Tate–Shafarevich 群との比較(comparison with the Tate–Shafarevich group)とは、本書『3-4 曲線束の Brauer 群と局所不変量』の設定(正則な 1 次元スキーム $Y$ 上の固有平坦な曲線束 $f\colon X\to Y$、$X$ は正則 2 次元)で、基本完全列 $0\to S\to\mathrm{Br}'(Y)\to\mathrm{Br}'(X)\to H^1(Y,P)\to T\to0$ の中央の項 $H^1(Y,P)$ を生成ファイバーのヤコビアンの Tate–Shafarevich 群 $Ш$ で書き表し、誤差 $S,T$ を抑えることである。本頁では、生成点での値の層 $B$ について局所条件で定まる部分群 $Ш(Y,B)\subset H^1(Y,B)$ を定義し、仮定のもとで $H^1(Y,P)\cong Ш(Y,B)$ を示し、$S,T$ が次数の最大公約数 $\delta$ で消えることを示す。代数閉体上では $\mathrm{Br}'(X)\cong H^1(Y,B)$、有限体上では仮定を補った形で $0\to\mathrm{Br}'(X)\to Ш(Y,B)\to\mathbb Z/\Delta\mathbb Z\to0$ を得る。原論文 III §4 の後半に当たる。
前提知識: Tate–Shafarevich群, Néronモデル, 相対Picard関手, Brauer群, Hensel局所環
本頁は本書『3-4 曲線束の Brauer 群と局所不変量』の設定と記号をそのまま用いる(下の「定義と準備」に再掲する)。$Y$ は正則な整スキームで次元 1、局所環はすべて excellent、$K$ はその関数体、$f\colon X\to Y$ は固有平坦な射で $X$ は正則で 2 次元、$f_*\mathcal O_X=\mathcal O_Y$ である。$P=R^1f_*\mathbb G_m$、$B=i_*i^*P$ は生成点での値の層、$A=\ker(\deg\colon B\to\mathbb Z_Y)$ は生成ファイバーのヤコビアンに当たる層、$S,T$ は基本完全列の誤差項、$\delta,\delta',\delta''$ と $d_y$、$\bar\delta''_y$ は次数の最大公約数と閉ファイバーの整数である。仮定 (F) は $F=0$、(L) はすべての閉点で $H^1(\bar Y,P)=0$、(D) は $\deg\colon B\to\mathbb Z_Y$ が層の射として全射、を指す。
本頁の主結果は次の 7 つである。
有限体 $\mathbb F_q$ 上の曲線 $Y$ の上の楕円曲面 $X\to Y$ を考えると、$X$ の Brauer 群と、生成ファイバー(関数体 $K$ 上の楕円曲線 $E$)の Tate–Shafarevich 群 $Ш(E/K)$ は、どちらも「局所的には自明だが大域的には自明でない」ねじれを測る群である。Artin と Tate は、有限体上の曲面についての予想公式の研究の中で、この二つが本質的に同じ群であることに注目した。原論文 III §4 は、その比較を少し一般化した形で、層のコホモロジーの言葉で述べ直す。
考え方は次のとおりである。Leray スペクトル系列により、$\mathrm{Br}'(X)$ は底 $Y$ の Brauer 群と、相対 Picard 層 $P$ の $H^1$ の間に挟まれる。高次の項は本書『Artin の定理(Hensel 離散付値環上の曲面)』の系 $R^qf_*\mathbb G_m=0$($q\ge2$)で消える。$P$ を生成点での値の層 $B$ と比べると、その差は閉ファイバーの既約成分と重複度で決まる局所的な項になる。$H^1(Y,B)$ は関数体 $K$ の Galois コホモロジー $H^1(K,\mathrm{Pic}_{X_\eta})$ の部分群であり、局所条件を課した部分群が Tate–Shafarevich 群である。基本列と局所の不変量は本書『3-4 曲線束の Brauer 群と局所不変量』で扱った。本頁は、Tate–Shafarevich 群、大域の比較、底が特別な場合、の順に進む。
