本書を読むのに要る分野を整理し、頁ごとの前提の対応表と、目的別の読書経路を示す。本書の中心は、射影束と旗の束からChern類を一意に特徴づける第1〜3章、λ環とChow環・K群の比較を扱う第4章、正則切断の零点を扱う第5章である。全ての前提を先に学ぶ必要はなく、関心のある経路に必要な項目だけを第0章で補えばよい。
本書は、Alexander Grothendieckの論文「La théorie des classes de Chern」(1958年、Gro58)を道案内にして、代数的ベクトル束のChern類の公理的理論を解説する。原論文はBorel–SerreのRiemann–Roch論文 BS58 の付録として書かれ、射影束のサイクル類環を出発点に、Chow環、Hodge型コホモロジー、整係数コホモロジーに共通する形でChern類を構成する。
本書は原論文の翻訳ではない。内容を次の五つの主題へ組み直している。
第1章は幾何の準備である。『1-1 射影束と標準線束』は、射影束を直線の空間として定義する規約、標準線束 $L_E=\mathcal O(1)$、射影束関係式を固定する。『1-2 旗多様体と完全分裂』は、反復射影束として旗の束を作り、引き戻した束に商線束の完全旗を与える。重要なのは「旗の束上で分裂する」ことだけでなく、射影束公式を反復して引き戻しが単射になることである。『1-3 正則切断・零点サイクル・横断性』は、後の標準切断を局所座標で調べるため、正則列、期待余次元、横断性、局所長による重複度を準備する。
第2章は器を定める。『2-1 公理 A 1〜A 4 と補題 2』は、射影束公式、基本類、線束の第1類、横断的零点の積を一つの公理系へまとめる。空集合を対象に含める条件と $A(\emptyset)=0$ は別の仮定であり、標準切断列の最後から積の消滅を導くときに両方を使う。『2-2 三つのモデル』はChow環、Hodge型コホモロジー、整係数コホモロジーで公理を検証する。ここで一つの普遍的な環を構成するのではなく、異なる三つの器が同じ証明形式を受け入れることを示す。
第3章は原論文の定理1を扱う。『3-1 Chern 類の定義と一意性』は、線束の第1類を旗の束上で掛け合わせ、基本対称式をChern類として読む。一意性は旗の束への引き戻しの単射性に依存する。『3-2 存在の証明』は、射影束公式から定めた係数が関手性・正規化・乗法性を満たすことを、標準切断と補題2で示す。『3-3 双対・外冪・テンソル積』は、根の符号、部分和、二群の根の和を対称式へ降ろし、低次公式と反例まで与える。
第4章はChern類をK理論へ接続する。『4-1 λ 環と完備 Chern 類』は、階数を全Chern類と組にすることで、直和・テンソル積・外冪を加法・乗法・λ演算として一つの構造にする。『4-2 K 群のフィルトレーションと Chow 環』は、連接層のK群を支持余次元で濾過し、Chow環からの $\varphi$ と完備Chern類からの $\psi$ を比較する。値域の積は通常積ではなくstar積であり、Newton恒等式から階乗係数が現れる。
第5章は最高次Chern類の幾何を扱う。『5-1 射影的完備化と補題 3』は、$E$ を $P(E\oplus\mathbf1)$ のアフィン部分として埋め、零切断像の類を式 (17) で計算する。『5-2 零点サイクルの類』は、その式を切断で引き戻して式 (18) と (18 bis) を得る。横断的な滑らかな零点、任意切断の引き戻し類、期待余次元の重複度付き零点サイクル、射影的完備化内の切断像を四つの別の主張として整理する。
「◎」は複数の頁で証明の中心に使うもの、「○」は一部の頁で使うもの、「△」は背景または後代の位置づけとして知っていればよいものを表す。
| 分野 | 本書で使う内容 | 水準の目安 | 主に使う章 |
|---|---|---|---|
| スキームとベクトル束 | 局所自由層、短完全列、線束、双対・外冪・テンソル積、滑らかな射、閉埋め込み | ◎ Har77 第II章の局所自由層と射の基礎 | 全章 |
| 射影束と旗の束 | 直線を分類する $P(E)$、$\mathcal O(1)$、射影束公式、反復射影束、完全旗、底変換 | ◎ 定義と標準線束の規約を使い分けられること | 1・3・5章 |
| 可換環論と局所交叉 | 正則局所環、正則列、横断性、局所環の長さ、Koszul複体 | ○ 正則パラメータと期待余次元の意味を知ること | 1・4・5章 |
| Chow環と交叉理論 | サイクル、有理同値、交叉積、押し出し・引き戻し、零点サイクル、refined Gysin写像 | ◎ 基本類と交叉積を扱えること。精密な交叉は主張を引用できればよい | 2・4・5章 |
| 層コホモロジー | Hodgeコホモロジー、指数完全列、Leray–Hirsch型の射影束公式 | ○ 三つのモデルの検証で使う | 2章 |
