分裂原理のもとでは、ベクトル束の双対・外冪・テンソル積はChern根への単純な操作に変わる。本頁では旗の束上で各操作後の根を求め、対称多項式として底へ降ろすことで、Chern類だけを使った普遍公式を導く。
$X\in\mathbf V$ 上の階数 $p$ の束 $E$ と階数 $q$ の束 $F$ を考える。Chern類は本書『3-2 存在の証明』で特徴づけたものとし、旗の束への引き戻し後に $E$ のChern根を $x_1,\ldots,x_p$、$F$ のChern根を $y_1,\ldots,y_q$ と書く。
本頁の主結果は次の3つである。
全Chern類の乗法性は短完全列と直和を扱うが、双対、外冪、テンソル積は加法的な操作ではない。これらのChern類を直接射影束関係式から計算するのは複雑である。完全旗へ移れば、束は線束の逐次商へ分解され、三つの操作は第1類の符号、部分和、二つの根の和という初等的な計算になる。
原論文 Gro58 は双対の式を明記し、外冪とテンソル積はHirzebruchの本にある周知の対称関数計算へ委ねる。本頁では委譲だけで済ませず、操作後の完全旗、その商線束、対称式としての降下を示す。
Chern根 $x_i$ は一般には $A(X)$ の元として個別に存在しない。旗の束 $D(E)$ 上の商線束の第1類を形式的な根として扱っているだけである。根を使った式から底へ戻せるのは、その式が根の置換に不変で、$c_i(E)$ だけの対称式に直せる場合である。
この方法は情報を意図的に捨てる。外冪やテンソル積の束そのものをChern類から復元するのではなく、その特性類だけを普遍多項式として計算する。旗上の個々の根の順序や、短完全列の拡大類は底へ戻らない。
一つまたは二つの束を同時に完全分裂させる空間を選び、そこでだけ根を用いる。
$u\colon T\to X$ が $u^*E$ を完全分裂させ、
$$
u^*E=E_0\supset E_1\supset\cdots\supset E_p=0
$$
という完全旗を備えるとする。商線束 $E_{i-1}/E_i$ の第1類
$$
x_i:=c_1(E_{i-1}/E_i)\in A^1(T)
$$
を、この旗に関する $E$ のChern根と呼ぶ。本書『3-2 存在の証明』により
$$
u^*c(E)=\prod_{i=1}^p(1+x_i),
\qquad u^*c_j(E)=e_j(x_1,\ldots,x_p).
$$
根は旗とその順序に依存するが、基本対称式 $e_j(x)$ は $u^*c_j(E)$ に一致する。計算の最後に対称式へ直すことが、根を底へ降ろすための条件になる。
テンソル積では $E$ と $F$ の根を同じ環で扱う必要がある。旗の束を二段に取ればよい。
まず $u_1\colon D(E)\to X$ を取り、その上の $u_1^*F$ に対して
$$
u_2\colon T:=D(u_1^*F)\longrightarrow D(E)
$$
を取る。合成を $u=u_1u_2\colon T\to X$ とする。このとき $u^*E$ と $u^*F$ はともに完全旗をもち、
$$
u^*\colon A(X)\longrightarrow A(T)
$$
は単射である。$u^*E$ の根を $x_i$、$u^*F$ の根を $y_j$ と書く。
この構成は束を直和へ分解するのではなく、線束の逐次商を作る。以下の証明は、その逐次商を外冪とテンソル積に沿って追跡する。
根の式をChern類の式へ変換する代数的な仕組みを明示する。
$P(x_1,\ldots,x_p)$ を各 $x_i$ の置換で不変な整数係数多項式とする。このとき一意な整数係数多項式 $Q$ があり、
$$
P(x_1,\ldots,x_p)
=Q(e_1(x),\ldots,e_p(x)).
$$
従って旗の束上で $P(x)$ として表された類は、底上の
$$
Q(c_1(E),\ldots,c_p(E))
$$
の引き戻しである。二組の根 $x_i$、$y_j$ のそれぞれの置換に不変な多項式も、$c_a(E)$ と $c_b(F)$ の整数係数多項式へ一意に降りる。
対称多項式の基本定理により最初の $Q$ が存在して一意である。旗の束上では $e_i(x)=u^*c_i(E)$ だから
$$
P(x)=u^*Q(c_1(E),\ldots,c_p(E)).
