7-1 実対称行列のスペクトル定理――混ざった座標から固有方向へ

$$\newcommand{AA}[0]{\mathscr{A}} \newcommand{abs}[1]{\left\lvert#1\right\rvert} \newcommand{angleb}[1]{\left\langle #1 \right\rangle} \newcommand{Arg}[0]{\operatorname{Arg}} \newcommand{Ba}[0]{\mathbf{a}} \newcommand{BB}[0]{\mathscr{B}} \newcommand{Bb}[0]{\mathbf{b}} \newcommand{Be}[0]{\mathbf{e}} \newcommand{Bu}[0]{\mathbf{u}} \newcommand{Bv}[0]{\mathbf{v}} \newcommand{Bw}[0]{\mathbf{w}} \newcommand{Bx}[0]{\mathbf{x}} \newcommand{By}[0]{\mathbf{y}} \newcommand{Bzr}[0]{\mathbf{0}} \newcommand{C}[0]{\mathbb{C}} \newcommand{CC}[0]{\mathscr{C}} \newcommand{F}[0]{\mathbb{F}} \newcommand{floor}[1]{\left\lfloor#1\right\rfloor} \newcommand{im}[0]{\operatorname{Im}} \newcommand{ind}[0]{\mathrm{ind}} \newcommand{K}[0]{\mathbb{K}} \newcommand{Ker}[0]{\operatorname{Ker}} \newcommand{L}[0]{\mathbb{L}} \newcommand{mmod}[1]{\ \left(\mathrm{mod}\ #1\right)} \newcommand{Mod}[1]{\ \left(\mathrm{mod}\ #1\right)} \newcommand{N}[0]{\mathbf{N}} \newcommand{ord}[0]{\mathrm{ord}} \newcommand{Q}[0]{\mathbb{Q}} \newcommand{R}[0]{\mathbb{R}} \newcommand{rank}[0]{\operatorname{rank}} \newcommand{span}[0]{\operatorname{span}} \newcommand{SS}[0]{\mathscr{S}} \newcommand{TT}[0]{\mathscr{T}} \newcommand{UU}[0]{\mathscr{U}} \newcommand{wenvert}[1]{\left\lvert\left\lvert#1\right\rvert\right\rvert} \newcommand{Z}[0]{\mathbb{Z}} $$

なぜ、普通の対角化では足りないか

$2x^2+2xy+2y^2$ には混合項 $xy$ がある。座標を変えて $3s^2+t^2$ にできれば、二方向の寄与を別々に読める。しかし、一般の対角化 $P^{-1}AP=D$ では、基底変換 $P$ が長さや角度まで変えてしまうかもしれない。内積を学んだ見返りは、幾何を保ったまま混合を消せることである。
このページでは実数の範囲で証明まで行う。有限次元の基底と次元、実内積と直交補、固有ベクトル、および高校数学で扱う実数列と一変数の微分を使う。複素正規作用素と随伴作用素は200『線形代数学II』で扱う。
実正方行列 $A$ が $A^{\mathsf T}=A$ を満たすとき実対称行列という。$Q^{\mathsf T}Q=I$ を満たす実正方行列 $Q$ を直交行列という。このとき $Q^{-1}=Q^{\mathsf T}$ であり、その列は正規直交基底である。

実対称行列のスペクトル定理

$A\in M_n(\mathbb R)$ が実対称なら、ある直交行列 $Q$ と実対角行列 $D$ が存在して
$$Q^{\mathsf T}AQ=D,\qquad A=QDQ^{\mathsf T}$$
となる。$D$ の対角成分は固有値であり、$Q$ の各列は対応する単位固有ベクトルである。逆に、この形に書ける実行列は対称である。

証明の核心は、固有方向を一本見つけ、その直交補の中でも同じ問題を繰り返すことである。一本目の存在を曖昧にしないため、実数列についての準備から始める。

準備:最大となる単位ベクトルを取る

有界列の部分列

有界な実数列には収束する部分列がある。

区間を半分ずつ狭める

全項を含む閉区間 $I_0$ を取る。これを半分に分けると、少なくとも片方に列の項が無限個ある。その片方を $I_1$ とし、繰り返して $I_0\supset I_1\supset\cdots$ を作る。$I_k$ の長さは $|I_0|/2^k$ である。各 $I_k$ の項を、前に選んだ項より後から一つずつ選べば部分列 $(a_{m_k})$ を得る。
$I_k=[\ell_k,r_k]$ と書く。$\ell_k$ は単調増加で上に有界なので、実数の連続性によりある $a$ に収束する。$r_k-\ell_k\to0$ より $r_k\to a$。$a_{m_k}\in I_k$ だから、はさみうちで $a_{m_k}\to a$ となる。

球面上の最大値

単位球面 $S^{n-1}=\{x\in\mathbb R^n:\|x\|=1\}$ 上の連続函数 $f$ は最大値を取る。

座標ごとに部分列を取る

単位ベクトルの各座標は絶対値が $1$ 以下である。したがって単位ベクトル列から、第1座標、次に第2座標という順に前の補題を適用し、全座標が収束する部分列 $x_{m_k}\to u$ を取れる。ノルムの連続性から $\|u\|=1$ である。
まず $f$ は上に有界である。そうでなければ $f(x_k)>k$ という列が存在し、上記の部分列で $f(x_{m_k})\to f(u)$ となることに矛盾する。$M=\sup_{S^{n-1}}f$ と置き、$f(x_k)>M-1/k$ となる単位ベクトル列を取る。再び収束部分列を取れば、連続性とはさみうちにより、その極限 $u$ は $f(u)=M$ を満たす。