| Grothendieck群 | $K_0^{\mathrm{vb}}$ と $K_0^{\mathrm{coh}}$、有限局所自由分解、Tor積、支持フィルトレーション | ◎ 二つのK群を区別できること | 4章 |
| 対称関数とλ環 | 基本対称式、Newton恒等式、形式的Chern根、pre-λ環、特殊λ環 | ◎ 有限根の対称式と普遍降下を区別できること | 3・4章 |
| 特性類とRiemann–Roch | Chern指標、Todd類、Grothendieck–Riemann–Roch | △〜○ 式 (16) の後代的説明で主張を引用する | 4章 |
幾何の出発点は本書『0-2 ベクトル束・射影束・旗多様体』である。ベクトル束を局所自由層として扱うこと、$P(E)$ を1次元部分空間の空間とすること、$L_E=\mathcal O_{P(E)}(1)$ の双対がトートロジカル部分線束であること、旗の束が反復射影束であることを確認する。
Chow環と交叉理論は本書『0-3 Chow 環と交叉理論の初歩』にまとめる。第5章の横断的零点までは公理A5で扱うが、非横断的な零点の重複度をChow類へ読む段にはrefined Gysin写像または局所化最高Chern類が必要である。
コホモロジー的な二つのモデルとK群は本書『0-4 コホモロジー的モデルと K 群』に置く。ここではHodgeコホモロジー、整係数コホモロジー、$K_0^{\mathrm{vb}}$ と $K_0^{\mathrm{coh}}$、pre-λ環と特殊λ環、支持フィルトレーションを区別する。第4章だけを読みたい場合も、二つのK群の区別は先に確認する。
記号と規約は本書『0-5 記号と約束』を正本とする。とくに $P(E)$ の規約、$L_E$ と $L_E^\vee$、次数を半分にした $A^i(X)$、完備Chern類 $\widetilde c(E)$、射影的完備化 $\widehat E=P(E\oplus\mathbf1)$、通常積とstar積を混同しない。
「頁の前提」には、その頁の証明を追う前に読んでおくとよい本書の頁を挙げる。「◎」は証明の中心、「○」は一部で使用、空欄はほとんど使わないことを表す。
| 頁 | 束・スキーム | 射影束・旗 | 局所交叉 | Chow環 | コホモロジー | K群 | 対称関数・λ環 | 頁の前提 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 1-1 射影束と標準線束 | ◎ | ◎ | ○ | なし | ||||
| 1-2 旗多様体と完全分裂 | ◎ | ◎ | ○ | ○ | 『1-1 射影束と標準線束』 | |||
| 1-3 正則切断・零点サイクル・横断性 | ◎ | ○ | ◎ | ◎ | 『1-1 射影束と標準線束』 | |||
| 2-1 公理 A 1〜A 4 と補題 2 | ○ | ◎ | ◎ | ○ | 『1-1 射影束と標準線束』、『1-3 正則切断・零点サイクル・横断性』 | |||
| 2-2 三つのモデル | ○ | ○ | ○ | ◎ | ◎ | 『0-3 Chow 環と交叉理論の初歩』、『0-4 コホモロジー的モデルと K 群』、『2-1 公理 A 1〜A 4 と補題 2』 | ||
| 3-1 Chern 類の定義と一意性 | ◎ | ◎ | ○ | ○ | 『1-2 旗多様体と完全分裂』、『2-1 公理 A 1〜A 4 と補題 2』 | |||
| 3-2 存在の証明 | ◎ | ◎ | ◎ | ○ | ○ | 『1-1 射影束と標準線束』、『1-2 旗多様体と完全分裂』、『2-1 公理 A 1〜A 4 と補題 2』、『3-1 Chern 類の定義と一意性』 | ||
| 3-3 双対・外冪・テンソル積 | ◎ | ◎ | ○ | ○ | ◎ | 『1-2 旗多様体と完全分裂』、『3-2 存在の証明』 | ||
| 4-1 λ 環と完備 Chern 類 | ○ | ○ | ○ | ◎ | ◎ | 『3-2 存在の証明』、『3-3 双対・外冪・テンソル積』 | ||
| 4-2 K 群のフィルトレーションと Chow 環 | ○ | ○ | ◎ | ◎ | ◎ | 『0-3 Chow 環と交叉理論の初歩』、『4-1 λ 環と完備 Chern 類』 | ||
| 5-1 射影的完備化と補題 3 | ◎ | ◎ | ◎ | ○ | ○ | 『1-2 旗多様体と完全分裂』、『2-1 公理 A 1〜A 4 と補題 2』、『3-2 存在の証明』 | ||
| 5-2 零点サイクルの類 | ◎ | ○ | ◎ | ◎ | ○ | 『0-3 Chow 環と交叉理論の初歩』、『1-3 正則切断・零点サイクル・横断性』、『3-3 双対・外冪・テンソル積』、『5-1 射影的完備化と補題 3』 |
表から読み取れる要点は四つある。
原論文の中心であるChern類の一意性と存在の証明を、必要な前提を省かずに追う順序は次である。
