複素数体の部分体 $k$ 上の滑らかで有限型のスキーム $X$ について、代数的 de Rham コホモロジー $H^n_{dR}(X)$ は、比較定理により複素コホモロジー $H^n(X^h,\mathbb C)$ の $k$ 構造を与える。この $k$ 構造と、特異コホモロジーが与える $\mathbb Q$ 構造との相対的な位置を表すのが周期行列であり、原論文はそれを正則微分形式の周期を一般化する数論的不変量として提示した。本頁は底変換の補題を補ってこの主張を閉じ、楕円曲線で $H^1_{dR}$ の基底 $\omega,\eta$ と Legendre の関係を確かめ、Schneider の定理と周期の代数的独立性の予想を記録する。
前提知識: de Rham コホモロジー, 微分形式, スペクトル系列, 楕円曲線, Hodge分解, 周期(代数多様体の)
$k\subset\mathbb C$ を部分体、$X$ を $k$ 上滑らかで準コンパクト・分離的なスキーム(すなわち $k$ 上有限型で分離的)、$X_{\mathbb C}=X\otimes_k\mathbb C$、$X^h$ をその解析化とする。$H^n_{dR}(X)=\mathbf H^n(X,\Omega^\bullet_{X/k})$、$\rho\colon H^n_{dR}(X_{\mathbb C})\to H^n(X^h,\mathbb C)$ を比較写像(原論文の式 (5))とする。
本頁の主結果は次の七つである。
射影多様体の正則微分形式を閉路に沿って積分した値、すなわち周期は、Abel と Riemann 以来の対象である。種数 $g$ の曲線では正則微分 $g$ 個と閉路 $2g$ 個から $g\times2g$ の周期行列ができる。Atiyah–Hodge AH55 は第二種の積分(極をもつが留数をもたない微分の積分)まで扱い、その周期を含めれば $H^1$ 全体が捉えられることを示した。
比較定理(原論文 Theorem 1′、本書『2-1 affine 被覆による帰着』)は、$H^n(X^h,\mathbb C)$ が代数的な微分形式だけで計算できることを言う。原論文はそこから一歩進めて、$X$ が $\mathbb C$ の部分体 $k$(例えば数体)上で定義されていれば、$H^n_{dR}(X)$ は $k$ 上定義された部分空間として $H^n(X^h,\mathbb C)$ の中に座ると述べる(K1、印字 p. 101)。位相から来る $\mathbb Q$ 構造 $H^n(X^h,\mathbb Q)$ と代数から来る $k$ 構造 $H^n_{dR}(X)$ は、一方だけでは数論的な情報をもたず、二つの相対的な位置がそれをもつ。原論文はこれを「正則微分形式の周期を一般化する数論的不変量」と呼び、通常の $2g$ 個の代わりに $4g$ 個の周期があるとして、Schneider の定理がこの大きい周期の集合に一般化するかを問う(K2、印字 pp. 101–102)。
原注 (10) は Serre の指摘として、曲線ではこれが古典的な「第二種微分の周期」にほかならないことを認め、楕円曲線の $\omega_i,\eta_i$、Legendre の関係、Schneider の定理、そして虚数乗法をもたない場合の代数的独立性の予想を記す。本頁は、原論文が書かなかった仮定(有限型)と底変換の補題を補ってこの流れを閉じ、関係式の符号を規約とともに確定する。
$k$ 構造という言葉をまず固定する。複素ベクトル空間の中の部分空間が、係数拡大で全体を復元するとき、それを $k$ 構造と呼ぶ。
$V$ を有限次元複素ベクトル空間、$k\subset\mathbb C$ を部分体とする。$V$ の $k$ 構造とは、$k$ 部分空間 $V_k\subset V$ で、自然な写像 $V_k\otimes_k\mathbb C\to V$ が同型になるものをいう。このとき $V_k$ の $k$ 基底は $V$ の $\mathbb C$ 基底である。$X$ が $\mathbb C$ 上有限型のとき、普遍係数定理による部分空間 $H^n(X^h,\mathbb Q)\subset H^n(X^h,\mathbb C)$ を Betti $\mathbb Q$ 構造という。$H^n(X^h,\mathbb Z)$ の捩れを除いた像は $\mathbb Z$ 格子($\otimes_{\mathbb Z}\mathbb C$ で全体を与える有限生成自由部分群)である。
