この章では、ノルムと内積について基本的な事柄を述べる。 $\mathbb{F}$ により $\mathbb{R}$ か $\mathbb{C}$ を表すこととする。また $\mathbb{N}=\{1,2,3,\ldots\}$ とする。
この頁では、線形空間に「大きさ」を入れて距離と収束を扱うためのノルムと、その距離について極限操作が閉じているBanach空間を定義する。ノルムはベクトルの長さを測るだけでなく、二点間の距離を $d(x,y)=\|x-y\|$ として与える。完備性は、近似列が空間の外へ抜け落ちないことを保証し、級数・作用素・微分方程式の極限を同じ空間内で扱う基礎になる。
有限次元では任意のノルムが同じ位相を定め、完備性も自動的に得られる。無限次元では事情が異なり、完備性は追加条件である。この差が後のBanach空間論の出発点になる。
$X$ を $\mathbb{F}$ 上の線形空間とする。
$$X\ni x\mapsto \| x\| \in [0,\infty)$$
が $X$ 上のノルムであるとは次が成り立つことを言う。
ノルム空間の線形部分空間は、もとの空間のノルムをそのまま受け継いだノルム空間とみなす。
Banach空間の閉部分空間はBanach空間である。
$\ell^2$ の有限個の成分だけが零でない数列全体を $c_{00}$ とする。$c_{00}$ は $\ell^2$ の線形部分空間だが閉でない。実際、
$$
x^{(N)}=(1,1/2,\ldots,1/N,0,0,\ldots)
$$
は $c_{00}$ のCauchy列であり、$\ell^2$ では $(1/n)_{n\geq1}$ に収束するが、この極限は $c_{00}$ に属さない。従って $c_{00}$ は $\ell^2$ から受け継いだノルムについて完備でない。この反例は「Banach空間の任意の線形部分空間がBanach空間である」という含意を破り、閉部分空間という仮定が必要であることを示す。
$\mathbb{F}$ 上の線形空間 $X$ に 乗法 $X\times X\ni (x,y)\mapsto xy\in X$ が定義されており、加法と乗法に関して環をなし、スカラー倍と乗法に関して、
$$
\alpha(xy)=(\alpha x)y=x(\alpha y)\quad(\forall \alpha\in \mathbb{F},\forall x,y\in X)
$$
が成り立つとき、$X$ を $\mathbb{F}$ 上の多元環と言う。
$\mathbb{F}$ 上の多元環 $X$ がノルム空間( resp. Banach 空間)であり、
$$
\| xy\|\leq \| x\|\| y\|\quad(\forall x,y\in X)
$$
が成り立つとき、$X$ を $\mathbb{F}$ 上のノルム環( resp. Banach 環)と言う。
$\mathbb{F}$ 上の多元環 $X$ にさらに対合と呼ばれる演算 $X\ni x\mapsto x^*\in X$ が定義されており、次が成り立つとき $X$ を$*$-環と言う。
$\mathbb{F}$ 上の$*$-環 $X$ がノルム環(resp. Banach環)でもあるとする。
$$
\| x^*\|=\| x\|\quad(\forall x\in X)
$$
が成り立つとき $X$ を $\mathbb{F}$ 上のノルム$*$-環(resp. Banach $*$-環)と言う。
$\mathbb{F}$ 上の$*$-環 $X$ がBanach環でもあり、
$$
\| x^*x\|=\| x\|^2\quad(\forall x\in X)\quad\quad(*)
$$
が成り立つとき $X$ を $\mathbb{F}$ 上の $C^*$-環と言う。また $(*)$ を $C^*$-ノルム条件と言う。任意の $x\in X$ に対し $C^*$-ノルム条件より、
$$
\| x\|^2=\| x^*x\|\leq \| x^*\|\| x\|
$$
であるから $\| x\|\leq\| x^*\|$ である。同じ不等式を $x^*$ に適用し、$x^{**}=x$ を使うと $\|x^*\|\leq\|x\|$ も得られる。したがって $\| x\|=\| x^*\|$ である。よって $C^*$-環は特にBanach $*$-環である。
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