『1-1 射影束と標準線束』→『1-2 旗多様体と完全分裂』→『1-3 正則切断・零点サイクル・横断性』→『2-1 公理 A 1〜A 4 と補題 2』→『3-1 Chern 類の定義と一意性』→『3-2 存在の証明』→『3-3 双対・外冪・テンソル積』
『1-1 射影束と標準線束』で射影束公式と標準線束の符号を固定し、『1-2 旗多様体と完全分裂』で引き戻しの単射性と完全旗を得る。『2-1 公理 A 1〜A 4 と補題 2』は、標準切断の逐次零点をChern根の積へ変える装置である。『3-1 Chern 類の定義と一意性』では、二つの候補が旗の束上で一致し、単射性で底へ戻る。『3-2 存在の証明』では、射影束関係式と標準切断の横断性から実際のChern類を構成する。最後に『3-3 双対・外冪・テンソル積』で分裂原理の計算を基本演算へ広げる。
正則切断と横断性を既知として結論だけ確認する場合に限り、『1-3 正則切断・零点サイクル・横断性』を省いた短縮経路を使える。補題2の証明を追う完全経路では省かない。
公理系がどの理論を同時に扱うかを見る順序は次である。
『0-3 Chow 環と交叉理論の初歩』・『0-4 コホモロジー的モデルと K 群』→『1-1 射影束と標準線束』→『1-2 旗多様体と完全分裂』→『1-3 正則切断・零点サイクル・横断性』→『2-1 公理 A 1〜A 4 と補題 2』→『2-2 三つのモデル』→『3-1 Chern 類の定義と一意性』
『2-2 三つのモデル』はChow環、Hodge型コホモロジー、整係数コホモロジーを同じ公理に照らして検証する。ここで同じなのはChern類を特徴づける形式であり、三つの環そのものではない。モデルごとの射影束公式、押し出し、正規化の由来を比較してから第3章へ進むと、「器」と「Chern類の特徴づけ」の二層が見えやすい。
第4章を読む順序は次である。
『0-3 Chow 環と交叉理論の初歩』・『0-4 コホモロジー的モデルと K 群』→『1-1 射影束と標準線束』→『1-2 旗多様体と完全分裂』→『1-3 正則切断・零点サイクル・横断性』→『2-1 公理 A 1〜A 4 と補題 2』→『3-1 Chern 類の定義と一意性』→『3-2 存在の証明』→『3-3 双対・外冪・テンソル積』→『4-1 λ 環と完備 Chern 類』→『4-2 K 群のフィルトレーションと Chow 環』
『4-1 λ 環と完備 Chern 類』では、有限個のChern根についての対称式計算と、任意の仮想階数・完備係数列への普遍降下を分ける。普遍環積、pre-λ構造、特殊性は外部の普遍降下定理に依存して条件付き完結である。ベクトル束上の完備Chern類の直和・テンソル積・外冪の公式は完結している。連接層の $K_0^{\mathrm{coh}}$ への延長には有限局所自由分解が要る。
『4-2 K 群のフィルトレーションと Chow 環』では、通常積とstar積を区別する。式 (16) は、段階的横断完全交叉では整数係数で完結、一般の非特異閉埋め込みではGrothendieck–Riemann–Rochによる有理係数の条件付き完結、一般整数係数では未完結である。この区別は式 (15) と $\varphi$・$\psi$ の同型性にも引き継がれる。$\varphi\otimes\mathbb Q$ が同型でも、整数係数の捩れが零とは限らない。
最高次Chern類が零点を数える仕組みを追う順序は次である。
『0-3 Chow 環と交叉理論の初歩』→『1-1 射影束と標準線束』→『1-2 旗多様体と完全分裂』→『1-3 正則切断・零点サイクル・横断性』→『2-1 公理 A 1〜A 4 と補題 2』→『3-1 Chern 類の定義と一意性』→『3-2 存在の証明』→『3-3 双対・外冪・テンソル積』→『5-1 射影的完備化と補題 3』→『5-2 零点サイクルの類』
『5-1 射影的完備化と補題 3』は $E$ を $P(E\oplus\mathbf1)$ に埋め、零切断像の類を式 (17) で計算する。旗の束への滑らかな底変換にはA5、完全分裂後の標準切断列には補題2を使う。階数 $p+1$ の列の最終零点が空集合になるため、$\emptyset\in\mathbf V$ と $A(\emptyset)=0$ の両方が必要である。
『5-2 零点サイクルの類』では、横断的切断の式 (18) は完結し、任意切断の式 (18 bis) も引き戻し公式として完結する。しかし任意切断の零点スキームを重複度付きサイクルへ読み替える段はrefined Gysin写像に依存して条件付き完結である。二重零点の例は、被約零点集合だけでは次数が失われることを示す。
最初に本書『0-5 記号と約束』の「原論文の引き方」「数学に関わる誤植」「未解決の箇所」を読み、その後、各頁の「原論文との対応表」だけを順に読む。特に次の点を追うとよい。
前提を一から補う場合は次の順を勧める。
本書を通読する前に、結論の強さを誤読しやすい箇所をまとめる。
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