基本群

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基本群

基本群(きほんぐん、fundamental group)とは、 基本的なホモトピー不変量の一つである。標語的にいえば「位相空間の"穴"をを通して検出することができる道具」であると言え、これは実際に位相空間の様々な情報を多量に含んでおり強力な不変量となる。

準備

道と道の積

位相空間 $X$ に対して連続写像 $\gamma\colon [0,1]\to X$ を(path)と呼び $\gamma(0)$ を $\gamma$ の始点 、$\gamma(1)$ を$\gamma$の終点、二つを合わせて 端点と呼ぶ。二つの道 $\gamma_1,\gamma_2$ が $\gamma_1(1)=\gamma_2(0)$ を満たすとき「二つの道をつなぎ合わせる」という操作によって新たに道を作ることができる。具体的には、道 $\gamma_1\cdot \gamma_2 \colon [0,1]\to X$ [1]

$$ (\gamma_1\cdot \gamma_2)(t)\colon=\begin{cases} {\gamma}_{1}(2t) &(t\in [0,\frac{1}{2}]) \\ {\gamma}_{2}(2t-1) & (t \in [\frac{1}{2},1]) \end{cases} $$

と定義することにより得られる。こうして得られた $\gamma_1\cdot \gamma_2$ を $\gamma_1$ と $\gamma_2$ の道の積と呼ぶ。ここで注意されたいのは"積"という名前が付いているがいつでも道の積が定義されるわけではなく始点と終点が一致していいる必要があることに注意されたい。また $\gamma_1\cdot \gamma_2$ が再び連続となることは直感的ではあるが確認する必要があることに注意されたい(閉集合の逆像が閉集合となることを示せばよく難しくない。)。

道のホモトピー

二つの道の間のホモトピーを考える。ただし上の道の積との整合性をよくするため端点を固定するホモトピーのみを考える。つまり二つの道 $\gamma_1,\gamma_2\colon [0,1]\to X$ であって $\gamma_1(0)=\gamma_2(0),\gamma_1(1)=\gamma_2(1)$ を満たすとき、ある連続写像 $h\colon [0,1]\times [0,1]\to X$ ((定義域はややこしくなるが第一成分が道のパラメーターであり第二成分がホモトピーのパラメーターである。))であって $$h(s,0)=\gamma_1(s),h(s,1)=\gamma_2(s),h(0,t)=\gamma_1(0)=\gamma_2(0),h(1,t)=\gamma_1(1)=\gamma_2(1)$$ を満たすものが存在するとき $h$ を $\gamma_1$ から $\gamma_2$ への 道のホモトピーと呼び、道全体に対して「道のホモトピー が存在する」という関係は同値関係となる。また道を考えるときは単にホモトピーと呼んだら道のホモトピーのことをさし、端点を固定しないホモトピーのことを特にフリーホモトピーと呼んで区別することが一般的である。このページにおいても単にホモトピーといったら道のホモトピーを指すこととし、この同値関係を簡単に $\sim$ [2]で書くことにする。

道の積とホモトピー

上で定義した道の積はそのままでは扱いづらい(あまりにも振る舞いが自由すぎる。)。しかしながらホモトピー類([ー]で表記することとする)を考えることでこの積は非常に良い性質を持つようになる。まず、$\gamma_1\sim {\gamma'}_1,\gamma_1\sim {\gamma'}_1$ に対して 道の積が定義できるとき $\gamma_1\cdot\gamma_2\sim {\gamma'}_1\cdot{\gamma'}_2$ を満たす。

これはホモトピー類同士の積を $[\gamma_1]\cdot[\gamma_2]\colon=[\gamma_1\cdot\gamma_2]$ とwell-definedに定義できるという事を指している。このホモトピー類同士の積も同様に道の積と呼ばれる。ホモトピー類の道の積は(ホモトピーをとる前と違い)単位的可逆結合的な(全域ではない)演算となる。これを記述するためにいくつか記号を準備しておく。道 $\gamma\colon [0,1]\to X$ に対して $\tilde{\gamma}(t)\colon=\gamma(1-t)$ で定義される道を $\gamma$ の逆の道と呼ぶ。 $x\in X$ への定値写像を $e_x\colon [0,1]\to X$ で表すこととする。

