1-1 双対規約のベクトル束とその存在

$$\newcommand{C}[0]{\mathbb{C}} \newcommand{N}[0]{\mathbb{N}} \newcommand{Q}[0]{\mathbb{Q}} \newcommand{R}[0]{\mathbb{R}} \newcommand{Z}[0]{\mathbb{Z}} $$

加群 $\mathcal E$ に、各解析空間 $T$ の上で $\mathcal E$ の引き戻しから構造層への射の集合を対応させる関手を定め、$\mathcal E$ が有限表示ならこの関手が表現可能であることを示す。表す空間が $\mathcal E$ の定めるベクトル束である。証明は局所的な問題に落とし、表示から来る完全列によって、自明な束の中の零点の部分空間として作る。原論文の前置きが予告する代数幾何からの移し替えは、証明が無いので未完結として記録する。
前提知識: ベクトル束, 表現可能関手, 有限表示加群, 逆像層, 解析空間, 閉部分空間

この頁で示すこと

$S$ を解析空間とし、$(\mathrm{An})_{/S}$ を $S$ 上の解析空間と $S$ 射の圏とする。解析空間は連作第 II 回 Gro61ii の定義による(本書『0-3 解析空間と数空間』の定義「解析空間の定義」)。$\mathcal E$ を $\mathcal O_S$ 加群とし、$S$ 上の空間 $T$ について $\mathcal E_{(T)}$ を構造射 $p_T\colon T\to S$ による逆像とする。記号は本書『0-6 記号と約束』のとおりである。
本頁の主結果は次の四つである。

  1. ベクトル束の関手の二重関手性(原論文 §1 冒頭の定義に添えた主張、印字 12-02):$F_{\mathcal E}(T)=\mathrm{Hom}_{\mathcal O_T}(\mathcal E_{(T)},\mathcal O_T)$ は、$S$ 上の解析空間 $T$ についても加群 $\mathcal E$ についても反変な関手で、二つの変数について両立する。[完結]
  2. 有限表示から来る完全列(原論文 命題 1.1 の証明の式 (*)、印字 12-03):表示 $\mathcal O_S^m\to\mathcal O_S^n\to\mathcal E\to0$ から、列 $0\to\mathrm{Hom}(\mathcal E_{(T)},\mathcal O_T)\to\mathrm{Hom}(\mathcal O_T^n,\mathcal O_T)\to\mathrm{Hom}(\mathcal O_T^m,\mathcal O_T)$ が得られ、これは完全で $T$ について自然である。[完結]
  3. ベクトル束の存在(原論文 命題 1.1、印字 12-02〜12-03):$\mathcal E$ が有限表示なら、$F_{\mathcal E}$ は $(\mathrm{An})_{/S}$ 上で表現可能である。[条件付き:本書『0-5 閉部分空間と零点と積』の補題「底と数空間の積」(本書『0-3 解析空間と数空間』の定理「数空間への射と大域関数」、すなわち連作第 III 回の定理 1.1・系 1.2 に依る)と補題「零点の部分空間」、本書『0-4 表現可能性の判定法』の定理「底の開被覆による表現可能性の判定」を引用し、主結果 2 による。足した仮定:解析空間は分離的とは限らない、空の和と空の被覆を含める]
  4. 相対スキームの解析化による移し替え(原論文 前置き、印字 12-01):原論文は、解析空間 $S$ 上の有限型の相対スキームに $S$ 上の解析空間が対応し、ベクトル束・旗束などの構成とその形式的性質が代数幾何から移せ、複素数体の上では射影的な場合に Hilbert スキーム・Picard スキームのような構成にも及ぶ、と述べる。[未完結:原論文は講演時に準備中の文献と GAGA に送り、本講演にも本書にも証明が無い。本講演の本文はこの経路を使わない]
    主結果 1・2 は、本書『0-2 環付き空間の上の加群』で証明した加群の事実(本書の札では完結の入力)と定義だけで閉じる。主結果 3 は、自明な束 $S\times E^n$ の存在を連作第 III 回の定理に、局所的な問題への帰着を第 9 巻『表現可能関手の一般形式』の判定法に依るので[条件付き]で、第 1 章から第 4 章のほとんどの主結果はこの主結果を通して連作第 III 回の定理に依る。

背景と動機

原論文は連作「Techniques de construction en géométrie analytique」の第 V 回で、第 IV 回(本書が引く第 9 巻『表現可能関手の一般形式』の原典)が与えた表現可能性の判定法を、初めて本格的に使う講演である。求める空間を直接作らず、その空間への射がなす関手を書き下し、関手が表現可能であることを判定法で示す。第 9 巻の頁『4-2 局所的な関手の表現可能性』の「その後の発展」は、この回がベクトル束と Grassmann 束の表現可能性をその形で示すと予告していた。本頁はその最初の例である。
講演は前置きから始まる(印字 12-01〜12-02)。ベクトル束や旗束の話は、本来は一般の環付き空間の上の「相対スキーム」の言葉で述べ、代数幾何の構成を解析化の関手で移すことで得られるはずだ、と原論文は言う。しかしその言葉を代数幾何の基礎の本 EGA1 で初めから展開しなかったので、本講演では解析空間の圏の中だけで、原論文の言い方では「en vase clos」で作業する、と断る。続けて、解析空間についても位相環付き空間の上の相対理論を初めから展開すべきで、そうすれば解析的・可微分・連続な族の定式化が得られ、Grauert と Grauert–Remmert の有限性定理も相対的な状況に拡げて初めて明らかになる、と基礎についての見通しを述べる。有限性定理は同じ連作の第 VIII 回 Car61b が報告する(本書はその本文を開いていない)。この段は方針と評価で、証明すべき主張の形になっていないので、本書は判定しない。前置きのうち事実として述べる部分は主結果 4 として記録する。
本論の §1 は、加群 $\mathcal E$ に対して関手 $F_{\mathcal E}$ を置く。$T$ 点が「$\mathcal E$ の引き戻しの上の一次形式」であるような空間を求めることになり、その空間の点 $s$ の上のファイバーは既約ファイバー $\mathcal E(s)$ の双対空間になる(本書『1-4 ベクトル束の底変換とファイバー』)。切断の層が $\mathcal E$ になる従来の規約の双対なので、本書はこれを双対規約と呼ぶ。原論文がこの規約を選ぶ理由は、任意の有限表示の加群に空間が対応するからで、従来の規約との比較は本書『1-2 切断の関手と二つの規約』で扱う。