代数側の $k$ 構造を作るには、$k$ 上の de Rham コホモロジーを $\mathbb C$ に係数拡大したものが $\mathbb C$ 上のそれに一致すること、すなわち底変換が要る。原論文はこれを書かないが、K1 はこの補題なしには成り立たない。本書『0-3 スキームと連接層コホモロジー』の体の拡大による底変換の定理と同じ内容であるが、準コンパクト性を使う場所を見るために証明を書く。
$k\subset k'$ を体の拡大、$X$ を $k$ 上滑らかで準コンパクト・分離的なスキーム、$X'=X\otimes_kk'$ とする。自然な写像
$$H^n_{dR}(X)\otimes_kk'\longrightarrow H^n_{dR}(X')$$
は同型である。さらに Hodge–de Rham スペクトル系列 $E_1^{p,q}=H^q(X,\Omega^p_{X/k})\Rightarrow H^{p+q}_{dR}(X)$ の各頁について $E_r^{p,q}(X')=E_r^{p,q}(X)\otimes_kk'$($r\ge1$)、Hodge フィルトレーションについて $F^pH^n_{dR}(X')=F^pH^n_{dR}(X)\otimes_kk'$ が成り立つ。
段 1(Čech 二重複体).$X$ は準コンパクトなので有限個の affine 開集合 $U_i$ で覆え、分離的なので有限個の交わり $U_{i_0\cdots i_q}$ も affine である。各 $\Omega^p_{X/k}$ は準連接なので、affine 上の準連接層コホモロジーの消滅により Čech 二重複体 $\check C^q(\mathfrak U,\Omega^p_{X/k})=\prod\Gamma(U_{i_0\cdots i_q},\Omega^p_{X/k})$ の全複体 $T^\bullet$ が $H^n_{dR}(X)=H^n(T^\bullet)$ を与える(本書『0-2 Kähler 微分と超コホモロジー』の Čech 型スペクトル系列、『0-3 スキームと連接層コホモロジー』の消滅定理)。
段 2(テンソル).$U_i\otimes_kk'$ は $X'$ の affine 被覆で交わりも affine であり、affine スキーム上で $\Gamma(U\otimes_kk',\Omega^p_{X'/k'})=\Gamma(U,\Omega^p_{X/k})\otimes_kk'$(Kähler 微分の底変換)。有限個の因子の積はテンソルと可換なので、$X'$ の全複体は $T^\bullet\otimes_kk'$ である。$k'$ は $k$ 上自由なので $\otimes_kk'$ は完全関手であり、$H^n(T^\bullet\otimes_kk')=H^n(T^\bullet)\otimes_kk'$ を得る。
段 3(スペクトル系列).$T^\bullet$ を形式の次数 $p$ でフィルターしたスペクトル系列は $E_1^{p,q}=H^q(\check C^\bullet(\mathfrak U,\Omega^p))=H^q(X,\Omega^p_{X/k})$ で、これは Hodge–de Rham スペクトル系列そのものである(どちらも $\Omega^\bullet$ の次数によるフィルトレーションから来る)。完全関手 $\otimes_kk'$ は核・像・余核と可換なので、フィルター付き複体 $T^\bullet\otimes_kk'$ の各頁 $E_r$、$E_\infty$、および極限のフィルトレーションは $T^\bullet$ のものを $\otimes_kk'$ したものになる。
準コンパクト性はこの証明の段 2 で使った。有限個の因子の積でなければテンソルと可換にならず、実際に可算個の点の非交和で $H^0$ から破れる(本頁の反例「準コンパクトでないスキーム」)。
次の事実は証明せずに引用する。出典は主に本書の第 0 章と他の頁で、原典の該当箇所は本頁では確認していない。
底変換の補題と比較定理を合わせれば、K1 の前半は形式的に従う。
$k\subset\mathbb C$、$X$ を $k$ 上滑らかで準コンパクト・分離的なスキームとする。合成
$$H^n_{dR}(X)\otimes_k\mathbb C\longrightarrow H^n_{dR}(X_{\mathbb C})\xrightarrow{\ \rho\ }H^n(X^h,\mathbb C)$$
