0-3 線形代数と群の道具

$$\newcommand{C}[0]{\mathbb{C}} \newcommand{N}[0]{\mathbb{N}} \newcommand{Q}[0]{\mathbb{Q}} \newcommand{R}[0]{\mathbb{R}} \newcommand{Z}[0]{\mathbb{Z}} $$

本書で使う線形代数と群の初等的な事実(半単純加群と組成因子、自己準同型の加法的 Jordan 分解、可換な作用素の族の同時三角化と同時対角化、外冪による部分空間の判定、相異なる指標の一次独立性と全行列環の可換子、有限生成アーベル群と単因子、有限アーベル群の双対、可除群、冪零な作用素の指数と対数、標数 $p$ の二項定理)を集めた頁である。ここに挙げる事実は、本書では初等的な代数として[完結]の証明に使ってよいものに数え、アフィン代数的集合と代数群の一般論(本書『0-2 アフィン代数的集合と代数群』。[条件付き]の側に置く標準的な定理)とは扱いを分ける(本書『0-4 記号と約束』の状態札の項)。各項目は要点をボックスに書き、短く閉じるものには証明を添え、続けて本書での使いどころと案内を書く。案内に挙げる文献の該当箇所は、本書では確かめていない。
前提知識: 線形写像, 固有値, Jordan標準形, 半単純加群, 外積代数, 指標, 有限生成アーベル群, 形式的冪級数
本頁を通じて、$K$ は代数的閉体、$p$ はその標数指数(標数が $0$ でなければ標数、$0$ なら $1$)、$V$ は $K$ 上の有限次元ベクトル空間、$\mathrm{End}(V)$ はその自己準同型の代数である。原論文はこれを $L(V,V)$ と書く。

半単純加群と組成因子

原論文は Lemme 1 で表現とその係数空間の組成因子を比べ(印字 4-02)、Lemme 3 の証明では可換な半単純作用素の生成する代数の上で補空間をとる(印字 4-11)。どちらも加群の初歩で、まずそれを並べる。

半単純加群の基本

$R$ を単位元をもつ環、$M$ を $R$ 加群とする。
(1) 次の三つは同値である:$M$ は単純部分加群の和である、$M$ は単純部分加群の直和である、$M$ のどの部分加群も直和因子である。これらが成り立つとき $M$ は半単純であるという。
(2) 半単純加群の部分加群と商加群、半単純加群の直和は半単純である。
(3) Jordan–Hölder の定理:長さ有限の加群の組成列の商(組成因子)は、重複度を込め順序を除いて一意である。完全列 $0\to M'\to M\to M''\to0$ について、$M$ の組成因子は $M'$ の組成因子と $M''$ の組成因子を合わせたものである。有限直和の組成因子は各成分の組成因子を合わせたものである。
(4) 長さ有限の半単純加群は、その組成因子の直和に同型である。
(5) 長さ有限の加群 $M$、$N$ について、$M$ が $N^n$ の部分加群に同型で、$N$ が $M^m$ の商加群に同型なら、$M$ と $N$ の組成因子の同型類の集合は一致し、$M$ が半単純であることと $N$ が半単純であることは同値である。

(1)〜(4) は加群の基本事実として引く(Bou58 の半単純加群の章の型)。(5) は要点のみ述べる。(3) により、$N^n$ の部分加群の組成因子は $N$ の組成因子のどれかと同型で、$M^m$ の商加群の組成因子は $M$ の組成因子のどれかと同型である。二つを合わせて同型類の集合は一致する。$N$ が半単純なら $N^n$ も、その部分加群 $M$ も半単純で、$M$ が半単純なら $M^m$ も、その商 $N$ も半単純である((2))。

  1. の形は、原論文の Lemme 1 の結論(表現とその係数空間は同じ単純成分をもち、一方が半単純なら他方もそう)をそのまま受け取るための形である。
  • 使いどころ:表現と係数空間の組成因子(本書『1-1 行列係数と有限性の補題』、原論文の Lemme 1)、有理表現の半単純性と正則関数の代数(本書『1-2 アフィン代数群は線形群』)、トーラスの有理表現の対角化(本書『3-1 トーラスの関数環と閉部分群』)、三角化と半単純部分(本書『4-2 準同型と閉部分群と Jordan 分解』、原論文の Lemme 3)。
  • 案内:半単純加群、組成列、Bou58、Lan02。
反例:半単純でなければ組成因子の直和にならない

上の定理(半単純加群の基本)の (4) から、加群が半単純であるという仮定を外す。$K$ の加法群が $V=K^2$ に $t\mapsto\begin{pmatrix}1&t\\0&1\end{pmatrix}$ で作用するとし、$V$ をこの群の群環の加群とみる。直線 $Ke_1$ は不変で、$t\ne0$ の行列の固有ベクトルは $e_1$ の倍だけなので、不変な直線は $Ke_1$ しかない。ゆえに $Ke_1$ は不変な補空間をもたず、$V$ は半単純でない。組成因子は $Ke_1$ と $V/Ke_1$ で、どちらも自明な 1 次元の表現だが、$V$ はその直和(群が自明に作用する $K^2$)に同型でない。この表現は本書『1-2 アフィン代数群は線形群』の例と、本書『4-1 乗法的 Jordan 分解と単冪性』の加法群の有理表現に現れる。

自己準同型の半単純部分と冪零部分

原論文 n° 4 は、自己準同型の半単純性を加群の言葉で定義し、$K$ が代数的閉体なのでそれは対角化可能と同じだと断ってから、加法的 Jordan 分解を「よく知られた事実」として想起する(印字 4-08)。本書もその順に置く。

半単純・冪零・単冪な自己準同型

$x\in\mathrm{End}(V)$ の生成する単位的部分代数を $K[x]\subset\mathrm{End}(V)$ と書く。$x$ が半単純であるとは、$V$ が $K[x]$ 加群として半単純であることをいう。$x$ が冪零であるとは、ある $r\ge1$ で $x^r=0$ となることをいい、このとき $x^{\dim V}=0$ である。$x$ が単冪であるとは、$x-1$ が冪零であること、すなわち $x$ の固有値がすべて $1$ であることをいう。

