第 1 章から第 4 章までの結果は、公理を仮定とする命題だった。この頁では、非特異な準射影多様体の Chow 環が第 1 章と第 2 章の公理を満たすことを同じセミナーの前の講演の構成を引いて確かめ、有理同値と線形同値が同じ関係であることを示し、第 3 章と第 4 章の結果と合わせて Chow 環の射影束公式を導く。原論文が予想として述べた最小の理論の存在は、予想として記録し、後代の代数的コボルディズムと比べて紹介する。
前提知識: Chow環, 有理同値, 交叉積, 射影束公式, 代数的サイクル, Cartier因子
$k$ は代数的閉体、$\mathcal V_{\mathrm{qp}}$ は非特異な準射影的代数的空間(非特異な準射影多様体の有限個の非交和)の圏とする。$X\in\mathcal V_{\mathrm{qp}}$ について $CH(X)=\bigoplus_iCH^i(X)$ は有理同値によるサイクル類の群を余次元で次数付けたもので、線形同値によるサイクル類の群は本書『3-2 線形同値の理論』のものである(定義は本書『0-3 サイクル・Chow 環・K 群と対称式』)。公理 (I.1)〜(I.11)、条件 (V.1)〜(V.3)、公理 (E)(H) の番号は原論文のままで、一覧は本書『0-4 記号と約束』にある。
本頁の主結果は次の三つである。
原論文 Gro58b は冒頭で、これから述べる性質は「すべて」非特異な準射影的代数的空間の有理同値の理論で成り立つと予告する(印字 4-01)。§1〜§3 の公理はそれを抽象したもので、§2 の途中で原論文は立ち止まり、Chow 環が (I.1)〜(I.10) を満たすことを確かめる(印字 4-15〜4-16)。ただしその確認は、同じセミナーの前の講演(Chevalley Che58II ほか)で構成された引き戻しと交叉積に全面的に依っている。(I.11) はそこでは確かめられず、§4〜§6 の完全性とホモトピーの公理を経て、§6 の最後で「とくに線形同値の理論で」成り立つと結ばれる(印字 4-35)。
本書は判定の基準(本書『0-4 記号と約束』)に従い、第 1〜4 章を公理を仮定とする命題として書いた。そこで得た「完結」「条件付き」の札は、公理を満たす理論が一つもなければ中身のない主張になる。とくに第 2 章と第 4 章の反例は、「公理を満たし係数環が 0 でないどの理論でも」主張が破れる、という形で示した。そのような理論が実在することを確かめるのがこの頁の役目である。
第 3 巻『Chern 類の公理的理論』では、射影束公式を最初の公理 A 1 に置いたので、Chow 環がモデルになることを示すには Chow 環の射影束公式そのものを Fulton Ful98 から引用するほかなかった(参考書『Chern 類の公理的理論』の頁『2-2 三つのモデル』の命題「Chow環モデル」)。本巻の原論文の筋では、射影束公式は引用せず、局所化の完全列とホモトピーから導かれる。引用として残るのは前の講演の交叉積の構成だけである。第 3 巻が扱った Hodge コホモロジーと複素多様体の整係数コホモロジーのモデルは、本巻の原論文の §4 以降の公理(完全性とホモトピー)を満たすかどうかが別の問題になるので、この頁では扱わず第 3 巻に委ねる。
原論文は §2 の検証の後に二つの注意を置く。一つはコホモロジー理論を含めるには次数を倍にすべきだという注意、もう一つは、Chow 環が公理を満たす理論の中で最小のものとして特徴づけられるだろうという予想である(印字 4-16〜4-17)。後者は証明されていない予想として記録する。
まず、確かめる対象を一つのデータの組として書く。圏は準射影的な空間に限る。1958 年の時点で、任意の射の引き戻しを持つ交叉積が構成されていたのはこの範囲だけだったからである(本書『0-3 サイクル・Chow 環・K 群と対称式』の定理「非特異準射影多様体の Chow 環」)。
$\mathcal V_{\mathrm{qp}}$ を、非特異な準射影多様体の有限個の非交和と同型な代数的空間のなす圏とし、射は $k$ 上の射とする。係数環を $\Lambda=\mathbf Z$ とし、$X\in\mathcal V_{\mathrm{qp}}$ に次のデータを与える。
5 が意味をもつのは、既約な $X$ で $CH^0(X)$ が $[X]$ を基底とする自由加群だからである。余次元 0 のサイクルは $[X]$ の整数倍だけで、$n[X]$ が有理同値で $0$ になるのは $n=0$ のときに限る(射影直線上の族で余次元 0 のものは $X\times\mathbf P^1$ の倍数で、両端のファイバーの差は $0$ になる)。原論文はこの確認を「定義からすぐ」とする(印字 4-15)。6 が $s$ の選び方によらず群準同型で引き戻しと両立することは、引用する事実 2 に含める。
