位相空間 $X$ 上の行列代数の束(局所的に $M_n(\mathbb C)$ に同型な連続関数の代数の層)から Brauer 群 $\mathrm{Br}(X)$ を作り、$\mathrm{GL}_n$ への持ち上げの障害によって $\mathrm{Br}(X)$ を $H^2(X,\mathcal O_X^\times)$ へ単射に埋め込む。$X$ がコンパクトか連結成分が有限個なら、像は捩れ部分群に入る。パラコンパクトな $X$ では指数完全列で $H^2(X,\mathcal O_X^\times)\cong H^3(X,\mathbb Z)$ となり、有限 CW 複体では $\mathrm{Br}(X)\cong H^3(X,\mathbb Z)_{\mathrm{tors}}$(Serre の定理)が成り立つ。同じ定義は局所環付きトポスでも意味をもち、後の頁のスキームの理論の型になる。
$X$ を位相空間、$\mathcal O_X$ を複素数値連続関数の層とする。
本頁の主結果は次の四つである。
体 $k$ の Brauer 群は、$k$ 上の中心単純環を「行列環をテンソルする違い」で割った類の群である(本書『1-2 中心単純環と分裂体』)。Grothendieck の講演 I は、この古典論を Azumaya(局所環)と Auslander–Goldman(可換環)による拡張を経て一般のスキームへ移すことを一つの目的に掲げ、その移行を本人は「本質的に自明」と評している(I, p. 46)。難しいのはむしろ、Brauer 群をコホモロジーで捉える段で、それにはエタールコホモロジーが必要になる。
講演は、その本題に入る前に、位相空間という最も見通しのよい場合から始める。ここではコホモロジーは通常の層コホモロジーで足り、$\mathrm{Br}(X)$ と $H^2(X,\mathbb G_m)$ の関係、捩れ性、全射性(Serre の定理)という、後の頁で繰り返し問われる三つの論点がすべて現れる。とくに「$\mathrm{Br}\to H^2_{\mathrm{tors}}$ は全射か」という問いは、スキームでは $\mathrm{Br}=\mathrm{Br}'$ の問題(本書『2-2 Brauer 類の実現』)として長く残る。
体の Brauer 群が中心単純環から作られたように、位相空間の Brauer 群は、行列代数を局所的な型とする代数の層から作る。まずその代数を定義する。
$n\ge1$ とする。$\mathcal O_X$ 代数の層 $A$ が階数 $n^2$ の Azumaya 代数であるとは、各点に開近傍 $U$ があって $A|_U\cong M_n(\mathcal O_U)$ となることをいう。
これはファイバーが $M_n(\mathbb C)$ の局所自明な代数束の連続切断の層と同じものである。本頁では階数は $X$ 上局所定数であればよく、成分ごとに異なってよい。
同型類を貼り合わせのデータで数えるには、局所的な型 $M_n(\mathcal O_X)$ の自己同型の層、すなわち構造群を知る必要がある。
$M_n(\mathbb C)$ の代数自己同型はすべて内部自己同型である(Skolem–Noether の定理。本書『1-2 中心単純環と分裂体』)。層として $\operatorname{Aut}(M_n(\mathcal O_X))$ を求めるには、連続関数の芽の環(局所環)の上の同じ主張が要る。それは本書『1-3 Azumaya 代数と PGL トーサー』の局所環上の Skolem–Noether の定理で、ここでもそのまま使える。したがって自己同型の層は
$$\mathrm{PGL}_n=\mathrm{GL}_n/\mathcal O^\times\quad(\text{値は }\mathrm{PGL}_n(\mathbb C)=\mathrm{GL}_n(\mathbb C)/\mathbb C^\times)$$
であり、階数 $n^2$ の Azumaya 代数の同型類の集合は
$$\operatorname{Az}_n(X)\;\cong\;H^1(X,\mathrm{PGL}_{n,X})$$
と一致する(貼り合わせの辞書。トーサー の分類)。$X$ が CW 複体なら右辺は $[X,B\mathrm{PGL}_n(\mathbb C)]$ でもある。
こうして得た同型類の集合に群の構造を入れるのが次の定義である。体の場合と同じく、行列代数(ここでは $\operatorname{End}(E)$)をテンソルする違いを無視する。
Azumaya 代数 $A,B$ が同値であるとは、階数正の局所自由加群(ベクトル束の切断の層)$E,E'$ があって $A\otimes\operatorname{End}(E)\cong B\otimes\operatorname{End}(E')$ となることをいう。Azumaya 代数の同値類の集合に、テンソル積で群の構造を入れたものを $\mathrm{Br}(X)$ と書き、$X$ の Brauer群 という。