半単純と対角化可能

$x\in\mathrm{End}(V)$ について次は同値である。(a) $x$ は半単純である。(b) $x$ は対角化可能である($x$ の固有ベクトルからなる $V$ の基底がある)。(c) $x$ の最小多項式は重根をもたない。

段 1(単純な $K[x]$ 加群は 1 次元).$S$ を単純な $K[x]$ 加群とする。$S$ は有限次元で $K$ は代数的閉なので、$x$ は $S$ に固有ベクトル $v$ をもち、$Kv$ は部分加群である。単純性から $S=Kv$ である。
段 2((a) と (b)).(a) なら $V$ は単純部分加群の直和で、段 1 からそれは $x$ で不変な直線の直和であり、各直線の生成元が固有ベクトルの基底をなす。(b) なら固有ベクトルの張る直線は単純部分加群で、$V$ はその和なので半単純である。
段 3((b) と (c)).(b) なら相異なる固有値を $\lambda_1,\dots,\lambda_m$ として、$\prod_i(x-\lambda_i)$ は基底の各固有ベクトルを消すので $0$ で、最小多項式はこれを割り重根をもたない。(c) なら最小多項式は $\mu=\prod_i(T-\lambda_i)$($\lambda_i$ は相異なる)で、多項式 $\prod_{j\ne i}(T-\lambda_j)$($1\le i\le m$)の最大公約元は $1$ なので、$1=\sum_ia_i(T)\prod_{j\ne i}(T-\lambda_j)$ となる多項式 $a_i$ がある。$v=\sum_ia_i(x)\prod_{j\ne i}(x-\lambda_j)v$ の第 $i$ 項は $(x-\lambda_i)$ を掛けると $\mu(x)=0$ の倍になるので $\ker(x-\lambda_i)$ に入る。ゆえに $V$ は固有空間の和で、(b) が成り立つ。

単冪な自己準同型が可逆であることと、半単純かつ単冪な自己準同型が恒等写像であることは、原論文が単冪の定義と Proposition 3 の系に添えて述べる主張なので、本書『4-1 乗法的 Jordan 分解と単冪性』の主結果として示す。

可換な作用素の族

Jordan 分解の一意性にも、原論文の Lemme 3 と Théorème 3 にも、互いに可換な作用素をまとめて三角化・対角化する事実が要る。

可換な作用素族の同時三角化と同時対角化

$V\ne0$ とし、$\mathcal F\subset\mathrm{End}(V)$ を互いに可換な自己準同型の集合とする。
(1) $\mathcal F$ のすべての元に共通な固有ベクトルがある。したがって $\mathcal F$ のすべての元で安定な完全旗 $0=V_0\subset V_1\subset\dots\subset V_r=V$($\dim V_i=i$)があり、それに適合した基底で $\mathcal F$ の元はすべて上三角行列になる。
(2) $\mathcal F$ の元がすべて対角化可能なら、$\mathcal F$ は同時に対角化できる。このとき $\mathcal F$ の生成する単位的部分代数 $\mathfrak B$ はその基底で対角行列の代数に含まれ、$V$ は半単純な $\mathfrak B$ 加群である。とくに $\mathfrak B$ で安定な部分空間は $\mathfrak B$ で安定な補空間をもつ。
(3) 互いに可換な半単純な自己準同型の積と和は半単純である。互いに可換な冪零な自己準同型の和と差は冪零である。互いに可換な単冪な自己準同型の積は単冪である。

段 1(共通の固有ベクトル).$\dim V$ についての帰納法による。$\mathcal F$ の元がすべてスカラーなら任意の $v\ne0$ でよい。スカラーでない $x\in\mathcal F$ があれば、その固有値 $\lambda$ の固有空間 $V_\lambda$ は $0$ でも $V$ でもなく、$y\in\mathcal F$ は $x$ と可換なので $yV_\lambda\subset V_\lambda$ である。$V_\lambda$ に帰納法の仮定を当てる。
段 2(安定な旗).共通の固有ベクトル $v_1$ をとり $V_1=Kv_1$ とする。$\mathcal F$ が $V/V_1$ に誘導する可換な族に帰納法を当て、得られた旗を $V$ に引き戻す。
段 3(同時対角化).スカラーでない $x\in\mathcal F$ の固有空間分解 $V=\bigoplus_\lambda V_\lambda$ の各 $V_\lambda$ は $\mathcal F$ で安定である。対角化可能な作用素の安定な部分空間への制限は対角化可能である(制限の最小多項式は重根のない多項式を割る。上の定理(半単純と対角化可能))。各 $V_\lambda$ に帰納法を当てる。得られた基底で $\mathfrak B$ の元は対角行列の多項式なので対角であり、基底ベクトルの張る直線は単純な $\mathfrak B$ 部分加群、$V$ はその直和なので半単純である。補空間の存在は上の定理(半単純加群の基本)の (1) による。
段 4(積と和).(2) の基底で可換な半単純作用素は同時に対角行列になり、積と和も対角である。(1) の基底で可換な冪零作用素は同時に上三角行列になり、対角成分は固有値なので $0$ である。対角成分が $0$ の上三角行列の和・差はまたそうで冪零である。可換な単冪作用素は同時に対角成分が $1$ の上三角行列になり、その積もそうなので単冪である。

原論文は (3) を Proposition 3 の証明の末尾で使い(印字 4-08)、(1) を Proposition 4 b) と Théorème 3 の証明で、(2) の補空間を Lemme 3 の証明で、どれも「よく知られた」事実として使う(印字 4-09〜4-11)。

  • 使いどころ:可換な元の分解と加法群の有理表現の像の単冪性(本書『4-1 乗法的 Jordan 分解と単冪性』)、三角化と半単純部分・閉部分群が半単純部分と単冪部分を含むこと(本書『4-2 準同型と閉部分群と Jordan 分解』、原論文の Lemme 3 と Théorème 3)、可換群の直積分解(本書『5-1 可換群の直積分解と標数 0 の単冪群』)、共役が恒等を誘導する元の議論(本書『5-3 共役作用の分解』)。
  • 案内:同時対角化、Lan02、Hum75。
反例:可換性を外すと半単純な自己準同型の積は半単純でない