設定と記号は本書『3-4 曲線束の Brauer 群と局所不変量』のものをそのまま用いる。証明に要るものだけを短く再掲する。詳しい定義と証明はそちらにある。
$Y$ は正則な整スキームで次元 1、その局所環はすべて excellent である。$\eta$ は生成点、$K=\kappa(\eta)$ は関数体、$i\colon\eta\to Y$ は包含。$f\colon X\to Y$ は固有平坦な射で、$X$ は正則で 2 次元、$f_*\mathcal O_X=\mathcal O_Y$ である。閉点 $y$ について $X_y=f^{-1}(y)$、$X_\eta$ は生成ファイバー、$\bar Y=\operatorname{Spec}\mathcal O^{\mathrm h}_{Y,y}$ は $y$ での Hensel 化、$\tilde Y=\operatorname{Spec}\mathcal O^{\mathrm{sh}}_{Y,y}$ は狭義 Hensel 化、$\bar X=X\times_Y\bar Y$、$\tilde X=X\times_Y\tilde Y$、$\bar\eta$、$\tilde\eta$ はそれぞれの生成点である。$X,Y$ は正則なので $\mathrm{Br}'(X)=H^2(X,\mathbb G_m)$、$\mathrm{Br}'(Y)=H^2(Y,\mathbb G_m)$ である。エタール層
$$P=R^1f_*\mathbb G_m,\qquad B=i_*i^*P,\qquad E=\ker(P\to B),\qquad F=\operatorname{Coker}(P\to B)$$
を考え、$\mathrm{Pic}(X/Y)=H^0(Y,P)$、$\mathrm{Pic}(X_\eta/\eta)=H^0(Y,B)$ と置く。$E$、$F$ は閉点に台をもつ層である。
誤差 $S,T$ の大きさと局所項を測る整数も、同じく再掲する。
$\delta$、$\delta'$、$\delta''$ はそれぞれ $\mathrm{Pic}(X_\eta)$、$\mathrm{Pic}(X/Y)$、$\mathrm{Pic}(X_\eta/\eta)$ の元の次数の最大公約数である。閉点 $y$ について、狭義 Hensel 化 $\tilde X\to\tilde Y$ で同じように定めた整数を $\delta_y,\delta'_y,\delta''_y$、Hensel 化 $\bar X\to\bar Y$ で定めた整数を $\bar\delta_y,\bar\delta'_y,\bar\delta''_y$ と書く。閉ファイバーを $X$ 上の因子として $X_y=\sum_ja^j_yC^j_y$ と書き、$\kappa(y)^j$ を $C^j_y$ の関数体の中での $\kappa(y)$ の分離的代数閉包、$\nu^j_y=[\kappa(y)^j:\kappa(y)]$ とし、
$$m_y=\gcd_j\bigl(a^j_y\bigr),\qquad d_y=\gcd_j\bigl(a^j_y\nu^j_y\bigr)$$
と置く。
本書『3-4 曲線束の Brauer 群と局所不変量』で示した次の事実を、名前で引いて使う。
基本完全列は $\mathrm{Br}'(X)$ を $H^1(Y,P)$ で近似する。この $H^1(Y,P)$ を、局所条件で切り出した Galois コホモロジーの部分群として書き直すのが本頁の主題であり、まずその部分群に名前を付ける。
$H^1(Y,B)$ の元 $\beta$ のうち、すべての閉点 $y$ について、Hensel 化 $\bar Y=\operatorname{Spec}\mathcal O^{\mathrm h}_{Y,y}$ への制限 $\beta|_{\bar Y}\in H^1(\bar Y,B)$ が $0$ になるものの全体を $Ш(Y,B)$ と書き、$Y$ の $B$ 係数の Tate–Shafarevich 群と呼ぶ。同じ定義を、生成点の層の順像の形の任意の層 $i_*G$ について用いる。
この群は関数体の Galois コホモロジーで書ける。
