$S$ 上のスキーム $X$ に対し、$X$ の開集合の冪零な厚み $U\hookrightarrow T$ を対象とする無限小景 $\operatorname{Inf}(X/S)$ と、そのうち局所的にレトラクション $T\to X$ をもつ対象だけからなる stratifying 景 $\operatorname{Strat}(X/S)$ を定義し、その上の層が $T$ ごとの Zariski 層の系で書けること、無限小景には一般に終対象がないこと、$X/S$ が滑らかなら二つの景が一致することを示す。主結果は、遷移射がすべて同型である $\mathcal O_{X/S}$ 加群(special 加群)の圏が、stratification 付き $\mathcal O_X$ 加群の圏と同値になることである。これは後の頁で無限小コホモロジーと de Rham コホモロジーを比べる土台になる。
$S$ を底スキーム、$f\colon X\to S$ を $S$ 上のスキームとする(この頁では滑らかさは仮定せず、要るところで断る)。$X$ の開集合 $U$ と、冪零イデアルによる閉はめ込み $U\hookrightarrow T$($T$ は $S$ スキーム、はめ込みは $S$ 射)の組を $(U\hookrightarrow T)$ と書く。対角線の $n$ 次無限小近傍を $\Delta^{(n)}$、その二つの射影を $p_1,p_2\colon\Delta^{(n)}\to X$ と書く(本書『0-6 記号と約束』)。
本頁の主結果は次の五つである。
第 3 章では、滑らかな射 $f\colon X\to S$ の相対 de Rham コホモロジー $H^i_{dR}(X/S)$ に標準的な可積分接続(Gauss–Manin 接続)が入ること(本書『3-2 Gauss–Manin 接続の代数的構成』『3-3 絶対標準接続の構成』)と、標数 $p$ では楕円曲線の族についてすら、この接続を標準的な stratification に延ばすことができないこと(本書『3-4 標準的 stratification の非存在』)を見た。Monsky–Washnitzer の不変性が示唆する「持上げの族の間の標準同型」は stratification の形をしているので(本書『3-1 不変性からの帰結と超越的接続』)、ここに原論文が「パズル」と呼ぶ食い違いがある。
原論文の §4 はこの食い違いを解く前に、係数の圏を広げる枠組みを用意する。着想は、$X$ の Zariski 位相の代わりに、$X$ の開集合の冪零な厚み $U\hookrightarrow T$ の全体を「空間」とみなすことである。厚みの上の加群を厚みの取り替えに沿って引き戻しで比べる構造は、stratification($\Delta^{(n)}$ の上での $p_1^*\mathcal E\cong p_2^*\mathcal E$ の両立系)を、特定の厚み $\Delta^{(n)}$ だけでなくすべての厚みの上で一度に述べたものになる。原論文はこの空間を無限小景と呼び、その上の層のコホモロジーが標数 $0$ で de Rham コホモロジーと一致すること(Theorem 4.1、本書『5-1 基本定理の言明と Čech 型スペクトル系列』)を基本定理とする。
§4 の冒頭(印字 pp. 330–331)は、この二つの環付きトポスが標数 $0$ でしかうまく働かず、講義の末尾で結晶トポスと接続トポスを提案すると予告する(本書『6-1 結晶景と接続景』)。標数 $p$ で働かない根拠は第 3 章で見た stratification の非存在であり、本頁の圏同値(主結果 5)がそれを「$H^1_{dR}$ に対応する stratifying 景の上の special 加群の非存在」に翻訳する。
景と景上の層、環付きトポスと加群の一般論は本書『0-5 景・トポス・微分作用素』に置いた。ここでは無限小景そのものを定義し、本書『4-2 接続・stratification・可積分性』で定義する stratification を、圏同値の証明に要る形で短く復習する。
$S$ 上のスキーム $X$ について、圏 $\operatorname{Inf}(X/S)$ を次で定める。対象は組 $(U\hookrightarrow T)$、ここで $U$ は $X$ の開集合、$T$ は $S$ スキーム、$U\hookrightarrow T$ は $S$ 射である閉はめ込みで、そのイデアル層 $\mathcal J\subset\mathcal O_T$ は局所的に冪零($T$ の各点のある近傍で $\mathcal J^{N+1}=0$)とする。$U\hookrightarrow T$ は底空間の同相写像である。射 $(U\hookrightarrow T)\to(U'\hookrightarrow T')$ とは、$U\subset U'$ であって、$S$ 射 $j\colon T\to T'$ で $j|_U$ が包含 $U\subset U'$ に一致するものをいう。被覆族は、$T$ の Zariski 開被覆 $(T_i)_i$ から得る射の族 $\{(U\cap T_i\hookrightarrow T_i)\to(U\hookrightarrow T)\}_i$ である。これは前位相(射 $j\colon(U\hookrightarrow T)\to(U'\hookrightarrow T')$ による $(U'\cap T'_i\hookrightarrow T'_i)$ の引き戻しは $(U\cap j^{-1}T'_i\hookrightarrow j^{-1}T'_i)$ で、合成でも閉じる)で、これが生成する Grothendieck位相を入れた景を $X$ の $S$ に関する無限小景(infinitesimal site)といい、同じ記号 $\operatorname{Inf}(X/S)$ で表す。
対象 $(U\hookrightarrow T)$ は $U$ の外の幾何を含まない。$T$ と $U$ の違いは構造層の冪零な部分だけで、射 $j\colon T\to T'$ も底空間の上では包含 $U\subset U'$ そのものである。