は同型である。したがって $H^n_{dR}(X)\to H^n(X^h,\mathbb C)$ は単射で、その像は $H^n(X^h,\mathbb C)$ の $k$ 構造である。
段 1(二つの同型).第一の写像は上の補題(de Rham コホモロジーの底変換)を $k'=\mathbb C$ に適用したもので同型、第二の写像は比較定理(引用する事実 1)により同型である。
段 2(単射性).$\mathbb C$ は $k$ 上自由なので $v\mapsto v\otimes1$ は単射である。像を $V_k$ とすると、段 1 により $V_k\otimes_k\mathbb C\to H^n(X^h,\mathbb C)$ は同型、すなわち $V_k$ は $k$ 構造である。
原論文の言い回しには、この定理の仮定に関わる読みの問題がある。
原論文は「任意の部分体 $k$ 上の一般の正則スキーム」と書き、有限型を明示しない(印字 p. 101)。局所有限型のままでは反例「準コンパクトでないスキーム」により $H^0$ から破れるので、本書は原論文の他の箇所の「algebraic scheme」の意(有限型)に読み、準コンパクト・分離を足した。標数 $0$ では正則と滑らかは同じである。印字の $H^\bullet(X)$ は $H^n(X)$、「$K\to\mathbf C$」は $k\to\mathbb C$ の意に読む(読解ノート 9-9、9-10)。
$X$ が射影的なら、$k$ 構造は Hodge 分解とも両立する。正則 $n$ 形式の空間が Hodge 成分 $H^{n,0}$ の $k$ 構造になる。
上の定理の設定でさらに $X$ が射影的なら、$H^0(X,\Omega^n_{X/k})\to H^n_{dR}(X)$(Hodge–de Rham スペクトル系列の辺写像)は単射で、上の定理の埋め込みのもとでその像は $H^{n,0}(X^h)=H^0(X^h,\Omega^n_{X^h})\subset H^n(X^h,\mathbb C)$ の $k$ 構造である。とくに $H^0(X,\Omega^n_{X/k})=F^nH^n_{dR}(X)$ である。
段 1(退化).引用する事実 2 により $X_{\mathbb C}$ の Hodge–de Rham スペクトル系列は $E_1$ で退化する。上の補題(de Rham コホモロジーの底変換)により $X$ の系列の微分 $d_r$ は $d_r\otimes\mathbb C=0$ をみたすので $d_r=0$ である。よって $X$ の系列も $E_1$ で退化し、$E_1^{n,0}=H^0(X,\Omega^n_{X/k})=E_\infty^{n,0}=F^nH^n_{dR}(X)\subset H^n_{dR}(X)$ となる。これが辺写像 $e$ の単射性である。
段 2(像).$e\otimes\mathbb C$ は $X_{\mathbb C}$ の辺写像であり、GAGA のもとで解析的な辺写像 $H^0(X^h,\Omega^n_{X^h})\to H^n(X^h,\mathbb C)$ に対応し、その像は Hodge 成分 $H^{n,0}$ である(引用する事実 2)。したがって $e(H^0(X,\Omega^n_{X/k}))\otimes_k\mathbb C=H^{n,0}$、すなわち像は $H^{n,0}$ の $k$ 構造である。
これで $H^n(X^h,\mathbb C)$ の中に $\mathbb Q$ 構造と $k$ 構造の二つが見えた。両者を基底で比べたものが周期行列である。
上の定理の設定で $N=\dim_{\mathbb C}H^n(X^h,\mathbb C)$ とする(引用する事実 1 により有限)。$H^n_{dR}(X)$ の $k$ 基底 $e_1,\dots,e_N$ と $H^n(X^h,\mathbb Q)$ の $\mathbb Q$ 基底 $\gamma_1,\dots,\gamma_N$ をとり、$e_i=\sum_jP_{ij}\gamma_j$ で定まる $P=(P_{ij})\in GL_N(\mathbb C)$ を 周期行列、その成分を 周期という。$\gamma_j$ が特異ホモロジーの基底 $c_1,\dots,c_N\in H_n(X^h,\mathbb Q)$ の双対基底なら、引用する事実 1 により $P_{ij}=\int_{c_j}e_i$ である。
上の設定で次が成り立つ。
