各代数的空間に加群を対応させ、引き戻し、固有射に沿う直像、外積、既約な空間の増大をデータとして与え、原論文 §1 の最初の七つの公理を置く。そこから単位元の性質と外積の基本式を導き、対角への引き戻しで定めた積が各加群を可換環にすることを示す。原論文は可換性を入れ替えの公理だけから出すが、同型に沿う直像と引き戻しが互いに逆であるという公理も要ることを補う。
前提知識: 代数多様体, 固有射, 可換環, 加群
$k$ を代数的閉体とする。代数的空間は $k$ 上有限型の分離的な被約スキーム(古典的な意味の代数多様体の非交和を許すもの。今日の Artin Art71 の意味の代数空間ではない)と読み、以下では単に空間と書く。$\mathcal V$ は空間の圏で条件 (V.1) を満たすもの、$\Lambda$ は可換環、$A$ は $\mathcal V$ の上の交叉理論のデータで公理 (I.1)〜(I.7) を満たすものとする(下の定義)。$\mathrm{pt}$ は一点からなる $\mathcal V$ の対象、$\pi_X\colon X\to\mathrm{pt}$ は構造射である。
本頁の主結果は次の四つである。
原論文 Gro58b は、1958 年 6 月の Chevalley セミナー「Anneaux de Chow et applications」で行われた三回の講演の記録である。序文は、代数幾何学の(大域的な)交叉理論のいくつもに共通する性質を展開することが目的だと述べ、§1〜§3 の性質は位相多様体や複素解析多様体の交叉理論にも通じると添える(印字 4-01)。一方 §4〜§6 の性質は、代数幾何学のサイクル類の環に固有のものとされる。
§1 は「大域的な交叉理論の一般の公式集」と題され、一つの具体的な理論を作るのではなく、どの理論にも共通する操作と規則を並べる。操作は四つある。引き戻し $f^*$、固有射に沿う直像 $f_*$、外積 $x\times y$、既約な空間の増大 $\varepsilon$ である。積 $xx'$ は操作として与えず、外積を対角に引き戻して定める。こう組むと、Chow環での交叉積、連接層の類の群での積、コホモロジーのカップ積が、同じ規則の別の実現として並ぶ。
同じ年の Grothendieck の Chern 類の論文 Gro58 も公理から出発するが、その公理系は射影束公式を最初の公理 A 1 として置き、零点と押し出しの公理 A 2〜A 4 と合わせて Chern 類を作る(参考書『Chern 類の公理的理論』の頁『2-1 公理 A 1〜A 4 と補題 2』)。本講演の公理系は逆向きに組まれている。基本に置くのは引き戻し・直像・外積・増大と横断的な底変換で、射影束公式は最後の公理 (I.11) として §2 で提示され、§4 の局所化の完全列とホモトピーの公理から §6 で証明される(本書『4-2 局所から大域へと射影束公式』)。本頁はその出発点にあたる。
原論文は Proposition 1(積の構造)の証明を読者に委ね、可換性と結合性は (I.4) の二つの式から出ると一言だけ書く(印字 4-04)。結合性はそのとおりだが、可換性には入れ替えの射に沿う直像を引き戻しに直す段が要り、それは紙面で Proposition 1 の後に置かれる公理 (I.7) による。本頁はこの段を補う。
まず空間の圏と、理論のデータを置く。原論文は同じ文字を複数の意味に使うので、記号は本書『0-4 記号と約束』の読み替えに従う(一点 $(e)$ を $\mathrm{pt}$、構造射 $\lambda_X$ を $\pi_X$、射影 $p_1,p_2$ を $\mathrm{pr}_1,\mathrm{pr}_2$ と書く)。
$\mathcal V$ を空間の圏とし、射は $k$ 上の空間の射とする。$\mathcal V$ の対象は既約とは限らない。条件 (V.1) とは次のことである。
(V.1) は、積と一点があればよいという弱い条件である。§2 以降では射影束で閉じる条件 (V.2) を、§4 以降では開部分・非特異な閉部分・アフィン直線で閉じる条件 (V.3) を足す(本書『2-1 直線束の類と射影束の一次独立』『3-1 完全性とホモトピーの公理』)。
可換環 $\Lambda$ を固定する。$\mathcal V$ の上の交叉理論のデータとは、次の a〜d である。