道 $\gamma_1,\gamma_2,\gamma_3\colon [0,1]\to X$ は $x=\gamma_1(0),y=\gamma_1(1)=\gamma_2(0),z=\gamma_2(1)=\gamma_3(0)$ を満たすとする。これによって積の性質は以下のように表すことができる。

  • (単位的) $[\gamma_1]\cdot[e_y]=[e_x]\cdot[\gamma_1]=[\gamma_1]$
  • (可逆) $[\gamma_1]\cdot[\tilde{\gamma_1}]=[e_x],[\tilde{\gamma_1}]\cdot[\gamma_1]=[e_y]$
  • (結合的) $([\gamma_1]\cdot[\gamma_2])\cdot[\gamma_3]= [\gamma_1]\cdot([\gamma_2]\cdot[\gamma_3])$

これにより、対象を $X$ の元、$x,y\in X$ に対して $x$ から $y$ への射を「 $x$ から $y$ への道のホモトピー類」、射の合成を道の積とすることで圏を成し、特に全ての射が可逆であることから亜群となる。この亜群を $X$ の基本亜群(fundamental groupoid)と呼び $\Pi_{X}$などと書かれる。

基本群の定義

以上の準備により基本群は簡単に定義することができる。位相空間 $X$ に対し基点(base point)と呼ばれる点 $x_0\in X$ を選んだとき、$\pi_1(X,x_0)$ を 「$x_0$ を始点終点とする道のホモトピー類全体」に道の積による積をいれたものとする。このとき積はいつでも定義され群をなす。この群を $x_0$ を基点とする $X$ の基本群(fundamental group)と呼ぶ。集合として(または点付き空間として) $\pi_1(X,x_{0})$ は $[(S^1,s),(X,x_{0})]$ と自然と同型となることに注意されたい。記号の右下の添え字 $1$ はこの $S^1$ の $1$ と対応し、これを一般の球面 $S^n$ へと一般化することで $ホモトピー群 $\pi_n(X,x_{0})$ へと一般化される。(($[(S^1,s),(X,x_{0})]$ も $[(S^n,s),(X,x_{0})]$ 自然な群構造は持たないことに注意されたい。)) 詳しくはホモトピー群を参照されたい。

圏論的視点

関手性

基本群は点付き空間の圏、もしくは点付き空間のホモトピーの圏から群の圏への関手になっている。これは圏論の言葉を使わず次のようにかける。

  • 連続写像 $f\colon X\to Y$ であって $f(x_0)=y_0$を満たすとき、基本群の間の群準同型 $f_{*}\colon \pi_1(X,x_0)\to \pi_1(Y,y_0),[\gamma]\mapsto [f\circ \gamma]$ が定まる。この準同型写像 $f_{*}$ を連続写像 $f$ によって誘導される準同型写像と呼ぶ。 また連続写像 $f,g\colon X\to Y$ で $f(x_0)=g(x_0)=y_0$ を満たしているとする。このとき $f$ と $g$ が $x_0$ を固定してホモトピックであれば誘導される準同型は一致し $f_{*}=g_{*}$ を満たす。

積、ウェッジ和に関する性質

この関手は直積に関する準同型的性質を持ち $\pi_1(X\times Y,(x_0,y_0))\cong\pi_1(X,x_0)\times \pi_1(Y,y_0)$ を満たす。この同型は具体的には射影 $p_X\colon X\times Y\to X,p_Y\colon X\times Y\to Y$ を用いて $[\gamma]\mapsto ([p_X\circ \gamma],[p_Y\circ \gamma])$ により与えられる。

また、この関手はウェッジ和に対しても準同型的性質を持ち $\pi_1( (X,x)\vee (Y,y) )\cong \pi_1(X,x)\ast \pi_1(Y,y)$ ($\ast$ は自由積)を満たす。(この対応については後述。)