主結果 2 のために、二つの同値関係を並べて書く。どちらも本書『0-3 サイクル・Chow 環・K 群と対称式』の定義の再掲である。
$X$ を非特異な代数的空間とする。
$\mathcal W[t]$ は交叉積ではなくファイバーの基本サイクルで定め、$Z(t)$ は交叉積で定めている。二つを比べるには、ファイバーが因子との交わりであることを使う(下の引用する事実 3)。
次の事実は証明せずに引用する。1 は同じセミナーの前の講演 Che58II と Chow の移動補題 Cho56 による(原論文は「exposé 3」と引く。本書は講演の本文を開いておらず、該当箇所の番号も確かめていない)。2〜4 の出典は Wei46、Sam55、Ful98 第 1〜2 章・第 7 章で、要点は本書『0-3 サイクル・Chow 環・K 群と対称式』にある。
公理は十個あるが、前の講演に依るのは引き戻しの構成、交叉積、射影公式の三つで、残りはサイクルの水準の計算か、余次元 0 の成分の比較で済む。(I.8) だけは移動補題とサイクルの射影公式を組み合わせる必要があり、そこで第 1 章の横断的な逆像の定理が効く。
上の定義(Chow 理論のデータ)の圏 $\mathcal V_{\mathrm{qp}}$ とデータについて、次が成り立つ。
段 1(圏の条件).一点は非特異で準射影的であり、$\mathcal V_{\mathrm{qp}}$ は定義から同型で閉じる。積と射影束で閉じることは引用する事実 4 である(非特異な空間の積と、非特異な空間上の射影束は非特異)。
段 2(次数).$f^*$ は余次元を保つ(引用する事実 1 の (a))。$X$、$Y$ が純次元 $m$、$n$ で $f$ が固有のとき、余次元 $i$ の既約な $W\subset X$ は次元 $m-i$ で、$f_*[W]\neq0$ なら $f(W)$ も次元 $m-i$、したがって $Y$ での余次元は $n-m+i$ である。よって $f_*$ は次数 $n-m$ である。余次元 $i$ と $j$ の $W$、$W'$ の積 $W\times W'$ は既約で次元は和なので(本書『0-2 代数多様体・横断性・射影束と旗多様体』の定理「既約性と次元の基本」の (1))、余次元は $i+j$ で、外積は次数 $0$ である。増大の条件は定義の 5 そのものである。
段 3((I.1)〜(I.7)).(I.1) の引き戻しの式は引用する事実 1 の (d) である。直像の式はサイクルの水準で成り立つ。$(f\times g)(W\times W')=f(W)\times g(W')$ で、次元が保たれるのは $f$ と $g$ の両方で次元が保たれるときに限り、そのとき次数は積になる。(I.2):$X$、$Y$ が既約で $y=n[Y]+y_+$($y_+$ は正の次数)なら、$f^*$ は単位的で次数 $0$ なので $f^*y=n[X]+f^*y_+$ で、両辺の増大は $n$ である。(I.3):$x=m[X]+x_+$、$y=n[Y]+y_+$ なら $x\times y=mn[X\times Y]+(\text{正の次数})$ で、$X\times Y$ は既約だから $\varepsilon(x\times y)=mn$ である。(I.4):積の結合性はサイクルの水準で $(W\times W')\times W''=W\times(W'\times W'')$、入れ替え $s$ は同型なので $s_*[W\times W']=[W'\times W]$ である。(I.5):一点の既約閉部分は一点だけで、余次元 0 のサイクルに有理同値の関係は無いので $CH(\mathrm{pt})=\mathbf Z[\mathrm{pt}]$、$\varepsilon$ は同型で $1_{\mathrm{pt}}=[\mathrm{pt}]$ である。(I.6):$X\times\mathrm{pt}=X$ の同一視で $[W]\times[\mathrm{pt}]=[W]$ である。(I.7):$X$ が互いに素な開部分 $X_1,\dots,X_n$ の和なら、$X_i$ は開かつ閉で、既約な閉部分 $W\subset X$ はただ一つの $X_i$ に含まれ、$X\times\mathbf P^1$ の既約閉部分もただ一つの $X_i\times\mathbf P^1$ に含まれる。よってサイクルの群も有理同値の関係も成分ごとに分かれ、$CH(X)=\bigoplus_iCH(X_i)$ である。$f_i^*$ は制限(引用する事実 1 の (b))で成分の取り出し、$(f_i)_*$($X_i\to X$ は閉埋め込みでもある)は成分の埋め込みなので、両者は互いに逆である。同型 $f$ では $f_*[W]=[f(W)]$、$f^*[W']=[f^{-1}(W')]$ で、互いに逆である。最後に $1_X=\pi_X^*(1_{\mathrm{pt}})=[X]$ である($f^*$ は単位的)。
