0-3 複素数と体

$$\newcommand{AA}[0]{\mathscr{A}} \newcommand{abs}[1]{\left\lvert#1\right\rvert} \newcommand{angleb}[1]{\left\langle #1 \right\rangle} \newcommand{Arg}[0]{\operatorname{Arg}} \newcommand{Ba}[0]{\mathbf{a}} \newcommand{BB}[0]{\mathscr{B}} \newcommand{Bb}[0]{\mathbf{b}} \newcommand{Be}[0]{\mathbf{e}} \newcommand{Bu}[0]{\mathbf{u}} \newcommand{Bv}[0]{\mathbf{v}} \newcommand{Bw}[0]{\mathbf{w}} \newcommand{Bx}[0]{\mathbf{x}} \newcommand{By}[0]{\mathbf{y}} \newcommand{Bzr}[0]{\mathbf{0}} \newcommand{C}[0]{\mathbb{C}} \newcommand{CC}[0]{\mathscr{C}} \newcommand{F}[0]{\mathbb{F}} \newcommand{floor}[1]{\left\lfloor#1\right\rfloor} \newcommand{im}[0]{\operatorname{Im}} \newcommand{ind}[0]{\mathrm{ind}} \newcommand{K}[0]{\mathbb{K}} \newcommand{Ker}[0]{\operatorname{Ker}} \newcommand{L}[0]{\mathbb{L}} \newcommand{mmod}[1]{\ \left(\mathrm{mod}\ #1\right)} \newcommand{Mod}[1]{\ \left(\mathrm{mod}\ #1\right)} \newcommand{N}[0]{\mathbf{N}} \newcommand{ord}[0]{\mathrm{ord}} \newcommand{Q}[0]{\mathbb{Q}} \newcommand{R}[0]{\mathbb{R}} \newcommand{rank}[0]{\operatorname{rank}} \newcommand{span}[0]{\operatorname{span}} \newcommand{SS}[0]{\mathscr{S}} \newcommand{TT}[0]{\mathscr{T}} \newcommand{UU}[0]{\mathscr{U}} \newcommand{wenvert}[1]{\left\lvert\left\lvert#1\right\rvert\right\rvert} \newcommand{Z}[0]{\mathbb{Z}} $$

読み始める前の問い

方程式 $x^2+1=0$ は解なしなのか、それとも計算する世界を替えると解けるのか。
このページでできるようになること
実数・複素数・有限体で、同じ式の答えが変わる理由を説明できるようになる。
連立方程式の消去では、非零の係数で割ります。固有値を求める段階では、実数だけでは方程式の根が足りないこともあります。このページでは、係数として何を仮定するかを整理します。

割り算のできる数の体系

体

集合 $K$ に加法 $(a,b)\mapsto a+b$ と乗法 $(a,b)\mapsto ab$ が定められているとする。$K$ が体であるとは、任意の $a,b,c\in K$ について次を満たすことをいう。

  1. $(a+b)+c=a+(b+c)$。
  2. $a+b=b+a$。
  3. ある元 $0\in K$ が存在し、$a+0=a$。
  4. 各 $a$ に対して $a+(-a)=0$ となる $-a\in K$ が存在する。
  5. $(ab)c=a(bc)$。
  6. $ab=ba$。
  7. $0$ と異なる元 $1\in K$ が存在し、$a1=a$。
  8. $a\ne0$ なら、$aa^{-1}=1$ となる $a^{-1}\in K$ が存在する。
  9. $a(b+c)=ab+ac$。
    1--4は加法について可換群であること、5--8は零でない元が乗法について可換群をなすこと、9は分配法則を表す。

実数 $\mathbb{R}$ と複素数 $\mathbb{C}$ は体です。有理数 $\mathbb{Q}$ も体です。一方、整数 $\mathbb{Z}$ では $2$ の逆数が整数でないため体ではありません。
体を仮定する理由は、消去法で主成分 $a\ne0$ を $1$ にするため $a^{-1}$ を使うからです。

零元・加法逆元・単位元の一意性

体の加法単位元 $0$、各元の加法逆元、乗法単位元 $1$ はそれぞれ一意である。

$0$ と $0'$ がともに加法単位元なら
$$ 0=0+0'=0' $$
である。ここで最初の等号は $0'$ が単位元であること、二番目の等号は $0$ が単位元であることを使った。
$b,c$ がともに $a$ の加法逆元なら $a+b=0$、$a+c=0$ である。両辺へ $c$ を足して結合則を使うと
$$ b=b+0=b+(a+c)=(b+a)+c=0+c=c. $$
したがって加法逆元は一意である。
$1$ と $1'$ がともに乗法単位元なら
$$ 1=1\cdot1'=1' $$
である。よって三種類の特別な元はすべて一意である。

