連立方程式の係数を表にしただけで、なぜ計算が整理され、別の問題にも再利用できるのだろうか。
このページでできるようになること
行列を数表ではなく、ベクトルを別のベクトルへ送る規則として読めるようになる。
未知数が2個なら代入法で解ける。未知数が100個でも、同じ原理を迷わず実行し、解がない・一つだけ・無数にある場合を見分けられるだろうか。行列は数表を短く書くためだけでなく、方程式の構造を計算可能にする言語である。
三本、四本と方程式が増えると、未知数の名前を毎回書くこと自体が計算の妨げになります。行列は、方程式の係数を失わずに圧縮し、同じ計算を規則的に行うための記法です。
$$
\begin{cases}
2x-y+3z=4,\\
x+2y-z=1
\end{cases}
$$
では、左辺の係数を
$$
A=\begin{pmatrix}2&-1&3\\1&2&-1\end{pmatrix}
$$
と並べます。$A$ は2行3列の行列です。入力と右辺を列ベクトル
$$
\boldsymbol{x}=\begin{pmatrix}x\\y\\z\end{pmatrix},
\qquad
\boldsymbol{b}=\begin{pmatrix}4\\1\end{pmatrix}
$$
とすれば、方程式は $A\boldsymbol{x}=\boldsymbol{b}$ と書けます。
体 $K$ の元を長方形に並べたものを行列という。$m$ 行 $n$ 列の行列全体を $M_{m,n}(K)$ と書く。行列 $A$ の第 $i$ 行第 $j$ 列の成分を $a_{ij}$ と書き、$A=(a_{ij})$ と表す。
二つの行列が等しいとは、型が同じで、対応するすべての成分が等しいことです。行列は成分の配置も情報なので、同じ数を含んでいても配置が違えば異なる行列です。
行列の型は計算可能性を決めます。$m\times n$ 行列は、$n$ 成分の入力から $m$ 成分の出力を作ります。
$A=(a_{ij}),B=(b_{ij})$ の行列の加法とスカラー倍|加法とスカラー倍を考える。$A=(a_{ij}),B=(b_{ij})\in M_{m,n}(K)$ と $c\in K$ に対して
$$
A+B:=(a_{ij}+b_{ij}),
\qquad
cA:=(ca_{ij})
$$
と定める。異なる型の行列同士の加法は定義しない。
同じ型の行列 $A=(a_{ij}),B=(b_{ij})$ に対して
$$
A+B=(a_{ij}+b_{ij}),
\qquad
cA=(ca_{ij})
$$
と定めます。これは連立方程式を辺々加える操作と整合します。
各列が標準基底の行き先を表すことを確かめ、一般の入力を列の線形結合へ分解する。
同じ型の行列 $A,B,C$ と $c,d\in K$ に対して
$$
(A+B)+C=A+(B+C),
$$
$$
A+B=B+A,
$$
$$
c(A+B)=cA+cB,
\qquad
(c+d)A=cA+dA
$$
が成り立つ。
二つの行列が等しいことは、対応するすべての成分が等しいことと同値である。たとえば第 $i,j$ 成分について
$$
((A+B)+C)_{ij}=(a_{ij}+b_{ij})+c_{ij}
=a_{ij}+(b_{ij}+c_{ij})=(A+(B+C))_{ij}.
$$
体 $K$ の加法の結合法則を使った。他の三式も各成分で、$K$ の交換法則または分配法則を適用すれば得られる。すべての成分が一致するので行列が一致する。
$A$ の列を $\boldsymbol{a}_1,\ldots,\boldsymbol{a}_n$ と書けば
$$
A\boldsymbol{x}
=x_1\boldsymbol{a}_1+\cdots+x_n\boldsymbol{a}_n.
$$
実際、第 $i$ 成分は右辺でも $\sum_jx_ja_{ij}$ です。この等式により、方程式 $A\boldsymbol{x}=\boldsymbol{b}$ は「$\boldsymbol{b}$ を $A$ の列の線形結合で作れるか」という問題になります。
$A\in M_{m,n}(K)$、$\boldsymbol{x},\boldsymbol{y}\in K^n$、$c\in K$ に対して
$$
A(\boldsymbol{x}+\boldsymbol{y})=A\boldsymbol{x}+A\boldsymbol{y},
\qquad
A(c\boldsymbol{x})=c(A\boldsymbol{x})
$$
が成り立つ。
各成分を比較する。第 $i$ 成分について
$$
\begin{aligned}
\bigl(A(\boldsymbol{x}+\boldsymbol{y})\bigr)_i
&=\sum_{j=1}^na_{ij}(x_j+y_j)\\
&=\sum_{j=1}^na_{ij}x_j+\sum_{j=1}^na_{ij}y_j\\
&=(A\boldsymbol{x})_i+(A\boldsymbol{y})_i.