(i) 基底の取り替え $e\mapsto Ae$($A\in GL_N(k)$)、$\gamma\mapsto B\gamma$($B\in GL_N(\mathbb Q)$)で $P\mapsto APB^{-1}$ となる。$k$ 同型 $X\cong X'$ は $H^n_{dR}$ と $H^n(X^h,\mathbb Q)$ の同型を比較写像と両立して誘導するので、基底を移せば同じ $P$ を与える。行列式は $\det(APB^{-1})=\det A\cdot\det P\cdot(\det B)^{-1}$。
(ii) 上の定理(de Rham $k$ 構造)による。
(iii) $\dim H^1(X^h,\mathbb C)=2g$ は種数の定義($h^{1,0}=g$ と Hodge 分解)による。上の命題(正則微分形式の位置)により $e_1,\dots,e_g$ は $H^{1,0}$ の基底で、その行は正則微分の周期 $\int_{c_j}e_i$ である。
原論文の言い回しについて、係数と周期の個数の二つの注意を添える。
原論文は「$H^n(X^h,\mathbf C_{X^h})$ または $H^n(X^h,\mathbf Z_{X^h})$ に関する位置」と印字する(p. 101、読解ノート 9-11)。上の定理の (ii) により $\mathbb C$ 構造に関する位置は自明で不変量にならないので、本書は前者を $\mathbb Q_{X^h}$ の意に読む。$\mathbb Z$ 格子に関する位置は $GL_N(k)\backslash GL_N(\mathbb C)/GL_N(\mathbb Z)$ の元である。
原論文は「通常の $2g$ 個の代わりに $4g$ 個の周期がある」と書く(p. 101、読解ノート 9-18)。上の定理の (iii) の数え方では成分は $4g^2$ 個(正則微分だけなら $2g^2$ 個)で、$g=1$ のときだけ紙面と一致する。一つの正則微分 $\omega$ の周期が $2g$ 個、対になる第二種の微分 $\eta$ の周期まで含めれば $4g$ 個、と読めば整合し、楕円曲線の $(\omega_1,\omega_2,\eta_1,\eta_2)$ はこの数え方で $4$ 個である。どちらの意図かは紙面から判定できない。
周期行列が数論的な情報をもつことは定義からは見えず、具体的な曲線での計算が要る。原注 (10) の楕円曲線に移り、まず $H^1_{dR}$ の基底を代数的に確定する。
$k$ を標数 $0$ の体、$E\colon y^2=4x^3-g_2x-g_3$($\Delta=g_2^3-27g_3^2\ne0$)、$O$ を無限遠点、$U=E-\{O\}=\operatorname{Spec}A$、$A=k[x,y]/(y^2-4x^3+g_2x+g_3)$、$\omega=dx/y$、$\eta=x\,dx/y$ とする。
段 1((i)).$f=4x^3-g_2x-g_3$ とすると $\Omega^1_{A/k}=(A\,dx\oplus A\,dy)/(2y\,dy-f'\,dx)$ である。$\Delta\ne0$ は $f$ と $f'$ が $k[x]$ で互いに素であることと同値なので、$A$ の中で $(y,f')\supset(f,f')=(1)$、すなわち $\alpha y+\beta f'=1$ となる $\alpha,\beta\in A$ がある。$\omega_0=\alpha\,dx+2\beta\,dy$ とおくと、$2y\,dy=f'\,dx$ により $y\omega_0=dx$、$f'\omega_0=2\,dy$ となり、$\Omega^1_{A/k}=A\omega_0$ である。$U$ は滑らかな曲線なので $\Omega^1_{A/k}$ は階数 $1$ の局所自由加群で、$A$ は整域だから生成元 $\omega_0$ の零化イデアルは $0$、すなわち自由である。関数体で $\omega_0=dx/y=\omega$ である。
段 2((ii)).引用する事実 3 により $H^1_{dR}(U)=\Omega^1(U)/dA$ である。$A=k[x]\oplus k[x]y$ は $\{x^i,x^iy\}_{i\ge0}$ を $k$ 基底にもち、$\Omega^1(U)=A\omega$ は $\{x^i\omega,x^iy\omega\}$ を基底にもつ。$dx=y\omega$、$dy=\tfrac12f'\omega$ から