固有射の定義は原論文が Chevalley の講演 Che57prop を引く(原論文の文献 [2])。空間は分離的なので、閉埋め込みと同型は固有射である(本書『0-2 代数多様体・横断性・射影束と旗多様体』)。
データ a〜d について、次を公理として仮定する。
(I.5) の同型は、一点の上の理論が係数環そのものであることを言う。(I.7) は引き戻しと直像を結ぶ最初の公理で、原論文は「$f^*$ と $f_*$ の相互性」と呼ぶ。本頁の主結果で (I.7) を使うのは、入れ替えの射と対角の並べ替えという同型に沿って、直像を引き戻しに直す所だけである。
$X\in\mathcal V$ について $1_X:=\pi_X^*(1_{\mathrm{pt}})\in A(X)$ とおき(原論文 (1))、$\Delta_X\colon X\to X\times X$ を対角として、$x,x'\in A(X)$ の積を
$$xx':=\Delta_X^*(x\times x')$$
で定める(原論文 (5))。積は $\Lambda$ 双線形である。
$1_X$ の定義は $\mathrm{pt}$ の選び方に依るように見えるが、依らないことを主結果 1 で確かめる。積は外積と対角から作ったので、積の性質はすべて外積の公理と対角の射の等式に帰着する。
次の事実は証明せずに引用する。事実 1 の出典は Wei46 で、該当箇所は本頁では確認していない。事実 1 の要点は第 0 章の頁『0-2 代数多様体・横断性・射影束と旗多様体』にある。事実 2 の出典は Hat02 で、該当箇所は本頁では確認していない。
単位元についての式は、構造射がどの射とも両立すること($\pi_Y\circ f=\pi_X$)と、一点の上では増大が同型であることの二つから出る。
$X,Y\in\mathcal V$、$f\colon X\to Y$、$x\in A(X)$、$y\in A(Y)$ とする。
段 1(一点の取り替え).$\mathrm{pt}'$ を一点からなる別の対象とし、$1_{\mathrm{pt}'}$ を (I.5) で定める。同型 $\phi\colon\mathrm{pt}\to\mathrm{pt}'$ をとる。一点は既約なので (I.2) により $\varepsilon(\phi^*1_{\mathrm{pt}'})=\varepsilon(1_{\mathrm{pt}'})=1=\varepsilon(1_{\mathrm{pt}})$ で、(I.5) の $\varepsilon$ は単射なので $\phi^*1_{\mathrm{pt}'}=1_{\mathrm{pt}}$ である。$X$ から一点への射はただ一つなので $\pi'_X=\phi\circ\pi_X$ で、関手性から $\pi_X'^*(1_{\mathrm{pt}'})=\pi_X^*\phi^*(1_{\mathrm{pt}'})=\pi_X^*(1_{\mathrm{pt}})$。これで 1 を得る。
段 2(積と引き戻し).$\mathrm{pt}\times\mathrm{pt}=\mathrm{pt}$ の同一視の下で (I.6) により $1_{\mathrm{pt}}\times1_{\mathrm{pt}}=1_{\mathrm{pt}}$ である。$\pi_{X\times Y}=\pi_X\times\pi_Y$ なので、(I.1) により
$$1_{X\times Y}=(\pi_X\times\pi_Y)^*(1_{\mathrm{pt}}\times1_{\mathrm{pt}})=\pi_X^*(1_{\mathrm{pt}})\times\pi_Y^*(1_{\mathrm{pt}})=1_X\times1_Y.$$
$\pi_Y\circ f=\pi_X$ と関手性から $f^*(1_Y)=f^*\pi_Y^*(1_{\mathrm{pt}})=\pi_X^*(1_{\mathrm{pt}})=1_X$。$X$ が既約なら (I.2) を $\pi_X$ に当てて $\varepsilon(1_X)=\varepsilon(1_{\mathrm{pt}})=1$。これで 2 を得る。
