実数体$\mathbb{R}$や複素数体$\mathbb{C}$上のベクトル空間と同様に、二元体$\mathbb{Z}_2$上のベクトル空間も考えることができる。ベクトル空間の公理については線形代数学を参照されたい。
$n$を正の整数とする。このとき、直積集合$\mathbb{Z}_2^n$は成分ごとの和・スカラー倍によって$\mathbb{Z}_2$上のベクトル空間となる。これを数ベクトル空間という。
$X$を集合とする。このとき、関数から成る集合$\mathbb{Z}_2^X$は次のような和・スカラー倍によって$\mathbb{Z}_2$上のベクトル空間となる:$f, g \in \mathbb{Z}_2^X$ に対して、和$f + g$やスカラー倍$1 \cdot f, \ 0 \cdot f$を
$$(f + g)(x) = f(x) + g(x), \quad (1 \cdot f)(x) = f(x), \quad (0 \cdot f)(x) = 0 \quad (x \in X)$$
で定める(各点ごとの和・スカラー倍)。
集合$X$に対して冪集合$2^X$を考える。このとき、$A, B \in 2^X$(すなわち$A, B \subset X$)に対してその和$A + B$を
\begin{align*}
A + B &= (A \cup B) - (A \cap B) \\
&= (A - B) \cup (B - A) \\
&= \{ x \in X \ | \ x \in A \ \text{または} \ x \in B \ \text{のいずれか一方のみが成り立つ} \}
\end{align*}
で定義する(集合の対称差と呼ばれるものである。Venn図を描いてみるとよい。また、[
https://www.youtube.com/watch?v=wtRKV-Jluvk]
を参照されたい)。
また、$A \in 2^X$(すなわち$A \subset X$)に対してそのスカラー倍を
$$1 \cdot A = A, \quad 0 \cdot A = \varnothing$$
で定義する。
このとき、$2^X$は$\mathbb{Z}_2$上のベクトル空間となる。
基本的な性質としては以下が挙げられる:
上述では、$2^X$と$\mathbb{Z}_2^{X}$各々の上に$\mathbb{Z}_2$上のベクトル空間の構造を導入した。
さて、前頁最後の考察によると、これら両者の集合間には全単射が存在し、したがって両者は集合として同一視されるのであった。
実は、その同一視は単なる全単射ではなく、$\mathbb{Z}_2$ 上のベクトル空間としての線型同型写像を与えている!
このことを以下で確かめてみよう。
(i) 和を保つこと: $A, B \in 2^X$に対して、$\chi_{A + B} = \chi_A + \chi_B$が成り立つことを確かめればよい。そのためには、任意の$x \in X$に対して
$$\chi_{A + B} (x) = \chi_A (x) + \chi_B (x)$$
が成り立つことを確かめればよい。
(ii) スカラー倍を保つこと: $A \in 2^X$に対して、$\chi_{1 \cdot A} = 1 \cdot \chi_A$ と $\chi_{0 \cdot A} = 0 \cdot \chi_A$ の両方を確かめればよい。しかし、これはどちらも次のように示せる。
これで、冪集合 $2^X$ と $\mathbb{Z}_2^{X}$ は、$\mathbb{Z}_2$ 上のベクトル空間としても同一視できることが分かった。
以下の問題は、解きながら $X, A, B$ たちを図示してみるとよい。
(1) $X = \{1, 2, 3\}$とする。以下のそれぞれの場合について、$A + B$を計算せよ。
(1-a) $A = \{1\}, \ B = \{3\}$
(1-b) $A = \{1, 2\}, \ B = \{2, 3\}$
(1-c) $A = \{1, 2, 3\}, \ B = \{3\}$
(1-d) $A = \{2, 3\}, \ B = \varnothing$
(2) $X = \mathbb{N} = \{1, 2, 3, \dots \}$とする。以下のそれぞれの場合について、$A + B$を計算せよ。
(2-a) $A = 2 \mathbb{Z} = \{ x \in X \ | \ x \text{ は偶数 } \}, \ B = 2 \mathbb{Z} + 1 = \{ x \in X \ | \ x \text{ は奇数 } \}$
(2-b) $A = \{ x \in X \ | \ x \text{ は素数 } \}, \ B = \{ x \in X \ | \ x \text{ は奇素数 } \}$
解答
(1-a) $A + B = \{1, 3\}$
(1-b) $A + B = \{1, 3\}$
(1-c) $A + B = \{1, 2\}$
(1-d) $A + B = \{2, 3\}$
(2-a) $A + B = X$
(2-b) $A + B = \{2\}$
大方の理論的な準備は整ったが、実際に$\mathbb{Z}_2$上で線型代数の計算をしてみよう。
手を動かして計算することで、$\mathbb{Z}_2$と$\mathbb{R}$や$\mathbb{C}$たちの違いを実感できるだろう。
$\mathbb{K}$を体とし、以下で与えられる行列$M \in \mathrm{M}_2 (\mathbb{K})$を考える:
\begin{align*}
M =
\begin{bmatrix}
1 & 0 \\
0 & 2
\end{bmatrix}.
\end{align*}
ここで、$\mathbb{K} = \mathbb{R}, \ \mathbb{C}, \ \mathbb{Z}_2$ それぞれの場合に対して、$M$の階数を求めよ。
解答
- $\mathbb{K} = \mathbb{R}, \ \mathbb{C}$の場合:$2^{-1} \in \mathbb{K}$なので、第$2$行を$2^{-1}$倍して
\begin{align*} M = \begin{bmatrix} 1 & 0 \\ 0 & 2 \end{bmatrix} \to \begin{bmatrix} 1 & 0 \\ 0 & 1 \end{bmatrix} \end{align*}
となる。最右辺は階段標準形なので、$M$の階数は$2$だと分かる。- $\mathbb{K} = \mathbb{Z}_2$の場合。$2 = 0$なので、$2^{-1} = 0^{-1}$は存在しない。そこで単に$2 = 0$を使ってみると
\begin{align*} M = \begin{bmatrix} 1 & 0 \\ 0 & 2 \end{bmatrix} = \begin{bmatrix} 1 & 0 \\ 0 & 0 \end{bmatrix} \end{align*}
となる。最右辺は階段標準形なので、$M$の階数は$1$だと分かる。
このように、行列を扱う体によって、行列の階数は変わり得る。
階数が変われば行列が引き起こす線型写像の核・像も変わるので、注意が必要である。
上記の$M$を$\mathrm{M}_2 (\mathbb{Z}_2)$の要素と見て、それが引き起こす線型写像
\begin{align*}
f_M \ \colon \ \mathbb{Z}_2^2 \to \mathbb{Z}_2^2, \quad f_M
\left(
\begin{bmatrix}
x \\ y
\end{bmatrix}
\right) = M \cdot
\begin{bmatrix}
x \\ y
\end{bmatrix}
\end{align*}
を考える。
このとき、$f_M$の核$\mathrm{Ker} \ f_M$と像$\mathrm{Im} \ f_M$をそれぞれ求めよ。また、$\mathbb{Z}_2^2$が$4$元集合であることに注意して、$f_M$のグラフを描いてみよ。
解答
\begin{align*} \mathrm{Ker} \ f_M = \left\{ \begin{bmatrix} 0 \\ y \end{bmatrix} \ \middle| \ y \in \mathbb{Z}_2 \right\}, \quad \mathrm{Im} \ f_M = \left\{ \begin{bmatrix} x \\ 0 \end{bmatrix} \ \middle| \ x \in \mathbb{Z}_2 \right\}. \end{align*}