定義と準備

関手 $F_{\mathcal E}$ と、それを表す空間の名前を置く。関手の値は引き戻しで定まるので、逆像の標準同型の両立が関手性の要になる。

引用する事実

次の事実を本書の第 0 章から引用する。出典は連作第 III 回 Gro61iii と第 9 巻(原論文が引く第 IV 回 Gro61iv)である。本書『0-2 環付き空間の上の加群』の定理「逆像と加群の演算」「外積と双対の標準同型」と補題「茎による計算」は同じ頁で証明したもので、本書の札では完結の入力に数える。表現可能な前層の間の射を表す空間の射とみることは、本書『0-4 表現可能性の判定法』の注意「米田の約束」に従って断らずに行う。

  1. 数空間への射と大域関数(本書『0-3 解析空間と数空間』の定理。連作第 III 回の定理 1.1・系 1.2):解析空間 $X$ から数空間 $E^p$ への射は、座標関数の引き戻しの組 $\Gamma(X,\mathcal O_X)^p$ と一対一に対応し、この対応は $X$ について自然である。
  2. 底と数空間の積(本書『0-5 閉部分空間と零点と積』の補題。上の 1 に依る):前層 $T\mapsto\mathrm{Hom}_{\mathcal O_T}(\mathcal O_T^p,\mathcal O_T)$($\Gamma(T,\mathcal O_T)^p$ と自然に同型)は $S$ 上の解析空間 $S\times E^p$ で表され、$S\times E^p$ は解析空間の圏での $S$ と $E^p$ の積である。$p=0$ なら $S\times E^0=S$ である。
  3. 零点の部分空間(本書『0-5 閉部分空間と零点と積』の補題):解析空間 $X$ の上の有限型の加群 $\mathcal K$ から有限階数の局所自由な加群 $\mathcal L$ への射 $c$ について、$g^*c=0$ となる射 $g\colon T\to X$ のなす $h_X$ の部分前層は、閉部分空間 $Z(\mathcal J_c)$ で表される($(\mathrm{An})_{/S}$ でも同じ)。$\mathcal K=\mathcal O_X^m$、$\mathcal L=\mathcal O_X$ なら、$c$ は $m$ 個の関数で、$Z(\mathcal J_c)$ はその共通の零点の部分空間である。
  4. 局所的な関手と底の開被覆による表現可能性の判定(本書『0-4 表現可能性の判定法』の定義と定理。第 9 巻の頁『4-2 局所的な関手の表現可能性』の定義と主結果):$(\mathrm{An})_{/S}$ 上の前層 $G$ が局所的とは、各 $S$ 上の空間 $T$ の開集合の上で、空の被覆を含めて層になることをいう。$S$ の開被覆 $(S_\lambda)$ について、$G$ が表現可能であることは、$G$ が局所的で、各 $S_\lambda$ の上の空間の圏への制限 $G_{/S_\lambda}$ が表現可能であることと同値である。
ベクトル束の関手

$\mathcal E$ を $\mathcal O_S$ 加群とする。
(1) $S$ 上の解析空間 $T$ について $F_{\mathcal E}(T)=\mathrm{Hom}_{\mathcal O_T}(\mathcal E_{(T)},\mathcal O_T)$ とおく。
(2) $S$ 射 $f\colon T'\to T$ について、$F_{\mathcal E}(f)\colon F_{\mathcal E}(T)\to F_{\mathcal E}(T')$ を、$y$ に合成
$$\mathcal E_{(T')}\cong f^*\mathcal E_{(T)}\xrightarrow{f^*y}f^*\mathcal O_T\cong\mathcal O_{T'}$$
を対応させる写像とする。二つの同型は逆像の標準同型($p_{T'}=p_T\circ f$ による $(p_Tf)^*\mathcal E\cong f^*p_T^*\mathcal E$ と $f^*\mathcal O_T\cong\mathcal O_{T'}$)である。$F_{\mathcal E}(f)(y)$ を $y$ の引き戻しと呼び、$f^*y$ とも書く。
(3) 加群の射 $u\colon\mathcal E\to\mathcal E'$ について $u_{(T)}=p_T^*u\colon\mathcal E_{(T)}\to\mathcal E'_{(T)}$ とし、$F_u(T)\colon F_{\mathcal E'}(T)\to F_{\mathcal E}(T)$ を $y'\mapsto y'\circ u_{(T)}$ で定める。
$F_{\mathcal E}$ をベクトル束の関手と呼ぶ。

  1. の同型は本書『0-2 環付き空間の上の加群』の定理「逆像と加群の演算」の (1) で与えたもので、原論文は「標準同型」とだけ書く(印字 12-02)。関手 $F_{\mathcal E}$ が表現可能なとき、表す空間に名前を付ける。
ベクトル束