$\operatorname{Inf}(X/S)$ 上の層(本書『0-5 景・トポス・微分作用素』の「景上の層とトポス」)の圏を $X$ の $S$ に関する無限小トポスといい $(X/S)_{\inf}$ と書く(原論文は $X_{\inf}$ とも書く)。対象 $(U\hookrightarrow T)$ に環 $\Gamma(T,\mathcal O_T)$ を対応させる前層は層であり(下の命題(無限小景の上の層の記述)の系 $(\mathcal O_T)_{(U,T)}$ に当たる)、これを構造層 $\mathcal O_{X/S}$ という(原論文の $\mathcal O_{X_{\inf}}$)。$(X/S)_{\inf}$ を $\mathcal O_{X/S}$ で環付きトポスとみなし、その加群を $\mathcal O_{X/S}$ 加群という。
層は後で $T$ 上の Zariski 層の系に読み替える(主結果 1)。その前に、無限小景の充満部分圏として stratifying 景を定義しておく。
$\operatorname{Inf}(X/S)$ の対象 $(U\hookrightarrow T)$ が局所的にレトラクションをもつとは、$T$ の開被覆 $(T_a)_a$ と $S$ 射 $g_a\colon T_a\to X$ で、$g_a|_{U\cap T_a}$ が包含 $U\cap T_a\subset X$ に一致するものが存在することをいう。局所的にレトラクションをもつ対象からなる $\operatorname{Inf}(X/S)$ の充満部分圏を $\operatorname{Strat}(X/S)$ と書き、誘導された位相(被覆族は $\operatorname{Inf}(X/S)$ と同じ形。開部分スキームへの制限は局所的にレトラクションをもつ性質を保つ)を入れた景を $X$ の $S$ に関する stratifying 景という。その上の層の圏を stratifying トポス $(X/S)_{\mathrm{strat}}$ といい、構造層 $\mathcal O_{X/S}$(原論文の $\mathcal O_{X_{\mathrm{strat}}}$)とその加群も同様に定める。
$(X\hookrightarrow X)$ はどちらの景の対象でもあり、$(X\hookrightarrow\Delta^{(n)})$ は $p_1$(または $p_2$)を大域的なレトラクションとしてもつので $\operatorname{Strat}(X/S)$ の対象である。レトラクションをもたない対象がどのようなものかは「例と反例」で見る。
$\operatorname{Strat}(X/S)$(または $\operatorname{Inf}(X/S)$)の上の $\mathcal O_{X/S}$ 加群 $\mathcal F$ を、下の命題(無限小景の上の層の記述)により、各対象 $(U\hookrightarrow T)$ 上の $\mathcal O_T$ 加群 $\mathcal F_{(U,T)}$ と、各射 $j\colon(U\hookrightarrow T)\to(U'\hookrightarrow T')$ ごとの $\mathcal O_T$ 線型な遷移射
$$\rho_j\colon j^*\mathcal F_{(U',T')}=\mathcal O_T\otimes_{j^{-1}\mathcal O_{T'}}j^{-1}\mathcal F_{(U',T')}\longrightarrow\mathcal F_{(U,T)}$$
の系とみなす($j^*$ は環付き空間の逆像)。$\mathcal F$ が special であるとは、すべての射 $j$ について $\rho_j$ が同型であることをいう。special 加群の射とは $\mathcal O_{X/S}$ 加群の射である。
special 加群は「各厚みの上の値が、より小さい厚みの値の引き戻しで決まる」加群である。後代の言葉では結晶(crystal)という(本書『0-6 記号と約束』)が、本頁では原論文どおり special と呼ぶ。
$\Delta\colon X\to X\times_SX$ を対角射、$\mathcal I$ を(対角線の像が閉となる開集合 $W$ の上で)$\Delta(X)$ のイデアル層とし、$\Delta^{(n)}=V(\mathcal I^{n+1})$ を対角線の $n$ 次無限小近傍、$p_1,p_2\colon\Delta^{(n)}\to X$ をその二つの射影とする($X\hookrightarrow\Delta^{(n)}$ は冪零はめ込みで $p_1\circ\Delta=p_2\circ\Delta=\mathrm{id}_X$)。三重積の小さい対角線の $n$ 次近傍 $\Delta^{(n)}_2$ は射影 $\mathrm{pr}_i\colon\Delta^{(n)}_2\to X$($i=1,2,3$)と $\mathrm{pr}_{12},\mathrm{pr}_{23},\mathrm{pr}_{13}\colon\Delta^{(n)}_2\to\Delta^{(n)}$ をもつ($\mathrm{pr}_1=p_1\circ\mathrm{pr}_{12}$ など)。$\mathcal O_X$ 加群 $\mathcal E$ の $S$ に関する stratification とは、$\mathcal O_{\Delta^{(n)}}$ 加群の同型 $\varphi_n\colon p_1^*\mathcal E\xrightarrow{\sim}p_2^*\mathcal E$($n\ge1$)で、$\Delta^{(n)}_2$ 上の余サイクル条件 $\mathrm{pr}_{13}^*\varphi_n=\mathrm{pr}_{23}^*\varphi_n\circ\mathrm{pr}_{12}^*\varphi_n$ をみたし $n'\le n$ で両立する族をいい、水平射とはすべての $\varphi_n$ と可換な $\mathcal O_X$ 線型射をいう(本書『4-2 接続・stratification・可積分性』の定義($n$-connection)と定義(stratification と水平射))。
本書『0-5 景・トポス・微分作用素』は、§5 の余単体 pro-環 $P^\nu$ と区別するために主要部の層 $p_{1*}\mathcal O_{\Delta^{(n)}}$ を $\mathcal P^n_{X/S}$ と書き、$\Delta^{(n)}$ の二つの射影を $p_0,p_1$ と番号づけている。本頁は本書『0-6 記号と約束』のとおり $P^n_{X/S}$ と $p_1,p_2$ を使い、0-5 の $p_0,p_1$ が本頁の $p_1,p_2$ である。原論文の Appendix の記号 $\Delta^1(n)$・$p_1(n),p_2(n)$ との対応は 0-5・0-6 にある。