上の定理(可換な作用素族の同時三角化と同時対角化)の (3) から、「互いに可換」という仮定を外す。$a\in K^*$、$a\ne1$ をとり、$A=\begin{pmatrix}a&0\\0&1\end{pmatrix}$、$B=\begin{pmatrix}a^{-1}&1\\0&1\end{pmatrix}$ とする。$A$ は対角行列、$B$ は相異なる固有値 $a^{-1}$ と $1$ をもつので対角化可能で、どちらも半単純である。ところが $AB=\begin{pmatrix}1&a\\0&1\end{pmatrix}$ の最小多項式は $(T-1)^2$ で重根をもつので、$AB$ は半単純でない。実際 $BA=\begin{pmatrix}1&1\\0&1\end{pmatrix}$ で、$a\ne1$ なので $AB\ne BA$ である。単冪な行列の積についての同じ型の反例は、本書『5-1 可換群の直積分解と標数 0 の単冪群』にある。

加法的 Jordan 分解

加法的 Jordan 分解

$x\in\mathrm{End}(V)$ とする。
(1) $x=x_s+x_n$、$x_s$ は半単純、$x_n$ は冪零、$x_sx_n=x_nx_s$ となる $x_s$、$x_n$ がただ一組ある。$x_s$ を $x$ の半単純部分、$x_n$ を冪零部分という。
(2) $x_s$ と $x_n$ は $x$ の定数項のない多項式で書ける。とくに $x$ と可換な自己準同型は $x_s$、$x_n$ と可換であり、$x$ で安定な部分空間は $x_s$、$x_n$ でも安定である。
(3) $x$ と $x_s$ の固有値は重複度を込めて同じである。とくに $x$ が可逆であることと $x_s$ が可逆であることは同値で、このとき $x_s^{-1}$ は $x_s$ の多項式である。

段 1(一般固有空間への分解).$x$ の特性多項式を $\prod_{i=1}^m(T-\lambda_i)^{m_i}$($\lambda_i$ は相異なる)とし、$V_i=\ker(x-\lambda_i)^{m_i}$ とおく。多項式 $(T-\lambda_i)^{m_i}$ は互いに素なので、上の定理(半単純と対角化可能)の段 3 と同じ Bézout の議論と、Cayley–Hamilton の定理 $\prod_i(x-\lambda_i)^{m_i}=0$ から $V=\sum_iV_i$ となり、同じ議論で和は直和である。$\dim V_i=m_i$ である。
段 2(存在).中国剰余定理により、多項式 $P$ で、各 $i$ について $P\equiv\lambda_i\pmod{(T-\lambda_i)^{m_i}}$ となり、さらに $0$ がどの $\lambda_i$ とも異なるときは $P\equiv0\pmod T$ となるものがある。$0$ が固有値 $\lambda_i$ のときは第一の合同式から $P\equiv0\pmod T$ なので、どちらの場合も $P(0)=0$ である。$x_s=P(x)$ は各 $V_i$ に $\lambda_i$ 倍で作用するので対角化可能、すなわち半単純であり、$x_n=x-x_s=(T-P)(x)$ は各 $V_i$ の上で $x-\lambda_i$ に等しく冪零である。どちらも $x$ の定数項のない多項式なので互いに可換である。これで (1) の存在と (2) が出る。(3) は $x_s$ が $V_i$ に $\lambda_i$ で作用し $\dim V_i=m_i$ であることから出る。$x_s$ が可逆なら特性多項式の定数項が $0$ でないので、Cayley–Hamilton により $x_s^{-1}$ は $x_s$ の多項式である。
段 3(一意性).$x=s+n$ を (1) の条件を満たす別の分解とする。$s$ と $n$ は互いに可換なので $x$ と可換で、したがって $x$ の多項式 $x_s$、$x_n$ とも可換である。$x_s-s=n-x_n$ の左辺は可換な半単純作用素の差なので半単純(上の定理(可換な作用素族の同時三角化と同時対角化)の (2)(3)。$-s$ も半単純)、右辺は可換な冪零作用素の差なので冪零である。半単純かつ冪零な作用素は、対角化したときの固有値がすべて $0$ なので $0$ である。ゆえに $s=x_s$、$n=x_n$ である。

原論文は (1)〜(3) を「よく知られた事実」として想起し、$x$ が可逆なら $x_u=1+x_s^{-1}x_n$ とおいて $x=x_sx_u$ と書けると続ける(印字 4-08)。この乗法的な分解の一意性と、可換な自己準同型の分解の規則(原論文の Proposition 3 とその系)は本書『4-1 乗法的 Jordan 分解と単冪性』の主結果である。原論文が想起として書く「$x$ が可逆 ⇔ $x_s$ が可逆」は、本書では (3) を引いて済ませる。

  • 使いどころ:乗法的 Jordan 分解と単冪性(本書『4-1 乗法的 Jordan 分解と単冪性』)、三角化と半単純部分(本書『4-2 準同型と閉部分群と Jordan 分解』、原論文の Lemme 3。冪零部分の対角成分が $0$ であること)、可換群の直積分解(本書『5-1 可換群の直積分解と標数 0 の単冪群』)。
  • 案内:Jordan分解、Lan02、Hum75、Bor91。
Jordan 分解の計算

$\lambda\ne\mu$ とし、$x=\begin{pmatrix}\lambda&1&0\\0&\lambda&0\\0&0&\mu\end{pmatrix}$ とする。特性多項式は $(T-\lambda)^2(T-\mu)$ で、上の定理(加法的 Jordan 分解)の段 2 の合同式 $P\equiv\lambda\pmod{(T-\lambda)^2}$、$P\equiv\mu\pmod{T-\mu}$ は $P(T)=\lambda+(T-\lambda)^2/(\mu-\lambda)$ で満たされる($0$ が固有値でないときは $P(0)=0$ の条件を足すと次数が一つ上がるが、$x_s=P(x)$ は同じになる)。$x-\lambda=\begin{pmatrix}0&1&0\\0&0&0\\0&0&\mu-\lambda\end{pmatrix}$ の平方は $\mathrm{diag}(0,0,(\mu-\lambda)^2)$ なので、
$$x_s=P(x)=\mathrm{diag}(\lambda,\lambda,\mu),\qquad x_n=x-x_s=\begin{pmatrix}0&1&0\\0&0&0\\0&0&0\end{pmatrix}$$
である。$x_s$ と $x_n$ は可換で、$x_n^2=0$ である。$\lambda\mu\ne0$ なら $x$ は可逆で、乗法的な単冪部分は $x_u=1+x_s^{-1}x_n$、その $(1,2)$ 成分は $\lambda^{-1}$ である。