階数 $0$ を許すとすべての代数が同値になってしまうので、階数正を課す。原論文は「局所自由」とだけ書くが、この意味に読む。テンソル積は同値類の上で well-defined であり、
$$\operatorname{End}(E)\otimes\operatorname{End}(E')\cong\operatorname{End}(E\otimes E'),\qquad A\otimes A^{\mathrm{op}}\cong\operatorname{End}_{\mathcal O_X}(A)$$
により類の集合は群になる。単位元は $\operatorname{End}(E)$ の類、$[A]$ の逆元は $[A^{\mathrm{op}}]$ である。2 番目の同型は $a\otimes b\mapsto(x\mapsto axb)$ で与えられ、局所的に $M_n$ の場合に確かめればよい。
$\mathrm{Br}(X)$ をコホモロジーで捉えるには、$\mathrm{PGL}_n$ トーサーの構造群を $\mathrm{GL}_n$ へ持ち上げられるかどうかを測る不変量が要る。それが次の余境界 $\delta$ である。
中心拡大 $1\to\mathbb C^\times\to\mathrm{GL}_n(\mathbb C)\to\mathrm{PGL}_n(\mathbb C)\to1$ から層の完全列 $1\to\mathcal O_X^\times\to\mathrm{GL}_{n,X}\to\mathrm{PGL}_{n,X}\to1$ が得られ(右端の全射性は局所的な持ち上げの存在)、$X$ がパラコンパクト・ハウスドルフなら点付き集合の完全列
$$H^0(X,\mathrm{PGL}_n)\to H^1(X,\mathcal O_X^\times)\to H^1(X,\mathrm{GL}_n)\to H^1(X,\mathrm{PGL}_n)\xrightarrow{\ \delta\ }H^2(X,\mathcal O_X^\times)$$
が得られる。$\delta$ は Čech コサイクルで次のように書ける:$A$ を開被覆 $(U_i)$ 上の推移関数 $g_{ij}\in\mathrm{PGL}_n(U_{ij})$ で与え、(被覆を細かくして)持ち上げ $\tilde g_{ij}\in\mathrm{GL}_n(U_{ij})$ を選ぶと、$\tilde g_{ij}\tilde g_{jk}\tilde g_{ik}^{-1}$ はスカラー $c_{ijk}\in\mathcal O^\times(U_{ijk})$ であり、その類が $\delta(A)$ である。持ち上げの選び方によらず、$\delta$ は中心拡大の射について自然である。パラコンパクトでない空間では、Čech コホモロジーと導来関手のコホモロジーを比べる議論が要り、Giraud の非可換コホモロジーの理論がそれを一般に与える(引用)。
階数が一定でない $A$ については、階数 $m^2$ の点の集合 $X_m$ が開かつ閉なので $X=\bigsqcup_mX_m$ と分け、$H^2(X,\mathcal O_X^\times)=\prod_mH^2(X_m,\mathcal O^\times)$ の成分ごとに $\delta(A)=(\delta(A|_{X_m}))_m$ と定める。
$\delta(A)=0$ であることは、$A$ の構造群が $\mathrm{GL}_n$ へ持ち上がること、すなわち $A\cong\operatorname{End}(E)$($E$ は階数 $n$ の局所自由加群)であることと同値である。
以上で、Azumaya 代数、その同値、持ち上げの障害 $\delta$ が揃った。$\delta(A)=0$ が $A\cong\operatorname{End}(E)$ と同値であることは、$\delta$ が同値類を見分けることを示唆する。それを確かめるのが最初の主結果である。
以下、局所環付きトポスの小節までは $X$ をパラコンパクト・ハウスドルフとする。一般の $X$ でも、Giraud の理論 Gir71 で $\delta$ の完全性と自然性を認めれば、同じ議論が通る。
余境界 $\delta$ は単射な群準同型 $\mathrm{Br}(X)\hookrightarrow H^2(X,\mathcal O_X^\times)$ を与える。階数 $n^2$ の Azumaya 代数の類は $n$ で消える。$X$ がコンパクトであるか、連結成分が有限個なら、$\delta$ の像は捩れ部分群に含まれる。