圏同値の証明が使うのは、stratification を厚みへの延長の対で言い換えた形(下の引用する事実 4)で、その証明は本書『4-2 接続・stratification・可積分性』に置く。
次の事実は証明せずに引用する。出典は本書の第 0 章・第 4 章と EGA4 で、該当箇所の番号は本頁では確認していない。
原論文は 4.2 の圏同値の証明で、stratification 付き加群が「冪零はめ込みの上の二つの延長 $u_1,u_2$ について標準同型 $u_1^*\mathcal E\cong u_2^*\mathcal E$ をもつ」ことを Appendix から思い出す形で使う(事実 4)。本頁はまず景の上の層を記述し、終対象の有無と滑らかな場合の景の一致を経て、圏同値に至る。
$\operatorname{Inf}(X/S)$(または $\operatorname{Strat}(X/S)$)の上の集合の層 $\mathcal F$ を与えることは、次の系を与えることと同値である。各対象 $(U\hookrightarrow T)$ に $T$ 上の Zariski 層 $\mathcal F_{(U,T)}$ を、各射 $j\colon(U\hookrightarrow T)\to(U'\hookrightarrow T')$ に層の射 $\rho_j\colon j^{-1}\mathcal F_{(U',T')}\to\mathcal F_{(U,T)}$ を対応させ、(i) $j$ が開はめ込み($T\subset T'$ が開、$U=U'\cap T$)なら $\rho_j$ は同型、(ii) 合成 $j'\circ j$ について $\rho_{j'j}=\rho_j\circ j^{-1}(\rho_{j'})$。アーベル群・環の層も同様で、$\mathcal O_{X/S}$ 加群は、各 $\mathcal F_{(U,T)}$ が $\mathcal O_T$ 加群で $\rho_j$ が $j^{-1}\mathcal O_{T'}$ 線型、同じことだが $\mathcal O_T$ 線型射 $j^*\mathcal F_{(U',T')}\to\mathcal F_{(U,T)}$ を与えるものに当たる。
段 1(層から系へ).$\mathcal F$ を層とする。対象 $(U\hookrightarrow T)$ と $T$ の開集合 $V$ について $\mathcal F_{(U,T)}(V):=\mathcal F(U\cap V\hookrightarrow V)$ と定め、制限は開はめ込み $(U\cap V\hookrightarrow V)\to(U\cap V'\hookrightarrow V')$ に沿った $\mathcal F$ の制限とする。$T$ の開被覆 $(T_i)$ について、$\operatorname{Inf}(X/S)$ の中のファイバー積 $(U\cap T_i\hookrightarrow T_i)\times_{(U\hookrightarrow T)}(U\cap T_l\hookrightarrow T_l)$ は $(U\cap T_i\cap T_l\hookrightarrow T_i\cap T_l)$ である。したがって被覆族に対する $\mathcal F$ の層条件は、$\mathcal F_{(U,T)}$ の $T$ 上の層条件そのものである。射 $j\colon(U\hookrightarrow T)\to(U'\hookrightarrow T')$ と $T'$ の開集合 $V'$ について、$j$ は射 $(U\cap j^{-1}V'\hookrightarrow j^{-1}V')\to(U'\cap V'\hookrightarrow V')$ を誘導し、$\mathcal F$ の制限が層の射 $\mathcal F_{(U',T')}\to j_*\mathcal F_{(U,T)}$、随伴で $\rho_j\colon j^{-1}\mathcal F_{(U',T')}\to\mathcal F_{(U,T)}$ を与える。(i) は $V\subset T\subset T'$ について $\mathcal F_{(U,T)}(V)=\mathcal F_{(U',T')}(V)$ から、(ii) は $\mathcal F$ の関手性から従う。
段 2(系から層へ).系 $(\mathcal F_{(U,T)},\rho_j)$ が与えられたとき、$\mathcal F(U\hookrightarrow T):=\Gamma(T,\mathcal F_{(U,T)})$ とし、射 $j$ に沿った制限を $\Gamma(T',\mathcal F_{(U',T')})\to\Gamma(T,j^{-1}\mathcal F_{(U',T')})\xrightarrow{\rho_j}\Gamma(T,\mathcal F_{(U,T)})$ で定める。(ii) により前層になる($\rho_{\mathrm{id}}=\mathrm{id}$ は、(i) により $\rho_{\mathrm{id}}$ が同型で、(ii) により $\rho_{\mathrm{id}}=\rho_{\mathrm{id}}\circ\rho_{\mathrm{id}}$ だから従う)。被覆族に対する層条件は、(i) により各 $\mathcal F(U\cap T_i\hookrightarrow T_i)=\Gamma(T_i,\mathcal F_{(U,T)}|_{T_i})$ なので、$\mathcal F_{(U,T)}$ の Zariski 層条件に帰着する。
段 3(互いに逆).段 1 の後に段 2 を施すと $\Gamma(T,\mathcal F_{(U,T)})=\mathcal F(U\hookrightarrow T)$。段 2 の後に段 1 を施すと $V\mapsto\Gamma(V,\mathcal F_{(U,T)}|_V)$ で、(i) により元に戻る。$\operatorname{Strat}(X/S)$ でも被覆族は同じ形なので同じ。加群の主張は、$\mathcal O_{X/S}$ の作用が対象ごとに $\Gamma(T,\mathcal O_T)$ の作用であることから従う。
