本書は、A. Grothendieck の論文「On the de Rham cohomology of algebraic varieties」(Publications Mathématiques de l'IHÉS 第 29 巻、1966 年、95–103 頁)を道案内にして、代数的 de Rham コホモロジーの理論を解説する参考書である。原論文は M. F. Atiyah に宛てた 1963 年 10 月の書簡の抜粋に、同年 11 月と 1965 年 7 月の注を付けた 9 頁の短い論文で、複素数体上の非特異な代数多様体の複素係数コホモロジーが、代数的な微分形式の複体だけで計算できるという比較定理を示した。この定理は、Atiyah と Hodge の第二種積分の理論を純代数的なものに置き換え、Hodge–de Rham スペクトル系列、周期、Gauss–Manin 接続、標数 p の結晶コホモロジーへ続く道を開いた。 本書は原論文の翻訳ではない。書簡の順序ではなく、代数的 de Rham コホモロジーの定義、比較定理とその証明、第二種積分と周期、Hodge–de Rham スペクトル系列、相対 de Rham コホモロジーと標数 p、という主題ごとに五つの章を立て、現代の記号と言葉で書き直した。各頁は、その頁で示すこと、背景と動機、定義と準備、主結果と証明、例と反例、その後の発展、原論文との対応という同じ形で書いてある。 原論文は書簡なので、多くの段が「標準的な議論で」「容易に確かめられる」で済まされている。本書はその段を補って証明を閉じ、各主張が、本書の中で証明し切れたもの(完結)、引用した定理に依るもの(条件付き)、証明を閉じられなかったもの(未完結)、そのままでは成り立たないもの(偽)のどれに当たるかを区別して示す。原論文の後半にある期待や推測は、著者自身が注で撤回したもの(標数 p での Betti 数との一致は Serre の反例で破れる)と、後に定理になったもの(Gauss–Manin 接続、標数 p での退化)を分けて扱い、後代の結果は引用であることを明示する。 読むには、可換環論とホモロジー代数、スキーム論と連接層のコホモロジー、複素解析空間と GAGA の初歩が要る。第 3 章からは Hodge 理論と楕円曲線の周期、第 4 章と第 5 章ではアーベル多様体とエタールコホモロジーの初歩が加わる。すべてを先に学ぶ必要はない。分野ごとの要点、頁ごとに要る前提の対応表、読む順序の案は第 0 章の「本書の読み方」に、全頁に共通する記号と約束は「記号と約束」にまとめた。各章で何を扱い、原論文の何を補い、どこを直したかは、下の目次の各章の説明に書いた。
本書を読むのに要る分野を一覧にし、各概念の要点をボックスに書き、本書での使いどころと標準的な教科書への案内を添える章である。Kähler 微分と超コホモロジー、スキームと連接層コホモロジー、複素解析空間と GAGA、Hodge 理論・アーベル多様体・エタールコホモロジーの初歩の順に並べる。頁ごとに要る前提の対応表と読む順序の案は 0-1 に、全頁に共通する記号と約束、原論文の引き方、数学に関わる誤植の読み方は 0-6 にまとめる。すべてを先に学ぶ必要はなく、第 1 章と第 2 章は、スキーム論と連接層コホモロジーの基本、複素多様体と Poincaré の補題があれば読み始められる。
体上の滑らかなスキームの代数的 de Rham コホモロジーを、正則微分形式の複体の超コホモロジーとして定義する章である。複体の素朴なフィルトレーションから Hodge–de Rham スペクトル系列を作り、affine スキームでは大域切断の複体だけで計算できることを示し、射影直線で超コホモロジーが要る理由を見る。標数 $p$ では affine 直線の $H^1$ が無限次元になることも確かめる。次に複素数体上で解析化を行い、正則 Poincaré の補題から比較写像 $\rho\colon H^n_{dR}(X)\to H^n(X^h,\mathbb C)$ を構成して、完備な場合には GAGA だけで比較定理が出ることを示す。原論文が「素朴に考えるとおり」「よく知られた」で済ませた段はすべて補った。
