方程式 $x^2+1=0$ は解なしなのか、それとも計算する世界を替えると解けるのか。
このページでできるようになること
実数・複素数・有限体で、同じ式の答えが変わる理由を説明できるようになる。
連立方程式の消去では、非零の係数で割ります。固有値を求める段階では、実数だけでは方程式の根が足りないこともあります。このページでは、係数として何を仮定するかを整理します。
集合 $K$ に加法 $(a,b)\mapsto a+b$ と乗法 $(a,b)\mapsto ab$ が定められているとする。$K$ が体であるとは、任意の $a,b,c\in K$ について次を満たすことをいう。
実数 $\mathbb{R}$ と複素数 $\mathbb{C}$ は体です。有理数 $\mathbb{Q}$ も体です。一方、整数 $\mathbb{Z}$ では $2$ の逆数が整数でないため体ではありません。
体を仮定する理由は、消去法で主成分 $a\ne0$ を $1$ にするため $a^{-1}$ を使うからです。
体の加法単位元 $0$、各元の加法逆元、乗法単位元 $1$ はそれぞれ一意である。
$0$ と $0'$ がともに加法単位元なら
$$
0=0+0'=0'
$$
である。ここで最初の等号は $0'$ が単位元であること、二番目の等号は $0$ が単位元であることを使った。
$b,c$ がともに $a$ の加法逆元なら $a+b=0$、$a+c=0$ である。両辺へ $c$ を足して結合則を使うと
$$
b=b+0=b+(a+c)=(b+a)+c=0+c=c.
$$
したがって加法逆元は一意である。
$1$ と $1'$ がともに乗法単位元なら
$$
1=1\cdot1'=1'
$$
である。よって三種類の特別な元はすべて一意である。
体 $K$ で $ab=0$ なら、$a=0$ または $b=0$ である。
$a=0$ なら結論は成り立つ。$a\ne0$ とする。このとき $a^{-1}$ が存在するので、$ab=0$ の両辺へ左から $a^{-1}$ を掛けると
$$
b=1b=(a^{-1}a)b=a^{-1}(ab)=a^{-1}0=0.
$$
最後に $a^{-1}0=0$ を使った。この等式は
$$
a^{-1}0=a^{-1}(0+0)=a^{-1}0+a^{-1}0
$$
の両辺へ $-(a^{-1}0)$ を足せば従う。
使った数の演算が体の公理を満たすかを確認し、証明のどこが数体系に依存するかを分離する。
体の零でない元 $a$ の乗法逆元は一意である。
$b,c$ がともに $a$ の逆元なら $ab=1$ と $ac=1$ である。したがって
$$
b=b\cdot1=b(ac)=(ba)c=1\cdot c=c.
$$
よって逆元は一意である。
複素数は $z=a+bi$ と書け、$i^2=-1$ を満たします。共役を $\overline z=a-bi$、絶対値を
$$
|z|=\sqrt{a^2+b^2}
$$
と定めます。$z\ne0$ なら
$$
z^{-1}=\frac{\overline z}{|z|^2}
$$
です。実際、
$$
z\overline z=(a+bi)(a-bi)=a^2+b^2=|z|^2
$$
なので $zz^{-1}=1$ です。
複素数 $z,w$ について
$$
\overline{z+w}=\overline z+\overline w,
\qquad
\overline{zw}=\overline z\,\overline w,
\qquad
z\overline z=|z|^2,
\qquad
|zw|=|z||w|
$$
が成り立つ。
$z=a+bi$、$w=c+di$ と置く。加法については
$$
\overline{z+w}
=\overline{(a+c)+(b+d)i}
=(a+c)-(b+d)i
=\overline z+\overline w.
$$
積は
$$
zw=(ac-bd)+(ad+bc)i
$$
だから
$$
\overline{zw}=(ac-bd)-(ad+bc)i.
$$
一方、
$$
\overline z\,\overline w
=(a-bi)(c-di)
=(ac-bd)-(ad+bc)i
$$
なので一致する。また
$$
z\overline z=(a+bi)(a-bi)=a^2+b^2=|z|^2.
$$
したがって
$$
|zw|^2=(zw)\overline{zw}
=(z\overline z)(w\overline w)
=|z|^2|w|^2.