ホモロジーとの関係

位相空間 $X$ が弧状連結であるときHurewicz準同型と呼ばれる準同型写像 $h\colon\pi_1(X,x_0)\to H_{1}(X)$ は全射であり 準同型定理により $(\pi_1(X,x_0))^{ab}\cong H_1(X)$ を得る( ${-}^{ab}$は可換化である。)。つまり 1次ホモロジー群は基本群の情報により決定される。より一般に、n次ホモトピー群とn次ホモロジーにも同様の似た対応がある。詳しくはHurewiczの定理を参照されたい。

基点の取り替え

一般に基本群の形は基点の取り方により変わる。しかし二つの基点 $x,y \in X$ に対して $x$ から $Y$ への道 $C\colon [0,1]\to X$ が存在するときには$\pi_1(X,x)\to\pi_1(X,y),[\gamma]\mapsto [\tilde{C}\cdot\gamma\cdot C ]$ とするこで同型が得られる(逆の対応は $\tilde{C}$ により得られる。)。したがって $X$ が弧状連結であれば基点の取り方によらず $\pi_1(X,x)$ は全て同型となり、このときにはしばしば基点を省略し簡単に $\pi_1(X)$ と書かれる。しかしこの同型はあくまで $C$ の取り方によって決まるもので"自然な"同型対応ではないことに注意されたい。基点の取り替えは基本亜群の作用とも解釈できる。

基本群の計算をするために

基本群の定義は直感的であるが自明な場合を除いて直接計算することは難しい場合が多い。基本群を計算するのに役立つ重要な道具がいくつかある。これによって様々な位相空間の基本群が計算できる。

  • 普遍被覆の被覆変換群と基本群の同型対応。
  • Van Kampenの定理 位相空間を小さな位相空間に分割してそれらを組み合わせて元の基本群を復元する。
  • 直積に関する関手性
  • ウェッジ和に関する関手性 - これは実際にはVan Kampenの定理の系として得られる。

また特定の空間に対しては次のような道具も使える。

具体的な定理の使い方、計算例を個別に見たい方は基本群、ホモトピー群の計算例を参照されたい。

いくつかの計算例

  • 可縮空間の基本群は自明群
  • $\pi_1(S^1)\cong\mathbb{Z}$
  • $n$ が $2$ 以上の時 $\pi_1(S^n)$ は自明群
  • 実射影空間 $\mathbb{R}P^n$ は $n$ が $2$ 以上の時 $\pi_1(\mathbb{R}P^n)\cong \mathbb{Z}/2\mathbb{Z}$
  • 種数 $g$ の向き付け可能閉曲面 $\Sigma_{g}$ は $\pi_1(\Sigma_g)\cong \langle a_1,b_1\cdots a_g,b_g \mid \prod_{i=1}^{g}a_i b_i{a_i}^{-1}{b_i}^{-1} \rangle$ の表示を持つ。
  • 種数 $g$ の向き付け不可能閉曲面 $N_{g}$ は $\pi_1(N_g)\cong \langle a_1,a_2\cdots a_g \mid \prod_{i=1}^{g}{a_i}^2\rangle$ の表示を持つ。
  • $n$ 次元トーラス $T^n\colon=S^1\times \cdots S^1 $ は $\pi_1(T^n)\cong\mathbb{Z}^n$
  • $(p,q)$ レンズ空間 $L(p;q)$ は $\pi_1(L(p;q))\cong \mathbb{Z}/p\mathbb{Z}$
  • $n$ブーケ の基本群は $n$ 元生成の自由群 $F_{n}$ と同型
  • 三葉結び目の補空間の基本群は3次ブレイド群 $B_3$ と同型
  • $n$ 次特殊直交群 $\mathrm{SO}(n)$ は $n$ が $3$ 以上である時 $\pi_1(\mathrm{SO}(n))\cong \mathbb{Z}/2\mathbb{Z}$ (Lie群、位相群、より一般にH-空間の基本群は可換となることが知られている。)

参考文献

関連項目

脚注
  1. 文献によってはこれを $\gamma_2\cdot \gamma_1$ で表記している場合もあるため注意が必要である。モノドロミーを記述する際はこちらの方が扱いやすい。
  2. 文献により記号が違うことがあるので注意されたい。