$G$ を $\eta$ 上のアーベル層(Galois 加群)とし、$K$ の閉点 $y$ における狭義 Hensel 化・Hensel 化の分数体を $\tilde K_y$、$\bar K_y$ と書く。このとき
$$0\to H^1(Y,i_*G)\to H^1(K,G)\to\prod_yH^1(\tilde K_y,G),\qquad 0\to Ш(Y,i_*G)\to H^1(K,G)\to\prod_yH^1(\bar K_y,G)$$
は完全である。とくに $H^1(Y,B)$、$Ш(Y,B)$ などは $K$ の Galois コホモロジーの部分群である。
$i$ についての Leray スペクトル系列の低次の完全列は $0\to H^1(Y,i_*G)\to H^1(K,G)\to H^0(Y,R^1i_*G)$ である。$R^1i_*G$ は閉点に台をもち、$y$ の上の幾何的点での茎は $H^1(\tilde K_y,G)$ なので、$H^0(Y,R^1i_*G)$ は $\prod_yH^1(\tilde K_y,G)$ に単射で写る(各成分は Galois 不変部分)。これで第 1 の列を得る。
$\bar Y$ への底変換は $i_*$ と可換で、$\bar Y$ の上でも同じ列が成り立つので、$\beta\in H^1(Y,i_*G)$ について $\beta|_{\bar Y}=0$ は、$\beta$ の $H^1(\bar K_y,G)$ での像が $0$ であることと同値である。逆に $H^1(K,G)$ の元ですべての $H^1(\bar K_y,G)$ での像が $0$ のものは、$\bar K_y\subset\tilde K_y$ なので $H^1(\tilde K_y,G)$ での像も $0$、したがって第 1 の列により $H^1(Y,i_*G)$ に属し、$Ш(Y,i_*G)$ に属する。
第 2 の列は、Tate と Shafarevich による Tate–Shafarevich群 の元の定義(幾何的な場合)とほぼ同じ形である。違いは、元の定義が Hensel 化の分数体 $\bar K_y$ の代わりに完備化を使う点にある。原論文は、$G$ が $\eta$ 上のアーベルスキームから来る場合には二つの局所群 $H^1$ が一致し、二つの定義が一致すると、Raynaud の結果を引いて述べる(本頁では引用にとどめる)。$Y$ が数体の整数環のスペクトルである算術的な場合には、元の定義はアルキメデス素点での完備化も考えるので、ここでの定義とは一致しない。
$Ш(Y,B)$ が実際に $H^1(Y,P)$ の像を捉えるかどうかは、次の命題により、閉点ごとの局所の問題に帰着する。
(F) のもとで、$\beta\in H^1(Y,B)$ が $H^1(Y,P)$ の像に入るための必要十分条件は、すべての閉点 $y$ で $\beta|_{\bar Y}$ が $H^1(\bar Y,P)$ の像に入ることである。とくに、すべての閉点で
$$H^1(\bar Y,P)=0\tag{L}$$
なら、$H^1(Y,P)$ の像はちょうど $Ш(Y,B)$ であり、完全列
$$\mathrm{Pic}(X_\eta/\eta)\to\bigoplus_yH^1(y,E_y)\to H^1(Y,P)\to Ш(Y,B)\to0$$
がある。
本書『3-4 曲線束の Brauer 群と局所不変量』の命題(局所項をもつ完全列)により、$\beta$ が像に入る条件は、$\beta$ の $\bigoplus_yH^2(y,E_y)$ での像が $0$ であることである。同じ列を $\bar Y$ の上で書くと、$\bar Y$ の閉点は $y$ ただ一つで、$E$ の $y$ での茎は Hensel 化で変わらないので、$H^1(\bar Y,P)\to H^1(\bar Y,B)\to H^2(y,E_y)$ が完全であり、この障害写像は $Y$ から $\bar Y$ への制限と両立する。したがって、$\beta$ の $y$ 成分の障害が $0$ であることと、$\beta|_{\bar Y}$ が $H^1(\bar Y,P)$ の像に入ることは同値である。(L) のもとでは後者は $\beta|_{\bar Y}=0$ を意味し、これが $Ш(Y,B)$ の定義である。完全列は、局所項をもつ完全列を書き直したものである。