$$d(x^{i+1})=(i+1)x^iy\,\omega,\qquad d(x^iy)=\bigl[(4i+6)x^{i+2}-(i+\tfrac12)g_2x^i-ig_3x^{i-1}\bigr]\omega$$
を得る。標数 $0$ なので第一式から $x^iy\omega\equiv0$($i\ge0$)、第二式から $x^{i+2}\omega$ は $x^i\omega,x^{i-1}\omega$ の一次結合に合同(法 $dA$)であり、帰納的に $H^1_{dR}(U)$ は $[\omega],[x\omega]=[\eta]$ で張られる。独立性:$a\omega+b\eta=df$、$f=\sum c_ix^i+\sum e_ix^iy$ とすると、$x^iy\omega$ の係数の比較から $c_i=0$($i\ge1$)、$x^j\omega$ の係数の比較で、$e_i\ne0$ となる最大の $i$ があれば $x^{i+2}$ の係数 $(4i+6)e_i\ne0$ が左辺の次数 $\le1$ に矛盾する。よって $e_i=0$、$a=b=0$ である。
段 3((iii)).$\omega$ は $O$ で正則なので(本書『0-5 Hodge 理論・アーベル多様体・エタールコホモロジーの初歩』)$\mathrm{res}_O\omega=0$ である。$\eta$ については、$\iota\colon(x,y)\mapsto(x,-y)$ が $O$ を固定する $E$ の $k$ 自己同型で $\iota^*\eta=-\eta$ であることを使う。$O$ は $k$ 有理点なので、一意化元 $t$ で $\eta=\sum_ma_mt^mdt$($a_m\in k$)と展開すると $\iota^*\eta=\sum_ma_m(\iota^*t)^md(\iota^*t)$ であり、$\iota^*t$ も一意化元だから、留数が一意化元によらないこと(引用する事実 4)により $\mathrm{res}_O(\iota^*\eta)=a_{-1}=\mathrm{res}_O\eta$ である。よって $\mathrm{res}_O\eta=\mathrm{res}_O(\iota^*\eta)=-\mathrm{res}_O\eta$、標数 $0$ だから $\mathrm{res}_O\eta=0$($t=x/y$ で直接展開する計算は本書『3-1 第二種の微分形式と Leray スペクトル系列』の例にある)。留数完全列(引用する事実 4)の $\mathrm{res}\colon H^1_{dR}(U)\to k$ は $k$ 線型で、(ii) により $H^1_{dR}(U)$ は $[\omega],[\eta]$ で張られるから、$\mathrm{res}$ は零写像である。よって完全列から $H^1_{dR}(E)\cong H^1_{dR}(U)$、$k\cong H^2_{dR}(E)$ を得る。
段 4((iv)).$\omega$ は $O$ で正則で零点をもたない(本書『0-5 Hodge 理論・アーベル多様体・エタールコホモロジーの初歩』)。$a\omega$($a\in A$)が $O$ で正則なら $a$ は $E$ 全体で正則な関数だから定数で、$H^0(E,\Omega^1)=k\omega$。Hodge–de Rham スペクトル系列で $E_1^{0,0}=k\to E_1^{1,0}$ は定数の微分で $0$、$E_1^{2,0}=0$ なので $E_\infty^{1,0}=H^0(\Omega^1)=F^1H^1_{dR}(E)$ であり、$\omega\mapsto[\omega]$ は (ii)(iii) により単射である。
段 5((v)).これは引用する事実 4 の最後の主張の楕円曲線の場合であるが、$U=E-\{O\}$ に即して書く。$\varphi$ を第二種の有理 $1$ 形式、$S$ をその極の集合、$U_S=E-S$ とする。第二種の判定(引用する事実 4)により $[\varphi]\in H^1_{dR}(U_S)$ は $H^1_{dR}(E)$ の像に入り、留数完全列により $H^1_{dR}(E)\to H^1_{dR}(U_S)$ は単射なので、$\varphi$ に $H^1_{dR}(E)$ の元が一意に対応する。この対応は $S$ を大きくしても両立し、$k$ 線型で、核は $\varphi=df$($f\in\mathcal O(U_S)$)の形の形式である。全射性は (iii) による:$H^1_{dR}(E)\cong H^1_{dR}(U)$ の元は $\Omega^1(U)$ の元で代表され、それは $O$ にしか極をもたず留数 $0$ なので第二種である。