段 3(一点との外積).$x=\mathrm{id}_X^*(x)$、$1_Y=\pi_Y^*(1_{\mathrm{pt}})$ なので (I.1) により $x\times1_Y=(\mathrm{id}_X\times\pi_Y)^*(x\times1_{\mathrm{pt}})$。$X\times\mathrm{pt}=X$ と同一視すると $\mathrm{id}_X\times\pi_Y\colon X\times Y\to X\times\mathrm{pt}=X$ は $\mathrm{pr}_1$ で、(I.6) により $x\times1_{\mathrm{pt}}=x$。よって $x\times1_Y=\mathrm{pr}_1^*(x)$。第 2 式も同様である。これで 3 を得る。
段 4(点への引き戻し).$u_a^*(x)$ と $\varepsilon(x)1_{\mathrm{pt}}$ はどちらも $A(\mathrm{pt})$ の元なので、(I.5) により増大の値を比べればよい。$X$ と一点は既約なので (I.2) により $\varepsilon(u_a^*x)=\varepsilon(x)$、右辺は $\varepsilon(x)\varepsilon(1_{\mathrm{pt}})=\varepsilon(x)$。これで 4 を得る。
これで単位元は一点の取り方に依らない元として定まり、引き戻しと外積で保たれることが分かった。2 の最後の式と 4 は既約な空間についての式で、可約な空間では増大がそもそも定義されない。原論文の印字はこの条件を書いていないので、下の注意で読み方を述べる。
原論文の (2) の第 3 式(印字 4-03)は $\varepsilon(1_X)=1$ を $\mathcal V$ のすべての $X$ について書く。しかしデータ d の増大は既約な $X$ にしか与えられないので、可約な $X$ ではこの式の左辺が定義されない。本書はこの式を既約な $X$ についての式と読む(条件の脱落)。印字の式が偽になるのではなく、可約な場合には意味をもたない式である。可約な空間に増大を延ばせないことは、下の反例「反例:可約な空間に増大を延ばすと引き戻しと両立しない」で確かめる。
また (3) の証明の中の「$p_1=\mathrm{id}_X\lambda_Y$」(印字 4-04)は、積の射 $\mathrm{id}_X\times\lambda_Y$(本書の記号で $\mathrm{id}_X\times\pi_Y$)の $\times$ が落ちたものと読む。上の証明の段 3 はこの読みによる。
外積から積を作ったので、逆に外積は積と引き戻しから復元できるはずである。そのために、二つの外積の積を因子ごとの積の外積に書き直す。ここで対角の並べ替えが要る。
$X,Y\in\mathcal V$、$x,x'\in A(X)$、$y,y'\in A(Y)$ とする。
段 1(対角の分解).$\sigma\colon X\times X\times Y\times Y\to X\times Y\times X\times Y$ を $(a,b,c,d)\mapsto(a,c,b,d)$ とすると、$\Delta_{X\times Y}=\sigma\circ(\Delta_X\times\Delta_Y)$ である。$\sigma=\mathrm{id}_X\times s\times\mathrm{id}_Y$($s\colon X\times Y\to Y\times X$ は入れ替え)と書ける。
段 2(中央の因子の入れ替え).(I.4) の結合性で括弧を付け替えると $(x\times y)\times(x'\times y')=x\times(y\times x')\times y'$ で、(I.1) により
$$\sigma^*\bigl(x\times(y\times x')\times y'\bigr)=x\times s^*(y\times x')\times y'.$$
(I.4) の入れ替えの式により $y\times x'=s_*(x'\times y)$ である。$s$ は同型なので (I.7) により $s^*$ と $s_*$ は互いに逆で、$s^*(y\times x')=s^*s_*(x'\times y)=x'\times y$。よって $\sigma^*((x\times y)\times(x'\times y'))=(x\times x')\times(y\times y')$。