体には零因子がない

体 $K$ で $ab=0$ なら、$a=0$ または $b=0$ である。

$a=0$ なら結論は成り立つ。$a\ne0$ とする。このとき $a^{-1}$ が存在するので、$ab=0$ の両辺へ左から $a^{-1}$ を掛けると
$$ b=1b=(a^{-1}a)b=a^{-1}(ab)=a^{-1}0=0. $$
最後に $a^{-1}0=0$ を使った。この等式は
$$ a^{-1}0=a^{-1}(0+0)=a^{-1}0+a^{-1}0 $$
の両辺へ $-(a^{-1}0)$ を足せば従う。

証明を読む前の見取り図

使った数の演算が体の公理を満たすかを確認し、証明のどこが数体系に依存するかを分離する。

逆元の一意性

体の零でない元 $a$ の乗法逆元は一意である。

$b,c$ がともに $a$ の逆元なら $ab=1$ と $ac=1$ である。したがって
$$ b=b\cdot1=b(ac)=(ba)c=1\cdot c=c. $$
よって逆元は一意である。

複素数

複素数は $z=a+bi$ と書け、$i^2=-1$ を満たします。共役を $\overline z=a-bi$、絶対値を
$$ |z|=\sqrt{a^2+b^2} $$
と定めます。$z\ne0$ なら
$$ z^{-1}=\frac{\overline z}{|z|^2} $$
です。実際、
$$ z\overline z=(a+bi)(a-bi)=a^2+b^2=|z|^2 $$
なので $zz^{-1}=1$ です。

複素数・共役・絶対値

実数 $a,b$ と $i^2=-1$ を用いて $a+bi$ と表される数を複素数という。$z=a+bi$ に対して
$$ \operatorname{Re}z:=a,\qquad \operatorname{Im}z:=b,\qquad \overline z:=a-bi,\qquad |z|:=\sqrt{a^2+b^2} $$
と定め、それぞれ実部、虚部、共役複素数|共役、絶対値という。

共役と絶対値の基本性質

複素数 $z,w$ について
$$ \overline{z+w}=\overline z+\overline w, \qquad \overline{zw}=\overline z\,\overline w, \qquad z\overline z=|z|^2, \qquad |zw|=|z||w| $$
が成り立つ。

$z=a+bi$、$w=c+di$ と置く。加法については
$$ \overline{z+w} =\overline{(a+c)+(b+d)i} =(a+c)-(b+d)i =\overline z+\overline w. $$
積は
$$ zw=(ac-bd)+(ad+bc)i $$
だから
$$ \overline{zw}=(ac-bd)-(ad+bc)i. $$
一方、
$$ \overline z\,\overline w =(a-bi)(c-di) =(ac-bd)-(ad+bc)i $$
なので一致する。また
$$ z\overline z=(a+bi)(a-bi)=a^2+b^2=|z|^2. $$
したがって
$$ |zw|^2=(zw)\overline{zw} =(z\overline z)(w\overline w) =|z|^2|w|^2. $$
両辺は非負の実数であるから、非負の平方根を取って $|zw|=|z||w|$ を得る。

方程式 $x^2+1=0$ は実数解をもちませんが、複素数では $x=\pm i$ をもちます。後に実行列
$$ \begin{pmatrix}0&-1\\1&0\end{pmatrix} $$
の固有値が $\pm i$ になる例で、係数体の違いが対角化可能性を変えることを見ます。

体が変わると答えが変わる

方程式 $2x=1$ は $\mathbb{Q},\mathbb{R},\mathbb{C}$ では $x=1/2$ をもちますが、$\mathbb{Z}$ の中では解をもちません。線形独立性も係数体に依存します。以後、特に断らない限り実数体を使い、複素数が必要な箇所では明示します。

有限体の最初の例

素数 $p$ を一つ固定し、整数を $p$ で割った余り $0,1,\ldots,p-1$ だけを考えます。加法と乗法の後に再び $p$ で割った余りを取る体系を $\mathbb{F}_p$ と書きます。
たとえば $\mathbb{F}_2=\{0,1\}$ では
$$ 1+1=0, \qquad 1\cdot1=1. $$
したがって同じボタンを二度押すと元へ戻るLights Outは、$\mathbb{F}_2$ 上の連立一次方程式として表せます。

