可換環論

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可換環論

可換環論(commutative ring theory)とは、可換環を研究する代数学の一分野のこと。 可換環(commutative ring)は加法および乗法と呼ばれる二つの演算ができる枠組みの一つである。 最も素朴な例として、整数全体 $\mathbb{Z}$に通常の加法と乗法を考えたものや、 整数係数の多項式全体 $\mathbb{Z}[x]$に通常の加法と乗法を考えたものが挙げられる。 可換環 $A$ を与えるとその係数を持つ多項式全体 $A[x]$ が再び可換環になるなど幾つかの顕著な性質があり、 線型代数を学ぶ上でもこの分野の結果が使われる。

可換環は環の中で特に乗法が可換なものとして捉えることが出来るため、環論と共通する部分が少なからずある。 一方で、可換環論は代数幾何学の基礎的な道具としての側面があり、 両者は互いに影響を与えて発展してきた歴史を持つ。 幾何的な解釈が容易であるという点は環論との決定的な違いといえるであろう。 本稿では幾何的な観点については最小限に留め、 特に純代数的な側面に重きを置き、分野を概観する。 より幾何的な観点に興味のある場合は代数幾何学も併せて参照されたい。 より踏み込んだ内容については可換環を参照されたい。


定義

可換環とは、集合 $A$ と $A$ の上で閉じた2つの二項演算 $+$、$\times$ 、 $A$ の2つの要素$0$、$1$の五つ組 $\langle A, +, 0, \times, 1\rangle$ で、次の三つの公理を満たすものをいう。

  • (A1)(加法に関する条件)~

三つ組 $\langle A, +, 0\rangle$ は可換群を為す。

  • (A2)(乗法に関する条件)~

三つ組 $\langle A, \times, 1\rangle$ は可換モノイドを為す。

$A$ の任意の元 $a$、$b$、$c$ について、$a \times (b + c) = a\times b + a\times c$ および $(a + b) \times c = a\times c + b\times c$ が成立する。


具体例

  • 自明可換環 $\{1\}$
  • 整数 $\mathbb{Z}$、有理数 $\mathbb{Q}$、実数 $\mathbb{R}$、複素数 $\mathbb{C}$それぞれ $0$ を零元とした加法と $1$ を単位元とした乗法について可換環を為す。四元数 $\mathbb{H}$は乗法が可換ではない( $ij=-ji$ である)環の例である。
  • $A$ を可換環とするとき、$A$係数の多項式全体 $A[x]$ に次数ごとに$A$の加法を考えた加法と、畳み込みによる乗法とを考えると、これらについて可換環を為す。詳しい定義は多項式環を参照されたい。

基本的な性質

可換環の重要性

可換環は $\mathbb{Z}$ などと比較すると幾分抽象的な概念であり、 基本的な性質を見るだけだと可換環を考える理由が分かりにくい。 一方で、可換環の重要性はその抽象度の高さ故に数学のあらゆる分野の基礎的な道具として浸透している点にある。 よってここでは、可換環の重要性を垣間見るために次の3つの分野とのかかわりのうち最も基本的な事柄について述べる。

この項目は概略を説明するに留まり、多少インフォーマルな言説が含まれることを注意する。

Dedekind環の理論と代数的整数論

収束冪級数環の理論と多変数函数論

局所的性質を記述する道具と代数幾何学

可換環論の道具立て

可換環論の二つの研究手法

可換環論の研究手法は大別するとイデアル論ホモロジー代数に分けられる。 特に初期の可換環論はイデアル論を中心に行われてきたが、 1950年代中頃にはホモロジー代数が重要な道具として用いられるようになった。 両者は環の内部構造であるイデアルに着目するか、 環の外部構造である環上の加群(環の表現と同義)に着目するかという視座の違いがあり、 相補的なものである。 ここで、可換環 $A$、$B$ について、$A$ と $B$ とが環として同型であることと、 $A$ 上の加群の為す圏と $B$ 上の加群の為す圏とが圏同値であることとは同じことであるため、(環論とは異なり)可換環論に於いては環上の加群の為す圏のみを考えるだけでも原理的には可換環の分類ができることに注意されたい。


ホモロジー代数的な手法を用いた初期の顕著な結果としては、 Serreによる正則局所環のホモロジー代数的な特徴づけが挙げられる。 この結果により正則局所環の局所化が再び正則局所環になることが直ちに従い、 当時は大変なインパクトがあったようである。

Noether性

可換環論に於ける顕著な結果は、可換Noether局所環やCohen–Macaulay環の文脈で述べられることが多い。 Cohen-Macaulay環も特にNoether局所環である場合によく研究されているといって差し支えない状況であり、 いずれにしてもNother性が大変重要な役割を果たしていえる。

可換環論の重要な結果

ここでは可換環論に於ける記念碑的な結果を列挙する。

  • Krullの標高定理
  • 完備局所環の構造定理

より現代的な手法

ここでは現代的な手法をより具体的に列挙する。

  • 密着閉包の理論
  • 局所コホモロジー
  • Gorensteinホモロジー代数

可換環論の基礎

可換環論の基礎を参照。

Mathpediaに於ける本記事の位置づけ

この記事は可換環論の最も入門的な記事であり、 分野全体の概観を目的としている。 より具体的な項目については次を参照されたい。 これら3つの記事は初学者が最初に読むことを想定している。

一方で、加群論の基礎的な事柄は一般の環の枠組み(あるいはより広くアーベル圏などの加法圏)で議論できることが少なくない。 よって可換環論特有のページではなく、環論における次の記事を参照されたい。

次の各記事は上述の4つの記事を前提として書かれている。


関連項目