段 3((6)).段 1・段 2 と (I.1) により
$$(x\times y)(x'\times y')=(\Delta_X\times\Delta_Y)^*\sigma^*\bigl((x\times y)\times(x'\times y')\bigr)=\Delta_X^*(x\times x')\times\Delta_Y^*(y\times y')=xx'\times yy'.$$
段 4(単位元).上の定理(単位元と外積の基本式)の 3 により $x\times1_X=\mathrm{pr}_1^*(x)$ なので、$x\,1_X=\Delta_X^*\mathrm{pr}_1^*(x)=(\mathrm{pr}_1\circ\Delta_X)^*(x)=x$。
段 5((7)).段 4 と同じく、上の定理の 3 と $\mathrm{pr}_2\circ\Delta_Y=\mathrm{id}_Y$ から $1_Y\,y=\Delta_Y^*(1_Y\times y)=\Delta_Y^*\mathrm{pr}_2^*(y)=y$ である。(6) を $x\times1_Y$ と $1_X\times y$ に当てると、$(x\times1_Y)(1_X\times y)=x1_X\times1_Yy=x\times y$。左辺は上の定理の 3 により $\mathrm{pr}_1^*(x)\,\mathrm{pr}_2^*(y)$ である。
原論文は (6) を「Proposition 1 の最後の主張」として書き、(I.1) から出るとだけ述べる(印字 4-04〜4-05)。上の段 2 のとおり、中央の二つの因子を入れ替える段で (I.4) の入れ替えの式と (I.7) を使う。(7) は、外積が積と引き戻しで決まることを言う。原論文も印字 4-10 で、外積と各 $A(X)$ の積のどちらをデータに選ぶこともできたと述べ、外積を選んだのは簡単のためだと書く。
以上で積の単位元は分かった。結合性と可換性を示し、引き戻しと外積が環の構造と両立することを確かめる。
$X,Y\in\mathcal V$ とする。
段 1(単位元).上の定理(外積と積の関係)の 2 により $x\,1_X=x$。$1_X\,x=x$ も $1_X\times x=\mathrm{pr}_2^*(x)$ と $\mathrm{pr}_2\circ\Delta_X=\mathrm{id}_X$ から同様に出る。
段 2(結合性).(I.1) により $\Delta_X^*(x\times x')\times x''=(\Delta_X\times\mathrm{id}_X)^*((x\times x')\times x'')$ なので
$$(xx')x''=\bigl((\Delta_X\times\mathrm{id}_X)\circ\Delta_X\bigr)^*\bigl((x\times x')\times x''\bigr),\qquad x(x'x'')=\bigl((\mathrm{id}_X\times\Delta_X)\circ\Delta_X\bigr)^*\bigl(x\times(x'\times x'')\bigr).$$
二つの射はどちらも $a\mapsto(a,a,a)$ で、(I.4) の結合性により括弧の中は等しい。よって $(xx')x''=x(x'x'')$。
段 3(可換性).$s\colon X\times X\to X\times X$ を入れ替えとする。(I.4) により $x'\times x=s_*(x\times x')$。$s$ は同型で $s\circ s=\mathrm{id}$ なので、(I.7) により $s_*=(s^*)^{-1}=s^*$ である。$s\circ\Delta_X=\Delta_X$ だから
$$x'x=\Delta_X^*s_*(x\times x')=\Delta_X^*s^*(x\times x')=(s\circ\Delta_X)^*(x\times x')=\Delta_X^*(x\times x')=xx'.$$