(a) 加法性.成分ごとに考えて、$A,B$ の階数は一定としてよい。$A,B$ を推移関数 $g_{ij},h_{ij}$ で与えると、$A\otimes B$ は $g_{ij}\otimes h_{ij}$ で与えられ、持ち上げとして $\tilde g_{ij}\otimes\tilde h_{ij}$ をとれるので、コサイクルは $c_{ijk}d_{ijk}$ になる。よって $\delta(A\otimes B)=\delta(A)+\delta(B)$。$\operatorname{End}(E)$ は構造群が $\mathrm{GL}$ に持ち上がるので $\delta=0$。したがって $\delta$ は同値類の上で定まり、群準同型 $\delta\colon\mathrm{Br}(X)\to H^2(X,\mathcal O_X^\times)$ を与える。$A\otimes A^{\mathrm{op}}\cong\operatorname{End}(A)$ より $\delta(A^{\mathrm{op}})=-\delta(A)$。
(b) 単射性.$\delta(A)=\delta(B)$ なら $\delta(A\otimes B^{\mathrm{op}})=0$ だから $A\otimes B^{\mathrm{op}}\cong\operatorname{End}(E)$。すると
$$A\otimes\operatorname{End}(B)\cong A\otimes B^{\mathrm{op}}\otimes B\cong\operatorname{End}(E)\otimes B$$
となり $[A]=[B]$。
(c) 階数 $n^2$ なら $n\delta(A)=0$.中心拡大の射
$$\begin{array}{ccccccc}1\to&\mathcal O^\times&\to&\mathrm{GL}_n&\to&\mathrm{PGL}_n&\to1\\ &\downarrow{\scriptstyle \lambda\mapsto\lambda^n}&&\downarrow{\scriptstyle\det}&&\downarrow&\\ 1\to&\mathcal O^\times&\xrightarrow{=}&\mathcal O^\times&\to&1&\to1\end{array}$$
を考える($\det(\lambda I)=\lambda^n$ なので左の四角は可換)。余境界は中心拡大の射について自然なので、$\delta(A)$ を $n$ 倍したものは下の行の余境界の像に等しい。下の行の商は自明群なので、その $H^1$ は一点で余境界は $0$。よって $n\,\delta(A)=0$。
原論文 I (1.4) の 4° は、$1\to\mu_n\to\mathrm{SL}_n\to\mathrm{PGL}_n\to1$ を通す証明と、$A^{\otimes n}$ を直接 $\operatorname{End}$ の形に書く証明の二つを与える。上の行列式による証明は本頁で選んだもので、同じ結論を最短で与える。
(d) 捩れ性の範囲.階数は局所定数関数である。$X$ がコンパクトなら、局所定数関数は有限個の値しかとらず、連結成分が有限個の場合も同じである。どちらでも $A$ の階数 $n_i^2$ の最小公倍数を $N$ とすれば $N\delta(A)=0$ となる。この仮定が外せないことは本頁の反例「捩れ性の仮定を外した場合」で示す。
これで $\mathrm{Br}(X)$ は $H^2(X,\mathcal O_X^\times)$ の部分群として、$X$ がコンパクトならその捩れ部分群の中に見えるようになった。ただし $\mathcal O_X^\times$ 係数のコホモロジーは、そのままでは計算の手がかりに乏しい。$X$ がパラコンパクトなら、指数完全列がそれを整数係数の $H^3$ に置き換えてくれる。
$X$ をパラコンパクト・ハウスドルフとする。$i\ge1$ について $H^i(X,\mathcal O_X^\times)\cong H^{i+1}(X,\mathbb Z)$ である。したがって単射 $c\colon\mathrm{Br}(X)\hookrightarrow H^3(X,\mathbb Z)$ が得られ、上の定理(余境界の単射性と捩れ性)の捩れ性の仮定(コンパクト、または連結成分が有限個)のもとで像は $H^3(X,\mathbb Z)_{\mathrm{tors}}$ に入る。
指数写像 $x\mapsto\exp(2\pi i x)$ から層の完全列
$$0\to\mathbb Z_X\to\mathcal O_X\to\mathcal O_X^\times\to0$$