\end{aligned}
$$
すべての成分が一致するので第一式が成り立つ。同様に
$$
\bigl(A(c\boldsymbol{x})\bigr)_i
=\sum_{j=1}^na_{ij}(cx_j)
=c\sum_{j=1}^na_{ij}x_j
=\bigl(c(A\boldsymbol{x})\bigr)_i
$$
だから第二式も成り立つ。
$A\in M_{m,n}(K)$ と $x\in K^n$ に対して、$Ax\in K^m$ の第 $i$ 成分を
$$
(Ax)_i=\sum_{j=1}^na_{ij}x_j
$$
と定めます。各行と入力の成分を掛けて足したものです。
最初の例では
$$
A\boldsymbol{x}
=\begin{pmatrix}
2x-y+3z\\
x+2y-z
\end{pmatrix}.
$$
したがって行列方程式は元の二式を正確に記録しています。
列ベクトル $a_1,\ldots,a_n$ を $A$ の各列とすると
$$
Ax=x_1a_1+\cdots+x_na_n.
$$
つまり $Ax=b$ を解くことは、$b$ を $A$ の列の線形結合として表す係数を探すことでもあります。この見方は後に像と列空間になります。
$A=(a_{ij})\in M_{m,n}(K)$ に対して、行と列を入れ替えた $n\times m$ 転置行列 ${}^{\mathsf T}\!A$ を
$$
({}^{\mathsf T}\!A)_{ij}=a_{ji}
$$
で定める。
たとえば
$$
A=\begin{pmatrix}1&2&3\\4&5&6\end{pmatrix}
\quad\Longrightarrow\quad
{}^{\mathsf T}\!A=
\begin{pmatrix}1&4\\2&5\\3&6\end{pmatrix}.
$$
各列が標準基底の行き先を表すことを確かめ、一般の入力を列の線形結合へ分解する。
$$ {}^{\mathsf T}({}^{\mathsf T}\!A)=A, \qquad {}^{\mathsf T}(A+B)={}^{\mathsf T}\!A+{}^{\mathsf T}\!B. $$
第一式の第 $i,j$ 成分は $({}^{\mathsf T}\!A)_{ji}=a_{ij}$ である。第二式の第 $i,j$ 成分は $(A+B)_{ji}=a_{ji}+b_{ji}$ で、右辺の同じ成分と一致する。
$2\times3$ 行列と $3\times2$ 行列では、対応させる成分がないため加法を定義しない。式を書く前に型を確認する習慣が、行列計算の多くの誤りを防ぐ。
$$
A=\begin{pmatrix}1&2\\3&-1\\0&4\end{pmatrix},
\qquad
x=\begin{pmatrix}2\\-1\end{pmatrix}
$$
について $Ax$ を成分計算と列の線形結合の二通りで求めよ。
成分計算では
$$
Ax=\begin{pmatrix}1\cdot2+2(-1)\\3\cdot2+(-1)(-1)\\0\cdot2+4(-1)\end{pmatrix}
=\begin{pmatrix}0\\7\\-4\end{pmatrix}.
$$
列で計算しても
$$
2\begin{pmatrix}1\\3\\0\end{pmatrix}
-\begin{pmatrix}2\\-1\\4\end{pmatrix}
=\begin{pmatrix}0\\7\\-4\end{pmatrix}
$$
となる。
$A\in M_{2,3}(K)$、$B\in M_{3,2}(K)$、$C\in M_{2,3}(K)$ とする。$A+B$、$A+C$、$A\boldsymbol{x}$ が定義される条件を述べ、それぞれ定義される場合の型を答えよ。
$A$ と $B$ は型が異なるので $A+B$ は定義されない。$A$ と $C$ はともに $2\times3$ なので $A+C\in M_{2,3}(K)$ である。$A\boldsymbol{x}$ は $\boldsymbol{x}\in K^3$ のとき定義され、結果は $K^2$ の列ベクトルである。
$p(t)=a+bt+ct^2$ に対し、$(p(0),p(1),p(2))^\mathsf{T}$ を $(a,b,c)^\mathsf{T}$ へ掛ける行列として表せ。$p(t)=1-t+2t^2$ で検算せよ。
$$
\begin{pmatrix}p(0)\\p(1)\\p(2)\end{pmatrix}
=
\begin{pmatrix}
1&0&0\\
1&1&1\\
1&2&4
\end{pmatrix}
\begin{pmatrix}a\\b\\c\end{pmatrix}.
$$
$(a,b,c)=(1,-1,2)$ を代入すると右辺は
$$
\begin{pmatrix}1\\2\\7\end{pmatrix}.
$$
直接計算でも $p(0)=1,p(1)=2,p(2)=7$ となり一致する。
次は、二つの行列作用を続けて行うとき、なぜ行列積という定義が必要になるかを調べます。
係数の羅列が一つの作用になった。方程式・幾何変換・データ処理を同じ記法で扱う準備ができた。
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