原論文の主定理、すなわち複素数体上の非特異 affine 多様体の複素コホモロジーが代数的 de Rham 複体で計算できること(Theorem 1)と、一般の滑らかなスキームでの比較同型(Theorem 1′)を証明する章である。affine 開被覆の Čech 型スペクトル系列で Theorem 1′ を Theorem 1 に帰着し、Theorem 1 は、閉部分集合に極をもつ有理型微分形式の複体についての局所比較定理(Theorem 2)を、特異点解消と Grauert–Remmert の比較定理で証明する道と、原注 (6) の大域的解消と GAGA による代数的な道の二通りで示す。正規交叉因子に沿う極をもつ形式の局所計算は本書で閉じた。原論文の Corollary 場合 b)(Stein 空間で消滅条件 (8) が成り立つ)は $\mathbb C^2$ と座標超平面で破れることを示し、Theorem 1 の証明が無傷であることも確かめる。
比較定理が古典論に何をもたらすかを扱う章である。Atiyah と Hodge の第二種積分の理論は、有理閉形式が「第二種」であることを、開集合の de Rham コホモロジーへの制限写像の像で純代数的に定義できるようになり、曲線では留数で判定できる。原注 (8)(9) の Cousin(留数)分解と点の余次元によるスペクトル系列は、次元 1 では完全に閉じ、一般次元では留数写像の定義が原論文にないため未完結として残す。複素数体の部分体上のスキームでは、de Rham コホモロジーが複素コホモロジーの中に $k$ 構造を定め、その位置が周期を一般化する数論的不変量になる。楕円曲線の第一種・第二種の周期と Legendre の関係を符号まで確定し、Schneider の定理と周期の代数的独立性の予想を記録する。
標数 0 の射影的で滑らかなスキームで Hodge–de Rham スペクトル系列が退化することを、Lefschetz の原理と Hodge 理論から次元の等式で示す章である。原論文が「代数的には自然な分裂がない」と述べる点は、「自然」の読みを三つに分けて判定する。同型に関する関手性の読みでは楕円曲線の Weierstrass 分裂が反例になり、同種に関する読みと Hodge 分解が代数的かという読みでは、虚数乗法をもつ曲線で破れ、一般には周期の超越性に帰着して本書では閉じない。アーベル多様体では、群法則の引き戻しによる原始性の議論で $H^1_{dR}$ の完全列 $0\to\check t_A\to H^1_{dR}(A)\to t_{A^\vee}\to0$ を任意標数で示し、標数 $p$ での非分裂と $p$ 捩れ群スキームの関係、アーベルスキームの拡大類 $\xi_{A/S}$ を原論文の推測として記録する。
滑らかな射に対する相対 de Rham 層を導入し、固有な場合の連接性を示す章である。原論文が印字のまま述べる「滑らかなら連接」は標数 $p$ の affine 直線で破れる。局所自由性・底変換との両立・$\ell$ 進 Betti 数との一致という原論文の期待は、標数 0 では比較定理から正しく、標数 $p$ では Serre の曲面(射影 3 次元空間の正則曲面の $\mathbb Z/p$ による自由商)で $\dim H^1_{dR}=1$、$b_1=0$ となって破れる。原論文自身が原注 (12) でこれを撤回した経緯を追い、Hodge 数の計算を頁内で閉じる。1965 年の追記が提案した標準的な可積分接続(後の Gauss–Manin 接続)は、解析的な定義を相対 Poincaré の補題と Ehresmann の定理で閉じ、Legendre 族の Picard–Fuchs 方程式で具体形を見る。係数付きの de Rham コホモロジーと曲率、Hodge・Tate 予想の変種、Leray 型のスペクトル系列の提案を記録し、係数付き比較の推測が正則特異点の条件なしには破れることを反例で示す。
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