高校数学の連立方程式から始め、抽象的なベクトル空間・線形写像を導入したことで、解の自由度、座標の変更、最良近似がどう統一されるかを説明する。到達点は実対称行列のスペクトル定理と、その二次式への応用である。初めから他の大学教科書を読んでいることは仮定しない。抽象的な定義を置くだけで終えない。消去法の背後にある核・像、基底変換の背後にある写像、射影の背後にある最小二乗法、直交対角化の背後にある混合項の除去を、各段階で計算して確かめる。
第1章から先を読むために必要な道具を、最小限そろえる章である。出発点は二元の連立一次方程式で、式を入れ替える、式に零でない数を掛ける、ある式の定数倍を別の式へ足す、という三つの操作が解の集合を変えないことを確かめる。これがのちの行基本変形の原型になる。そのうえで、集合・写像・論理の読み方、複素数と体(係数をどの範囲の数で考えるか)、定義・定理・証明の組み立て方、多項式の除法と Bézout の恒等式、同値関係と商集合を、必要になった場面で引き返せる形でまとめる。まず 0-1 までを読めば第1章へ進める。残りは、第2章以降で「なぜそう言えるのか」を確かめたくなったときに戻る場所である。
連立一次方程式 $Ax=b$ を行列で書き、解がない・ただ一つ・無数にある、という三つの場合を、拡大係数行列の簡約階段形から読み取れるようにする章である。行列とベクトル、行列の積を写像の合成として捉えるところから始め、行基本変形と Gauss 消去法、簡約階段形が一意に決まること、階数と可解性、逆行列と基本行列、消去の履歴を保存する LU 分解へ進む。最後の頁で、解の集合は「一つの特解に、斉次方程式の解の全体を足したもの」という形をしていることを示す。この見方が、第3章の核と像、さらに第2章のベクトル空間の動機になる。計算の手順を覚えるだけでなく、各操作がなぜ解を変えないのかを毎回確かめながら進む。
列ベクトルだけでなく、多項式や関数のように「足せる・定数倍できる」ものを同じ言葉で扱うために、ベクトル空間を公理で定める章である。部分空間、線形結合と線形包、線形独立と線形従属、基底と座標を順に導入し、交換定理によって基底の本数が基底の選び方に依らないこと(次元)を証明する。続いて基底の延長、二つの部分空間の和と共通部分に関する次元公式、直和と補空間を扱い、空間を部分に分けて調べる道具を得る。ここまでは、第1章の消去法の計算を「空間の構造」として読み直す作業でもある。ここで得る次元の考え方は、以後のすべての章の土台になる。
行列を、数の表ではなく「空間から空間への線形写像」として読む章である。線形写像の定義から出発し、核と像、両者の次元を結ぶ次元定理、同型と座標空間を扱う。基底を選ぶと線形写像は行列で表され、写像の合成が行列の積に対応すること、基底を取り替えると行列が $P^{-1}AP$ の形で変わること(相似)を示す。後半では商空間を導入し、第一同型定理によって「定義域を核で割ると像と同一視できる」ことを確かめる。どの量が基底の選び方に依存し、どの量が写像そのものの性質なのかを見分けられるようになるのが、この章の目標である。
正方行列が可逆かどうかを、一つの数で判定する道具として行列式を作る章である。平面の符号付き面積の性質(列を入れ替えると符号が変わる、同じ列が並ぶと零になる)を手がかりに、面積・体積と交代性から出発して、置換と符号による定義、存在と一意性の証明、行基本変形と余因子展開による計算法へ進む。さらに、積の行列式が行列式の積になること、行列式が零でないことと可逆であることの同値、隣伴行列と Cramer の公式を示す。最後に、行列式の絶対値が体積の拡大率を、符号が向きを表すことを確かめる。定義を覚えるのではなく、なぜこの形の定義が必要になるのかを、性質の側から追う。
一つの線形変換を、互いに混ざらない方向に分けて調べる章である。変換が対角行列で表される基底があれば、各方向は他の方向と干渉せず定数倍されるだけで、繰り返しの計算も見通しがよくなる。そのような基底があるための条件を、固有値と固有ベクトル、固有多項式と相似で変わらない量、異なる固有値の固有ベクトルの独立性、対角化の判定という順に調べる。固有値が存在するだけでは十分でなく、固有ベクトルが基底をなすかどうかが本質であることを、対角化できない例で確かめる。対角化できない場合の標準形は、続編で扱う。
長さと角度を測る構造として内積を導入し、解のない方程式に「最も近い答え」を与える章である。内積とノルム、Cauchy–Schwarz の不等式と三角不等式、直交補空間を順に示す。続いて Gram–Schmidt 法で正規直交基底を作り、QR 分解へまとめ、部分空間への直交射影が最良近似になることと、最小二乗法の正規方程式を導く。最後に、長さを保つ座標変換である直交変換を調べる。「誤差は近似する空間と直交する」という一つの考えを、射影・最小二乗・QR 分解の三つの姿で繰り返し確かめる。ここで得た正規直交基底が、終章の直交対角化につながる。
本書の到達点として、実対称行列が直交行列で対角化できることを証明する章である。たとえば $2x^2+2xy+2y^2$ には混合項 $xy$ があるが、座標を回転すると $3s^2+t^2$ の形になり、二つの方向の寄与を別々に読める。一般の対角化では基底変換が長さや角度を変えてしまうのに対し、第6章で学んだ内積を使うと、幾何を保ったまま混合項を消せる。証明では、固有値の存在、固有ベクトルの直交補空間が不変であること、帰納法による正規直交基底の構成を、実数の範囲で一つずつ確かめる。第1章から積み上げた道具がすべて使われる。
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