1-1 行列とベクトル

$$\newcommand{AA}[0]{\mathscr{A}} \newcommand{abs}[1]{\left\lvert#1\right\rvert} \newcommand{angleb}[1]{\left\langle #1 \right\rangle} \newcommand{Arg}[0]{\operatorname{Arg}} \newcommand{Ba}[0]{\mathbf{a}} \newcommand{BB}[0]{\mathscr{B}} \newcommand{Bb}[0]{\mathbf{b}} \newcommand{Be}[0]{\mathbf{e}} \newcommand{Bu}[0]{\mathbf{u}} \newcommand{Bv}[0]{\mathbf{v}} \newcommand{Bw}[0]{\mathbf{w}} \newcommand{Bx}[0]{\mathbf{x}} \newcommand{By}[0]{\mathbf{y}} \newcommand{Bzr}[0]{\mathbf{0}} \newcommand{C}[0]{\mathbb{C}} \newcommand{CC}[0]{\mathscr{C}} \newcommand{F}[0]{\mathbb{F}} \newcommand{floor}[1]{\left\lfloor#1\right\rfloor} \newcommand{im}[0]{\operatorname{Im}} \newcommand{ind}[0]{\mathrm{ind}} \newcommand{K}[0]{\mathbb{K}} \newcommand{Ker}[0]{\operatorname{Ker}} \newcommand{L}[0]{\mathbb{L}} \newcommand{mmod}[1]{\ \left(\mathrm{mod}\ #1\right)} \newcommand{Mod}[1]{\ \left(\mathrm{mod}\ #1\right)} \newcommand{N}[0]{\mathbf{N}} \newcommand{ord}[0]{\mathrm{ord}} \newcommand{Q}[0]{\mathbb{Q}} \newcommand{R}[0]{\mathbb{R}} \newcommand{rank}[0]{\operatorname{rank}} \newcommand{span}[0]{\operatorname{span}} \newcommand{SS}[0]{\mathscr{S}} \newcommand{TT}[0]{\mathscr{T}} \newcommand{UU}[0]{\mathscr{U}} \newcommand{wenvert}[1]{\left\lvert\left\lvert#1\right\rvert\right\rvert} \newcommand{Z}[0]{\mathbb{Z}} $$

読み始める前の問い

連立方程式の係数を表にしただけで、なぜ計算が整理され、別の問題にも再利用できるのだろうか。
このページでできるようになること
行列を数表ではなく、ベクトルを別のベクトルへ送る規則として読めるようになる。

この章を貫く問い

未知数が2個なら代入法で解ける。未知数が100個でも、同じ原理を迷わず実行し、解がない・一つだけ・無数にある場合を見分けられるだろうか。行列は数表を短く書くためだけでなく、方程式の構造を計算可能にする言語である。
三本、四本と方程式が増えると、未知数の名前を毎回書くこと自体が計算の妨げになります。行列は、方程式の係数を失わずに圧縮し、同じ計算を規則的に行うための記法です。

係数を表にする

$$ \begin{cases} 2x-y+3z=4,\\ x+2y-z=1 \end{cases} $$
では、左辺の係数を
$$ A=\begin{pmatrix}2&-1&3\\1&2&-1\end{pmatrix} $$
と並べます。$A$ は2行3列の行列です。入力と右辺を列ベクトル
$$ \boldsymbol{x}=\begin{pmatrix}x\\y\\z\end{pmatrix}, \qquad \boldsymbol{b}=\begin{pmatrix}4\\1\end{pmatrix} $$
とすれば、方程式は $A\boldsymbol{x}=\boldsymbol{b}$ と書けます。

行列

体 $K$ の元を長方形に並べたものを行列という。$m$ 行 $n$ 列の行列全体を $M_{m,n}(K)$ と書く。行列 $A$ の第 $i$ 行第 $j$ 列の成分を $a_{ij}$ と書き、$A=(a_{ij})$ と表す。

行列の型・成分・零行列

$m$ 行 $n$ 列の行列全体を $M_{m,n}(K)$ と書く。行列 $A$ の第 $i$ 行第 $j$ 列の成分を $a_{ij}$ または $(A)_{ij}$ と書く。すべての成分が零である $m\times n$ 行列を零行列といい $O_{m,n}$ と書く。型が明らかな場合は単に $O$ と書く。
$m=n$ の行列を正方行列という。正方行列 $A=(a_{ij})$ の対角成分は $a_{11},\ldots,a_{nn}$ である。