反例:代数的閉体でなければ半単純でも対角化できない

上の定理(半単純と対角化可能)から、体が代数的閉であるという仮定を外す。実数体 $\mathbf R$ の上で $x=\begin{pmatrix}0&-1\\1&0\end{pmatrix}$ とする。最小多項式 $T^2+1$ は $\mathbf R$ 上既約なので $\mathbf R[x]\cong\mathbf C$ は体であり、$V=\mathbf R^2$ は $1$ 次元の $\mathbf C$ ベクトル空間として単純な $\mathbf R[x]$ 加群である。したがって $x$ は定義の意味で半単純である。しかし $x$ は実の固有値をもたず、$\mathbf R$ の上では対角化できない。壊れるのは証明の段 1(単純な加群が 1 次元であること)である。原論文が半単純性を加群の言葉で定義し、$K$ が代数的閉だから対角化可能と同じだと断る(印字 4-08)のは、この違いに当たる。

外冪と部分空間

原論文の Théorème 1(Chevalley)の証明は、閉部分群を、ある部分空間を保つ元の全体として書いたあと、部分空間の固定群を外冪の一本の直線の固定群に置き換える(印字 4-04)。その置き換えを原論文は「よく知られている」とだけ書く。

外冪による部分空間の判定

$W\subset V$ を $d$ 次元の部分空間($1\le d\le\dim V$)、$w_1,\dots,w_d$ を $W$ の基底とし、$a=w_1\wedge\dots\wedge w_d\in\Lambda^dV$ とおく。
(1) $a\ne0$ で、直線 $Ka$ は基底の選び方によらない。
(2) $W=\{v\in V:v\wedge a=0\}$(右辺の $v\wedge a$ は $\Lambda^{d+1}V$ の元)。したがって $W$ は直線 $Ka$ から復元できる。
(3) $g\in\mathrm{GL}(V)$ について、$gW=W$ であることと $(\Lambda^dg)(a)\in Ka$ であることは同値である。

$W$ の基底を $V$ の基底 $w_1,\dots,w_d,v_{d+1},\dots,v_n$ に延ばす。(1) この基底から作る $\Lambda^dV$ の基底の一つが $a$ なので $a\ne0$ である。$W$ の別の基底は $W$ の可逆な変換 $c$ で移り、対応する外積は $a$ の $\det c$ 倍になる。(2) $v=\sum_ic_iw_i+\sum_jc'_jv_j$ について $v\wedge a=\sum_jc'_j\,v_j\wedge w_1\wedge\dots\wedge w_d$ で、$v_j\wedge w_1\wedge\dots\wedge w_d$($d< j\le n$)は $\Lambda^{d+1}V$ の基底の一部なので、$v\wedge a=0$ ⇔ すべての $c'_j=0$ ⇔ $v\in W$ である。$d=\dim V$ なら $\Lambda^{d+1}V=0$ で両辺とも $V$ である。(3) $(\Lambda^dg)(a)=gw_1\wedge\dots\wedge gw_d$ は、$d$ 次元の部分空間 $gW$ に (1) で対応する直線の生成元である。$gW=W$ なら (1) によりそれは $Ka$ に入る。逆に $(\Lambda^dg)(a)=ca$($c\in K^*$)なら、(2) を $gW$ と $W$ に当てて $gW=\{v:v\wedge ca=0\}=W$ である。

原論文の証明は外冪を部分空間 $W$ の側でとると書くが、部分群の外の元の平行移動は $W$ を保たないので、そのままでは表現が定義されない。本書は全体の空間 $V$ の外冪 $\Lambda^dV$ でとって読む。上の定理はまさにその形($W\subset V$ の直線 $Ka\subset\Lambda^dV$)である(本書『2-1 半不変式による閉部分群の切り出し』、本書『0-4 記号と約束』の誤植の表)。

  • 使いどころ:半不変式による閉部分群の切り出し(本書『2-1 半不変式による閉部分群の切り出し』、原論文の Théorème 1)。
  • 案内:外積代数、Lan02。

指標の一次独立性と可換子

原論文は Théorème 2 の直前で、トーラスの有理指標が単項式に限ることを「指標の一次独立性のため」の一言で済ませる(印字 4-05)。本書はこの一次独立性を、正規部分群を核とする表現の構成(重さ空間の直和)と、指標群の双対性の証明にも使う。