段 4(引き戻し).$\Delta_Y\circ f=(f\times f)\circ\Delta_X$ と (I.1) により $f^*(yy')=\Delta_X^*(f\times f)^*(y\times y')=\Delta_X^*(f^*y\times f^*y')=f^*(y)f^*(y')$。単位元を保つことは上の定理(単位元と外積の基本式)の 2 である。
段 5(外積).上の定理(外積と積の関係)の 1 は、$x\otimes y\mapsto x\times y$ が積を保つことそのものである。単位元を保つことは $1_X\times1_Y=1_{X\times Y}$ による。$\Lambda$ 双線形性はデータ c による。
原論文は Proposition 1 の証明を読者に委ね、可換性と結合性は (I.4) の二つの式から出るとだけ書く(印字 4-04)。結合性は (I.4) の第 1 式と (I.1) で閉じるが、可換性は (I.4) の第 2 式だけでは閉じない。第 2 式が与えるのは入れ替えに沿う直像 $s_*$ で、積の定義に現れるのは対角に沿う引き戻し $\Delta_X^*$ である。二つを結ぶには $s_*$ を引き戻し $s^*$ に直す必要があり、それが上の証明の段 3 で使った (I.7) の特別な場合(同型では $f^*$ と $f_*$ が互いに逆)である。(I.7) は紙面では Proposition 1 の後(印字 4-05)に置かれるが、原論文は (I.1)〜(I.9) をまとめて仮定する(印字 4-02)ので、使ってよい。同じ段は上の定理(外積と積の関係)の証明の段 2 にも現れる。
こうして $A(X)$ は可換環になり、以後の頁では $A(X)$ を環として扱う。残るのは増大が環の構造と両立するかで、ここで初めて空間の側の事実が要る。
段 1(積空間の既約性).引用する事実 1 により、$X,Y$ が既約なら $X\times Y$ は既約である。したがって $X\times Y$ にも増大が与えられ、(I.3) の左辺は意味をもつ。とくに $X\times X$ は既約である。
段 2(乗法性).$X$ を既約とする。(I.2) を $\Delta_X\colon X\to X\times X$ に当て(両辺とも既約)、(I.3) を使うと
$$\varepsilon(xx')=\varepsilon(\Delta_X^*(x\times x'))=\varepsilon(x\times x')=\varepsilon(x)\varepsilon(x').$$
単位元は上の定理(単位元と外積の基本式)の 2 により $\varepsilon(1_X)=1$ に移る。
段 3(外積).2 の式は (I.3) である。テンソル積の代数 $A(X)\otimes_\Lambda A(Y)$ の増大を $\varepsilon\otimes\varepsilon$ とすれば、これは外積が増大を保つことを言う。
原論文の Proposition 1 は、以上の主結果 3・4 を一つの命題として述べる(印字 4-04)。本頁は、公理だけから出る部分(主結果 3)と、積空間の既約性を使う部分(主結果 4)を分けた。後者の入力は、公理 (I.2)(I.3) が意味をもつためにすでに必要なもので、公理系の外から新しい事実を持ち込むのではない。
原論文は §1 の終わりに四つの注意を置く(印字 4-09〜4-10)。4° はグラフによる引き戻しの表示で、次の頁『1-2 横断的な底変換と射影公式』で扱う。1°〜3° は公理系の立て方についての所見で、本書は主結果に数えない。
1° 原論文は §1 で $A(X)$ に次数を仮定しない。すべての非特異な空間の圏の上の連接層の類の群(Borel–Serre BS58 の $K(X)$。原論文の文献 [1])もこの形式に含めるためである。次数は §2 で初めて置く(本書『2-1 直線束の類と射影束の一次独立』)。$K(X)$ がこの枠組みにどう入るかは本書『5-2 層の類の環と λ 環』で扱う。
