対角化において重要な諸行列について解説するのに先立って、まず、一般的なエルミート空間上の線形写像の随伴変換を定義したい。
$\K$ 上の有限次元エルミート空間 $V$ から $\K$ への線形写像 $L$ について
$$L(\Bv)=\angleb{\Bv, \Bw}$$
がつねに成り立つような $\Bw\in V$ が一意的に定まる。
$V$ の正規直交基底 $\Bu_1, \ldots, \Bu_n$ を一組とり、$a_i=L(\Bu_i)\in\K$ とおく。
$\Bw=\bar a_1 \Bu_1+\cdots +\bar a_n \Bu_n$ とおくと
$$L(k_1 \Bu_1+\cdots +k_n \Bu_n)=a_1 k_1+\cdots +a_n k_n=\angleb{k_1 \Bu_1+\cdots +k_n \Bu_n, \Bw}$$
となる。
$K$ 上のベクトル空間 $V$ 上の線形変換 $f\colon V \to V$ と $\Bw\in V$ について
$$L_{\Bw}(\Bv)=\angleb{f(\Bv), \Bw}$$
は $V$ から $\K$ への線形写像だから、
$$\angleb{f(\Bv), \Bw}=\angleb{\Bv, \Bw^\prime} ~ (\forall \Bv\in V)$$
となる $\Bw^\prime\in V$ が一意的に定まる。
$\Bw\in V$ にこのような $\Bw^\prime\in V$ を対応させる写像を $f^*$ とおく。
$f^*$ は $V$ 上の線形変換となる。
$\Bw_1, \Bw_2\in V$ を任意にとると
$$\angleb{f(\Bv), \Bw_1}=\angleb{\Bv, f^*(\Bw_1)}, \angleb{f(\Bv), \Bw_2}=\angleb{\Bv, f^*(\Bw_2)} ~ (\forall \Bv\in V)$$
より $k_1, k_2\in K$ について
$$\begin{split}
\angleb{f(\Bv), k_1\Bw_1+k_2\Bw_2}=
& ~ \bar k_1\angleb{f(\Bv), \Bw_1}+\bar k_2\angleb{f(\Bv), \Bw_2} \\
= & ~ \bar k_1\angleb{\Bv, f^*(\Bw_1)}+\bar k_2\angleb{\Bv, f^*(\Bw_2)} \\
= & ~ \angleb{\Bv, k_1 f^*(\Bw_1)+k_2 f^*(\Bw_2)}
\end{split}$$
より、
$$f^*(k_1 \Bw_1+k_2 \Bw_2)=k_1 f^*(\Bw_1)+ k_2 f^*(\Bw_2)$$
となる。
そこで、$f^*$ を $f$ の随伴変換 (adjoint operator) という。
随伴変換の表現行列はつぎのように定まる。
$K$ 上のベクトル空間 $V$ 上の正規直交基底 $\Bu_1, \ldots, \Bu_n$ を一組とり、この基底に関する線形変換 $f\colon V \to V$ の表現行列を $A$ とおくと、この基底に関する $f^*$ の表現行列は $^t \overline{A}$ に一致する。
$A=(a_{ij})$ とおき、$f^*$ の表現行列を $B=(b_{ij})$ とおくと任意の $1\leq i, j\leq n$ について、
$$f(\Bu_i)=a_{1i}\Bu_1+\cdots +a_{ni}\Bu_n, f^*(\Bu_j)=b_{1j}\Bu_1+\cdots +b_{nj}\Bu_n$$
となるが、$\Bu_1, \ldots, \Bu_n$ は正規直交基底だから
$$\angleb{f(\Bu_i), \Bu_j}=a_{1i}\angleb{\Bu_1, \Bu_j}+\cdots +a_{ni}\angleb{\Bu_n, \Bu_j}=a_{ji}$$
かつ
$$\angleb{\Bu_i, f^*(\Bu_j)}=\bar b_{1j}\angleb{\Bu_i, \Bu_1}+\cdots +\bar b_{nj}\angleb{\Bu_i, \Bu_j}=\bar b_{ij}$$
となるが、
$$\angleb{f(\Bu_i), \Bu_j}=\angleb{\Bu_i, f^*(\Bu_j)}$$
だから
$a_{ji}=\bar b_{ij}$
となる。よって、
$$B=^t\overline{A}$$
となる。
とくに $\C^n$ 上の線形変換 $f\colon \C^n \to \C^n$ について、$A\Bv=f(\Bv)$ となる行列 $A$ をとり、
$$A^*=^t \overline{A}$$
とおくと
$\C^n$ の標準エルミート内積について、
$$A^*\Bv=f^*(\Bv)$$
となる。この行列 $A^*$ を $A$ の随伴行列 (adjoint matrix) という。