$F_{\mathcal E}$ が $(\mathrm{An})_{/S}$ 上で表現可能なとき、それを表す $S$ 上の解析空間を $\mathcal E$ の定めるベクトル束と呼び、$V(\mathcal E)$ と書く。普遍元 $\xi_{\mathcal E}\in F_{\mathcal E}(V(\mathcal E))$ は、$\mathcal E_{(V(\mathcal E))}$ から $\mathcal O_{V(\mathcal E)}$ への射である。$S$ 射 $g\colon T\to V(\mathcal E)$ に $g^*\xi_{\mathcal E}\in F_{\mathcal E}(T)$ を対応させる写像が全単射で、$V(\mathcal E)$ の $T$ 点は $\mathcal E_{(T)}$ の上の一次形式と一対一に対応する。$V(\mathcal E)$ は普遍元を保つただ一つの同型を除いて一つに決まる(本書『0-4 表現可能性の判定法』の定理「普遍問題の解の一意性」)。

原論文の定義 1.2(印字 12-03)である。原論文は存在を命題 1.1 で示してから名前を付けるが、本書は名前を先に置き、存在は下の主結果「ベクトル束の存在」で示す。自由な加群 $\mathcal O_S^p$ については、引用する事実の 2 により $V(\mathcal O_S^p)=S\times E^p$ である。

主結果と証明

まず関手 $F_{\mathcal E}$ が二つの変数について関手になることと、表示から完全列が得られることを示す。どちらも逆像の性質だけで閉じる。そのうえで、完全列を空間の言葉に移して存在を示す。

関手としての性質

ベクトル束の関手の二重関手性
  1. $S$ 射 $T''\xrightarrow{f'}T'\xrightarrow{f}T$ について $F_{\mathcal E}(f\circ f')=F_{\mathcal E}(f')\circ F_{\mathcal E}(f)$、$F_{\mathcal E}(\mathrm{id}_T)=\mathrm{id}$ である。すなわち $F_{\mathcal E}$ は $(\mathrm{An})_{/S}$ 上の前層である。
  2. 加群の射 $\mathcal E\xrightarrow{u}\mathcal E'\xrightarrow{v}\mathcal E''$ について $F_{v\circ u}(T)=F_u(T)\circ F_v(T)$、$F_{\mathrm{id}}(T)=\mathrm{id}$ である。
  3. $S$ 射 $f\colon T'\to T$ と加群の射 $u\colon\mathcal E\to\mathcal E'$ について $F_{\mathcal E}(f)\circ F_u(T)=F_u(T')\circ F_{\mathcal E'}(f)$ である。すなわち $F_u$ は前層の射 $F_{\mathcal E'}\to F_{\mathcal E}$ で、$(T,\mathcal E)\mapsto F_{\mathcal E}(T)$ は $(\mathrm{An})_{/S}$ の反対圏と $\mathcal O_S$ 加群の圏の反対圏の積から集合の圏への関手である。
  4. $F_{\mathcal E}(T)$ は $\Gamma(T,\mathcal O_T)$ 加群で、とくに $k$ ベクトル空間であり、(1)〜(3) の写像はすべて $k$ 線形である。

段 1((1)).$F_{\mathcal E}(\mathrm{id}_T)$ は $\mathrm{id}^*$ の標準同型を挟むだけなので恒等写像である。$f\circ f'$ については、$F_{\mathcal E}(f\circ f')(y)$ は $(ff')^*y$ を標準同型 $\mathcal E_{(T'')}\cong(ff')^*\mathcal E_{(T)}$、$(ff')^*\mathcal O_T\cong\mathcal O_{T''}$ で挟んだもの、$F_{\mathcal E}(f')(F_{\mathcal E}(f)(y))$ は $f'^*f^*y$ を $\mathcal E_{(T'')}\cong f'^*\mathcal E_{(T')}\cong f'^*f^*\mathcal E_{(T)}$ と $f'^*f^*\mathcal O_T\cong f'^*\mathcal O_{T'}\cong\mathcal O_{T''}$ で挟んだものである。本書『0-2 環付き空間の上の加群』の定理「逆像と加群の演算」の (1) により、合成の標準同型 $(ff')^*\cong f'^*f^*$ は加群について自然なので $(ff')^*y$ を $f'^*f^*y$ に移し、同じ定理の (2) により、標準同型を組み合わせて同じ二つの加群の間に作った同型は一致する。ゆえに二つは等しい。
段 2((2)).$p_T^*$ は関手なので $(v\circ u)_{(T)}=v_{(T)}\circ u_{(T)}$、$\mathrm{id}_{(T)}=\mathrm{id}$ で、$y''\circ v_{(T)}\circ u_{(T)}$ を読めばよい。
段 3((3)).$y'\in F_{\mathcal E'}(T)$ について、左辺は $f^*(y'\circ u_{(T)})=f^*y'\circ f^*u_{(T)}$ を標準同型で挟んだもの、右辺は $f^*y'$ を挟んだものと $u_{(T')}$ の合成である。合成の標準同型 $(p_Tf)^*\cong f^*p_T^*$ が加群について自然であることから、標準同型 $\mathcal E_{(T')}\cong f^*\mathcal E_{(T)}$、$\mathcal E'_{(T')}\cong f^*\mathcal E'_{(T)}$ の下で $u_{(T')}$ は $f^*u_{(T)}$ に対応する。ゆえに両辺は等しい。
段 4((4)).射の集合 $\mathrm{Hom}_{\mathcal O_T}(\mathcal E_{(T)},\mathcal O_T)$ は、値の側の $\Gamma(T,\mathcal O_T)$ 倍で加群になる。$F_u(T)$ は右からの合成なので線形である。$f^*$ は加群の射の和と $\Gamma(T,\mathcal O_T)$ 倍を、和と $f^\sharp$ で引き戻した関数の倍に移す:本書『0-2 環付き空間の上の加群』の定理「逆像と加群の演算」の (2) により、$f^*\mathcal A$ からの二つの射は $1\otimes a$ の形の元の上で一致すれば等しいので、$f^*(u+v)$ と $f^*u+f^*v$ はどちらも $1\otimes a$ を $1\otimes u(a)+1\otimes v(a)$ に送ることから等しく、$a$ 倍の射の逆像は $1\otimes b$ を $1\otimes ab$ に送り、標準同型 $f^*\mathcal O_T\cong\mathcal O_{T'}$($1\otimes b\mapsto f^\sharp(b)$)の下で $f^\sharp(a)$ 倍に当たる。したがって、$F_{\mathcal E}(f)$ は $f^\sharp$ に沿って半線形で、$f^\sharp$ は $k$ 代数の射なので $k$ 線形である。