が得られる(全射性は、零にならない連続関数が局所的に連続な対数をもつことによる)。$X$ がパラコンパクトなら $\mathcal O_X$ は細層(1 の分割が使える)なので $H^i(X,\mathcal O_X)=0$($i\ge1$)。長完全列から連結準同型 $\partial\colon H^i(X,\mathcal O_X^\times)\to H^{i+1}(X,\mathbb Z)$ は同型($i\ge1$)。$i=2$ として $\delta$ と合成すれば単射 $c=\partial\circ\delta\colon\mathrm{Br}(X)\hookrightarrow H^3(X,\mathbb Z)$ を得る。上の定理(余境界の単射性と捩れ性)の (d) の仮定のもとで、像は捩れ部分群に入る。
捩れ性の仮定は、$H^3$ に移しても外せない。原論文の書き方との関係を注意しておく。
仮定なしでは像は捩れ部分群に入るとは限らない(本頁の反例「捩れ性の仮定を外した場合」)。原論文の (1.5) の後の段落は「像は捩れ部分群に含まれる」と仮定を書かずに述べるが、直前の (1.5)(コンパクト、または連結成分が有限個)の仮定を受けた文と読む必要がある。
ここまでで、$X$ がコンパクトなら $\mathrm{Br}(X)$ は $H^3(X,\mathbb Z)_{\mathrm{tors}}$ の中に単射で写ることが分かった。残る問いは、この単射が全射か、すなわち $H^3$ の捩れ類がすべて Azumaya 代数で実現されるかである。有限 CW 複体では答えは肯定的で、それが Serre の定理である。
$X$ を有限 CW 複体とする。$c\colon\mathrm{Br}(X)\to H^3(X,\mathbb Z)$ は同型 $\mathrm{Br}(X)\cong H^3(X,\mathbb Z)_{\mathrm{tors}}$ を与える。とくに $\mathrm{Br}(X)$ は有限群である。
ホモトピー論の標準的な事実(Bott の周期性 Bot57 による $\pi_*(\mathrm{SU}(N))$ の安定域の計算、Postnikov 塔、Eilenberg–MacLane 空間の有理コホモロジー)は引用として使う。
段 1(安定化).$N_k=k!$、$B_k=B\mathrm{PGL}_{N_k}(\mathbb C)$ とし、$A\mapsto A\otimes M_m(\mathcal O_X)$ に対応する群準同型 $\mathrm{PGL}_{N_k}\to\mathrm{PGL}_{N_{k+1}}$($g\mapsto g\otimes 1_{k+1}$)で $B_k\to B_{k+1}$ を作り、その写像望遠鏡を $B_\infty$ とする。有限 CW 複体 $Y$ について $[Y,B_\infty]=\varinjlim_k[Y,B_k]$ であり、ホモトピー群も帰納極限と交換する。
段 2($B_\infty$ のホモトピー群).$\mathrm{SL}_N(\mathbb C)$ は単連結なので $\pi_2(B\mathrm{PGL}_N)=\pi_1(\mathrm{PGL}_N)\cong\mu_N$ であり、$g\mapsto g\otimes1_m$ は包含 $\mu_N\subset\mu_{Nm}$ を誘導する($\zeta I_N\otimes I_m=\zeta I_{Nm}$)。よって $\pi_2(B_\infty)\cong\mu_\infty\cong\mathbb Q/\mathbb Z$。$j\ge2$ では、安定域で $\pi_{2j}(B\mathrm{PGL}_N)=\pi_{2j-1}(\mathrm{SU}(N))\cong\mathbb Z$(Bott)であり、$g\otimes1_m$ は $g$ の $m$ 個のブロック和に共役なので、誘導写像は $m$ 倍である。帰納極限は $\mathbb Q$ になる。奇数次は $0$ である。原論文はここから $B_\infty$ が Eilenberg–MacLane 空間の積 $K(\mathbb Q/\mathbb Z,2)\times\prod_{i\ge2}K(\mathbb Q,2i)$ にホモトピー同値であると述べる(I, p. 50)。実際、$B_\infty$ は単連結で、Postnikov 塔の各段の $k$ 不変量は前段の奇数次の有理コホモロジーにあり、$K(\mathbb Q/\mathbb Z,2)$ の正の次数の有理コホモロジーは $0$、$K(\mathbb Q,2i)$ の有理コホモロジーは偶数次にしかないので、それらはすべて $0$ である。とくに射影 $p\colon B_\infty\to K(\mathbb Q/\mathbb Z,2)$ はホモトピーを除いて切断 $s$ をもつ。