段 4((I.8)).$f\colon X\to S$ を固有、$Y\subset S$ を閉、$f$ は $Y$ に横断的で、$Y$ と $Z=f^{-1}(Y)$ は $\mathcal V_{\mathrm{qp}}$ に属するとする。本書『1-2 横断的な底変換と射影公式』の主結果「横断的な逆像」により、$Z$ は非特異な閉部分で、各点で $X$ での余次元は $Y$ の $S$ での余次元 $r$ に等しく、スキームとしての逆像 $f^{-1}(Y)$ は被約で $Z$ と一致する。$x\in CH(X)$ を、各成分が $Z$ と固有に交わるサイクル $\zeta$ で代表させる(引用する事実 1 の (c))。$\zeta$ の成分 $W$ で $\dim f(W)=\dim W$ となるものについて、$f(W)\cap Y=f(W\cap Z)$ なので
$$\dim\bigl(f(W)\cap Y\bigr)\le\dim(W\cap Z)=\dim W-r=\dim f(W)-r$$
である。$S$ は非特異なので、次元の不等式(本書『0-3 サイクル・Chow 環・K 群と対称式』の定理「固有な交わりと交叉重複度」の (1))から $f(W)\cap Y$ の各成分の次元は $\dim f(W)-r$ 以上で、等号が成り立つ。$f_*\zeta$ の成分はこのような $f(W)$ だけなので、$f_*\zeta$ は $Y$ と固有に交わる。引用する事実 1 の (c) により、$j_Z^*x$ は $\zeta\cdot Z$ の類、$j_Y^*f_*x$ は $f_*(\zeta)\cdot Y$ の類である。引用する事実 1 の (f) と $f^{-1}(Y)=Z$ から
$$(f_Z)_*(\zeta\cdot Z)=f_*\bigl(\zeta\cdot f^{-1}(Y)\bigr)=f_*(\zeta)\cdot Y$$
で、類をとれば $(f_Z)_*j_Z^*x=j_Y^*f_*x$ である。
段 5((I.9)(I.10) と積).(I.9) は引用する事実 1 の (f) の類の上の式である。積が交叉積であることは引用する事実 1 の (e) である。(I.10):直線束 $L$ の正則な切断 $s$ が零切断に横断的で、零点集合 $Y$ が $\mathcal V_{\mathrm{qp}}$ に属するとする。$s$ はどの成分 $X'$ の上でも恒等的に $0$ ではない。実際 $X'$ の上で $s=0$ なら、$X'$ は開なので $x\in X'$ で $ds_x(T_xX)$ は零切断の像の接空間に含まれ、それと零切断の像の接空間の和は $T_{s(x)}L$ より 1 次元小さく、横断性に反する。よって $s$ は有理切断として $p_X$ の定義に使えて、引用する事実 2 により $p_X\,cl_X(L)=[\operatorname{div}(s)]=[Y]$ である。
原論文の検証は短い。その書き方と本書の分け方の違いを記録しておく。
原論文は、(I.1) は前の講演で確かめられたと書いた直後に、(I.1)〜(I.6) は「自明に確かめられる」と続ける(印字 4-15。(I.1) が二度数えられている)。本書は (I.1) のうち引き戻しの式と、(I.9) と、積の一致を前の講演に依る引用とし、(I.1) の直像の式と (I.2)〜(I.7) を上の段 3 でサイクルの水準の計算と余次元 0 の成分の比較で確かめた。(I.8) の確認は原論文の筋(移動補題でサイクルを動かし、サイクルの射影公式を当てる)と同じで、本書は $f_*\zeta$ と $Y$ の交わりが固有になることと、横断性によりファイバーが重複度 1 で現れることを補った。(I.10) は原論文では「$p_X$ の定義からすぐ」で、本書は切断がどの成分でも $0$ でないことを補った。(I.11) はここではまだ示されない(下の定理(Chow 環の射影束公式))。
次の注意は原論文 §2 の注意 1° の記録である。公理系の次数の取り方に関わるので、ここに置く。