構造層 $\mathcal O_{X/S}$ は系 $(\mathcal O_T)$ で、遷移射 $j^*\mathcal O_{T'}=\mathcal O_T$ はつねに同型だから special である。一方、大域切断関手 $\Gamma((X/S)_{\inf},\mathcal F)$ を一つの対象の値で計算することは、次に見るように一般にはできない。
$\Omega^1_{X/S}\ne0$ なら $\operatorname{Inf}(X/S)$ は終対象をもたない。
段 1(終対象の形).終対象 $(U_f\hookrightarrow T_f)$ があるとする。$(X\hookrightarrow X)$ からの射が存在するので $X\subset U_f$、よって $U_f=X$ であり、$T_f$ の底空間は $X$ のそれである。
段 2(affine な局所化).$\Omega^1_{X/S}\ne0$ なので、茎 $\Omega^1_{X/S,x}\ne0$ となる点 $x\in X$ がある。$f(x)$ の affine 開近傍 $V\subset S$ をとり、$T_f$ の affine 開近傍 $V'\ni x$ を、$T_f\to S$ による $V$ の逆像に含まれるようにとる。$U:=X\cap V'$(底空間が $V'$ の $X$ の開集合)は affine $V'$ の閉部分スキームなので affine(引用する事実 3)、$V'\to S$ は $V$ を経由し、$V\hookrightarrow S$ が開はめ込みなので $\Omega^1_{U/V}=\Omega^1_{X/S}|_U\ne0$ である($x\in U$)。$(U\hookrightarrow V')$ が $\operatorname{Inf}(U/V)$ の終対象であることを示す。$\operatorname{Inf}(U/V)$ の対象 $(U'\hookrightarrow T)$ は、$T$ を $S$ スキームとみて $\operatorname{Inf}(X/S)$ の対象でもある。唯一の射 $T\to T_f$ は底空間の上で包含 $U'\subset U$ なので、開部分スキーム $V'$ を経由し、$T\to V'\to S$ と $T\to V\to S$ が一致して $V\hookrightarrow S$ が単射(開はめ込み)だから $T\to V'$ は $V$ 射である。$V$ 射 $T\to V'$ が二つあれば、それらは $\operatorname{Inf}(X/S)$ の射でもあるので一致する。よって射はちょうど一つある。
段 3(導分による矛盾).$R=\Gamma(V,\mathcal O_S)$、$B=\Gamma(U,\mathcal O_U)$、$A=\Gamma(V',\mathcal O_{V'})$ とおくと、$A\twoheadrightarrow B$ で $\Omega^1_{B/R}\ne0$ である。$B$ 加群 $M$ に対し、自明な平方零拡大 $B\oplus M$(積 $(b,m)(b',m')=(bb',bm'+b'm)$)を $R\to B\hookrightarrow B\oplus M$ で $R$ 代数とみると、$(U\hookrightarrow\operatorname{Spec}(B\oplus M))$ は $\operatorname{Inf}(U/V)$ の対象である。それから $(U\hookrightarrow V')$ への射は、$R$ 代数の射 $A\to B\oplus M$ で $B$ への射影との合成が $A\to B$ に一致するもの、すなわち $R$ 導分 $A\to M$($A$ は $B$ を通して $M$ に作用する)と一対一に対応する。引用する事実 2 により
$$\operatorname{Der}_R(A,M)=\operatorname{Hom}_A(\Omega^1_{A/R},M)=\operatorname{Hom}_B(\Omega^1_{A/R}\otimes_AB,M).$$
終対象なのでこれはすべての $M$ について一点集合であり、$M=\Omega^1_{A/R}\otimes_AB$ ととれば恒等射と零射が一致するので $\Omega^1_{A/R}\otimes_AB=0$。ところが $\Omega^1_{A/R}\otimes_AB\to\Omega^1_{B/R}$ は全射(引用する事実 2)なので $\Omega^1_{B/R}=0$ となり、矛盾する。
原論文は「一般に終対象がない」とだけ書く。上の命題はその「一般に」を $\Omega^1_{X/S}\ne0$ に置き換えたもので、とくに $X$ が $S$ 上滑らかで相対次元 $\ge1$ なら終対象はない。逆に $\Omega^1_{X/S}=0$ だけからは終対象の存在は出ない(「例と反例」の反例)。終対象がある場合を二つ挙げる。
(a) $X\hookrightarrow S$ 自身が冪零な閉はめ込み(たとえば $X=S$)なら $(X\hookrightarrow S)$ は $\operatorname{Inf}(X/S)$ の終対象である。(b) $X$ が $S$ 上エタールなら $(X\hookrightarrow X)$ は $\operatorname{Inf}(X/S)$ の終対象である。
(a).$(X\hookrightarrow S)$ は対象で、任意の $(U\hookrightarrow T)$ からの射は $T$ の構造射 $T\to S$ に限る($S$ 射だから)。構造射は $U$ 上で包含 $U\subset X\subset S$ に一致するので、射がちょうど一つある。
(b).対象 $(U\hookrightarrow T)$ から $(X\hookrightarrow X)$ への射とは、$S$ 射 $j\colon T\to X$ で $j|_U$ が包含 $U\subset X$ に一致するものである。$T$ の affine 開集合 $T'$ をとり、その上でイデアル $\mathcal J$ が $\mathcal J^{N+1}=0$ をみたすとしてよい。$T_n:=V(\mathcal J^{n+1})\cap T'$ とおくと $T_0=U\cap T'$、$T_N=T'$ で、$T_n\hookrightarrow T_{n+1}$ は平方零イデアル $\mathcal J^{n+1}/\mathcal J^{n+2}$ による閉はめ込み、各 $T_n$ は affine である(引用する事実 3)。$X$ は $S$ 上形式的エタール(引用する事実 1)なので、包含 $T_0\to X$ から始めて、$S$ 射 $T_n\to X$ は $T_{n+1}\to X$ にちょうど一通りに延び、$N$ 段で $T'\to X$ を得る。二つの延長 $T'\to X$ は各段で一致するので等しい。affine 開集合 $T'$ を動かすと、重なりを affine 開集合で覆って各々の上で一意性を使えば重なりの上で延長は一致し、貼り合って $j\colon T\to X$ が存在する。一意性も同じ理由で従う。