相異なる指標の一次独立性(Dedekind–Artin)
  1. $M$ を単位元をもつ半群(たとえば群)、$\chi_1,\dots,\chi_n$ を $M$ から乗法群 $K^*$ への相異なる準同型とする。このとき $\chi_1,\dots,\chi_n$ は、$M$ 上の $K$ 値関数の空間の元として $K$ 上一次独立である。
  2. 群 $H$ が $K$ ベクトル空間 $E$ に線形に作用するとし、準同型 $\chi\colon H\to K^*$ に $E_\chi=\{f\in E:hf=\chi(h)f\ (h\in H)\}$ とおく(重さ $\chi$ の空間)。相異なる $\chi$ の $E_\chi$ の和は直和である。
  1. 一次従属と仮定し、係数がすべて $0$ でない関係 $\sum_{i=1}^nc_i\chi_i=0$ のうち $n$ が最小のものをとる。$\chi_1\ne0$ なので $n\ge2$ である。$\chi_1(m)\ne\chi_2(m)$ となる $m\in M$ をとる。任意の $m'$ について $\sum_ic_i\chi_i(m)\chi_i(m')=0$ と $\chi_1(m)\sum_ic_i\chi_i(m')=0$ が成り立ち、差をとると $\sum_{i\ge2}c_i(\chi_i(m)-\chi_1(m))\chi_i=0$ で、$\chi_2$ の係数は $0$ でない。項の数が $n$ より少ない非自明な関係が得られ、最小性に反する。
  2. 相異なる $\chi_1,\dots,\chi_n$ と $f_i\in E_{\chi_i}$ で $\sum_if_i=0$ とする。$E$ の上の任意の一次形式 $\ell$ について、$h$ を作用させてから $\ell$ をとると $\sum_i\ell(f_i)\chi_i(h)=0$($h\in H$)なので、(1) によりすべての $\ell(f_i)=0$、ゆえに $f_i=0$ である。
全行列環と区分対角な代数の可換子
  1. 有限次元の $E$ の自己準同型 $\varphi$ が $\mathrm{End}(E)$ のすべての元と可換なら、$\varphi$ はスカラーである。
  2. $E=\bigoplus_{\chi\in X}E_\chi$ を有限個の部分空間の直和とし、$\mathcal A=\bigoplus_\chi\mathrm{End}(E_\chi)\subset\mathrm{End}(E)$ を区分対角な自己準同型の代数とする。$g\in\mathrm{End}(E)$ が $\mathcal A$ のすべての元と可換なら、$g$ は各 $E_\chi$ を保ち、各 $E_\chi$ の上でスカラーである。
  1. 基底をとり行列単位 $e_{ij}$ と可換であることを書くと、$\varphi e_{ij}=e_{ij}\varphi$ の成分を比べて $\varphi$ は対角で対角成分がすべて等しい。(2) $E_\chi$ への射影 $\pi_\chi$ は $\mathcal A$ の元なので、$g\pi_\chi=\pi_\chi g$ から $gE_\chi\subset E_\chi$ である。$g$ の $E_\chi$ への制限は $\mathrm{End}(E_\chi)$ と可換なので、(1) によりスカラーである。

原論文は Théorème 1 の系の証明を、「部分群の元はちょうど $u(s)$ がスカラーになる元」という形で閉じる(印字 4-04)。本書はその段の代わりに重さ空間の直和と区分対角な代数を使って証明を立て直すので、上の二つの定理がそのまま要る(本書『2-2 正規部分群を核とする表現』)。

  • 使いどころ:正規部分群を核とする表現(本書『2-2 正規部分群を核とする表現』)、トーラスの有理指標は単項式であること(本書『3-1 トーラスの関数環と閉部分群』、原論文の Théorème 2)、指標は正則関数の基底であることと指標の制限の全射性(本書『3-2 指標群との双対性』)。
  • 案内:指標、Art42、Lan02。

有限生成アーベル群と有限アーベル群の双対

対角化可能群の記述(原論文 n° 3)は、有理指標の群が有限生成アーベル群であることを通して、有限生成アーベル群の構造定理と単因子、有限アーベル群の双対に帰着する。

有限生成アーベル群の構造と単因子
  1. 有限生成アーベル群は、$\mathbf Z^r\oplus\bigoplus_{i=1}^k\mathbf Z/d_i$($d_i\ge2$)の形の群に同型である。ねじれ部分は有限で、ねじれのない有限生成アーベル群は自由である。
  2. 単因子:自由アーベル群 $\mathbf Z^n$ の部分群 $B$ について、$\mathbf Z^n$ の基底 $e_1,\dots,e_n$ と、$d_1\mid d_2\mid\dots\mid d_r$ を満たす正の整数 $d_1,\dots,d_r$($r\le n$)があって、$d_1e_1,\dots,d_re_r$ が $B$ の基底になる。このとき $\mathbf Z^n/B\cong\bigoplus_{i=1}^r\mathbf Z/d_i\oplus\mathbf Z^{n-r}$ である。
  3. $\mathbf Z^n$ の基底の取り替えは、整数成分で行列式が $\pm1$ の行列($\mathrm{GL}_n(\mathbf Z)$ の元)で与えられる。

証明は引用する(Lan02 の有限生成アーベル群と単項イデアル整域の上の加群の章の型)。(2) から、$\mathbf Z^n/B$ が素数 $\ell$ のねじれをもたないことは、どの $d_i$ も $\ell$ で割れないことと同じである。

有限アーベル群の双対
  1. 正の整数 $d$ について $\mu_d=\{\zeta\in K^*:\zeta^d=1\}$ とおく。$p\nmid d$ なら $\mu_d$ は位数 $d$ の巡回群である。$p\ne1$ で $d=p^ad'$($p\nmid d'$)なら $\mu_d=\mu_{d'}$ であり、とくに $K^*$ は位数 $p$ の元をもたない。
  2. $F$ を位数 $N$ の有限アーベル群とし、$p\nmid N$ とする。$\hat F=\mathrm{Hom}(F,K^*)$ は $F$ に(標準的でない仕方で)同型で、$|\hat F|=|F|$ である。$F$ の単位元でない元 $x$ には $\chi(x)\ne1$ となる $\chi\in\hat F$ があり、自然な写像 $F\to\mathrm{Hom}(\hat F,K^*)$ は同型である。
    1. の状況で、$\hat F$ は $F$ 上の $K$ 値関数全体の空間(次元 $|F|$)の基底である。
  1. $p\nmid d$ なら $X^d-1$ の微分 $dX^{d-1}$ は $K^*$ で消えないので $X^d-1$ は重根をもたず、$\mu_d$ は $d$ 個の元をもつ。体の乗法群の有限部分群は巡回群である(各 $m$ について $X^m=1$ の解は高々 $m$ 個なので、有限アーベル群の構造から巡回群になる)。$p\ne1$ なら $\zeta^{p^a}=1$ は $(\zeta-1)^{p^a}=\zeta^{p^a}-1=0$(下の定理(正標数の二項定理))と同じで $\zeta=1$、ゆえに $\zeta^{p^ad'}=1$ は $\zeta^{d'}=1$ と同じである。
  2. $F$ を加法的に書き、$F\cong\bigoplus_i\mathbf Z/d_i$($d_i\mid N$ なので $p\nmid d_i$)とする。$\mathrm{Hom}(\mathbf Z/d_i,K^*)=\mu_{d_i}\cong\mathbf Z/d_i$ で、直和について $\mathrm{Hom}$ は積になるので $\hat F\cong F$ である。$x\ne0$ の成分 $x_i\ne0$ について、$\mathbf Z/d_i$ の生成元を原始 $d_i$ 乗根に送る指標は $x_i$ で $1$ でない値をとる。これで $F\to\mathrm{Hom}(\hat F,K^*)$ は単射で、両辺の位数は $|F|$ なので同型である。
  3. 上の定理(相異なる指標の一次独立性(Dedekind–Artin))により $\hat F$ の $|F|$ 個の元は一次独立で、関数の空間の次元は $|F|$ である。