原論文は、最も重要なコホモロジー理論を含めるには、純次元 $m$ から $n$ への固有射の直像を次数 $2(n-m)$、データ e の値を $A^2$ にとるべきだったと述べる(印字 4-16)。そうすると Chow 環の次数は倍になり、反可換な次数付き環(本書『1-1 データと公理と積の構造』の注意「原論文の注意 1° と 2°(次数と可換性)」)になるが、次数がすべて偶数なので可換でもある。原論文は、以後の講演で扱うのはサイクル類の群だけなので、慣用の記法を変えなかったとする。本書も余次元で次数を付ける(本書『0-4 記号と約束』)。Hodge コホモロジーと複素多様体の整係数コホモロジーが第 3 巻の公理系のモデルになることは、参考書『Chern 類の公理的理論』の頁『2-2 三つのモデル』で確かめられている。本巻の公理系、とくに §4 の完全性とホモトピーの公理がそれらで成り立つかは、この頁では扱わない。
これで Chow 環は第 1 章と第 2 章の公理のうち (I.11) 以外をすべて満たすことが分かった。(I.11) を第 3・4 章の筋で得るには、第 3 章で完全性とホモトピーを示した線形同値の理論が、いま確かめた有理同値の理論と同じものであることが要る。
原論文は冒頭と §2 で有理同値、§4 で線形同値と書き、両者の関係に触れない(印字 4-01、4-15、4-29〜4-30)。二つの定義の違いは、族の底を射影直線にとってファイバー $0$ と $\infty$ を比べるか、アフィン直線にとってファイバー $0$ と $1$ を比べるか、ファイバーを基本サイクルで測るか交叉積で測るか、の二点だけである。
$X$ を非特異な代数的空間とする。上の定義(有理同値と線形同値の生成元)の部分群について $\operatorname{Rat}(X)=\operatorname{Lin}(X)$ である。したがって線形同値によるサイクル類の群(本書『3-2 線形同値の理論』の $A(X)$)は $CH(X)$ に等しい。
段 1(ファイバーは交わり).$T$ を $\mathbf P^1$ または $\mathbf A^1$ とし、$\mathcal W\subset X\times T$ を既約で $T$ に支配的に射影する閉部分とする。$t\in T$ について、引用する事実 3 により、$\mathcal W$ は $X\times\{t\}$ と固有に交わり、$\mathcal W\cdot(X\times\{t\})$ はスキームとしてのファイバーの基本サイクル $\mathcal W[t]$ に等しい。重複度は $t$ の近傍だけで決まるので、$t\in U\subset T$($U$ は開)なら $\mathcal W$ と $\mathcal W\cap(X\times U)$ で同じ $\mathcal W[t]$ を与える。とくに線形同値の定義の $Z(t)$ は、$Z=\sum n_\alpha\mathcal W_\alpha$ の成分ごとのファイバーの基本サイクルの和 $\sum n_\alpha\mathcal W_\alpha[t]$ である。
段 2(座標の取り替え).射影直線の一次分数変換 $\varphi(t)=t/(t+1)$ は $\varphi(0)=0$、$\varphi(\infty)=1$、$\varphi(-1)=\infty$ を満たす $\mathbf P^1$ の自己同型である($-1$ は $0$ とも $\infty$ とも異なる)。$\Phi=\mathrm{id}_X\times\varphi$ は $X\times\mathbf P^1$ の自己同型で、既約で支配的な $\mathcal W$ を既約で支配的な $\Phi(\mathcal W)$ に移し、ファイバーを移す。すなわち $\Phi(\mathcal W)[\varphi(t)]=\mathcal W[t]$ である($X$ 上のサイクルとして)。
段 3($\operatorname{Rat}\subset\operatorname{Lin}$).$\mathcal W\subset X\times\mathbf P^1$ を既約で支配的とし、$\mathcal W'=\Phi(\mathcal W)$ とおく。段 2 により $\mathcal W'[0]=\mathcal W[0]$、$\mathcal W'[1]=\mathcal W[\infty]$ である。$Z=\mathcal W'\cap(X\times\mathbf A^1)$($\mathbf A^1=\mathbf P^1-\{\infty\}$)は $\mathcal W'$ の空でない開部分なので既約で、$\mathbf A^1$ に支配的に射影する。段 1 により $Z(0)=\mathcal W'[0]$、$Z(1)=\mathcal W'[1]$ なので、$\mathcal W[0]-\mathcal W[\infty]=Z(0)-Z(1)\in\operatorname{Lin}(X)$ である。