終対象がないことの帰結は、コホモロジー $H^q((X/S)_{\inf},\mathcal F)$ を一つの対象の切断で計算できないことである。原論文はこの困難を、終対象を覆う対象を使う Čech 型スペクトル系列で回避する(本書『5-1 基本定理の言明と Čech 型スペクトル系列』)。$\operatorname{Strat}(X/S)$ では $(X\hookrightarrow X)$ が表す層がその役を果たすので、次に二つの景が一致する条件を見る。
$X$ が $S$ 上滑らかなら、$\operatorname{Inf}(X/S)$ のすべての対象 $(U\hookrightarrow T)$ は局所的にレトラクションをもつ。したがって $\operatorname{Strat}(X/S)=\operatorname{Inf}(X/S)$ であり、$(X/S)_{\mathrm{strat}}=(X/S)_{\inf}$ である。
$U$ は $X$ の開集合なので $S$ 上滑らか、とくに形式的滑らかである(引用する事実 1)。$T$ の affine 開集合 $T'$ で、イデアル $\mathcal J$ が $\mathcal J^{N+1}|_{T'}=0$ をみたすものをとり、上の命題(終対象が存在する場合)の (b) と同じく $T_n:=V(\mathcal J^{n+1})\cap T'$ とおく。包含 $g_0\colon T_0=U\cap T'\to X$ から始め、$T_n\hookrightarrow T_{n+1}$ が affine スキームの平方零はめ込みなので、形式的滑らかさにより $S$ 射 $g_n\colon T_n\to X$ は $g_{n+1}\colon T_{n+1}\to X$ に延びる。$N$ 段で $g:=g_N\colon T'\to X$ を得て、$g|_{U\cap T'}$ は包含である。affine 開集合 $T'$ は $T$ を覆うので、$(U\hookrightarrow T)$ は局所的にレトラクションをもつ。
延長の一意性は成り立たないので、レトラクションは重なりの上で貼り合うとは限らない。これが「局所的に」と断る理由で、圏同値の証明では二つのレトラクションの差を引用する事実 4 の $\tau$ で吸収する。
$X$ を $S$ 上の任意のスキームとする。$\operatorname{Strat}(X/S)$ 上の special な $\mathcal O_{X/S}$ 加群の圏と、$S$ に関する stratification を備えた $\mathcal O_X$ 加群と水平射の圏とは同値である。同値は、$(\mathcal E,(\varphi_n))$ に局所レトラクション $g_a$ による $g_a^*\mathcal E$ を貼り合わせた加群 $\widetilde{\mathcal E}$ を対応させる関手 $\Phi$ と、special 加群 $\mathcal G$ に $\mathcal E=\mathcal G_{(X,X)}$ と $\varphi_n=\rho_{p_2}^{-1}\circ\rho_{p_1}$ を対応させる関手 $\Psi$ で与えられる。
以下、命題(無限小景の上の層の記述)により $\mathcal O_{X/S}$ 加群を系 $(\mathcal G_{(U,T)},\rho_j)$ と同一視し、遷移射は $\mathcal O_T$ 線型射 $\rho_j\colon j^*\mathcal G_{(U',T')}\to\mathcal G_{(U,T)}$ の形で書く。stratification $(\varphi_n)$ には引用する事実 4 の同型系 $(\tau_{u_1,u_2})$ を対応させる。
段 1($\Phi$ の構成).$(\mathcal E,(\varphi_n))$ を stratification 付き $\mathcal O_X$ 加群とする。対象 $(U\hookrightarrow T)$ に対し、$T$ の開被覆 $(T_a)$ とレトラクション $g_a\colon T_a\to X$ をとる。$T_{ab}=T_a\cap T_b$ の上で $g_a,g_b$ は、冪零はめ込み $U\cap T_{ab}\hookrightarrow T_{ab}$ の上の包含 $U\cap T_{ab}\to X$ の二つの延長なので、同型 $\tau_{g_a,g_b}\colon g_a^*\mathcal E\xrightarrow{\sim}g_b^*\mathcal E$ が $T_{ab}$ 上にある。(i) により $T_a$ 上で恒等、(ii) により $T_{abc}$ 上で余サイクル条件をみたすので、$g_a^*\mathcal E$ たちは $T$ 上の $\mathcal O_T$ 加群 $\widetilde{\mathcal E}_{(U,T)}$ に貼り合う。被覆とレトラクションの取り替えは、共通の細分の上で $\tau$ が与える標準同型で吸収される((ii)(iii))。