原論文は (2) を「古典的」とし(印字 4-06)、(3) を「次元の理由で」と書く(同)。

  • 使いどころ:トーラスの閉部分群の構造(本書『3-1 トーラスの関数環と閉部分群』。基底の取り替えと単因子、$\mu_d$ の積)、対角化可能群の構造(同)、指標群の形と点の復元・閉部分群と部分群の対応(本書『3-2 指標群との双対性』)、閉部分群が半単純部分を含むことの証明で位数が $p$ と素になる段(本書『4-2 準同型と閉部分群と Jordan 分解』)。
  • 案内:有限生成アーベル群、単因子、指標群、Lan02。
単因子の計算と閉部分群

$\mathbf Z^2$ の部分群 $B$ を $(2,4)$ と $(0,6)$ で生成されるものとする。$e_1=(1,2)$、$e_2=(0,1)$ は行列式 $1$ の基底で、$(2,4)=2e_1$、$(0,6)=6e_2$ なので、上の定理(有限生成アーベル群の構造と単因子)の (2) の形で $d_1=2$、$d_2=6$、$\mathbf Z^2/B\cong\mathbf Z/2\oplus\mathbf Z/6$ である。$\mathbf Z^2$ を $K^{*2}$ の単項式 $X^aY^b$ の群と読むと、$e_1=XY^2$、$e_2=Y$ は $K^{*2}$ の座標の取り替え $(x,y)\mapsto(xy^2,y)$(逆も単項式で与えられる)を定め、$B$ のすべての単項式が $1$ になる点の集合は、新しい座標で $\{x'^2=1,\ y'^6=1\}=\mu_2\times\mu_6$ になる。$p\nmid6$ ならこれは位数 $12$ の群だが、上の定理(有限アーベル群の双対)の (1) により、標数 $2$ では $\mu_2\times\mu_6=\{1\}\times\mu_3$ の位数は $3$、標数 $3$ では $\mu_2\times\mu_2$ の位数は $4$ に落ちる。$\mathbf Z^2/B$ が $p$ ねじれをもつと、部分群と点の集合の対応が崩れる。この型の計算は本書『3-1 トーラスの関数環と閉部分群』で、対応が崩れることの反例は本書『3-2 指標群との双対性』で扱う。

反例:位数が標数で割れると双対は小さくなる

上の定理(有限アーベル群の双対)の (2) から、$p\nmid N$ という仮定を外す。$p\ne1$ とし、$F=\mathbf Z/p$ とする。$K^*$ は位数 $p$ の元をもたない(同じ定理の (1))ので、$\mathrm{Hom}(\mathbf Z/p,K^*)$ は自明な群である。したがって $|\hat F|=1\ne p=|F|$ で、$F\to\mathrm{Hom}(\hat F,K^*)$ は単射でない。対角化可能群の指標群のねじれの位数が $p$ と素に限られること(本書『3-1 トーラスの関数環と閉部分群』、本書『3-2 指標群との双対性』)は、この現象の裏返しである。

可除アーベル群

可除アーベル群の初歩

アーベル群 $A$(乗法的に書く)が可除であるとは、任意の $a\in A$ と正の整数 $k$ について $b^k=a$ となる $b\in A$ があることをいう。
(1) $K$ は代数的閉なので $K^*$ は可除で、トーラス $K^{*n}$ も可除である。可除群の準同型像は可除である。
(2) 有限な可除群は単位元だけからなる。
(3) 可除アーベル群は、有理数体 $\mathbf Q$ の加法群の直和と、ねじれ部分(それ自身可除)の直和に分解する。

  1. $b^k=a$ は $K$ の中で解 $b$ をもち、$a\ne0$ なら $b\ne0$ である。積では成分ごとに根をとり、準同型 $\zeta$ の像では $\zeta(a)=\zeta(b)^k$ である。(2) 位数 $N$ の可除群の元 $a$ を $a=b^N$ と書くと、$b^N=e$ なので $a=e$ である。(3) は構造定理として引く(Fuc70 §23。本書は該当箇所を確かめていない)。

(1)(2) は、トーラスの有限位数の自己同型についての主張を、有限位数の元の稠密性を経ずに閉じる証明に使う(本書『5-3 共役作用の分解』。原論文 Proposition 5 の系 2 の別証)。(3) は証明には使わず、対角化可能群の定義の「部分群」を閉部分群と読む理由を示す反例(複素数の加法群は抽象群としては乗法群の部分群に同型だが、代数群としては対角化できない。本書『3-1 トーラスの関数環と閉部分群』、本書『0-4 記号と約束』の本書が足した仮定)で、抽象群の同型を確かめるのに使う。

反例:可除でない群では有限群への準同型の像が自明にならない

上の定理(可除アーベル群の初歩)の (1) から、体が代数的閉であるという仮定を外す。実数体では $-1$ は平方根をもたないので $\mathbf R^*$ は可除でない。$T=\mathbf R^*\times\mathbf R^*$ とし、$\zeta(x,y)=(1,\operatorname{sgn}x)$ とおくと、$\zeta$ は $T$ から有限群 $H=\{1\}\times\{\pm1\}$ への準同型で、像は自明でない。$u(x,y)=(x,\ y\operatorname{sgn}x)$ は $T$ の抽象群としての位数 $2$ の自己同型で、$H$ の上で恒等、$u(t)t^{-1}=\zeta(t)\in H$ を満たすが、恒等写像でない。$K$ が代数的閉なら $K^{*2}$ は可除で、同じ形の $\zeta$ の像は (2) により自明になり、この現象は起こらない。本書『5-3 共役作用の分解』でトーラスの有限位数の自己同型を扱う証明は、まさにこの点で $K$ が代数的閉であることを使う。