二つの行列が等しいとは、型が同じで、対応するすべての成分が等しいことです。行列は成分の配置も情報なので、同じ数を含んでいても配置が違えば異なる行列です。
行列の型は計算可能性を決めます。$m\times n$ 行列は、$n$ 成分の入力から $m$ 成分の出力を作ります。

加法とスカラー倍

行列の加法とスカラー倍

$A=(a_{ij}),B=(b_{ij})$ の行列の加法とスカラー倍|加法とスカラー倍を考える。$A=(a_{ij}),B=(b_{ij})\in M_{m,n}(K)$ と $c\in K$ に対して
$$ A+B:=(a_{ij}+b_{ij}), \qquad cA:=(ca_{ij}) $$
と定める。異なる型の行列同士の加法は定義しない。

同じ型の行列 $A=(a_{ij}),B=(b_{ij})$ に対して
$$ A+B=(a_{ij}+b_{ij}), \qquad cA=(ca_{ij}) $$
と定めます。これは連立方程式を辺々加える操作と整合します。

証明を読む前の見取り図

各列が標準基底の行き先を表すことを確かめ、一般の入力を列の線形結合へ分解する。

行列の加法の基本法則

同じ型の行列 $A,B,C$ と $c,d\in K$ に対して
$$ (A+B)+C=A+(B+C), $$
$$ A+B=B+A, $$
$$ c(A+B)=cA+cB, \qquad (c+d)A=cA+dA $$
が成り立つ。

成分ごとの確認

二つの行列が等しいことは、対応するすべての成分が等しいことと同値である。たとえば第 $i,j$ 成分について
$$ ((A+B)+C)_{ij}=(a_{ij}+b_{ij})+c_{ij} =a_{ij}+(b_{ij}+c_{ij})=(A+(B+C))_{ij}. $$
体 $K$ の加法の結合法則を使った。他の三式も各成分で、$K$ の交換法則または分配法則を適用すれば得られる。すべての成分が一致するので行列が一致する。

行列と列ベクトルの積

列ベクトルと行列ベクトル積

$K^n$ の元
$$ \boldsymbol{x}= \begin{pmatrix}x_1\\ \vdots\\ x_n\end{pmatrix} $$
を $n$ 次列ベクトルという。$A=(a_{ij})\in M_{m,n}(K)$ と $\boldsymbol{x}\in K^n$ に対し、行列ベクトル積 $A\boldsymbol{x}\in K^m$ を
$$ (A\boldsymbol{x})_i:=\sum_{j=1}^n a_{ij}x_j \qquad(1\le i\le m) $$
で定める。

$A$ の列を $\boldsymbol{a}_1,\ldots,\boldsymbol{a}_n$ と書けば
$$ A\boldsymbol{x} =x_1\boldsymbol{a}_1+\cdots+x_n\boldsymbol{a}_n. $$
実際、第 $i$ 成分は右辺でも $\sum_jx_ja_{ij}$ です。この等式により、方程式 $A\boldsymbol{x}=\boldsymbol{b}$ は「$\boldsymbol{b}$ を $A$ の列の線形結合で作れるか」という問題になります。

行列ベクトル積の線形性

$A\in M_{m,n}(K)$、$\boldsymbol{x},\boldsymbol{y}\in K^n$、$c\in K$ に対して
$$ A(\boldsymbol{x}+\boldsymbol{y})=A\boldsymbol{x}+A\boldsymbol{y}, \qquad A(c\boldsymbol{x})=c(A\boldsymbol{x}) $$
が成り立つ。

各成分を比較する。第 $i$ 成分について
$$ \begin{aligned} \bigl(A(\boldsymbol{x}+\boldsymbol{y})\bigr)_i &=\sum_{j=1}^na_{ij}(x_j+y_j)\\ &=\sum_{j=1}^na_{ij}x_j+\sum_{j=1}^na_{ij}y_j\\ &=(A\boldsymbol{x})_i+(A\boldsymbol{y})_i. \end{aligned} $$
すべての成分が一致するので第一式が成り立つ。同様に
$$ \bigl(A(c\boldsymbol{x})\bigr)_i =\sum_{j=1}^na_{ij}(cx_j) =c\sum_{j=1}^na_{ij}x_j =\bigl(c(A\boldsymbol{x})\bigr)_i $$
だから第二式も成り立つ。