$$
二組の場合は、まず $x$ について、次に $y$ について同じ定理を適用すればよい。$u^*$ は単射なので、旗の上で得た二つの底由来の類の等式は $A(X)$ の等式へ戻る。
対称多項式の基本定理の標準的な参考文献として Mac95 を挙げるが、本頁で用いるのは整数係数多項式環のこの基本形だけである。
次を用いる。
完全旗を双対にすると、商線束は元の商線束の双対になり、各根の符号が反転する。
階数 $p$ のベクトル束 $E$ に対し
$$
c_i(E^\vee)=(-1)^ic_i(E)
$$
が全ての $i$ について成り立つ。Chern根では
$$
c(E^\vee)=\prod_{i=1}^p(1-x_i)
$$
である。
段 1(旗の双対).$u^*E=E_0\supset\cdots\supset E_p=0$ を完全旗とする。$E_i^\perp:=\ker((u^*E)^\vee\to E_i^\vee)$ と置くと
$$
0=E_0^\perp\subset E_1^\perp\subset\cdots\subset E_p^\perp=(u^*E)^\vee
$$
は完全旗であり、
$$
E_i^\perp/E_{i-1}^\perp
\cong(E_{i-1}/E_i)^\vee.
$$
従って双対束の根は $-x_1,\ldots,-x_p$ である。
段 2(積公式).完全分裂した束の積公式から
$$
u^*c(E^\vee)=\prod_i(1-x_i).
$$
次数 $i$ の成分は
$$
e_i(-x_1,\ldots,-x_p)=(-1)^ie_i(x_1,\ldots,x_p)
=(-1)^iu^*c_i(E).
$$
段 3(底へ戻る).$u^*$ は単射だから
$$
c_i(E^\vee)=(-1)^ic_i(E)
$$
が $A(X)$ で成り立つ。
双対では対称式の降下は単純な符号だけになる。特に奇数次Chern類は符号を変え、偶数次Chern類は変わらない。
外冪の根は、元の根を重複なしに $m$ 個選んだ和になる。完全旗に沿う帰納で、この根の一覧を実際の逐次商として得る。
$0\leq m\leq p$ とする。$\bigwedge^mE$ の全Chern類は $c_1(E),\ldots,c_p(E)$ の整数係数普遍多項式である。旗の束上では
$$
u^*c\!\left(\bigwedge^mE\right)
=\prod_{1\leq i_1<\cdots< i_m\leq p}
\left(1+x_{i_1}+\cdots+x_{i_m}\right).
$$
従って
$$
c_1\!\left(\bigwedge^mE\right)
=\binom{p-1}{m-1}c_1(E)
$$
であり、とくに $c_1(\det E)=c_1(E)$ である。
段 1(完全旗に沿う帰納).$p=0$ または $m=0$ では $\bigwedge^0E=\mathcal O$ で、右辺は空積1である。$p\geq1$ とし、完全列
$$
0\to E_1\to E\to M_1\to0
$$
を旗の最初の段とする。外冪には完全列
$$
0\to\bigwedge^mE_1\to\bigwedge^mE
\to\bigwedge^{m-1}E_1\otimes M_1\to0
$$
がある。階数について帰納すると、左の束の根は $x_2,\ldots,x_p$ から選ぶ $m$ 個の和、右の束の根は $x_1$ と $x_2,\ldots,x_p$ から選ぶ $m-1$ 個の和である。二つの完全旗を短完全列に沿って継ぎ足すと、$\bigwedge^mE$ の根は全ての
$$
x_{i_1}+\cdots+x_{i_m}
\qquad(i_1<\cdots< i_m)
$$
となる。
段 2(積公式と降下).完全分裂した束の積公式を適用して、主張の根による積を得る。この積は $x_1,\ldots,x_p$ の置換に不変だから、対称式の降下により $c_i(E)$ の整数係数普遍多項式として底へ戻る。
段 3(第1類).積の第1次成分は
$$
\sum_{i_1<\cdots< i_m}(x_{i_1}+\cdots+x_{i_m}).
$$
各 $x_i$ は、残り $p-1$ 個から $m-1$ 個を選ぶ $\binom{p-1}{m-1}$ 回現れる。従って旗の上で
$$
c_1(\bigwedge^mE)=\binom{p-1}{m-1}\sum_ix_i.
$$
単射性で底へ戻り、$\sum_ix_i=c_1(E)$ を使えば式を得る。$m=p$ では係数は1で、$\bigwedge^pE=\det E$ だから最後の主張が従う。
外冪の階数は $\binom pm$ であり、右辺の因子の個数と一致する。原論文は外冪の次数 $m$ を明示しない箇所があるが、本頁では各 $0\leq m\leq p$ を別々に扱う。
二つの束を同時に完全分裂させると、各商線束のテンソル積が新しい根を与える。
$E$ の階数を $p$、$F$ の階数を $q$ とする。$c(E\otimes F)$ は
$$
c_1(E),\ldots,c_p(E),c_1(F),\ldots,c_q(F)
$$
の整数係数普遍多項式である。同時分裂の旗の束上では
$$
u^*c(E\otimes F)
=\prod_{i=1}^p\prod_{j=1}^q(1+x_i+y_j).
$$
特に
$$
c_1(E\otimes F)=q\,c_1(E)+p\,c_1(F),
$$
$$
\begin{aligned}
c_2(E\otimes F)={}&\binom q2c_1(E)^2+q\,c_2(E)
+\binom p2c_1(F)^2+p\,c_2(F)\\
&+(pq-1)c_1(E)c_1(F).