段 3(障害類の同定).$1\to\mu_N\to\mathrm{SL}_N\to\mathrm{PGL}_N\to1$ も層の完全列である(零にならない関数は局所的に $N$ 乗根をもつので、$g$ を $\det(g)^{-1/N}g$ に取り替えられる)。その余境界を $\delta_N\colon H^1(X,\mathrm{PGL}_N)\to H^2(X,\mu_N)$ とし、$\theta(A)$ を $\delta_N(A)$ の $H^2(X,\mathbb Q/\mathbb Z)$($\mu_N\cong\frac1N\mathbb Z/\mathbb Z$、$\zeta=e^{2\pi i/N}$ で同一視)での像とする。
この証明は原論文より長い。どこを補ったかを記しておく。
原論文 I (1.6) の証明は段 1・段 2 の筋を述べるだけで、段 3 の障害類の同定と、段 5 の有限段を経由することは書かれていない。これらは本頁で補った。
位相空間で得た三つの結果(単射性、捩れ性、Serre の定理)のうち、どこまでが位相空間に固有で、どこまでが「局所環付き」という枠組みだけから出るのか。この問いに答えるため、定義を局所環付きトポスへ移す。後の頁のスキームの理論は、この型に従う。
$\mathcal X$ をトポス、$\mathcal O$ をその可換環対象とする。$U$ と $f\in\mathcal O(U)$ について $U_f$ を $f$ が可逆になる最大の部分対象とする。すべての $U,f$ について $U_f\cup U_{1-f}=U$ となるとき、原論文にならって $(\mathcal X,\mathcal O)$ を局所環付きという。さらに $U_0=\emptyset$(空でない対象の上で $0$ は可逆でない)も課すものを、本頁では「$0\ne1$ の意味で」局所環付きという。
原論文の定義は零環を局所環として許す。位相空間と $\mathcal O_X$、スキームの Zariski・エタールのトポスと構造層は、どれも $0\ne1$ の意味で局所環付きである。Azumaya 代数は「局所的に $M_n(\mathcal O)$ に同型な代数」として定義し、同値と $\mathrm{Br}(\mathcal X)$ も位相空間の場合と同じ言葉で定める。
位相空間で使った二つの道具、自己同型の層の決定と余境界 $\delta$ を、トポスの言葉で置き直したものが次の命題である。
$(\mathcal X,\mathcal O)$ を原論文の意味で局所環付きトポスとする。
(i) 自己同型.冪等行列 $F$ は、被覆 $U=U_{F_{11}}\cup U_{1-F_{11}}$ の各片で行と列の変形を行えば、$n$ についての帰納法により、被覆の上で対角成分が $0$ か $1$ の対角行列に共役になる。また可換環 $R$ で $R^a\cong R^b$($a\ne b$)なら $R=0$ である(零行を足した正方行列の行列式を比べる)。自己同型 $\sigma$ について $\sigma(E_{11})\mathcal O^n$ は被覆の上で自由で、その階数を $k$ とすると $\mathcal O^n\cong\mathcal O^{nk}$ なので、$k\ne1$ の片では $\mathcal O=0$ で主張は自明である。$k=1$ の片では基底 $w$ をとり、$w_i=\sigma(E_{i1})w$ を列とする行列 $g$ で $\sigma=\operatorname{Int}(g)$ となる。
(ii) 単射 $\delta$.Giraud の非可換余境界を用いれば、上の定理(余境界の単射性と捩れ性)の証明の (a)(b) と同じ議論で $\delta$ は単射準同型であり、(c) の行列式の議論はトポスでもそのまま通るので、階数 $n^2$ の代数の類は $n$ で消える。
(iii) 捩れ性.$e_n$ を「$A$ が局所的に $M_n(\mathcal O)$ に同型」となる最大の部分対象とすると、$\{e_n\}$ は終対象 $e$ を覆い、$n\ne m$ なら $e_n\cap e_m$ の上で $\mathcal O^{n^2}\cong\mathcal O^{m^2}$ だから $\mathcal O=0$ である。
(iii) の後半に「$0\ne1$」の条件を付けた理由は、次の注意のとおりである。
原論文 (2.1) は「$X$ が連結なら捩れ」と述べるが、原論文の定義($0\ne1$ を課さない)のままでは成り立たない(本頁の反例「$0\ne1$ を課さない局所環付き空間」)。