段 2($\Phi$ の遷移射と special 性).射 $j\colon(U\hookrightarrow T)\to(U'\hookrightarrow T')$ をとり、$T'$ のレトラクション $g'_b\colon T'_b\to X$、$T$ のレトラクション $g_a\colon T_a\to X$ をとる。$T_a\cap j^{-1}(T'_b)$ の上で $g'_b\circ j$ と $g_a$ はともに包含 $U\cap T_a\cap j^{-1}(T'_b)\to X$ の延長である($j|_U$ が包含 $U\subset U'$ だから)。よって $\tau_{g'_bj,g_a}\colon j^*g_b'^*\mathcal E=(g'_bj)^*\mathcal E\xrightarrow{\sim}g_a^*\mathcal E$ があり、(ii)(iii) により貼り合わせと両立するので、同型 $\rho_j\colon j^*\widetilde{\mathcal E}_{(U',T')}\xrightarrow{\sim}\widetilde{\mathcal E}_{(U,T)}$ を得る。合成についての推移性は (ii) から従う。よって $\widetilde{\mathcal E}=\Phi(\mathcal E,(\varphi_n))$ は special 加群である。水平射 $\mathcal E\to\mathcal E'$ は各 $g_a^*$ で移り、すべての $\tau$ と可換なので貼り合い、special 加群の射 $\widetilde{\mathcal E}\to\widetilde{\mathcal E}'$ を与える。
段 3($\Psi$ の構成).$\mathcal G$ を special 加群、$\mathcal E:=\mathcal G_{(X,X)}$ とする。$p_i\colon\Delta^{(n)}\to X$ は $X$ 上恒等を誘導する $S$ 射なので、射 $p_i\colon(X\hookrightarrow\Delta^{(n)})\to(X\hookrightarrow X)$ であり、special 性により $\rho_{p_i}\colon p_i^*\mathcal E\xrightarrow{\sim}\mathcal G_{(X,\Delta^{(n)})}$ は同型である。$\varphi_n:=\rho_{p_2}^{-1}\circ\rho_{p_1}\colon p_1^*\mathcal E\xrightarrow{\sim}p_2^*\mathcal E$ とおく。余サイクル条件:$(X\hookrightarrow\Delta^{(n)}_2)$ も対象で、$\mathrm{pr}_{12},\mathrm{pr}_{23},\mathrm{pr}_{13}$ は $(X\hookrightarrow\Delta^{(n)})$ への射、$\mathrm{pr}_i$ は $(X\hookrightarrow X)$ への射である。推移性 (ii) を $\mathrm{pr}_1=p_1\circ\mathrm{pr}_{12}$、$\mathrm{pr}_2=p_2\circ\mathrm{pr}_{12}$ に当てると $\rho_{\mathrm{pr}_1}=\rho_{\mathrm{pr}_{12}}\circ\mathrm{pr}_{12}^*\rho_{p_1}$、$\rho_{\mathrm{pr}_2}=\rho_{\mathrm{pr}_{12}}\circ\mathrm{pr}_{12}^*\rho_{p_2}$ なので $\mathrm{pr}_{12}^*\varphi_n=\rho_{\mathrm{pr}_2}^{-1}\circ\rho_{\mathrm{pr}_1}$。同様に $\mathrm{pr}_{23}^*\varphi_n=\rho_{\mathrm{pr}_3}^{-1}\circ\rho_{\mathrm{pr}_2}$、$\mathrm{pr}_{13}^*\varphi_n=\rho_{\mathrm{pr}_3}^{-1}\circ\rho_{\mathrm{pr}_1}$ であり、合成すれば $\mathrm{pr}_{23}^*\varphi_n\circ\mathrm{pr}_{12}^*\varphi_n=\mathrm{pr}_{13}^*\varphi_n$。$n'\le n$ の両立:$\iota\colon\Delta^{(n')}\hookrightarrow\Delta^{(n)}$ は射で $p_i\circ\iota=p'_i$ なので、推移性から $\iota^*\varphi_n=\rho_{p'_2}^{-1}\circ\rho_{p'_1}=\varphi_{n'}$。special 加群の射は $(X,X)$ 成分で、遷移射と可換なので $\varphi_n$ と可換な射、すなわち水平射を与える。
段 4($\Psi\circ\Phi\cong\mathrm{id}$).$\widetilde{\mathcal E}=\Phi(\mathcal E,(\varphi_n))$ について、$(X\hookrightarrow X)$ ではレトラクション $\mathrm{id}_X$ がとれるので $\widetilde{\mathcal E}_{(X,X)}=\mathcal E$。$(X\hookrightarrow\Delta^{(n)})$ では大域的なレトラクション $p_1$ がとれるので $\widetilde{\mathcal E}_{(X,\Delta^{(n)})}=p_1^*\mathcal E$ であり、段 2 の構成により遷移射は $\rho_{p_1}=\tau_{\mathrm{id}\circ p_1,\,p_1}=\mathrm{id}$、$\rho_{p_2}=\tau_{\mathrm{id}\circ p_2,\,p_1}=\tau_{p_2,p_1}=\tau_{p_1,p_2}^{-1}=\varphi_n^{-1}$((i)(ii) から $\tau_{p_2,p_1}\circ\tau_{p_1,p_2}=\tau_{p_1,p_1}=\mathrm{id}$)。よって $\rho_{p_2}^{-1}\circ\rho_{p_1}=\varphi_n$ で、$\Psi\Phi(\mathcal E,(\varphi_n))=(\mathcal E,(\varphi_n))$ である。