\end{aligned}
$$
段 1(テンソル積の完全旗).同時分裂の空間 $T$ 上で考える。$E=E_0\supset\cdots\supset E_p=0$ の列を $F$ とテンソルすると
$$
E\otimes F=E_0\otimes F\supset\cdots\supset E_p\otimes F=0
$$
を得て、その商は $(E_{i-1}/E_i)\otimes F$ である。さらに $F$ の完全旗を各商へテンソルすると、商線束は
$$
(E_{i-1}/E_i)\otimes(F_{j-1}/F_j)
$$
となり、その第1類は $x_i+y_j$ である。これらの旗を継ぎ足せば $E\otimes F$ の完全旗を得る。
段 2(積公式と降下).完全分裂した束の積公式から
$$
c(E\otimes F)=\prod_{i,j}(1+x_i+y_j)
$$
が旗の上で成り立つ。右辺は $x$ の置換と $y$ の置換のそれぞれに不変だから、対称式の降下により両束のChern類の整数係数多項式として底へ戻る。
段 3(第1類).全ての根の和は
$$
\sum_{i,j}(x_i+y_j)
=q\sum_ix_i+p\sum_jy_j.
$$
従って単射性で底へ戻れば第1類の式を得る。
段 4(第2類).根 $z_{ij}=x_i+y_j$ に対して
$$
e_2(z)=\frac12\left(\left(\sum z_{ij}\right)^2-\sum z_{ij}^2\right)
$$
を展開し、
$$
\sum_i x_i^2=c_1(E)^2-2c_2(E),
\qquad
\sum_j y_j^2=c_1(F)^2-2c_2(F)
$$
を代入する。整理すると主張の $c_2$ の式になる。これは整数係数の恒等式なので、2で割る表示は計算途中に限り、最終式は任意の係数環で有効である。
テンソル積の公式には階数 $p,q$ が本質的に現れる。線束どうしでは $p=q=1$ となり、第1類は和、第2類は0で、線束のテンソル積の規則へ戻る。
$M$ を線束、$\mu=c_1(M)$ とする。階数 $p$ の $E$ に対して
$$
c(E\otimes M)
=\prod_{i=1}^p(1+x_i+\mu)
=\sum_{j=0}^pc_j(E)(1+\mu)^{p-j}.
$$
特に
$$
c_1(E\otimes M)=c_1(E)+p\mu.
$$
テンソル積のChern根の式で $F=M$、$q=1$、$y_1=\mu$ とする。多項式恒等式
$$
\prod_i((1+\mu)+x_i)
=\sum_je_j(x)(1+\mu)^{p-j}
$$
と $e_j(x)=c_j(E)$ を使えばよい。
この系は射影束の規約を変えるときの符号確認や、射影空間上の束の計算に頻繁に使う。
根が底上で実在する最も簡単な場合から公式を確認する。
$E=L\oplus M$、$x=c_1(L)$、$y=c_1(M)$ とする。このとき
$$
c(E)=(1+x)(1+y),
$$
$$
c_1(E)=x+y,
\qquad c_2(E)=xy.
$$
双対では
$$
c(E^\vee)=(1-x)(1-y),
$$
外冪では $\bigwedge^2E=L\otimes M$ だから
$$
c_1(\det E)=x+y=c_1(E).
$$
この例は、双対で各根の符号が変わり、最高外冪では全ての根の和が一つの根になることを直接示す。
Euler完全列と乗法性を使うと、接束のChern類が一行で計算できる。
Chow環モデル $A(X)=CH^*(X)$ で $X=\mathbb P_k^n$、$h=c_1(\mathcal O_X(1))$ とする。射影空間のChow環は
$$
CH^*(\mathbb P_k^n)\cong\mathbb Z[h]/(h^{n+1})
$$
である Ful98。Euler完全列
$$
0\longrightarrow\mathcal O_X
\longrightarrow\mathcal O_X(1)^{\oplus(n+1)}
\longrightarrow T_X
\longrightarrow0
$$
を Har77 から引用する。乗法性と $c(\mathcal O_X)=1$ により
$$
c(T_X)=(1+h)^{n+1}.
$$
$T_X$ の階数は $n$ で、Chow環の関係 $h^{n+1}=0$ を用いると
$$
c_i(T_X)=\binom{n+1}{i}h^i
\qquad(0\leq i\leq n).