段 4($\operatorname{Lin}\subset\operatorname{Rat}$).$Z=\sum n_\alpha Z_\alpha$ を線形同値の定義のサイクルとする。各成分 $Z_\alpha$ の $X\times\mathbf P^1$ での閉包 $\bar Z_\alpha$ は既約で $\mathbf P^1$ に支配的に射影し、$\bar Z_\alpha\cap(X\times\mathbf A^1)=Z_\alpha$ である。$\mathcal W_\alpha=\Phi^{-1}(\bar Z_\alpha)$ とおくと、段 2 により $\mathcal W_\alpha[0]=\bar Z_\alpha[0]$、$\mathcal W_\alpha[\infty]=\bar Z_\alpha[1]$ で、段 1 によりこれらは $Z_\alpha(0)$、$Z_\alpha(1)$ に等しい。よって $Z(0)-Z(1)=\sum n_\alpha(\mathcal W_\alpha[0]-\mathcal W_\alpha[\infty])\in\operatorname{Rat}(X)$ である。
この一致は、線形同値で述べた第 3 章の結果(完全性とホモトピー)を有理同値の Chow 環に移すためだけに使う。第 1・2 章の公理の確認(上の定理)は有理同値で述べ、第 3 章の証明は線形同値で述べられているので、両者を結ぶ橋がここにある。
材料はすべて揃った。第 1・2 章の公理は上の定理(Chow 環は第 1・2 章の公理を満たす)、完全性とホモトピーは本書『3-2 線形同値の理論』の主結果 4(原論文 Théorème 2)で線形同値について、射影束公式は本書『4-2 局所から大域へと射影束公式』の主結果 4 で公理から、それぞれ得られている。残るのは、圏を準射影的な空間に制限してよいこと、データが一致することの確認だけである。
上の定義(Chow 理論のデータ)の圏とデータについて、次が成り立つ。
段 1((V.3)).$X\in\mathcal V_{\mathrm{qp}}$ の開部分と、非特異な閉部分空間は、非特異で準射影的である(引用する事実 4)。積とアフィン直線 $\mathbf A^1$ も同様である。
段 2(データの一致).本書『3-2 線形同値の理論』の主結果 1 の線形同値の理論は、非特異な代数的空間の全体の圏で、線形同値によるサイクル類の群に、開部分へのサイクルの制限、閉部分からのサイクルの直像、サイクルの直積、$[X]$ の係数による増大、$1_X=[X]$ を与えたものである。上の定理(有理同値と線形同値の一致)により、非特異な $X$ ではその群は $CH(X)$ に等しい。Chow 理論の側でも、開部分への包含の $f^*$ はサイクルの制限(引用する事実 1 の (b))、閉埋め込みの $f_*$ はサイクルの直像、外積はサイクルの直積、増大と単位元は同じである。よって $\mathcal V_{\mathrm{qp}}$ の対象の上で、二つの理論の §4 のデータ(開部分への制限、閉部分からの直像、外積、増大、単位元)は一致する。
段 3((E)(H) の制限).公理 (E) の主張は、$X\in\mathcal V_{\mathrm{qp}}$、その閉部分 $Y\in\mathcal V_{\mathrm{qp}}$、開部分 $U=X-Y$ の三つの群と、$i_*$、$j^*$ だけに関わる。公理 (H) の主張は、$A(X)$ と $A(X\times\mathbf A^1)$ と写像 $x\mapsto x\times1_{\mathbf A^1}$ だけに関わる。登場する空間はすべて $\mathcal V_{\mathrm{qp}}$ に属し、とくに非特異である。本書『3-2 線形同値の理論』の主結果 4 は非特異な代数的空間の全体で (E)(H) を与えるので、段 2 のデータの一致により、$\mathcal V_{\mathrm{qp}}$ の Chow 理論でも (E)(H) が成り立つ。これで 1 の (V.3) と (E)(H) が示された。第 3 章で足した仮定 (BC) は、本書『3-2 線形同値の理論』の主結果 1 で線形同値の理論について確かめられているので、ここでは仮定として残らない。
段 4((I.11)).上の定理(Chow 環は第 1・2 章の公理を満たす)と 1 により、Chow 理論は §6 の条件(次数付きの理論で、(V.1)〜(V.3)、(I.1)〜(I.10)、(E)(H))をすべて満たす。これで 1 の最後の主張が示された。$\mathcal V_{\mathrm{qp}}$ の対象はすべて非特異なので、本書『4-2 局所から大域へと射影束公式』の主結果 4((I.11) の成立)がすべての $X\in\mathcal V_{\mathrm{qp}}$ について (I.11) を与える。そこで使われる二つの読み、すなわち本書『2-1 直線束の類と射影束の一次独立』の主結果 2 の足した仮定($X$ の連結成分が圏に属する)と、局所自明性を Zariski 位相で読むことは、ここでは自動的に満たされる。前者は連結成分が開部分で (V.3) により $\mathcal V_{\mathrm{qp}}$ に属するからで、後者はベクトル束とその射影束が Zariski 位相で局所自明だからである。これで 2 が示された。