2° 通常のコホモロジー的な交叉理論では、入れ替えの公理 (I.4) はそのままでは成り立たず、次数を使う反可換性の公理に替えなければならない。原論文は、可換性を仮定しない書き方もできたが、左右を区別しないで済むよう便宜のために (I.4) を置いたと述べる。上の定理(可換環の構造)が示すとおり、(I.4) と (I.7) の下では積は可換になるので、反可換な理論は公理を満たさない(下の例「トーラスのコホモロジーの積は符号つきでしか可換でない」)。Chow 環の次数を倍にしてコホモロジーと比べる話は本書『5-1 Chow 環での公理の成立と最小理論の予想』で扱う。
原論文は、可約な空間を嫌って $\mathcal V$ を既約な多様体だけで作る流儀にも触れ、その場合は $\mathcal V$ の元の有限個の非交和からなる圏 $\bar{\mathcal V}$ に広げ、$A(\bigsqcup_iX_i):=\bigoplus_iA(X_i)$ とおいて操作を自然に定めればよいと述べる。そうすると (I.7) は定義になるので満たされ、(I.1)〜(I.9) の他の公理も広げた圏で満たされる、と原論文は事実として述べる。
原論文はそう述べる。本書はこの主張を証明せず、確かめる筋だけを示す。$X=\bigsqcup_iX_i$、$Y=\bigsqcup_jY_j$ とする。既約な $X_i$ は連結なので、射 $f\colon X\to Y$ は各 $X_i$ を一つの $Y_{j(i)}$ に送り、成分の射 $f_i\colon X_i\to Y_{j(i)}$ の族で決まる。そこで $f^*$ と $f_*$ を成分ごとに(直像は同じ行き先の成分について和をとって)定める。代数的閉体の上では既約多様体の積は既約なので(引用する事実 1)、$X\times Y=\bigsqcup_{i,j}X_i\times Y_j$ は既約な成分への分解で、外積も成分ごとに定まる。こうすれば各公理は成分ごとの式に帰着し、$\mathcal V$ での公理から従うはずである。ただし (I.8) の横断性の条件や、逆像が成分に分かれる様子を公理ごとに確かめる作業は、本書では行っていない。
公理から出た環の構造を、いちばん簡単な空間で見る。一点では環は係数環そのもので、非交和では環は直積に分かれる。
一点 $\mathrm{pt}$ は既約で、$\mathrm{pt}\times\mathrm{pt}=\mathrm{pt}$ も既約なので、上の定理(増大の乗法性)の 1 は引用する事実を使わずに成り立つ(段 1 が要らない)。よって $\varepsilon\colon A(\mathrm{pt})\to\Lambda$ は単位的な環準同型で、(I.5) により全単射だから環の同型である。$A(X)$ の $\Lambda$ 代数の構造は、$\lambda\in\Lambda$ に $\pi_X^*(\varepsilon^{-1}(\lambda))=\lambda1_X$ を対応させる環準同型 $\Lambda\cong A(\mathrm{pt})\xrightarrow{\pi_X^*}A(X)$ と一致する。実際、$\pi_X^*$ は $\Lambda$ 線形なので $\pi_X^*(\lambda1_{\mathrm{pt}})=\lambda\pi_X^*(1_{\mathrm{pt}})=\lambda1_X$ である。
$X\in\mathcal V$ が互いに交わらない開部分 $X_1,X_2$ の和で、$f_i\colon X_i\to X$ が開部分への同型、$X_1,X_2\in\mathcal V$ とする。上の定理(可換環の構造)の 2 により $f_i^*$ は単位的な環準同型なので、$(f_1^*,f_2^*)\colon A(X)\to A(X_1)\times A(X_2)$ は直積環への単位的な環準同型で、(I.7) により全単射である。よって $A(X)\cong A(X_1)\times A(X_2)$(環として)。$1_X$ は $(1_{X_1},1_{X_2})$ に、$(f_1)_*(1_{X_1})$ は冪等元 $(1_{X_1},0)$ に対応する。
この冪等元が、可約な空間に増大を与えられない理由になる。