$$
特に $c_n(T_X)=(n+1)h^n$ である。
この例では接束を線束の直和とみなしていない。Euler完全列とWhitney乗法性だけを使っている。
引き続きChow環モデルで、$E=\mathcal O_{\mathbb P^n}(a)\oplus\mathcal O_{\mathbb P^n}(b)$ とする。$c_1(\mathcal O(d))=d h$ なので
$$
c(E)=(1+ah)(1+bh)
=1+(a+b)h+ab\,h^2.
$$
従って
$$
c_1(E)=(a+b)h,
\qquad c_2(E)=ab\,h^2.
$$
$n=1$ では $CH^2(\mathbb P^1)=0$、従って $h^2=0$ なので第2類は消える。$n\geq2$ では $h^2$ はChow環で非零であり、二つの線束の積を検出する。
同じ整数 $a,b$ でも、底の次元によって高次成分が消える範囲が変わる。公式自体は普遍的で、環 $A(X)$ の次数による消滅が個別の計算を簡約する。
双対とテンソル積では、よくある誤った単純化を低階数の例で退けられる。
Chow環モデルで $X=\mathbb P^1$、$L=\mathcal O(1)$、$h=c_1(L)$ とする。$CH^1(\mathbb P^1)\cong\mathbb Z h$ なので $h\ne0$ である。双対は $L^\vee=\mathcal O(-1)$ だから
$$
c_1(L^\vee)=-h.
$$
従って「双対を取っても第1 Chern類は変わらない」という主張は偽である。破れているのは双対がPicard群で逆元を取ることを無視した点であり、正しい式は $c_i(E^\vee)=(-1)^ic_i(E)$ である。
偶数次だけを見れば符号が消えるため、双対公式を全次数で記すことが重要である。
Chow環モデルで $X=\mathbb P^1$、$E=\mathcal O_X^{\oplus2}$、$M=\mathcal O_X(1)$ とする。$h=c_1(M)\ne0$ であり、
$$
E\otimes M\cong M^{\oplus2}
$$
なので
$$
c_1(E\otimes M)=2h.
$$
一方、階数を無視した誤公式 $c_1(E\otimes M)=c_1(E)+c_1(M)$ は $h$ を与える。破れているのは $M$ の根が $E$ の各根へ一回ずつ加わることを数えていない点であり、正しい式は
$$
c_1(E\otimes M)=c_1(E)+\operatorname{rank}(E)c_1(M)
$$
である。
テンソル積の普遍式はChern類だけでなく階数にも依存する。第4章で完備Chern類に階数を組み込む理由の一つがここにある。
ここからは1958年の原論文自身の証明ではなく、後代の整理である。
外冪の全てをまとめる形式級数
$$
\lambda_t(E)=\sum_{m\geq0}[\bigwedge^mE]t^m
$$
は、Grothendieck群にλ構造を与える。根の上では $\lambda_t(E)=\prod_i(1+[L_i]t)$ となり、本頁の外冪公式はそのChern類側の影である。本書『4-1 λ 環と完備 Chern 類』では、これを普遍多項式として公理化する。
Chern指標は、根に対して
$$
\operatorname{ch}(E)=\sum_i e^{x_i}
$$
と置くことで、直和を和へ、テンソル積を積へ送る。この指数関数には分母が現れるため有理係数が自然であり、整数係数の全Chern類とは情報の扱いが異なる。原論文 §4の式 (16) を後代のChern指標で説明するときにも、この係数の違いを明示する必要がある。
Adams演算は根の冪和 $\sum_i x_i^k$ と結びつき、Newton恒等式を介してChern類と関係する。これらは原論文 §3の系の直接の内容ではなく、λ環の後代的な整理である。
本頁の三公式は、根の置換に不変な式だけが底へ降りるという同じ原理に従う。個々の根を大域的な線束の第1類として扱うのではなく、対称関数環の計算装置として使うことが、分裂原理の安全な運用である。
本頁が対応する原論文は Gro58 である。
| 本頁 | 原論文 | 印字頁 |
|---|---|---|
| 双対束のChern類 | §3 系、式 (7) | p.147 |
| 外冪のChern類 | §3 系の外冪に関する記述 | p.147 |
| テンソル積のChern類 | §3 系のテンソル積に関する記述 | p.147 |
| Chern根と対称式の降下 | 原論文がHirzebruchへ委ねた計算の本書での補足 | p.147 |
原論文は双対の符号公式を明記する一方、外冪とテンソル積については普遍多項式の存在を述べ、計算をHirzebruchへ委ねる。本頁では、外冪とテンソル積に完全旗を移す段、根の一覧、対称多項式としての降下、引き戻しの単射性を補い、低次の明示式まで導いた。
従って、ここで得た公式は特定の分裂表示に依存せず、元の景上のChern類の等式として確定している。
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