代数的な基底 $\omega,\eta$ と位相的な基底 $\gamma_1,\gamma_2$ の間の周期行列は $\begin{pmatrix}\omega_1&\omega_2\\ \eta_1&\eta_2\end{pmatrix}$ である。その行列式が $2\pi i$ であることが Legendre の関係で、原注 (10) はこれを $\omega_i,\eta_i$ の間に知られている唯一の一般的な代数関係として挙げる。
$k=\mathbb C$、$\Lambda=\mathbb Z\omega_1+\mathbb Z\omega_2$、$\operatorname{Im}(\omega_2/\omega_1)>0$、$E$ を $\Lambda$ の Weierstrass 曲線とし、$z_0\notin\Lambda$ から $z_0+\omega_i$ へ $\Lambda$ を避けて進む道の $E^h=\mathbb C/\Lambda$ における像を $\gamma_i$ とする。このとき $\int_{\gamma_i}\omega=\omega_i$ であり、$\eta_i=\int_{\gamma_i}\eta$ は $z_0$ と道の取り方によらず、
$$\omega_1\eta_2-\omega_2\eta_1=2\pi i$$
が成り立つ。すなわち、基底 $(\omega,\eta)$ と $(\gamma_1,\gamma_2)$ の双対基底に関する $E$ の周期行列の行列式は $2\pi i$ である。
段 1(積分が定まること).引用する事実 5 により $x=\wp(z)$、$y=\wp'(z)$、$\omega=dz$、$\eta=\wp(z)\,dz$ であり、$\int_{\gamma_i}dz=\omega_i$ である。$\eta$ は $E^h$ 上 $O$ 以外で正則で、$\wp$ が偶関数なので $O$ での留数は $0$ である。したがって $O$ を避ける閉路に沿う $\eta$ の積分は $E^h$ でのホモロジー類だけで決まり、$z_0$ と道によらない。
段 2($\zeta$ 関数による表示).$\zeta'=-\wp$ なので $\eta_i=\int_{z_0}^{z_0+\omega_i}\wp(z)\,dz=-\bigl(\zeta(z_0+\omega_i)-\zeta(z_0)\bigr)=-\eta_i^W$ である。ここで $\eta_i^W$ は擬周期(引用する事実 5)である。
段 3(基本平行四辺形).頂点 $z_0,\ z_0+\omega_1,\ z_0+\omega_1+\omega_2,\ z_0+\omega_2$ の平行四辺形 $\Pi$ を、境界に $\Lambda$ の点がなく内部にちょうど一つあるように取る。$\operatorname{Im}(\omega_2/\omega_1)>0$ なのでこの順の境界は反時計回りで、留数定理により $\oint_{\partial\Pi}\zeta(z)\,dz=2\pi i$ である。他方、向かい合う辺の寄与をまとめると
$$\oint_{\partial\Pi}\zeta\,dz=\int_{z_0}^{z_0+\omega_1}\bigl(\zeta(z)-\zeta(z+\omega_2)\bigr)dz+\int_{z_0}^{z_0+\omega_2}\bigl(\zeta(z+\omega_1)-\zeta(z)\bigr)dz=-\eta_2^W\omega_1+\eta_1^W\omega_2$$
となる。よって $\eta_1^W\omega_2-\eta_2^W\omega_1=2\pi i$ であり、段 2 の $\eta_i^W=-\eta_i$ を代入して $\omega_1\eta_2-\omega_2\eta_1=2\pi i$ を得る。
原論文は $\eta_i=\int_0^{\omega_i}\eta$ と印字するが、下端 $0$ は $\wp$ の極なので、本書は極を避けた閉路 $\gamma_i$ での積分として読む。符号は、$\eta_i$ を $\eta$ の積分と定めるか擬周期 $\eta_i^W=-\eta_i$ と定めるか、および向き $\operatorname{Im}(\omega_2/\omega_1)>0$ に依る。上の定理の規約のもとでは印字の符号は正しく(読解ノート 9-19 は留保した)、$\omega_1,\omega_2$ を入れ替えるか $\eta_i^W$ を使えば符号が変わる。教科書によくある $\eta_1^W\omega_2-\eta_2^W\omega_1=2\pi i$ は同じ内容である。