ここで必要としたのは、実数の連続性と座標ごとの極限だけである。多変数の極値定理や抽象的なコンパクト性を前提にしていない。

対称性から固有方向が生まれる

実固有値の存在

実対称行列 $A$ には実固有値と単位固有ベクトルがある。

最大方向を微小に動かす

$R(x)=x^{\mathsf T}Ax$ は多項式なので連続であり、前の補題から単位球面上で最大となる単位ベクトル $u$ がある。$u\perp v$ となる任意の $v$ について
$$g(t)=R\!\left(\frac{u+tv}{\|u+tv\|}\right) =\frac{u^{\mathsf T}Au+2t\,v^{\mathsf T}Au+t^2v^{\mathsf T}Av}{1+t^2\|v\|^2}$$
と置く。分子の交差項をまとめられるのは $A^{\mathsf T}=A$ だからである。$g$ は $t=0$ で最大なので $g'(0)=0$。式を微分すると $g'(0)=2v^{\mathsf T}Au$ だから、$u\perp v$ なら $v^{\mathsf T}Au=0$。
$\lambda=u^{\mathsf T}Au$、$w=Au-\lambda u$ と置くと $w\perp u$。直前の結論へ $v=w$ を代入して
$$0=w^{\mathsf T}Au=w^{\mathsf T}(w+\lambda u)=\|w\|^2$$
を得る。ゆえに $w=0$、すなわち $Au=\lambda u$ である。

極値の微分が零という条件が、対称性を介して固有ベクトルの方程式に変わった。

スペクトル定理

次元 $n$ の帰納法で示す。$n=1$ は明らかである。補題から単位固有ベクトル $u$ と $Au=\lambda u$ を取る。$x\perp u$ なら
$$u^{\mathsf T}Ax=(Au)^{\mathsf T}x=\lambda u^{\mathsf T}x=0$$
なので、$u^\perp$ は $A$ で不変である。この空間の次元は $n-1$、制限 $A|_{u^\perp}$ も対称である。帰納法で $u^\perp$ の正規直交固有基底を取り、それへ $u$ を加えると全空間の正規直交固有基底 $q_1,\ldots,q_n$ になる。
列を $q_i$ とする行列 $Q$ は $Q^{\mathsf T}Q=I$。$Aq_i=\lambda_iq_i$ を並べると $AQ=QD$ だから $Q^{\mathsf T}AQ=D$。逆に $A=QDQ^{\mathsf T}$ なら、$D^{\mathsf T}=D$ より $A^{\mathsf T}=QD^{\mathsf T}Q^{\mathsf T}=A$ である。

固有値に重複があっても、この帰納法は使える。各段階で直交補に制限しているから、固有ベクトルの直交性を事前に仮定していない。

混合項を実際に消す

$$A=\begin{pmatrix}2&1\\1&2\end{pmatrix},\qquad 2x^2+2xy+2y^2=\begin{pmatrix}x&y\end{pmatrix}A\binom{x}{y}.$$
$\det(tI-A)=(t-2)^2-1=(t-3)(t-1)$ なので固有値は $3,1$。単位固有ベクトルを列に並べて
$$Q=\frac1{\sqrt2}\begin{pmatrix}1&1\\1&-1\end{pmatrix},\qquad Q^{\mathsf T}AQ=\begin{pmatrix}3&0\\0&1\end{pmatrix}$$
を得る。$\binom{x}{y}=Q\binom{s}{t}$ とすると $x=(s+t)/\sqrt2$、$y=(s-t)/\sqrt2$ で、直接代入しても
$$2x^2+2xy+2y^2=3s^2+t^2$$
となる。楕円 $2x^2+2xy+2y^2=1$ の主軸は $(1,1)$ と $(1,-1)$ の方向で、半径はそれぞれ $1/\sqrt3$ と $1$ である。
対称でない $B=\begin{pmatrix}1&1\\0&2\end{pmatrix}$ は固有値 $1,2$ が異なり普通には対角化できるが、二つの固有方向 $(1,0)$ と $(1,1)$ は直交しない。もし直交対角化できれば定理の逆向きから $B$ は対称となるはずで、矛盾する。

別の場所で見える同じ計算

二つの質点の変位 $z=(z_1,z_2)^{\mathsf T}$ が $z''=-Kz$、$K=\begin{pmatrix}2&-1\\-1&2\end{pmatrix}$ を満たすとする。$K$ の固有方向 $(1,1)$ と $(1,-1)$ は同じ向き・逆向きに動くモードである。$K$ を直交対角化し $z=Qw$ と書けば、$w''=-\operatorname{diag}(1,3)w$ となり二つの式が分離する。時間函数そのものの解法は260『常微分方程式と力学系』へ譲るが、独立な運動を見つける仕事は線形代数が終えている。

確認問題

$C=\begin{pmatrix}4&2\\2&1\end{pmatrix}$ の固有値と正規直交固有基底を求め、$4x^2+4xy+y^2$ を新しい座標で書き直そう。零点集合も求めよう。

計算と答え
$\det(tI-C)=t(t-5)$ なので固有値は $5,0$。対応する単位固有ベクトルとして $q_1=(2,1)^{\mathsf T}/\sqrt5$、$q_2=(-1,2)^{\mathsf T}/\sqrt5$ を取れる。$Q=(q_1\ q_2)$ として $\binom{x}{y}=Q\binom{s}{t}$ と置けば式は $5s^2$。零点集合は $s=0$、すなわち $2x+y=0$ である。

この教科書では「方程式を消去する」「空間の基底を選ぶ」「作用素を対角化する」「内積を保ったまま対角化する」という四段階を通った。「線形代数学II」では、対角化できない作用素の標準形、複素正規作用素、二次形式の分類へ進む。

参考文献

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線形代数学I ― 連立方程式からベクトル空間・線形写像までの表紙