原論文は「$f^*$ は $\mathcal O_T$ を $\mathcal O_{T'}$ に移す関手なので」と理由を一句で済ませる(印字 12-02)。上の段 1・段 3 が、その一句が暗に使う標準同型の両立である。(4) の $k$ ベクトル空間の構造は、本書『1-3 ベクトル束の群構造と閉はめ込み』でベクトル束の上の線形構造になる。
次に、有限表示の加群について $F_{\mathcal E}$ を具体的に書く。$\mathcal O_S^p$ の標準基底を $f_1,\dots,f_p$ と書き、$\mathrm{Hom}(\mathcal O_T^p,\mathcal O_T)$ の元 $x$ を基底の像の組 $(x(f_1),\dots,x(f_p))\in\Gamma(T,\mathcal O_T)^p$ と同一視する(本書『0-2 環付き空間の上の加群』の定理「外積と双対の標準同型」の (5))。逆像の標準同型 $(\mathcal O_S^p)_{(T)}\cong\mathcal O_T^p$ は基底を基底に送るので、この同一視の下で $f^*x$ は関数の組を $f^\sharp$ で引き戻したものである。

有限表示から来る完全列

$\mathcal O_S$ 加群の完全列 $\mathcal O_S^m\xrightarrow{a}\mathcal O_S^n\xrightarrow{b}\mathcal E\to0$ があるとし、$a(f'_l)=\sum_{i=1}^na_{il}f_i$($f'_1,\dots,f'_m$ は $\mathcal O_S^m$ の標準基底、$a_{il}\in\Gamma(S,\mathcal O_S)$)と書く。$S$ 上の解析空間 $T$ について、
$$0\to F_{\mathcal E}(T)\xrightarrow{\ \beta_T\ }\mathrm{Hom}(\mathcal O_T^n,\mathcal O_T)\xrightarrow{\ \alpha_T\ }\mathrm{Hom}(\mathcal O_T^m,\mathcal O_T),\qquad\beta_T(y)=y\circ b_{(T)},\quad\alpha_T(x)=x\circ a_{(T)}$$
は完全で、$\beta_T$、$\alpha_T$ は $T$ について自然である。上の同一視の下で
$$\alpha_T(x_1,\dots,x_n)=\Bigl(\sum_{i=1}^np_T^\sharp(a_{il})\,x_i\Bigr)_{1\le l\le m}$$
である。

段 1(引き戻した列).本書『0-2 環付き空間の上の加群』の定理「逆像と加群の演算」の (3) により $p_T^*$ は右完全なので、$\mathcal O_T^m\xrightarrow{a_{(T)}}\mathcal O_T^n\xrightarrow{b_{(T)}}\mathcal E_{(T)}\to0$ は完全である(同じ定理の (1) の $p_T^*\mathcal O_S^p\cong\mathcal O_T^p$ で源と中央を書き直した)。
段 2(完全性).同じ定理の (3) の最後の主張($\mathrm{Hom}(-,\mathcal M)$ は右完全列を左完全列に移す)を $\mathcal M=\mathcal O_T$ に当てれば、列は完全である。
段 3(自然性).上の定理(ベクトル束の関手の二重関手性)の (3) を $u=a$、$u=b$ に当てると、$\beta_T$、$\alpha_T$ は前層の射 $F_{\mathcal E}\to F_{\mathcal O_S^n}$、$F_{\mathcal O_S^n}\to F_{\mathcal O_S^m}$ の成分である。
段 4(行列の形).$a_{(T)}(f'_l)=\sum_ip_T^\sharp(a_{il})f_i$ なので、$x(f_i)=x_i$ なら $(x\circ a_{(T)})(f'_l)=\sum_ip_T^\sharp(a_{il})x_i$ である。

主張は左側の完全性だけで、$\alpha_T$ が全射であることは言っていない。この完全列で、$F_{\mathcal E}(T)$ は $n$ 個の関数の組のうち $m$ 個の一次式 $\sum_ip_T^\sharp(a_{il})x_i$ を消すものの全体として書けた。次の段では、これを空間の側で、自明な束 $S\times E^n$ の中の $m$ 個の関数の共通の零点として読む。

ベクトル束の存在

ベクトル束の存在

$\mathcal E$ が有限表示の $\mathcal O_S$ 加群なら、$F_{\mathcal E}$ は $(\mathrm{An})_{/S}$ 上で表現可能である。すなわちベクトル束 $V(\mathcal E)$ が存在する。さらに $\mathcal E$ が $S$ 全体で表示 $\mathcal O_S^m\xrightarrow{a}\mathcal O_S^n\to\mathcal E\to0$ をもつなら、$S\times E^n$ の第 2 成分の座標関数を $y_1,\dots,y_n$ として、$V(\mathcal E)$ は $m$ 個の関数 $c_l=\sum_{i=1}^na_{il}\,y_i$($a_{il}$ は構造射で $S\times E^n$ に引き戻す)の共通の零点の部分空間として $S\times E^n$ の閉部分空間に実現される。