素数を法とする剰余は体をなす

$p$ が素数なら、$\mathbb{F}_p$ は体である。

加法と乗法の結合則・交換則・分配法則は整数の対応する法則から引き継がれます。本質は、零でない元に逆元があることです。

$a\in\{1,\ldots,p-1\}$ を取る。$a,2a,\ldots,(p-1)a$ を $p$ で割った余りを考える。この中に同じ余りをもつ $ra,sa$ があるとすると
$$ p\mid(r-s)a. $$
$p$ は素数で $p\nmid a$ だから $p\mid(r-s)$ である。しかし $1\le r,s\le p-1$ なので $|r-s|< p$ であり、これは $r=s$ を意味する。したがって $a,2a,\ldots,(p-1)a$ の余りはすべて異なる。
零でない余りは $p-1$ 個しかないので、これらの余りは $1,\ldots,p-1$ をちょうど一度ずつ含む。特に、ある $r$ が存在して $ra$ の余りが1になる。すなわち $ra=1$ が $\mathbb{F}_p$ で成り立ち、$r$ が $a$ の逆元である。
よって零でないすべての元が逆元をもち、他の体の公理と合わせて $\mathbb{F}_p$ は体である。

素数でない法では失敗します。たとえば4を法とすると $2\cdot2=0$ ですが $2\ne0$ です。したがって2は逆元をもたず、$\mathbb{Z}/4\mathbb{Z}$ は体ではありません。

係数体で線形関係が変わる例

複素数を実数上のベクトル空間とみると、$1$ と $i$ は線形独立です。実数 $a,b$ について
$$ a\cdot1+b\cdot i=0 $$
なら実部と虚部を比較して $a=b=0$ だからです。
しかし同じ集合 $\mathbb{C}$ を複素数上のベクトル空間とみると、$1$ と $i$ は線形従属です。実際、複素係数を許せば
$$ i\cdot1-1\cdot i=0 $$
という、係数が両方零ではない関係があります。したがって「どの体上で考えるか」は線形独立性や次元の一部です。

零で割ることはできない

$0x=1$ を満たす $x$ があると仮定すると、左辺は常に0なので $0=1$ となる。したがって零に逆元はなく、Gauss消去でも零の主成分では割れない。行交換が必要になる理由である。

演習

複素数の逆数

$z=2-3i$ の逆数を求め、積が1になることを検算せよ。

解答

$\overline z=2+3i$、$|z|^2=2^2+(-3)^2=13$ だから
$$ z^{-1}=\frac{2+3i}{13}. $$
実際、
$$ (2-3i)\frac{2+3i}{13} =\frac{4+9}{13}=1. $$

有限体での方程式

$\mathbb{F}_5$ で方程式 $2x+3=1$ を解き、代入して検算せよ。

解答

$2x+3=1$ は $2x=-2=3$ と同値である。$\mathbb{F}_5$ では $2\cdot3=6=1$ なので、2の逆元は3である。両辺へ3を掛けて
$$ x=3\cdot3=9=4 $$
を得る。検算すると
$$ 2\cdot4+3=11=1 $$
である。

係数体と独立性

$\mathbb{R}$ の部分集合 $\{1,\sqrt2\}$ は、$\mathbb{Q}$ 上では線形独立だが、$\mathbb{R}$ 上では線形従属であることを示せ。ただし $\sqrt2$ が無理数であることは既知としてよい。

解答

有理数 $a,b$ について $a+b\sqrt2=0$ とする。$b\ne0$ なら $\sqrt2=-a/b$ は有理数となり、無理数であることに反する。したがって $b=0$ であり、続いて $a=0$ である。よって $\mathbb{Q}$ 上では独立である。
一方、実数係数を許すと
$$ (-\sqrt2)\cdot1+1\cdot\sqrt2=0 $$
という非自明な関係があるため、$\mathbb{R}$ 上では従属である。

次は、定義と定理をどのように読み、証明の各段をどう組み立てるかを準備します。

このページで回収したもの

数体系は背景ではなく仮定である。同じGauss消去を別の体へ運べる一方、順序や平方根には固有の制約がある。
次へ持ち越す問い
この見方を、次のページではより広い対象またはより計算しやすい形へ移す。

参考文献

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線形代数学I ― 連立方程式からベクトル空間・線形写像までの表紙
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