は二つの集合が等しいことを、両向きの包含で確かめます。
まず、$A\boldsymbol{x}=\boldsymbol{b}$ を満たす任意の解 $\boldsymbol{x}$ を取る。仮定より $A\boldsymbol{x}_0=\boldsymbol{b}$ でもある。行列の積が加法と両立することから
$$
A(\boldsymbol{x}-\boldsymbol{x}_0)
=A\boldsymbol{x}-A\boldsymbol{x}_0
=\boldsymbol{b}-\boldsymbol{b}
=\boldsymbol{0}
$$
となる。したがって $\boldsymbol{x}-\boldsymbol{x}_0\in N(A)$ である。$\boldsymbol{v}:=\boldsymbol{x}-\boldsymbol{x}_0$ と置けば
$$
\boldsymbol{x}=\boldsymbol{x}_0+\boldsymbol{v},
\qquad \boldsymbol{v}\in N(A)
$$
だから、任意の解は $\boldsymbol{x}_0+N(A)$ に属する。
逆に、$\boldsymbol{v}\in N(A)$ を任意に取る。$A\boldsymbol{v}=\boldsymbol{0}$ であるから
$$
A(\boldsymbol{x}_0+\boldsymbol{v})
=A\boldsymbol{x}_0+A\boldsymbol{v}
=\boldsymbol{b}+\boldsymbol{0}
=\boldsymbol{b}
$$
となる。したがって $\boldsymbol{x}_0+\boldsymbol{v}$ は元の方程式の解である。
以上により、解全体と $\boldsymbol{x}_0+N(A)$ の間の両方の包含が示された。
方程式
$$
\begin{cases}x+2y=3,\\2x+4y=6\end{cases}
$$
には $\boldsymbol{x}_0=(3,0)$ という解があります。斉次方程式は $x+2y=0$ だけに簡約されるので、$y=t$ と置けば $x=-2t$ です。したがって
$$
N(A)=
\left\{
t\begin{pmatrix}-2\\1\end{pmatrix}
\mathrel{\Big|}t\in\mathbb{R}
\right\}.
$$
定理から解全体は
$$
\begin{pmatrix}3\\0\end{pmatrix}
+t\begin{pmatrix}-2\\1\end{pmatrix}
$$
です。無数の解がある理由は、零でない「見えなくなる方向」があるからです。
第二式の右辺を $7$ に変えると、左辺は第一式の二倍なのに、右辺は二倍ではありません。したがって出力 $\boldsymbol{b}$ は行列 $A$ が到達できる範囲に入らず、解が存在しません。
最初の例では斉次方程式の解が $\boldsymbol{0}$ だけです。一つ解を見つければ、そこから動ける方向がないので、解は一意です。
抽象化の価値は、同じ計算を別の対象へ移したときに見えます。二次以下の多項式
$$
p(t)=a+bt+ct^2
$$
について $p(0)=1$、$p(1)=2$ を満たすものをすべて求めます。条件を係数について書けば
$$
a=1,
\qquad a+b+c=2.
$$
よって $a=1$、$b=1-c$ であり、$c=s$ と置くと
$$
p(t)=1+t+s(t^2-t).
$$
ここでも、一つの解 $1+t$ に、二点 $0,1$ で値が零になる多項式 $s(t^2-t)$ を足した形になっています。数ベクトルの連立方程式と多項式の条件決定問題は、同じ「一つの解+斉次問題の解」という構造をもっています。
$x^2=1$ の解は $x=1,-1$ である。一つの解 $x_0=1$ と、対応する斉次方程式 $v^2=0$ の解 $v=0$ を使っても、$x_0+v=1$ しか得られず、もう一つの解 $-1$ は得られない。
証明で使った
$$
A(\boldsymbol{x}-\boldsymbol{x}_0)
=A\boldsymbol{x}-A\boldsymbol{x}_0
$$
に対応する式は、二乗については一般に成り立たない。解集合の構造は線形性に由来する。
連立一次方程式について、次の三点を分けて考えられるようになりました。
次の連立方程式について、解が存在するかを判定し、存在する場合は解全体を「一つの解+斉次方程式の解」の形で表せ。
$$
\begin{cases}x+y+z=2,\\2x+2y+2z=4.\end{cases}
$$
第二式は第一式の2倍なので、独立な条件は $x+y+z=2$ だけである。一つの解として $(2,0,0)$ を取る。斉次方程式で $y=s,z=t$ と置けば $x=-s-t$ だから、解全体は
$$
\begin{pmatrix}2\\0\\0\end{pmatrix}
+s\begin{pmatrix}-1\\1\\0\end{pmatrix}
+t\begin{pmatrix}-1\\0\\1\end{pmatrix}
\qquad(s,t\in\mathbb{R})
$$
である。代入すると二式をともに満たす。
$A\boldsymbol{x}=\boldsymbol{b}$ が少なくとも一つ解をもつとする。この方程式の解が一意であることと、斉次方程式 $A\boldsymbol{v}=\boldsymbol{0}$ の解が $\boldsymbol{v}=\boldsymbol{0}$ だけであることが同値であると証明せよ。
非斉次方程式の解を一つ $\boldsymbol{x}_0$ とする。斉次方程式に零でない解 $\boldsymbol{v}$ があれば、解集合定理により $\boldsymbol{x}_0+\boldsymbol{v}$ も解である。$\boldsymbol{v}\ne\boldsymbol{0}$ なので $\boldsymbol{x}_0+\boldsymbol{v}\ne\boldsymbol{x}_0$ であり、解は一意でない。したがって解が一意なら斉次解は零だけである。
逆に斉次解が零だけだとする。$\boldsymbol{x},\boldsymbol{y}$ を任意の二解とすると
$$
A(\boldsymbol{x}-\boldsymbol{y})
=A\boldsymbol{x}-A\boldsymbol{y}
=\boldsymbol{b}-\boldsymbol{b}
=\boldsymbol{0}.
$$
仮定より $\boldsymbol{x}-\boldsymbol{y}=\boldsymbol{0}$、したがって $\boldsymbol{x}=\boldsymbol{y}$ である。少なくとも一つ解が存在するので、その解は一意である。
実数列 $(a_n)_{n\ge0}$ で
$$
a_{n+2}=a_{n+1}+a_n\quad(n\ge0),
\qquad
a_0+a_1=1
$$
を満たすものをすべて求めよ。初期値を一つのパラメータで表し、最初の5項を書け。
$a_0=s$ と置けば条件 $a_0+a_1=1$ から $a_1=1-s$ である。漸化式により以後の項は一意に定まり、
$$
\begin{aligned}
a_2&=a_1+a_0=1,\\
a_3&=a_2+a_1=2-s,\\
a_4&=a_3+a_2=3-s.
\end{aligned}
$$
したがって最初の5項は
$$
(a_0,a_1,a_2,a_3,a_4)=(s,1-s,1,2-s,3-s).
$$
逆に任意の $s\in\mathbb{R}$ からこの初期値で漸化式を使えば、二条件を満たす数列が得られる。よって解全体は一つの自由パラメータ $s$ をもつ。
抽象化前は各方程式を別々に解いた。抽象化後は一つの特解と斉次解の空間で全解を記述でき、多項式や数列の条件にも同じ見方を移せる。
次へ持ち越す問い
この見方を、次のページではより広い対象またはより計算しやすい形へ移す。
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