段 1(関手の局所性).$S$ 上の空間 $T$ とその開集合 $U$ について、$U$ を包含と構造射の合成で $S$ 上の空間とみる。逆像の合成の標準同型と、開集合の包含による逆像は制限であること(本書『0-2 環付き空間の上の加群』の補題「茎による計算」の (3))により $\mathcal E_{(U)}=\mathcal E_{(T)}|_U$ で、$F_{\mathcal E}$ の包含に沿う写像は射の制限である(上の定理(ベクトル束の関手の二重関手性)の段 1 と同じく標準同型の両立による)。したがって $U\mapsto F_{\mathcal E}(U)$ は $T$ の上の層 $\mathcal Hom(\mathcal E_{(T)},\mathcal O_T)$ の切断の前層で、同じ補題の (2) により層である。空集合の上では加群はすべて $0$ で、$F_{\mathcal E}(\emptyset)$ は一点なので、空の被覆についても条件が成り立つ。ゆえに $F_{\mathcal E}$ は局所的である(引用する事実の 4)。
段 2(表示をもつ開集合への帰着).$\mathcal E$ は有限表示なので、$S$ は開集合 $S_\lambda$ で覆われ、各 $S_\lambda$ の上に表示 $\mathcal O_{S_\lambda}^m\to\mathcal O_{S_\lambda}^n\to\mathcal E|_{S_\lambda}\to0$ がある($m$、$n$ は $\lambda$ による)。$S_\lambda$ 上の空間 $T$ について、$\mathcal E_{(T)}$ は $\mathcal E|_{S_\lambda}$ の $T\to S_\lambda$ による逆像と標準的に同型なので、$F_{\mathcal E}$ の $(\mathrm{An})_{/S_\lambda}$ への制限は $F_{\mathcal E|_{S_\lambda}}$ と自然に同型である。段 1 と引用する事実の 4(底の開被覆による表現可能性の判定)により、各 $F_{\mathcal E|_{S_\lambda}}$ が $(\mathrm{An})_{/S_\lambda}$ 上で表現可能であることを示せばよい。以下、$S_\lambda$ を改めて $S$ と書き、$\mathcal E$ は $S$ 全体で表示 $\mathcal O_S^m\xrightarrow{a}\mathcal O_S^n\xrightarrow{b}\mathcal E\to0$ をもつとする。これは主張の後半の場合でもある。
段 3(自明な束).引用する事実の 2 により、$X=S\times E^n$ は前層 $T\mapsto\mathrm{Hom}(\mathcal O_T^n,\mathcal O_T)$ を表す。その普遍元を $x_u\colon\mathcal O_X^n\to\mathcal O_X$ とすると、上の同一視の下で $x_u$ は第 2 成分の座標関数の組 $(y_1,\dots,y_n)$ で、$S$ 射 $g\colon T\to X$ には $g^*x_u=(g^\sharp y_1,\dots,g^\sharp y_n)$ が対応する。
段 4(零点の部分空間).$X$ の上の射 $c=x_u\circ a_{(X)}\colon\mathcal O_X^m\to\mathcal O_X$ を考える。上の定理(有限表示から来る完全列)の行列の形により、$c$ は関数の組 $(c_1,\dots,c_m)$、$c_l=\sum_ip_X^\sharp(a_{il})y_i$ である。$S$ 射 $g\colon T\to X$ について、$g^*c=g^*x_u\circ g^*a_{(X)}$ で、逆像の合成の標準同型 $g^*p_X^*\cong p_T^*$ の下で $g^*a_{(X)}$ は $a_{(T)}$ に対応する(本書『0-2 環付き空間の上の加群』の定理「逆像と加群の演算」の (1)(2))。ゆえに $g^*c=\alpha_T(g^*x_u)$ である。引用する事実の 3 により、$h_X$ の部分前層 $\{g:g^*c=0\}=\{g:\alpha_T(g^*x_u)=0\}$ は閉部分空間 $Z=Z(\mathcal J_c)$($c_1,\dots,c_m$ の共通の零点の部分空間)で表される。
段 5(結論).段 3 の全単射 $h_X(T)\cong\mathrm{Hom}(\mathcal O_T^n,\mathcal O_T)$ は、段 4 の部分前層を $\mathrm{Ker}\,\alpha_T$ に移す。上の定理(有限表示から来る完全列)により $\beta_T$ は $F_{\mathcal E}(T)$ から $\mathrm{Ker}\,\alpha_T$ への $T$ について自然な全単射である。ゆえに $F_{\mathcal E}\cong h_Z$ で、$Z$ が $F_{\mathcal E}$ を表す。普遍元は、包含 $i\colon Z\to X$ について $\beta_Z(\xi)=i^*x_u$ となるただ一つの $\xi\in F_{\mathcal E}(Z)$ である。
段 6(境界の場合).$\mathcal E=0$ は $n=m=0$ の表示をもち、$X=S\times E^0=S$、$Z=S$ で、$V(0)=S$ である。$m=0$ なら $Z=X$ で、$V(\mathcal O_S^n)=S\times E^n$ である。$S=\emptyset$ なら $(\mathrm{An})_{/\emptyset}$ の対象は $\emptyset$ だけで、$V(\mathcal E)=\emptyset$ である。

表示の選び方は表す空間に残らない。別の表示から作った閉部分空間も同じ関手を表すので、普遍元を保つ同型でただ一通りに結ばれる(本書『0-4 表現可能性の判定法』の定理「普遍問題の解の一意性」)。ベクトル束は、底の各所で自明な束の中の一次方程式の零点として作られ、判定法でそれらが貼り合わされた。証明の中で連作の定理が入るのは段 3 だけで、底と数空間の積を通して第 III 回の定理 1.1・系 1.2 に依る。次の注意で、原論文の証明の道との違いを述べる。