原論文は §6 の最後に、この結論を「Théorème 2 により、とくに線形同値の理論で」と一文で書く(印字 4-35)。上の証明の段 2・段 3 は、その一文に含まれる二つの読み替え、すなわち有理同値と線形同値の同一視と、全非特異の圏から準射影の圏への制限を書き出したものである。
第 1〜4 章の[完結]と[条件付き]の札は、公理を仮定とする命題としての判定だった。上の定理(Chow 環の射影束公式)により Chow 理論が §6 の条件と (I.11) を満たすので、第 1〜4 章の結果は Chow 環について成り立つ。たとえば、階数 $p$ の束の Chern 類 $c_i(E)\in CH^i(X)$ が関係式 $\sum_ic_i(E)\xi_E^{\,p-i}=0$ で一意に定まり、関手性・正規化・加法性をもつこと(本書『2-2 Chern 類と分裂の関係式』)、$CH(P(E))\cong CH(X)[t]/(t^p+c_1(E)t^{p-1}+\dots+c_p(E))$(同じ頁の主結果 5)、旗束の Chow 環の表示と、Grassmann 多様体の Chow 環が整数だけで決まること(本書『2-3 旗束の環』)、主束の Chow 環(本書『4-3 アフィン束と主束』)がそうである。
ただし、これらは「第 1〜4 章の結果を Chow 環に当てたもの」であって、Chow 環の上の主張としての札は、当てた結果の札と上の定理の札の弱い方になる。上の定理は前の講演の構成を引用するので、Chow 環の上の主張としてはどれも[条件付き]である。第 1〜4 章で公理から示したことを、本書は「Chow 環で証明した」とは書かない。
同じ読みは、第 2 章と第 4 章の反例にも当てはまる。それらが実在の理論で起こる現象であることは、次の節の例で確かめる。その前に、原論文 §2 の注意 2° の予想を記録する。
原論文は Chow 環が公理を満たすことを確かめた直後に、Chow 環が公理を満たす理論の中で特別な位置を占めるだろうと述べる(印字 4-16〜4-17)。原論文の言葉は「plausible」で、証明は無い。
$\mathcal V$ を非特異な準射影的代数的空間の圏とし、係数環 $\Lambda$ の上で公理 (I.1)〜(I.10) を満たす理論を考える。Chow 理論 $\mathcal C$($A(X)=CH(X)\otimes_{\mathbf Z}\Lambda$)は次の意味で最小であろう。そのような任意の理論 $\mathcal B$(次数付き加群 $B(X)$ など)について、各 $X\in\mathcal V$ に次数付き $\Lambda$ 加群の準同型 $\varphi_X\colon A(X)\to B(X)$ を与える組で、引き戻しと固有射の直像に関して関手的で、増大と外積と両立し、直線束の第一類(データ e)の形成と両立するものが、ただ一つ存在する。
係数を広げた $CH(X)\otimes\Lambda$ も公理を満たすことは、下の例(係数を広げた Chow 理論)で確かめる。原論文は予想の後に二つのことを添える。
原論文は、予想の準同型 $\varphi$ は、既約な非特異部分多様体 $Y\subset X$ の類を $\mathcal B$ での類 $[Y]_{\mathcal B}$ に、因子 $D$(非特異とは限らない)の類を $D$ に対応する直線束の第一類に移すはずだと述べる(印字 4-16)。前者は $\varphi$ の両立性から次のように出る。一点では増大との両立から $\varphi_{\mathrm{pt}}$ は $\Lambda$ の恒等写像で、引き戻しとの両立から $\varphi_Y(1_Y)=\varphi_Y(\pi_Y^*1_{\mathrm{pt}})=\pi_Y^*1_{\mathrm{pt}}=1_Y$、直像との両立から $\varphi_X([Y])=\varphi_X(i_*1_Y)=i_*(1_Y)=[Y]_{\mathcal B}$ である。後者は、Chow 環では $[D]$ が $D$ の定める直線束 $\mathcal O_X(D)$ のデータ e の値 $p_X\,cl_X(\mathcal O_X(D))$ に等しいこと(引用する事実 2)と、データ e との両立からすぐに出る。したがって一意性は、特異な部分多様体の類がどこに移るかという問題に帰着する。