段 5($\Phi\circ\Psi\cong\mathrm{id}$).$\mathcal G$ を special 加群、$(\mathcal E,(\varphi_n))=\Psi(\mathcal G)$ とし、対象 $(U\hookrightarrow T)$ とレトラクション $g_a\colon T_a\to X$ をとる。$g_a$ は射 $(U\cap T_a\hookrightarrow T_a)\to(X\hookrightarrow X)$ なので、special 性により $\rho_{g_a}\colon g_a^*\mathcal E\xrightarrow{\sim}\mathcal G_{(U\cap T_a,T_a)}=\mathcal G_{(U,T)}|_{T_a}$(後の等号は命題(無限小景の上の層の記述)の (i))。$T_{ab}$ 上で $\rho_{g_b}^{-1}\circ\rho_{g_a}=\tau_{g_a,g_b}$ を示す。事実 4 のとおり、$T_{ab}$ の各点の近傍で $(g_a,g_b)$ は $h\colon T_{ab}\to\Delta^{(N)}$ を経由し $\tau_{g_a,g_b}=h^*\varphi_N$ である。$h$ は射 $(U\cap T_{ab}\hookrightarrow T_{ab})\to(X\hookrightarrow\Delta^{(N)})$ で、$g_a=p_1\circ h$、$g_b=p_2\circ h$ なので、推移性から $\rho_{g_a}=\rho_h\circ h^*\rho_{p_1}$、$\rho_{g_b}=\rho_h\circ h^*\rho_{p_2}$、よって $\rho_{g_b}^{-1}\circ\rho_{g_a}=h^*(\rho_{p_2}^{-1}\circ\rho_{p_1})=h^*\varphi_N=\tau_{g_a,g_b}$。したがって $\rho_{g_a}$ たちは $\widetilde{\mathcal E}_{(U,T)}$ の貼り合わせと両立し、同型 $\widetilde{\mathcal E}_{(U,T)}\xrightarrow{\sim}\mathcal G_{(U,T)}$ に貼り合う。遷移射との両立も同じ推移性の計算から従い、$\mathcal G$ について自然である。よって $\Phi\Psi(\mathcal G)\cong\mathcal G$ で、$\Phi$ と $\Psi$ は互いに準逆である。
原論文は $\Phi$ の構成を書き、逆向きを「明らか」として済ませる。上の証明では、逆向きの $\varphi_n$ が、大域的にレトラクションをもつ対象 $(X\hookrightarrow\Delta^{(n)})$ の遷移射から直接得られることを見た。special の条件は、$\mathcal G_{(U,T)}$ が $\mathcal E=\mathcal G_{(X,X)}$ の引き戻しで決まり厚み $T$ の上の新しい情報をもたないことを意味し、それが $\Psi$ がすべての情報を回収する理由である。
原論文は 4.2 で「stratification を備えた」を「fortified with」と印字する(印字 pp. 333–334)。標準的でない語で、仏語 muni de の直訳と読める。数学に関わる誤植ではない。上の定理の証明は $X/S$ の滑らかさを使わない。滑らかなら上の命題(滑らかなら stratifying 景は無限小景に一致する)により $\operatorname{Inf}(X/S)$ 上の special 加群についても同じ結論になる。
最初の例は、終対象の非存在を最も簡単な場合に手で確かめるものである。
$S=\operatorname{Spec}k$、$X=\mathbb A^1_k=\operatorname{Spec}k[t]$ とする。$(X\hookrightarrow X)$、$(X\hookrightarrow X[\varepsilon])$($X[\varepsilon]=\operatorname{Spec}k[t,\varepsilon]/(\varepsilon^2)$)、$(X\hookrightarrow\Delta^{(n)})$($\Delta^{(n)}=\operatorname{Spec}k[t,\xi]/(\xi^{n+1})$、$\xi=1\otimes t-t\otimes1$)はいずれも対象である。$(X\hookrightarrow X[\varepsilon])$ から $(X\hookrightarrow X)$ への射は $k$ 代数の射 $k[t]\to k[t,\varepsilon]/(\varepsilon^2)$、$t\mapsto t+a(t)\varepsilon$ で、$a\in k[t]$ の分だけある。射が一つでないので $(X\hookrightarrow X)$ は終対象でない。$\Omega^1_{k[t]/k}=k[t]\,dt\ne0$ なので、上の命題(終対象の非存在)により終対象は一つもない。
次の反例は、命題(終対象の非存在)の逆が成り立たないことを示す。
外す条件は「$\Omega^1_{X/S}\ne0$」である。$S=\mathbb A^1_k=\operatorname{Spec}k[t]$、$X=\operatorname{Spec}k$ を $t\mapsto0$ で $S$ の閉点とする。$\Omega^1_{X/S}=\Omega^1_{k/k[t]}=0$ である。終対象 $(X\hookrightarrow T_f)$ があるとすると、$T_f$ の底空間は一点なので $T_f=\operatorname{Spec}A$ は affine で、$A\twoheadrightarrow k$、核 $\mathfrak m$ は冪零であり、命題(終対象の非存在)の段 3 と同じ議論($R=k[t]$、$B=k$)で $\Omega^1_{A/k[t]}\otimes_Ak=0$ となる。$A$ は剰余体 $k$ の局所 $k$ 代数なので $\Omega^1_{A/k[t]}\otimes_Ak=\mathfrak m/(\mathfrak m^2+tA)$ であり、$\mathfrak m=\mathfrak m^2+tA$ を繰り返し代入すると $\mathfrak m$ が冪零だから $\mathfrak m=tA$、よって $A=k+tA=k[t]$ の像で、$A=k[t]/(t^N)$($N\ge1$)。すると対象 $(X\hookrightarrow\operatorname{Spec}k[t]/(t^{N+1}))$ から $(X\hookrightarrow T_f)$ への射は $k[t]$ 代数の射 $k[t]/(t^N)\to k[t]/(t^{N+1})$ だから $t\mapsto t$ でなければならず、$t^N\mapsto t^N\ne0$ なので存在しない。したがって終対象はない。
次の反例は、滑らかさを外すと stratifying 景が無限小景より真に小さくなることを示す。