原論文の段と積の存在

原論文の証明(印字 12-02〜12-03)は次の順に進む。(i) 関手は局所的なので、第 IV 回の 5.4・5.7(本書『0-4 表現可能性の判定法』の定義「局所的な関手」と定理「底の開被覆による表現可能性の判定」)により表示をもつ場合に帰着する。(ii) 逆像の右完全性から完全列 (*)(上の定理(有限表示から来る完全列))を得る。(iii) $\mathrm{Hom}(\mathcal O_T^p,\mathcal O_T)\cong\Gamma(T,\mathcal O_T)^p$ は、解析空間の圏の上では数空間 $E^p$ で表される。原論文はこの事実に出典を書かないが、連作第 III 回の定理 1.1・系 1.2 に当たる。(iv) 第 IV 回の 3.1(本書『0-4 表現可能性の判定法』の定理「スライス圏への制限の表現可能性」)により、$S$ 上の空間の圏の上では $E^p\times S$ が表す、とする。(v) 一般の場合は、$\alpha$ を表す射 $S\times E^n\to S\times E^m$ による零切断の逆像が $F_{\mathcal E}$ を表す、とする。
原論文の段 (iv) は確かめを省いている。引いた定理は「制限が表現可能であることは積 $E^p\times S$ が存在することと同値」と言うので、結論を得るには積の存在が要る。原論文はそれに触れない。積の存在は解析空間のファイバー積の一般の存在(連作第 III 回の定理 2.1、本書『0-3 解析空間と数空間』の定理「解析空間のファイバー積の存在」)からも出るが、本書はそれを使わず、本書『0-5 閉部分空間と零点と積』の補題「底と数空間の積」で、底の模型ごとに数空間の閉部分空間として積を作り、判定法で貼り合わせた。
段 (v) は本書の段 4 と同じ空間を与える。$S\times E^m$ の第 2 成分の座標を $y'_1,\dots,y'_m$ とすると、零切断 $S\to S\times E^m$ は閉部分空間 $Z(y'_1,\dots,y'_m)$ への同型で、$\alpha$ を表す射 $\varphi\colon S\times E^n\to S\times E^m$ は $y'_l$ を $c_l$ に引き戻す(上の定理(有限表示から来る完全列)の行列の形)。本書『0-5 閉部分空間と零点と積』の補題「閉部分空間の普遍性と閉はめ込みの計算」の (b) により、零切断の $\varphi$ による逆像は $Z(c_1,\dots,c_m)$ である。

この段の不備は、確かめを省いた段で、推論そのものが誤っているのではない。札に書いた足した仮定がどこで効くかも確かめておく。

足した仮定の効き方と分離的な読み
  1. 主結果「ベクトル束の存在」の証明は、段 2 と、引用した補題「底と数空間の積」の証明の中で、第 9 巻の判定(本書『0-4 表現可能性の判定法』の定理「底の開被覆による表現可能性の判定」)を引く。第 9 巻はこの判定を、解析空間に分離性を課さない読みと、層の条件に空の被覆を含める約束の下で証明した。そのため札に「足した仮定:解析空間は分離的とは限らない、空の和と空の被覆を含める」と書く(本書『0-4 表現可能性の判定法』の注意「本書に効く第 9 巻の足した仮定」)。
  2. 仮定が結論に効かない場合がある。$S$ が一つの模型(ある $k^N$ の開集合の上の有限型のイデアルの閉部分空間)に同型で、$\mathcal E$ が $S$ 全体で表示をもつとき(たとえば $S=e$ のとき)は、段 2 の被覆を $S$ 自身だけにとれ、補題「底と数空間の積」も判定法を要しない(本書『0-5 閉部分空間と零点と積』の注意「底と数空間の積の札と分離性」の (2))。$S=\emptyset$ のときも $V(\mathcal E)=\emptyset$ が直接 $F_{\mathcal E}$ を表す。本書の関手はどれも空の解析空間で一点をとるので、空の被覆の約束を外したときの崩れ方(第 9 巻の反例「反例:空の被覆を除くと判定が崩れる」)は起きない。
  3. 結論は分離的な読みでも成り立つ。$S$ を分離的とする。$V(\mathcal E)$ の二点が $S$ の異なる点の上にあれば、$S$ の交わらない開集合の逆像で分かれる。同じ点 $s$ の上にあれば、段 2 の $S_\lambda$ のうち $s$ を含むものの逆像に二点とも入る。この逆像は開部分空間で、本書『0-3 解析空間と数空間』の命題「開はめ込みの底変換と非交和」によりファイバー積 $V(\mathcal E)\times_SS_\lambda$ であり、本書『0-4 表現可能性の判定法』の定理「スライス圏の間の底変換」により $F_{\mathcal E|_{S_\lambda}}$ を表すので、段 4 の $S_\lambda\times E^n$ の閉部分空間に同型である。$S_\lambda\times E^n$ は分離的で(本書『0-5 閉部分空間と零点と積』の注意「底と数空間の積の札と分離性」の (3))、閉はめ込みは閉集合への同相(本書『0-5 閉部分空間と零点と積』の補題「閉部分空間の普遍性と閉はめ込みの計算」の (f))なので、この開部分空間は分離的で、二点は分かれる。ゆえに $V(\mathcal E)$ は分離的である。分離的な空間の全体は解析空間の圏の充満部分圏なので、$V(\mathcal E)$ は、分離的な $S$ 上の空間だけの圏に制限した $F_{\mathcal E}$ も表す。本書『0-4 表現可能性の判定法』の命題「分離的な読みでの底の開被覆による判定」からも同じ結論が出る。

最後に、有限表示の仮定がどこで使われたかを記録する。

有限表示の仮定

証明は段 2〜段 4 で、有限個の生成元と有限個の関係式を使う。関係式が有限個であることが、零点の部分空間を有限型のイデアルで定めるのに要る。$\mathcal E$ が有限型だが有限表示でない場合に $F_{\mathcal E}$ が表現可能かどうかは、原論文は述べず、本書も確かめていない。有限表示の加群は逆像で有限表示に移る(本書『0-2 環付き空間の上の加群』の定理「逆像と加群の演算」の (4))ので、この仮定は $S$ 上の空間に底を取り替えても保たれる。