原論文は、予想が証明されれば、代数幾何での Poincaré 双対性の現行の形式(Grothendieck の双対定理の講演 Gro57、原論文の文献 [3])がサイクルの特異点のために出会う困難を完全に避けられるだろう、とも述べる(印字 4-17)。予想の一意性の側と存在の側の後代の状況は、下の「その後の発展」に書く。本書は予想を証明していない。
予想は主結果に数えない。この頁の主結果が示したのは、公理を満たし係数環が $0$ でない理論が少なくとも一つ(Chow 理論)実在することであり、予想はそれが普遍的であることを主張する。
第 2 章と第 4 章の反例は、どれも「ある条件を満たし係数環が $0$ でないどの理論でも」主張が破れる、という形で示した。最初の例で、それらが Chow 環で具体的に起こることを確かめる。
次の三つの反例は、公理を仮定とする形で示されたものである。それぞれの本文が置く条件は違う。
(a) 本書『2-1 直線束の類と射影束の一次独立』の反例「横断性を外すと交わりの積の公式は破れる」:射影束公式 (I.11) を満たし係数環が $0$ でない理論で、射影平面の直線 $\ell$ について $[\ell\cap\ell]=[\ell]\neq[\ell]^2$。
(b) 本書『2-2 Chern 類と分裂の関係式』の反例「階数を超える次数で消える条件を外すと特徴づけは破れる」:(I.11) を満たし係数環が $0$ でない理論で、階数を超える次数で消える条件を外した族 $c'$ は $c'_2(L_V)\neq0=c_2(L_V)$ となる。
(c) 本書『4-3 アフィン束と主束』の反例「切断が無いと系 1 の引き戻しは単射とは限らない」(原論文 §6 の最後の注意 (a)):§6 の条件を満たし係数環が $0$ でない理論で、射影直線上の標準的な部分直線束から零切断を除いた空間 $E$ への引き戻しは $\xi_V$ を $0$ に送る。
Chow 理論は係数環 $\mathbf Z\neq0$ をもち、上の定理(Chow 環の射影束公式)により (I.11) と §6 の条件をすべて満たす。さらに (c) で登場する空間 $E\cong\mathbf A^2-\{0\}$ は $\mathbf A^2$ の開部分で準射影的なので、本書『4-3 アフィン束と主束』が置く、登場する空間が圏に属するという前提も満たされる。よって三つは Chow 環で起こる。具体的には、$CH(\mathbf P^2)=\mathbf Z[h]/(h^3)$($h=\xi_V$ は直線の類)で (a) は $h\neq h^2$、(b) は $c'_2(L_V)=h^2$ が点の類で $0$ でないこと、(c) は $CH(\mathbf P^1)=\mathbf Z\oplus\mathbf Zh$ から $CH(\mathbf A^2-\{0\})\cong\mathbf Z$ への引き戻しが全射で $h\mapsto0$ となることである。ただし、そのような理論が実在することは条件付きの定理(上の定理(Chow 環の射影束公式))に頼るので、「Chow 環で起こる」という読みは[条件付き]である。
係数環が $0$ でないという条件は飾りではない。次の反例は、その条件を外すと、公理をすべて満たしながら反例が一つも現れない理論があることを示す。
外す条件は、上の例の三つの反例の本文が置く「係数環が $0$ でない」である。$\Lambda=0$(零環)とし、すべての空間に $A(X)=0$、すべてのデータに零写像を与える。これは (V.1)〜(V.3) を満たす任意の圏 $\mathcal V$(たとえば $\mathcal V_{\mathrm{qp}}$)の上で、次数付きの理論の条件、(I.1)〜(I.10)、(E)(H)、(I.11) をすべて満たす。実際、(I.1)〜(I.4)、(I.6)〜(I.10) は零加群の間の写像の等式なので成り立つ。(I.5) の $\varepsilon\colon A(\mathrm{pt})=0\to\Lambda=0$ は同型で、零環では $1=0$ なので $\varepsilon(1_{\mathrm{pt}})=1$ も成り立つ。(E) は零加群の列として完全、(H) の写像は全射である。(I.11):零環の上の零加群は、どの元の族 $(0,\dots,0)$ を基底としても、係数の表示が一意である(係数は $A(X)=0$ の元 $0$ しかない)。
この理論では $\xi_V=0$ なので、(a) の両辺はともに $0$ で等しく、(b) の $c'_2(L_V)=\xi_V^{\,2}=0=c_2(L_V)$、(c) の引き戻しは全単射である。したがって三つの反例は、係数環が $0$ でない理論が一つでも無ければ中身を失う。上の定理(Chow 環の射影束公式)が与えるのは、まさにその一つである。