外す条件は「$X$ が $S$ 上滑らか」である。$S=\operatorname{Spec}k$、$X=\operatorname{Spec}k[x]/(x^2)$、$T=\operatorname{Spec}k[x]/(x^3)$ とし、$X\hookrightarrow T$ を自然な全射で定める(イデアル $(x^2)$ は平方零)。$(X\hookrightarrow T)$ は $\operatorname{Inf}(X/S)$ の対象である。$T$ は一点なのでレトラクションは大域的なものに限り、それは $k$ 代数の射 $g^\sharp\colon k[x]/(x^2)\to k[x]/(x^3)$ で $k[x]/(x^3)\to k[x]/(x^2)$ との合成が恒等になるもの、すなわち $x\mapsto x+ax^2$($a\in k$)である。ところが $k[x]/(x^3)$ の中で $(x+ax^2)^2=x^2\ne0$ なので、$x^2=0$ を保つ射は存在しない。よって $(X\hookrightarrow T)$ は局所的にもレトラクションをもたず、$\operatorname{Strat}(X/S)\ne\operatorname{Inf}(X/S)$ である。
special 加群の例と、special でない加群の例を挙げる。
構造層 $\mathcal O_{X/S}$ は系 $(\mathcal O_T)$ で、遷移射 $j^*\mathcal O_{T'}=\mathcal O_T$ はつねに同型だから special である。上の定理(special 加群と stratification 付き加群の圏同値)で対応するのは $\mathcal E=\mathcal O_X$ に自明な stratification $\varphi_n=\mathrm{id}\colon p_1^*\mathcal O_X=\mathcal O_{\Delta^{(n)}}=p_2^*\mathcal O_X$ を入れたものである。一方、各 $(U\hookrightarrow T)$ にはめ込みのイデアル層 $\mathcal J_T=\ker(\mathcal O_T\to\mathcal O_U)$ を対応させる系 $\mathcal J$ は $\mathcal O_{X/S}$ 加群(遷移射は $j^\sharp$ がイデアルを保つことから)だが、special でない。実際 $j=p_1\colon(X\hookrightarrow\Delta^{(1)})\to(X\hookrightarrow X)$ について $\mathcal J_X=0$、$\mathcal J_{\Delta^{(1)}}=\mathcal I/\mathcal I^2=\Omega^1_{X/S}$ なので、$\Omega^1_{X/S}\ne0$ なら $\rho_{p_1}\colon p_1^*\mathcal J_X=0\to\mathcal J_{\Delta^{(1)}}$ は同型でない。
最後は、終対象がある場合に圏同値が何を言うかである。
$X$ が $S$ 上エタールとする。命題(終対象が存在する場合)の (b) により $(X\hookrightarrow X)$ は終対象なので、$p_1,p_2\colon(X\hookrightarrow\Delta^{(n)})\to(X\hookrightarrow X)$ は一致する。すると $\Delta^{(n)}\to W$ は対角線 $\Delta(X)$ を経由し、$\mathcal I\mathcal O_{\Delta^{(n)}}=0$、すなわち $\mathcal I\subset\mathcal I^{n+1}$ で、$\Delta^{(n)}=V(\mathcal I^{n+1})=V(\mathcal I)=X$ となる。したがって任意の $\mathcal O_X$ 加群 $\mathcal E$ は $\varphi_n=\mathrm{id}$ をただ一つの stratification としてもち(同じ議論で $\Delta^{(n)}_2=X$ でもあり、余サイクル条件が $\varphi_n=\varphi_n\circ\varphi_n$ になるから)、上の定理により special 加群の圏は $\mathcal O_X$ 加群の圏と同値である。各対象は一意なレトラクション $g\colon T\to X$ をもち、special 加群は $\mathcal G_{(U,T)}=g^*(\mathcal E|_U)$ で与えられる。
以下は後代の結果の紹介である(本頁の執筆時点 2026 年の知識による。本書は各文献の該当箇所を開いて確かめていない)。
本頁が対応する原論文は Crystals and the De Rham cohomology of schemes Gro68c の §4 のうち小節 4.1・4.2 である。
| 本頁 | 原論文 | 印字頁 |
|---|---|---|
| 背景と動機:§4 の予告(標数 $0$ でしか働かないこと、結晶トポスの提案) | §4 冒頭 | 330–331 |
| 定義(冪零はめ込みと無限小景)、定義(無限小トポスと構造層)、命題(無限小景の上の層の記述) | 4.1 | 331–332 |
| 命題(終対象の非存在)、命題(終対象が存在する場合)、例(直線の無限小景)、反例(微分形式が零でも終対象は存在しない) | 4.1 末の注意(存在する場合と反例は本書の補い) | 332 |
| 定義(stratifying 景と stratifying トポス)、命題(滑らかなら stratifying 景は無限小景に一致する)、反例(滑らかでなければ stratifying 景は無限小景と異なる) | 4.2(一致は証明なし) | 332 |
| 定義(special 加群) | 4.2(頁末で文が切れ、次頁に続く) | 332–333 |
| 定理(special 加群と stratification 付き加群の圏同値)、注意(原論文の言い回し) | 4.2(stratification の言い換えは Appendix に送られ、逆向きは「明らか」) | 333–334 |
| stratification の復習、注意(記号について)、引用する事実 4 | Appendix(本書『4-2 接続・stratification・可積分性』) | 356–357 |
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