これで、単射性と捩れ性は「局所環付き」という枠組みだけから出ることが分かった。ただし、この枠組みをそのままスキームに使うことも、Serre の定理をそのまま移すこともできない。
Zariski 位相のスキームでは「局所的に $M_n$」という定義が狭すぎる(本書『1-3 Azumaya 代数と PGL トーサー』の例「Zariski 位相では局所的に行列代数にならない」)。スキームの理論でエタール位相を使う理由はここにある。原論文は、Serre の定理の類似は一般のトポスでは成り立たないと述べ、例は挙げていない。本頁の例「Serre の定理の類似が成り立たない局所環付き空間」がその例である。スキームでの類似が $\mathrm{Br}=\mathrm{Br}'$ の問題である(本書『2-2 Brauer 類の実現』)。
以下の例は、主結果の適用と、仮定を外したときに何が破れるかを示す。まず Serre の定理で計算できる場合である。
$H^3(S^n,\mathbb Z)$ は $n=3$ のとき $\mathbb Z$、それ以外で $0$ なので、どの球面でも $\mathrm{Br}(S^n)=0$。$S^3$ では $H^3=\mathbb Z$ だが捩れ部分は $0$ であり、$\mathrm{Br}(S^3)=0$。$\mathbb{CP}^m$ も奇数次のコホモロジーが $0$ なので $\mathrm{Br}=0$。
次は、定理(余境界の単射性と捩れ性)の (d) の仮定が外せないことを示す反例である。Serre の定理で作った捩れ元を、無限個の成分に並べる。
Moore 空間 $M_n=S^2\cup_n e^3$($3$ 胞体を次数 $n$ の写像で貼る)では $H^3(M_n,\mathbb Z)\cong\mathbb Z/n$ なので、Serre の定理により $\mathrm{Br}(M_n)$ に位数 $n$ の元 $a_n$ がある。$X=\bigsqcup_{n\ge1}M_n$ の上で、各成分に $a_n$ を表す代数を置いた Azumaya 代数 $A$(階数は成分ごとに違う)を考える。$N[A]=0$ なら各成分で $N a_n=0$、すなわち $n\mid N$ となるが、これはすべての $n$ では成り立たない。
次の反例は主結果ではなく、原論文の印字した完全列の読み方に関わる。
原論文 I (1.3) は、列を「$1\to H^1(X,\mathbb G_m)\to H^1(X,\mathrm{GL}_n)\to\cdots$」の形で印字しており、$L\mapsto L^{\oplus n}$ が単射(核が自明)であると読める。正しい列は本頁の「余境界」の小節のとおり左に $H^0(X,\mathrm{PGL}_n)$ が付く。
$X=\mathbb{RP}^2$、$n=2$ とする。$H^2(X,\mathbb Z)\cong\mathbb Z/2$ なので、$c_1(L)\ne0$ の複素直線束 $L$ があり、$L$ は自明でない。$H^1(X,\mathbb G_m)\to H^1(X,\mathrm{GL}_2)$ は $L\mapsto L\oplus L$ で、$c_1(L\oplus L)=2c_1(L)=0$。次元 $3$ 以下の CW 複体の上の階数 $n\ge1$ の複素ベクトル束は第 1 Chern 類で決まる($B\mathrm{SU}(n)$ が $3$ 連結であることによる)ので、$L\oplus L$ は自明である。
Brauer 群を作るときに捨てた情報がどれほどあるかを、Serre の定理の証明で得た $B_\infty$ の分解を使って見ておく。
$X$ を連結とする。原論文は、$M_m(A)\cong M_{m'}(A')$ となる $A,A'$ を「安定同型」と呼び、その類の可換モノイド $KP(X)$ を特性類で記述する(I (1.8)・(1.9))。有限 CW 複体では $KP(X)=[X,B_\infty]$ であり、Serre の定理の証明の段 2 の分解 $B_\infty\simeq K(\mathbb Q/\mathbb Z,2)\times\prod_{i\ge2}K(\mathbb Q,2i)$ から全単射
$$KP(X)\cong H^2(X,\mathbb Q/\mathbb Z)\times\prod_{i\ge2}H^{2i}(X,\mathbb Q)$$