Legendre の関係は $\omega_i,\eta_i$ の間の代数関係を一つ与える。それ以外に代数関係がないというのが、原注 (10) の予想である。
$E\colon y^2=4x^3-g_2x-g_3$ で $g_2,g_3$ が代数的数とする。Schneider の定理(引用する事実 6)により $\omega_1,\omega_2$ は超越数である。原注 (10) は帰属を書かずに次を「信じられている」と記す:$E$ が虚数乗法をもたなければ、$\omega_1,\omega_2$ は $\mathbb Q$ 上代数的独立である。この予想は周期の組 $(\omega_1,\omega_2,\eta_1,\eta_2)$ に拡張され(Legendre の関係は $2\pi i$ を含むので、四つの数の間の代数関係ではない)、$g$ 次元アーベル多様体について $4g$ 個の周期を含む形に言い換えられる、と原注は述べる。どの周期の組についての主張かは明示されない(上の注意「$4g$ 個の周期」の読み)。本書はこれを予想として掲げ、判定しない。
最も簡単な例は乗法群で、周期が超越数になりうること、不変量が $k$ に依ることがここで既に見える。
$k\subset\mathbb C$、$X=\mathbb G_m=\operatorname{Spec}k[t,t^{-1}]$ とする。$\Omega^1(X)=k[t,t^{-1}]\,dt$ で $d(t^m)=mt^{m-1}dt$ だから、$t^jdt$($j\ne-1$)は完全形式であり、引用する事実 3 により $H^1_{dR}(X)=k\cdot[dt/t]$ である。$X^h=\mathbb C^\times$ で、$H_1(\mathbb C^\times,\mathbb Z)$ は単位円 $c$(反時計回り)で生成され、$\int_c dt/t=2\pi i$。$\gamma$ を $c$ の双対基底とすると周期行列は $P=(2\pi i)$ で、不変量は $2\pi i$ の類 $\in k^\times\backslash\mathbb C^\times/\mathbb Q^\times$ である。$k\subset\overline{\mathbb Q}$ なら $\pi$ の超越性(Lindemann、1882 年。文献表にない)により類は自明でなく、$k$ 構造 $k\cdot[dt/t]$ と $\mathbb Q$ 構造 $\mathbb Q\gamma$ は異なる直線である。一方 $k\ni2\pi i$ なら類は自明で、不変量が $k$ に依ることが分かる。同じ $2\pi i$ が Legendre の関係の右辺、すなわち楕円曲線の周期行列の行列式として現れる。
次は、上の補題(de Rham コホモロジーの底変換)と上の定理(de Rham $k$ 構造)で準コンパクト性が外せないことを示す反例である。
外す条件は準コンパクト性である。$k\subset\mathbb C$ を $[\mathbb C:k]=\infty$ の部分体(例えば数体)、$X=\coprod_{m\in\mathbb N}\operatorname{Spec}k$(可算個の点の非交和)とする。$X$ は $k$ 上局所有限型・滑らか・分離的だが準コンパクトでない。$\Omega^1_{X/k}=0$ なので $H^0_{dR}(X)=\prod_{\mathbb N}k$、$X^h$ は可算個の点の離散空間で $H^0(X^h,\mathbb C)=\prod_{\mathbb N}\mathbb C$ である。写像 $(\prod k)\otimes_k\mathbb C\to\prod\mathbb C$ は全射でない:$\mathbb C$ の $k$ 上一次独立な元の列 $c_0,c_1,\dots$ をとると、像の元 $\sum_{i=1}^ra_i\otimes c'_i$ の各座標は有限次元空間 $\sum_ikc'_i$ に入るが、$(c_m)_m$ の座標は無限次元を張る。
最後に、虚数乗法をもつ楕円曲線では周期がガンマ関数の値で書け、四つの周期が代数的独立でないことを見る。予想が虚数乗法をもたない場合に限られる理由である。