印字の読み(前置きと §1 冒頭)
  1. 前置きの「pour X projectif sur Y」(印字 12-01)の $Y$ は、講演の中で導入されていない。底の $S$ の誤りか、一般の底 $Y$ を指すのかを本書は決めず、留保する。主結果 4 の判定には効かない。
  2. §1 冒頭(印字 12-02)の「désignons pas」は par と読む。$f^*$ の定義の右辺で $\mathcal E_{(T')}$ が立体の E で印字されているのは、花文字の $\mathcal E$ と読む。$F_{\mathcal E}$ の定義式の左辺の「$F_{\mathcal E}(\mathrm I)$」は $F_{\mathcal E}(T)$ と読む。
  3. 命題 1.1 の証明(印字 12-03)で、$\Gamma(T,\mathcal O_T)^p$ を表す空間の記号が、加群の $\mathcal E$ と同じ花文字風の字形で印字されている。これは連作第 II 回の数空間で、連作第 III 回の系 1.2 がこれを表すと述べる空間である。本書は数空間を立体の $E^p$ と書く。
  4. 同じ証明の「Cela prouve donc (1.●)」の番号は判読しにくいが、(1.1) と読む。
  5. 原論文は式番号 (*) を §3 でもう一度、別の式に使う(印字 12-13)。本書はこの頁の式を「有限表示から来る完全列」と内容で呼ぶ。

前置きの予告

原論文は前置きで、本講演の構成が代数幾何から移せることを事実として述べる。証明は講演にも本書にも無いので、主張として記録し、未完結とする。

相対スキームの解析化による移し替え

原論文は前置き(印字 12-01)で次を述べる。(a) 解析空間 $S$ 上の有限型の相対スキーム $X$ に、$S$ 上の解析空間 $X_{\mathrm{an}}$ が対応し、$S$ 上の解析空間 $T$ について $\mathrm{Hom}_S(T,X_{\mathrm{an}})$ と、局所環付き空間の圏での $\mathrm{Hom}_S(T,X)$ が $T$ について自然に一対一に対応する。(b) 解析幾何のベクトル束・旗束などの構成は代数幾何の対応する構成から $X\mapsto X_{\mathrm{an}}$ で得られ、その形式的性質は代数幾何の結果とこの関手の初歩的な性質から出る。(c) 複素数体の上では、射影的な $X$ についてのこの関手の忠実性を述べる Grauert–Remmert の基本定理により、Hilbert スキーム・Picard スキームのような、より微妙な構成にも同じ方法が及ぶ。
原論文は (a) について、$S$ が一点のときは Serre の GAGA Ser56、冪零元を含む一般の場合は講演時に準備中とされた文献 Gro61sea を挙げ、(b)(c) を証明しない。文献 Gro61sea が刊行されたかを本書は確かめていない。Grauert–Remmert の定理には文献の番号が付いていない。本書はこの主張を[未完結]とする。本講演の本文は、前置き自身が断るとおり解析空間の圏の中だけで作業し、この経路を使わないので、本書の他の主結果の札には影響しない。相対スキームの言葉を展開すべきだったとされる文献は、原論文の文献 [2]、すなわち EGA1 である。

前置きの (b) が言う「形式的性質」のうち、ベクトル束については、本章の残りの頁が関手の言葉で直接確かめる。群構造と閉はめ込みは本書『1-3 ベクトル束の群構造と閉はめ込み』、底変換とファイバーは本書『1-4 ベクトル束の底変換とファイバー』である。

例と反例

最も簡単な加群から始め、次に、局所自由でない加群のベクトル束が、ファイバーの次元が点ごとに変わる空間になることを見る。

自明なベクトル束と零の加群のベクトル束

(a) $V(\mathcal O_S^p)=S\times E^p$ である(本書『0-5 閉部分空間と零点と積』の補題「底と数空間の積」の (4))。$T$ 点は $\Gamma(T,\mathcal O_T)^p$ の元、すなわち $T$ の上の $p$ 個の関数の組である。
(b) $V(0)=S$ である。$F_0(T)=\mathrm{Hom}(0,\mathcal O_T)$ はどの $T$ でも一点なので、$F_0$ は $(\mathrm{An})_{/S}$ の終対象 $S$ で表される(本書『0-4 表現可能性の判定法』の補題「スライス圏」の (1))。これは表示にも連作の定理にも依らない。
(c) $S=\emptyset$ なら、$\emptyset$ への射をもつ解析空間は $\emptyset$ だけなので、どの $\mathcal E$ についても $V(\mathcal E)=\emptyset$ である。
(d) どの $\mathcal E$ についても、$F_{\mathcal E}(S)$ の零元が $S$ 射 $S\to V(\mathcal E)$ を与える。これを零切断と呼ぶ。上の主結果「ベクトル束の存在」の構成では、零切断は $S\times E^n$ の $y_1=\dots=y_n=0$ の部分に入る。