$$
両辺は非負の実数であるから、非負の平方根を取って $|zw|=|z||w|$ を得る。
方程式 $x^2+1=0$ は実数解をもちませんが、複素数では $x=\pm i$ をもちます。後に実行列
$$
\begin{pmatrix}0&-1\\1&0\end{pmatrix}
$$
の固有値が $\pm i$ になる例で、係数体の違いが対角化可能性を変えることを見ます。
方程式 $2x=1$ は $\mathbb{Q},\mathbb{R},\mathbb{C}$ では $x=1/2$ をもちますが、$\mathbb{Z}$ の中では解をもちません。線形独立性も係数体に依存します。以後、特に断らない限り実数体を使い、複素数が必要な箇所では明示します。
素数 $p$ を一つ固定し、整数を $p$ で割った余り $0,1,\ldots,p-1$ だけを考えます。加法と乗法の後に再び $p$ で割った余りを取る体系を $\mathbb{F}_p$ と書きます。
たとえば $\mathbb{F}_2=\{0,1\}$ では
$$
1+1=0,
\qquad
1\cdot1=1.
$$
したがって同じボタンを二度押すと元へ戻るLights Outは、$\mathbb{F}_2$ 上の連立一次方程式として表せます。
$p$ が素数なら、$\mathbb{F}_p$ は体である。
加法と乗法の結合則・交換則・分配法則は整数の対応する法則から引き継がれます。本質は、零でない元に逆元があることです。
$a\in\{1,\ldots,p-1\}$ を取る。$a,2a,\ldots,(p-1)a$ を $p$ で割った余りを考える。この中に同じ余りをもつ $ra,sa$ があるとすると
$$
p\mid(r-s)a.
$$
$p$ は素数で $p\nmid a$ だから $p\mid(r-s)$ である。しかし $1\le r,s\le p-1$ なので $|r-s|< p$ であり、これは $r=s$ を意味する。したがって $a,2a,\ldots,(p-1)a$ の余りはすべて異なる。
零でない余りは $p-1$ 個しかないので、これらの余りは $1,\ldots,p-1$ をちょうど一度ずつ含む。特に、ある $r$ が存在して $ra$ の余りが1になる。すなわち $ra=1$ が $\mathbb{F}_p$ で成り立ち、$r$ が $a$ の逆元である。
よって零でないすべての元が逆元をもち、他の体の公理と合わせて $\mathbb{F}_p$ は体である。
素数でない法では失敗します。たとえば4を法とすると $2\cdot2=0$ ですが $2\ne0$ です。したがって2は逆元をもたず、$\mathbb{Z}/4\mathbb{Z}$ は体ではありません。
複素数を実数上のベクトル空間とみると、$1$ と $i$ は線形独立です。実数 $a,b$ について
$$
a\cdot1+b\cdot i=0
$$
なら実部と虚部を比較して $a=b=0$ だからです。
しかし同じ集合 $\mathbb{C}$ を複素数上のベクトル空間とみると、$1$ と $i$ は線形従属です。実際、複素係数を許せば
$$
i\cdot1-1\cdot i=0
$$
という、係数が両方零ではない関係があります。したがって「どの体上で考えるか」は線形独立性や次元の一部です。
$0x=1$ を満たす $x$ があると仮定すると、左辺は常に0なので $0=1$ となる。したがって零に逆元はなく、Gauss消去でも零の主成分では割れない。行交換が必要になる理由である。
$z=2-3i$ の逆数を求め、積が1になることを検算せよ。
$\overline z=2+3i$、$|z|^2=2^2+(-3)^2=13$ だから
$$
z^{-1}=\frac{2+3i}{13}.
$$
実際、
$$
(2-3i)\frac{2+3i}{13}
=\frac{4+9}{13}=1.
$$
$\mathbb{F}_5$ で方程式 $2x+3=1$ を解き、代入して検算せよ。
$2x+3=1$ は $2x=-2=3$ と同値である。$\mathbb{F}_5$ では $2\cdot3=6=1$ なので、2の逆元は3である。両辺へ3を掛けて
$$
x=3\cdot3=9=4
$$
を得る。検算すると
$$
2\cdot4+3=11=1
$$
である。
$\mathbb{R}$ の部分集合 $\{1,\sqrt2\}$ は、$\mathbb{Q}$ 上では線形独立だが、$\mathbb{R}$ 上では線形従属であることを示せ。ただし $\sqrt2$ が無理数であることは既知としてよい。
有理数 $a,b$ について $a+b\sqrt2=0$ とする。$b\ne0$ なら $\sqrt2=-a/b$ は有理数となり、無理数であることに反する。したがって $b=0$ であり、続いて $a=0$ である。よって $\mathbb{Q}$ 上では独立である。
一方、実数係数を許すと
$$
(-\sqrt2)\cdot1+1\cdot\sqrt2=0
$$
という非自明な関係があるため、$\mathbb{R}$ 上では従属である。
次は、定義と定理をどのように読み、証明の各段をどう組み立てるかを準備します。
数体系は背景ではなく仮定である。同じGauss消去を別の体へ運べる一方、順序や平方根には固有の制約がある。
次へ持ち越す問い
この見方を、次のページではより広い対象またはより計算しやすい形へ移す。
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