$g_2=4$、$g_3=0$、$\Delta=64\ne0$。$k=\mathbb Q(i)$ 上の自己同型 $(x,y)\mapsto(-x,iy)$ は $O$ を固定し、$\omega\mapsto i\omega$、$\eta\mapsto-i\eta$ を与える(虚数乗法 $\mathbb Z[i]$)。$\mathbb C$ 上では格子は正方格子 $\Lambda=\omega_1(\mathbb Z+i\mathbb Z)$ で、$\wp(iz)=-\wp(z)$ からこの自己同型は $z\mapsto iz$ である。実周期は、$x\ge1$ の実軌跡を二重に覆う閉路 $\gamma_1$ について
$$\omega_1=\int_{\gamma_1}\frac{dx}{y}=\int_1^\infty\frac{dx}{\sqrt{x^3-x}}=2\int_0^1\frac{dt}{\sqrt{1-t^4}}$$
($x=t^{-2}$ と置換)で、右辺はレムニスケート積分である。その値が $\Gamma(1/4)^2/(2\sqrt{2\pi})=2.62205\cdots$ であることは知られている(本書は閉じた形の導出を確かめておらず、数値で一致を見たにとどまる)。$\eta$ の積分では $\gamma_1$ を $O$ を避けた同じホモロジー類の閉路にとる(上の定理(Legendre の関係)の段 1)。$\gamma_2$ を $\gamma_1$ の $z\mapsto iz$ による像とすると $\operatorname{Im}(\omega_2/\omega_1)=1>0$ で、$\omega_2=i\omega_1$、$\eta_2=\int_{\gamma_1}(-i\eta)=-i\eta_1$ となり、Legendre の関係 $\omega_1\eta_2-\omega_2\eta_1=-2i\omega_1\eta_1=2\pi i$ から $\eta_1=-\pi/\omega_1$、$\eta_2=i\pi/\omega_1$ を得る。したがって四つの周期はすべて $\mathbb Q(i,\omega_1,\pi)$ に入り、$\omega_2/\omega_1=i$ は代数的で、$(\omega_1,\omega_2,\eta_1,\eta_2)$ は代数的独立でない。周期行列 $\begin{pmatrix}\omega_1&i\omega_1\\-\pi/\omega_1&i\pi/\omega_1\end{pmatrix}$ の行列式は $2\pi i$ である。
以下は後代の結果の紹介である(執筆時点 2026 年の知識による。文献を開いていないものは明記する)。
本頁が対応する原論文は On the de Rham cohomology of algebraic varieties Gro66 である。
| 本頁 | 原論文 | 印字頁 |
|---|---|---|
| 補題(de Rham コホモロジーの底変換)、反例(準コンパクトでないスキーム) | 原論文にない(K1 の仮定の補い) | — |
| 定理(de Rham $k$ 構造)、注意(原論文の仮定の読み方) | K1 の前半 | 101 |
| 命題(正則微分形式の位置) | K1 の後半($X$ 射影的、$H^0(X,\Omega^n)\subset H^{n,0}$) | 101 |
| 定義(周期行列)、定理(周期行列と両側剰余類)、注意(原論文の $\mathbf C_{X^h}$ と $\mathbb Q_{X^h}$) | K2 | 101 |
| 注意(「$4g$ 個の周期」の読み) | K2 の「$4g$ 個の周期」、Schneider の定理の一般化の問い | 101–102 |
| 定理(楕円曲線の $H^1_{dR}$ の基底) | 原注 (10)($\omega,\eta$ が $H^1(X)$ の基底) | 102 |
| 定理(Legendre の関係)、注意(符号の規約) | 原注 (10)($\omega_1\eta_2-\eta_1\omega_2=2i\pi$) | 102 |
| 予想(周期の代数的独立性の予想) | 原注 (10)(Schneider の定理と「it is believed」以下) | 102 |
| 例(乗法群の周期 $2\pi i$)、例(虚数乗法をもつ楕円曲線 $y^2=4x^3-4x$) | 原論文にない | — |
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