外す条件は、増大を既約な空間にだけ与えるというデータ d の制限である。$\Lambda\neq0$ とし、二点 $a,b$ からなる空間 $X=\{a,b\}$ が $\mathcal V$ に属するとする(たとえば $\mathcal V$ が非特異準射影的な空間すべての圏なら属する)。$X$ にも $\Lambda$ 準同型 $\varepsilon_X\colon A(X)\to\Lambda$ を与え、(I.2) を点への射 $u_a,u_b\colon\mathrm{pt}\to X$ について要求したとする。すなわち $\varepsilon(u_a^*x)=\varepsilon_X(x)=\varepsilon(u_b^*x)$。$u_a,u_b$ は開部分 $\{a\},\{b\}$ への同型なので、上の例(非交和の環は直積環)により $x:=(u_a)_*(1_{\mathrm{pt}})$ は $u_a^*x=1_{\mathrm{pt}}$、$u_b^*x=0$ を満たす。すると $1=\varepsilon(1_{\mathrm{pt}})=\varepsilon_X(x)=\varepsilon(0)=0$ となり、$\Lambda\neq0$ に反する。したがって、(I.2) と両立する増大を二点の空間に与えることはできない。これが、原論文の (2) の第 3 式を既約な空間についての式と読む理由である(上の注意「印字の読み(増大の式と射影の記号)」)。
最後に、公理が積の可換性を強いることを、公理を満たさない理論の側から見る。
代数幾何学の外の例である。コンパクトな向き付けられた多様体 $M$ に整係数コホモロジー $H^*(M;\mathbf Z)$ を対応させ、引き戻し、Poincaré 双対による直像、クロス積を与えると、§1 のデータ a〜c と同じ形の操作がそろい、積 $\Delta_M^*(x\times x')$ はカップ積になる。しかし引用する事実 2 により、2 次元トーラス $T$ では $ab=-ba$ で、$ab$ は $H^2(T;\mathbf Z)\cong\mathbf Z$ の生成元なので $ab\neq ba$ である。上の定理(可換環の構造)の 1 によれば、(I.4) と (I.7) を満たす理論の積は可換でなければならない。したがってこの理論は (I.4) と (I.7) を同時には満たさない。原論文の注意 2° は、コホモロジー的な理論では (I.4) を、次数による符号 $(-1)^{\deg x\deg y}$ の付いた反可換性の公理に替えるべきだと述べる。偶数次の元どうしでは符号は消える。
以下は後代の結果の紹介である(時点を明記する。本書が文献を開いて確かめていないものはそう書く)。
本頁が対応する原論文は Sur quelques propriétés fondamentales en théorie des intersections Gro58b の §1 の前半と注意 1°〜3° である。
| 本頁 | 原論文 | 印字頁 |
|---|---|---|
| 定義(空間の圏と条件 (V.1)) | 序文と §1 冒頭の (V.1) | 4-01 |
| 定義(交叉理論のデータ) | データ a〜d | 4-02 |
| 定義(公理 (I.1)〜(I.7)) | (I.1)〜(I.6)、(I.7) | 4-02〜4-03、4-05 |
| 定義(単位元と積) | (1)、(5) | 4-03、4-04 |
| 定理(単位元と外積の基本式) | (1)〜(4) とその証明 | 4-03〜4-04 |
| 注意(印字の読み(増大の式と射影の記号)) | (2) の第 3 式、(3) の証明の $p_1$ | 4-03〜4-04 |
| 定理(外積と積の関係) | (6)、(7) | 4-04〜4-05 |
| 定理(可換環の構造)、注意(可換性の証明に非交和の公理が要ること) | Proposition 1 の前半とその証明の一文 | 4-04 |
| 定理(増大の乗法性) | Proposition 1 の後半 | 4-04 |
| 注意(原論文の注意 1° と 2°(次数と可換性)) | §1 の注意 1°、2° | 4-09 |
| 注意(原論文の注意 3°(既約多様体の圏を広げること)) | §1 の注意 3° | 4-09 |
| 本文(外積を積に替えてよいこと) | (13) の後の設計の説明 | 4-10 |
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