冪零作用素の指数と対数

標数 $0$ では、加法群の有理表現と単冪な元が、冪零な作用素の指数関数で記述される(原論文 Proposition 4 b)、印字 4-09)。そのための形式的な恒等式をまとめる。

冪零作用素の指数と対数

$p=1$(標数 $0$)とし、$r=\dim V$ とする。冪零な $N\in\mathrm{End}(V)$ と単冪な $y\in\mathrm{GL}(V)$ に
$$\exp N=\sum_{k=0}^{r-1}\frac{N^k}{k!},\qquad\log y=\sum_{k=1}^{r}(-1)^{k+1}\frac{(y-1)^k}{k}$$
とおく($N^r=0$、$(y-1)^r=0$ なので、どちらも無限級数を有限で切ったものに等しい)。
(1) $\exp N$ は単冪で $N$ の多項式、$\log y$ は冪零で $y$ の多項式であり、$\log(\exp N)=N$、$\exp(\log y)=y$ である。
(2) 互いに可換な冪零 $a$、$b$ について $\exp(a+b)=\exp a\,\exp b$ である。とくに $t\mapsto\exp(tN)$ は $t$ の多項式で、$\exp((s+t)N)=\exp(sN)\exp(tN)$、$\exp(0\cdot N)=1$ を満たす。
(3) 互いに可換な単冪 $x$、$y$ について $\log(xy)=\log x+\log y$ である。

段 1(形式的冪級数の恒等式).有理数係数の形式的冪級数環で $\exp T=\sum_{k\ge0}T^k/k!$、$\log(1+T)=\sum_{k\ge1}(-1)^{k+1}T^k/k$ とおく。二変数の形式的冪級数環で $\exp(S+T)=\exp S\exp T$ が成り立つ(両辺の $S^iT^j$ の係数はどちらも $1/(i!\,j!)$)。$f=\exp(\log(1+T))$ は形式的な微分で $f'=f/(1+T)$ を満たすので $(f/(1+T))'=0$ で、定数項を比べて $f=1+T$ である。$g=\log(\exp T)$ は $g'=\exp T/\exp T=1$、$g(0)=0$ なので $g=T$ である(標数 $0$ では微分が $0$ の冪級数は定数)。
段 2(代入).$N^r=0$ なので、$T\mapsto N$ は形式的冪級数環から $\mathrm{End}(V)$ への環準同型を定める(次数 $r$ 以上の項は $0$ に行く)。可換な冪零 $a$、$b$ については $S\mapsto a$、$T\mapsto b$ が二変数の形式的冪級数環からの環準同型を定める。定数項のない冪級数 $L$ に冪零元を代入したものは冪零で、$\exp(L)$ への代入は $L$ への代入を $\exp$ に入れたものに等しい。段 1 の恒等式に代入すると (1)(2) が出る。
段 3((3)).$a=\log x$、$b=\log y$ は $x$、$y$ の多項式なので可換な冪零である。(2) により $\exp(a+b)=\exp a\exp b=xy$ で、(1) により $\log(xy)=a+b$ である。

原論文はこれらを「形式的冪級数の恒等式」「よく知られた恒等式」として使う(印字 4-09)。ただし印字の対数の級数は係数 $1/k$ を欠き、そのままでは (1) が成り立たないので、本書は $1/k$ を補って読む(本書『4-1 乗法的 Jordan 分解と単冪性』の反例、本書『0-4 記号と約束』の誤植の表)。

  • 使いどころ:標数 $0$ の加法群の有理表現と単冪な元(本書『4-1 乗法的 Jordan 分解と単冪性』)、単冪元の生成する閉部分群(本書『4-2 準同型と閉部分群と Jordan 分解』)、標数 $0$ の可換単冪群が加法群の積であること(本書『5-1 可換群の直積分解と標数 0 の単冪群』。(3) を使う)。
  • 案内:行列の指数関数、形式的冪級数、Hum75。
3 次の冪零行列の指数と対数

$p=1$ とし、$N=\begin{pmatrix}0&1&0\\0&0&1\\0&0&0\end{pmatrix}$ とする。$N^2$ は $(1,3)$ 成分だけが $1$ で、$N^3=0$ である。$y=\exp(tN)=\begin{pmatrix}1&t&t^2/2\\0&1&t\\0&0&1\end{pmatrix}$ について $y-1=tN+t^2N^2/2$、$(y-1)^2=t^2N^2$、$(y-1)^3=0$ なので、$\log y=(y-1)-(y-1)^2/2=tN$ に戻る。係数 $1/k$ を落とした級数 $(y-1)-(y-1)^2$ では $tN-t^2N^2/2$ になり、$t\ne0$ で $tN$ と食い違う。

反例:正標数では指数の級数を切れない

上の定理(冪零作用素の指数と対数)から、$p=1$ という仮定を外す。$p\ne1$ とし、$V=K^{p+1}$ の上で $Ne_1=0$、$Ne_{i+1}=e_i$ と定めた冪零な $N$ をとる。$N^p\ne0$ なので $\exp N$ の級数は次数 $p$ の項で切れず、その係数 $1/p!$ は $K$ の中に無い($p!=0$)。さらに下の定理(正標数の二項定理)により $y=1+N$ は $y^{p^a}=1$($p^a\ge p+1$)を満たし、位数有限である。標数 $0$ の単冪な元は $1$ でなければ位数無限で加法群の像に入るのに対し、正標数の単冪な元は位数が $p$ の冪になる(本書『4-1 乗法的 Jordan 分解と単冪性』)。