$A\in M_{m,n}(K)$ と $x\in K^n$ に対して、$Ax\in K^m$ の第 $i$ 成分を
$$ (Ax)_i=\sum_{j=1}^na_{ij}x_j $$
と定めます。各行と入力の成分を掛けて足したものです。
最初の例では
$$ A\boldsymbol{x} =\begin{pmatrix} 2x-y+3z\\ x+2y-z \end{pmatrix}. $$
したがって行列方程式は元の二式を正確に記録しています。
列ベクトル $a_1,\ldots,a_n$ を $A$ の各列とすると
$$ Ax=x_1a_1+\cdots+x_na_n. $$
つまり $Ax=b$ を解くことは、$b$ を $A$ の列の線形結合として表す係数を探すことでもあります。この見方は後に像と列空間になります。

転置

転置行列

$A=(a_{ij})\in M_{m,n}(K)$ に対して、行と列を入れ替えた $n\times m$ 転置行列 ${}^{\mathsf T}\!A$ を
$$ ({}^{\mathsf T}\!A)_{ij}=a_{ji} $$
で定める。

たとえば
$$ A=\begin{pmatrix}1&2&3\\4&5&6\end{pmatrix} \quad\Longrightarrow\quad {}^{\mathsf T}\!A= \begin{pmatrix}1&4\\2&5\\3&6\end{pmatrix}. $$

証明を読む前の見取り図

各列が標準基底の行き先を表すことを確かめ、一般の入力を列の線形結合へ分解する。

転置の基本法則

$$ {}^{\mathsf T}({}^{\mathsf T}\!A)=A, \qquad {}^{\mathsf T}(A+B)={}^{\mathsf T}\!A+{}^{\mathsf T}\!B. $$

第一式の第 $i,j$ 成分は $({}^{\mathsf T}\!A)_{ji}=a_{ij}$ である。第二式の第 $i,j$ 成分は $(A+B)_{ji}=a_{ji}+b_{ji}$ で、右辺の同じ成分と一致する。

型の異なる行列は足せない

$2\times3$ 行列と $3\times2$ 行列では、対応させる成分がないため加法を定義しない。式を書く前に型を確認する習慣が、行列計算の多くの誤りを防ぐ。

演習

列の線形結合

$$ A=\begin{pmatrix}1&2\\3&-1\\0&4\end{pmatrix}, \qquad x=\begin{pmatrix}2\\-1\end{pmatrix} $$
について $Ax$ を成分計算と列の線形結合の二通りで求めよ。

解答

成分計算では
$$ Ax=\begin{pmatrix}1\cdot2+2(-1)\\3\cdot2+(-1)(-1)\\0\cdot2+4(-1)\end{pmatrix} =\begin{pmatrix}0\\7\\-4\end{pmatrix}. $$
列で計算しても
$$ 2\begin{pmatrix}1\\3\\0\end{pmatrix} -\begin{pmatrix}2\\-1\\4\end{pmatrix} =\begin{pmatrix}0\\7\\-4\end{pmatrix} $$
となる。

行列演算の型

$A\in M_{2,3}(K)$、$B\in M_{3,2}(K)$、$C\in M_{2,3}(K)$ とする。$A+B$、$A+C$、$A\boldsymbol{x}$ が定義される条件を述べ、それぞれ定義される場合の型を答えよ。

解答

$A$ と $B$ は型が異なるので $A+B$ は定義されない。$A$ と $C$ はともに $2\times3$ なので $A+C\in M_{2,3}(K)$ である。$A\boldsymbol{x}$ は $\boldsymbol{x}\in K^3$ のとき定義され、結果は $K^2$ の列ベクトルである。

多項式評価を行列で書く

$p(t)=a+bt+ct^2$ に対し、$(p(0),p(1),p(2))^\mathsf{T}$ を $(a,b,c)^\mathsf{T}$ へ掛ける行列として表せ。$p(t)=1-t+2t^2$ で検算せよ。

解答

$$ \begin{pmatrix}p(0)\\p(1)\\p(2)\end{pmatrix} = \begin{pmatrix} 1&0&0\\ 1&1&1\\ 1&2&4 \end{pmatrix} \begin{pmatrix}a\\b\\c\end{pmatrix}. $$
$(a,b,c)=(1,-1,2)$ を代入すると右辺は
$$ \begin{pmatrix}1\\2\\7\end{pmatrix}. $$
直接計算でも $p(0)=1,p(1)=2,p(2)=7$ となり一致する。

次は、二つの行列作用を続けて行うとき、なぜ行列積という定義が必要になるかを調べます。

このページで回収したもの

係数の羅列が一つの作用になった。方程式・幾何変換・データ処理を同じ記法で扱う準備ができた。
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この見方を、次のページではより広い対象またはより計算しやすい形へ移す。

参考文献

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線形代数学I ― 連立方程式からベクトル空間・線形写像までの表紙
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