原点で潰れた直線のベクトル束

$S=E^1$ とし、座標を $z$ とする。$\mathcal E=\mathcal O_S/z\mathcal O_S$(本書『0-2 環付き空間の上の加群』の例「直線の原点の剰余加群」)は、表示 $\mathcal O_S\xrightarrow{z}\mathcal O_S\to\mathcal E\to0$($m=n=1$、$a_{11}=z$)をもつ。
(a) 上の主結果「ベクトル束の存在」の後半により、$V(\mathcal E)$ は $S\times E^1$ の中の関数 $c_1=zy$ の零点の部分空間である。$S\times E^1$ は解析空間の圏での $E^1$ と $E^1$ の積で(本書『0-5 閉部分空間と零点と積』の補題「底と数空間の積」の (2))、$E^2$ も同じ積である(本書『0-3 解析空間と数空間』の定理「数空間への射と大域関数」)ので、座標 $(z,y)$ の $E^2$ と同一視すると、$V(\mathcal E)=Z(zy\,\mathcal O_{E^2})$ である。
(b) $T$ 点を直接確かめる。$T$ の構造射で $z$ を引き戻した関数を $f=p_T^\sharp(z)$ とすると、逆像の右完全性から $\mathcal E_{(T)}=\mathcal O_T/f\mathcal O_T$ で、$F_{\mathcal E}(T)$ は $fx=0$ となる $x\in\Gamma(T,\mathcal O_T)$ の全体と一対一である。これは (a) の閉部分空間の $T$ 点($zy$ を引き戻して $0$ にする組 $(f,x)$)と一致する。
(c) 台の集合は $\{(z,y)\in k^2:zy=0\}$、すなわち二本の座標軸の和である。$S$ の点 $t\ne0$ の上には点 $(t,0)$ だけがあり、原点の上には直線 $\{0\}\times k$ がある。既約ファイバーの次元は $\dim\mathcal E(t)=0$($t\ne0$)、$\dim\mathcal E(0)=1$ で、ファイバーの次元がちょうどこれに合う(本書『1-4 ベクトル束の底変換とファイバー』の主結果「ベクトル束のファイバー」)。
(d) 軸 $y=0$ は (b) の $x=0$、すなわち零切断の像である。したがって $V(\mathcal E)$ は、零切断と原点の上の直線の和で、原点の局所環は $k\{z,y\}/(zy)$ である。原点のどの開近傍 $U$ の上でも、$V(\mathcal E)$ の $U$ の上の部分は $U\times E^p$ と $U$ 上同型にならない。$U\times E^p$ の台は $U\times k^p$ で、どの点の上にも $k^p$ があるが、(c) により $V(\mathcal E)$ の上では点ごとに一点と直線に変わるからである(構造射と両立する同型がこの点ごとのファイバーの比較で排除される)。抽象的な同型(構造射を無視したもの)も無い:原点の局所環 $k\{z,y\}/(zy)$($zy=0$ かつ $z,y\ne0$ となる非零因子の組をもつ)は、$U\times E^p$ のどの点の局所環(収束冪級数の環、整域)とも同型でない。

この空間は、全射 $\mathcal O_S\to\mathcal E$ から来る閉はめ込み $V(\mathcal E)\to V(\mathcal O_S)=E^2$ の像としても現れる(本書『1-3 ベクトル束の群構造と閉はめ込み』の主結果「全射から来るベクトル束の閉はめ込み」)。像は直線 $z=0$ だけではなく、零切断を含む。双対規約では、局所自由でない加群にもこのように空間が対応する。従来の規約の切断の関手が同じ加群で表現可能でないことは、本書『1-2 切断の関手と二つの規約』の反例「反例:局所自由でない加群の切断の関手は表現可能でない」で示す。

その後の発展

以下は後代の文献の紹介である(本書は文献を開いて該当箇所を確かめていない)。

  • 代数幾何の同じ向きの規約(1961 年):原論文と同じ年の EGA2 は、準連接な加群 $\mathcal E$ にその対称代数のスペクトルを対応させ、$T$ 点が $\mathcal E$ の引き戻しの上の一次形式となる空間を置く。向きは本書の $V(\mathcal E)$ と同じで、局所自由な場合に切断の層が $\check{\mathcal E}$ になる。教科書 Har77 もこの構成を演習で扱う。
  • 解析化と GAGA(1956 年〜):一点の上の解析化は Serre の GAGA Ser56 にあり、原論文の前置きはこれを冪零元を含む相対的な場合へ拡げる文献を準備中と書く。その文献の刊行を本書は確かめていない。
  • 複素解析空間の後代の体系(1984 年):複素解析空間と連接層の理論は GR84 にまとめられている。そこでは解析空間に分離性を課すのが普通とされる(本書『0-3 解析空間と数空間』の注意「分離性を課す流儀との違い」)が、本頁の注意「足した仮定の効き方と分離的な読み」のとおり、ベクトル束の存在はその読みでも成り立つ。

原論文との対応表

本頁が対応する原論文は Gro61v である。印字頁は PDF の頁番号から 1 を引いたもの(PDF $n$ が印字 12-$(n-1)$)である。

本頁原論文印字頁
背景と動機の前置きの段、主結果「相対スキームの解析化による移し替え」前置き12-01〜12-02
定義「ベクトル束の関手」、主結果「ベクトル束の関手の二重関手性」§1 冒頭12-02
主結果「ベクトル束の存在」命題 1.1 とその証明12-02〜12-03
主結果「有限表示から来る完全列」命題 1.1 の証明の式 (*)12-03
注意「原論文の段と積の存在」命題 1.1 の証明(第 IV 回の 3.1 を引く段と零切断の逆像)12-03
定義「ベクトル束」定義 1.212-03
注意「印字の読み(前置きと §1 冒頭)」前置き、§1 冒頭、命題 1.1 の証明、§3 の式 (*)12-01〜12-03、12-13

参考文献

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Alexander Grothendieck, Schémas et espaces analytiques, Séminaire de Géométrie algébrique, Institut des Hautes Études Scientifiques, Paris, 1961
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Alexander Grothendieck, Techniques de construction en géométrie analytique. III. Produits fibrés d'espaces analytiques(exposé n° 10), Séminaire Henri Cartan, Familles d'espaces complexes et fondements de la géométrie analytique 13e année (1960/61), tome 13, n° 1, 1961, 1–11
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Alexander Grothendieck, Techniques de construction en géométrie analytique. IX. Quelques problèmes de modules(exposé n° 16), Séminaire Henri Cartan, Familles d'espaces complexes et fondements de la géométrie analytique 13e année (1960/61), tome 13, n° 2, 1961, 1–20
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