正標数の二項定理

正標数の二項定理

$p\ne1$ とし、$R$ を標数 $p$ の可換環($K$、多項式環 $K[X,Y]$、互いに可換な作用素の生成する代数など)とする。
(1) $0< k< p$ なら二項係数 $\binom pk$ は $p$ で割れる。したがって $q=p^a$ と $\alpha,\beta\in R$ について $(\alpha+\beta)^q=\alpha^q+\beta^q$ で、とくに冪零な $n$ について $(1+n)^q=1+n^q$ である。
(2) $m=p^am'$($p\nmid m'$、$m'>1$)とすると、$K[X,Y]$ の中で $(X+Y)^m-X^m-Y^m$ の単項式 $X^{p^a}Y^{m-p^a}$ の係数は $m'$ で、$0$ でない。
(3) $\zeta\in K$ が $\zeta^{p^a}=1$ を満たせば $\zeta=1$ である。

  1. $\binom pk=p!/(k!(p-k)!)$ の分子は $p$ で割れ、分母は割れない。$(\alpha+\beta)^p=\alpha^p+\beta^p$ を繰り返して $q=p^a$ の場合を得る。(2) (1) により $(X+Y)^m=(X^{p^a}+Y^{p^a})^{m'}$ で、展開した $X^{p^a}(Y^{p^a})^{m'-1}$ の係数は $m'$ である。$m'>1$ なのでこの単項式は $X^m$ とも $Y^m$ とも異なる。(3) $(\zeta-1)^{p^a}=\zeta^{p^a}-1=0$ で、$K$ は体なので $\zeta=1$ である。

標数 $0$ で $m>1$ なら、$(X+Y)^m-X^m-Y^m$ の $XY^{m-1}$ の係数は $m\ne0$ である。(2) とこの一言が、加法群の有理自己準同型を決める計算(本書『5-2 正標数の可換単冪群と加法多項式』)の中身になる。

  • 使いどころ:正標数の単冪性(本書『4-1 乗法的 Jordan 分解と単冪性』。(1)(3))、閉部分群が半単純部分を含む証明で有限位数の元の位数が $p$ と素になる段(本書『4-2 準同型と閉部分群と Jordan 分解』。(3))、トーラスの閉部分群の指標群が $p$ ねじれをもたないこと(本書『3-1 トーラスの関数環と閉部分群』。(3))、正標数の非連結な可換単冪群(本書『5-1 可換群の直積分解と標数 0 の単冪群』)、長さ 2 の Witt ベクトルの群と加法群の有理自己準同型(本書『5-2 正標数の可換単冪群と加法多項式』。(1)(2))。
  • 案内:Frobenius写像、二項定理、Lan02。
    無限体の上の多項式の恒等式(1 変数の零でない多項式の零点は次数以下の個数しかないこと、無限集合の積の上で消える多項式と Laurent 多項式は $0$ であること、有限体の上ではこれが破れること)も初等的な代数として完結の証明に使うが、座標環の計算と一緒に本書『0-2 アフィン代数的集合と代数群』の命題(標準的な空間の座標環)と命題(1 次元の場合と積の稠密性)に置いた。標数 $0$ では、正の整数 $m$ について $m\cdot1\ne0$ なので、零でない $t_0$ の整数倍 $\mathbf Zt_0$ は無限集合で、後者の命題の (1) により $K$ で稠密である(本書『4-1 乗法的 Jordan 分解と単冪性』の一致の議論と最小の閉部分群の決定で使う)。

その後の発展

以下は後代の結果の紹介である(時点を明記する。本書は文献を開いて確かめていない)。

  • 完全体の上の Jordan 分解:半単純を「最小多項式が重根をもたない」と読めば、代数的閉とは限らない完全体の上でも加法的・乗法的 Jordan 分解が成り立ち、線形代数群の元の分解もその形で述べられる(Borel Bor91、1991 年の第 2 版、Springer Spr98、1998 年の第 2 版)。
  • 指標の一次独立性:Dedekind の定理は、Artin Art42(1942 年)が Galois 理論の基礎に置いた。
  • 有限アーベル群の双対と Cartier 双対:標数 $p$ で位数 $p$ の群の双対が自明になる現象は、群スキームの枠では、定数群 $\mathbf Z/p$ の Cartier 双対が 1 の $p$ 乗根の群スキーム $\mu_p$ になることで解消される(SGA3、1970 年、Waterhouse Wat79、1979 年)。本書は点の群の枠で読むので、この違いは本書『3-2 指標群との双対性』の「その後の発展」で扱う。
  • 正標数の単冪群:正標数では指数の級数の代わりに、Witt ベクトルと Dieudonné 加群によって可換単冪群が記述される(Demazure–Gabriel DG70、1970 年)。

原論文との対応表

本頁が対応する原論文は Gro56 である。本頁は前提の頁で、原論文の主張の証明は含まない。

本頁原論文印字頁
定理(半単純加群の基本)Lemme 1 とその系、Lemme 3 の証明の「よく知られた」半単純性4-02、4-03、4-11
定義(半単純・冪零・単冪な自己準同型)、定理(半単純と対角化可能)、定理(加法的 Jordan 分解)n° 4 冒頭の定義と加法的 Jordan 分解の想起、単冪の定義4-08
定理(可換な作用素族の同時三角化と同時対角化)Proposition 3 の証明の末尾、Proposition 4 b) の証明の安定な列、Théorème 3 の証明、Lemme 3 の証明4-08〜4-11
定理(外冪による部分空間の判定)Théorème 1 の証明の「よく知られている」段4-04
定理(相異なる指標の一次独立性(Dedekind–Artin))、定理(全行列環と区分対角な代数の可換子)Théorème 2 の前の「指標の一次独立性」、Théorème 1 の系の証明4-04、4-05
定理(有限生成アーベル群の構造と単因子)、定理(有限アーベル群の双対)系 1 の後の観察(基底と整数 $n_i$)、系 3 a) b) の証明4-05〜4-06
定理(可除アーベル群の初歩)Proposition 5 の系 2(本書の別証で使う)4-14
定理(冪零作用素の指数と対数)Proposition 4 b) の証明4-09
定理(正標数の二項定理)Proposition 4 a) の証明、系 1 の後の観察の「1 の $p$ 乗根は 1」、n° 5 の注意4-05、4-09、4-12

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