予想の Chow 理論は係数を $\Lambda$ に広げたものだった。それも公理を満たすことを確かめておく。
$\Lambda$ を可換環とし、$\mathcal V_{\mathrm{qp}}$ の上で $A_\Lambda(X)=CH(X)\otimes_{\mathbf Z}\Lambda$、データは Chow 理論のデータに $\otimes\Lambda$ をとったものとする(外積は $(CH(X)\otimes\Lambda)\otimes_\Lambda(CH(Y)\otimes\Lambda)=(CH(X)\otimes CH(Y))\otimes\Lambda\to CH(X\times Y)\otimes\Lambda$)。公理 (I.1)〜(I.10) は写像の等式なので $\otimes\Lambda$ で保たれる。(I.5) と増大は $CH^0(X)\otimes\Lambda=\Lambda[X]$($X$ 既約)から、(I.7) は直和が $\otimes$ と交換することから従う。(E) は $\otimes\Lambda$ が右完全なので保たれ、(H) の全射性も保たれる。(I.11) は、$CH(P(E))$ が $CH(X)$ 上 $1,\dots,\xi_E^{\,p-1}$ を基底とする自由加群なので、$CH(P(E))\otimes\Lambda$ も $CH(X)\otimes\Lambda$ 上同じ基底をもつことから従う。したがって $\Lambda\neq0$ なら、係数を広げた Chow 理論も上の例の三つの反例が起こる理論である。この確かめは上の二つの定理に依るので、これも[条件付き]である。
この例で得たのは、予想の中に現れる理論 $\mathcal C$ が確かに公理を満たすことまでである。予想の主張、すなわち公理を満たす任意の理論が $\mathcal C$ から一意の準同型を受け取ることは、この頁のどの結果からも出ない。
以下は後代の結果の紹介である(時点を明記する。本書は文献を開いて確かめていないので、該当箇所の番号は書かない)。
本頁が対応する原論文は Sur quelques propriétés fondamentales en théorie des intersections Gro58b の §2 の Chow 環での検証と注意 1°・2°(印字 4-15〜4-17)、冒頭の予告と有理同値の語(印字 4-01)、§4 の線形同値の定義(印字 4-29〜4-30)、§6 の (I.11) の成立の最後の文(印字 4-35)である。
| 本頁 | 原論文 | 印字頁 |
|---|---|---|
| 定義(Chow 理論のデータ) | §2 の Chow 環での検証の設定($\mathcal V$、$\Lambda=\mathbf Z$、$f^*$、$f_*$、$\times$、$\varepsilon$、$p_X$) | 4-15 |
| 定理(Chow 環は第 1・2 章の公理を満たす)、注意(原論文の検証の書き方) | 同じ検証の続き((V.1)(V.2)、(I.1)〜(I.10)、積の一致、$1_X$ が $X$ の類) | 4-15〜4-16 |
| 注意(原論文の注意 1°(コホモロジー理論と次数の倍化)) | §2 の注意 1° | 4-16 |
| 定義(有理同値と線形同値の生成元)、定理(有理同値と線形同値の一致) | 冒頭と §2 の有理同値、§4 の線形同値(二つの関係の比較は原論文に無い) | 4-01、4-15、4-29〜4-30 |
| 定理(Chow 環の射影束公式)、注意(第 1〜4 章の結果の Chow 環での読み) | §6 の (I.11) の成立と「Théorème 2 により、とくに線形同値の理論で」 | 4-35 |
| 予想(最小理論の予想)、注意(予想が強いることと原論文の動機) | §2 の注意 2° | 4-16〜4-17 |
| 例(三つの反例の Chow 環での姿)、反例(係数環が 0 の理論では公理はすべて成り立つが反例は現れない)、例(係数を広げた Chow 理論) | 原論文に無い。§2 の注意 2° の $C(X)\otimes\Lambda$ と、§1〜§6 の公理系に対する確かめ | 4-16 |
原論文は §2 の検証で (I.1) を二度数えている(「(I.1) は前の講演で確かめた」の直後に「(I.1)〜(I.6) は自明に確かめられる」、印字 4-15)。本書は上の注意(原論文の検証の書き方)のとおり、(I.1) の引き戻しの式を引用、(I.2)〜(I.7) をサイクルの水準の確認に分けた。
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