が得られる。第 1 成分は $\theta$ で、第 2 成分は正規化した Chern 指標 $\frac1N\mathrm{ch}$ の対数である($\mathrm{PGL}_N$ 束の有理的な Chern 指標は、$\mathrm{SL}_N$ 束の Chern 指標を有理コホモロジーの同型 $H^*(B\mathrm{PGL}_N,\mathbb Q)\cong H^*(B\mathrm{SL}_N,\mathbb Q)$ で移したもの)。$\frac1N\mathrm{ch}$ の定数項は $1$ で、2 次の項は $0$ である。原論文は $\mathrm{ch}$ 自身の定数項を $1$ と印字しているが、$\mathrm{ch}$ の定数項は階数 $N$ であり、定数項が $1$ になるのは $\frac1N\mathrm{ch}$ である。とくに $KP(X)$ は群である。$\mathrm{Br}(X)$ は $KP(X)$ からさらに $\operatorname{End}(E)$ の差を忘れた商であり、その核に $K$ 理論の情報が残る。アフィンスキームの場合の核の記述(原論文が Serre と Bass に帰する部分)は、本頁では扱わない。
残る二つは局所環付きトポスに関するもので、命題(局所環付きトポスの Brauer 群)の (iii) に付けた条件の必要性と、Serre の定理の類似の限界を示す。
原論文 I (2.1) の「連結なら捩れ」が、原論文の局所環付きの定義($0\ne1$ を課さない)のままでは成り立たない例である。
$n\ge1$ ごとに Moore 空間 $Y_n=M_n$ をとり、集合 $X=\{v\}\sqcup\bigsqcup_nY_n$ に、「$U$ が開 $\iff$ 各 $U\cap Y_n$ が $Y_n$ で開で、$U\ne\emptyset$ なら $v\in U$」という位相を入れる。$\mathcal O(U)=\prod_nC(U\cap Y_n)$(複素連続関数)とする。
最後は、$0\ne1$ を課しても Serre の定理の類似は成り立たない例である。
$X=S^2$ に、連続関数の層の代わりに定数層 $\mathcal O=\mathbb C$ を入れる。茎は $\mathbb C$ なので $0\ne1$ の意味で局所環付きである。$\mathbb G_m$ は離散群 $\mathbb C^\times$ の定数層で、$H^2(S^2,\mathbb G_m)\cong\mathbb C^\times$ の捩れ部分群は $\mu_\infty\ne0$ である。一方、上の命題(局所環付きトポスの Brauer 群)の (i) により $\operatorname{Aut}(M_n(\mathcal O))$ は離散群 $\mathrm{PGL}_n(\mathbb C)$ の定数層で、$S^2$ は単連結かつ局所可縮なので $H^1(S^2,\mathrm{PGL}_n)$ は一点である。$X$ は連結なので Azumaya 代数の階数は一定で、どれも $M_n(\mathcal O)$ に同型になる。よって $\mathrm{Br}(X)=0$ で、$\delta(\mathrm{Br}(X))\ne H^2(X,\mathbb G_m)_{\mathrm{tors}}$。
以下は原論文の主張ではなく、後代の結果の紹介である(本頁の執筆時点 2026 年の知識による。書誌の頁は確認していない)。現代的な全体像は CTS21 を見よ。
| 本頁 | 原論文(I=Le groupe de Brauer I Gro68a) | 印字頁 |
|---|---|---|
| 定義と準備:行列代数の束、$\operatorname{Az}_n(X)=H^1(X,\mathrm{PGL}_n)$ | I (1.1) | 46–47 |
| 定義と準備:同値と Brauer 群 | I (1.2) | 47 |
| 定義と準備:余境界 $\delta$、反例(列の左端) | I (1.3) | 48 |
| 定理(余境界の単射性と捩れ性)の (a)–(c) | I (1.4) 1°–4°、式 (☆) | 48–49 |
| 定理(余境界の単射性と捩れ性)の (d)、反例(捩れ性の仮定) | I (1.5) | 49 |
| 定理(指数完全列による埋め込み)、注意(捩れ性の仮定の読み方) | I (1.5) の後の段落(指数完全列、式 (☆☆)) | 49–50 |
| Serre の定理 | I (1.6)、(1.7) | 50 |
| 例(安定同型類) | I (1.8)(式 (1.1))、(1.9) | 50–51 |
| 局所環付きトポスの定義と命題、反例(零の茎)、例(定数層) | I §2、式 (2.1) とその直後、§2 の末尾 | 51–52 |
原論文は I (1.6) の前後で $\delta$ と写像 (☆) を「1.1 の」と引くが、これらが導入されるのは (1.3)・(1.4) である。本頁は導入箇所の番号で対応させた。また原論文は §2 で $\delta_n$ の値を $\mu_{m_X}$ に属すると印字するが、$\mu_n$ の意である。
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