条件 (L) は、剰余体 $\kappa(y)$ が分離閉なら成り立つ($\bar Y$ が狭義 Hensel 局所になり、正次数のコホモロジーが消える)。原論文は、$\kappa(y)$ が有限体のときも (L) が成り立つと述べ、その根拠として III Rem. (3.4) b)(本書『Artin の定理(Hensel 離散付値環上の曲面)』の命題)を挙げる。その命題により $H^1(\bar Y,P)\cong H^1(\kappa(y),\mathrm{Pic}(X_y\otimes\kappa(y)^{\mathrm s}))$ となり、右辺が Lang の定理によって消える、という筋である。本頁は、『Artin の定理(Hensel 離散付値環上の曲面)』の命題の仮定と閉ファイバーの Picard スキームの構造に依存するこの段を再現せず、有限剰余体の場合の (L) を引用として扱う。『Artin の定理(Hensel 離散付値環上の曲面)』の命題の $H^1$ の場合は、次元 1 のネータースキームで Brauer 群とコホモロジー的 Brauer 群が一致するという II (2.2) の引用による(本書『Artin の定理(Hensel 離散付値環上の曲面)』参照)。この引用に留保はないので、この段も留保なしに成り立つ。
$H^1(Y,P)$ と $\mathrm{Br}'(X)$ の差は基本完全列の $S,T$ である。それが次数の最大公約数 $\delta$ で制御されることを示す。
$S$ と $T$ は $\delta$ 倍で $0$ になる。とくに $\delta=1$(たとえば $X\to Y$ が切断をもつ)なら $S=T=0$ である。$Y$ が代数閉体上の曲線なら $S=T=0$ であり、$\mathrm{Br}'(X)\cong H^1(Y,P)$ である。
段 1.$S\cong\ker(H^2(Y,\mathbb G_m)\to H^2(X,\mathbb G_m))$、$T=\ker(H^3(Y,\mathbb G_m)\to H^3(X,\mathbb G_m))$ なので、各 $q$ について $\ker(H^q(Y,\mathbb G_m)\to H^q(X,\mathbb G_m))$ が $\delta$ で消えることを示せばよい。
段 2.本書『3-4 曲線束の Brauer 群と局所不変量』の補題(閉点の閉包とノルム)の 2 により、$X_\eta$ の各閉点 $Q$ について核は $[\kappa(Q):K]$ で消える。群が $e_1$ でも $e_2$ でも消えれば $\gcd(e_1,e_2)$ で消える。本書『3-4 曲線束の Brauer 群と局所不変量』の命題(次数の最大公約数の整除関係)の 4 により閉点の次数の最大公約数は $\delta$ なので、核は $\delta$ で消える。
段 3(代数閉体上の曲線).$Y$ が代数閉体 $k$ 上の曲線なら、本書『次元 1 以下の体』により $H^2(Y,\mathbb G_m)=0$ である。$H^3(Y,\mathbb G_m)=0$ は本書『次元 1 のスキームと類体論』の剰余完全列 $\bigoplus_yH^1(\kappa(y),\mathbb Q/\mathbb Z)\to H^3(Y,\mathbb G_m)\to H^3(K,\mathbb G_m)$ から従う($\kappa(y)=k$ は代数閉なので左辺は $0$、$K$ は Tsen の体なので右辺は $0$)。よって $S=T=0$ で、本書『3-4 曲線束の Brauer 群と局所不変量』の定理(基本完全列)から $\mathrm{Br}'(X)\cong H^1(Y,P)$。
原論文は、$\delta$ を「有限平坦被覆の次数の最大公約数」と解釈することから直ちに結論する。本頁はその解釈を証明していないので、本書『3-4 曲線束の Brauer 群と局所不変量』の補題(閉点の閉包とノルム)で $X_\eta$ の閉点の閉包を直接使い、必要な向き($\delta$ が被覆の次数の最大公約数で割り切られること)だけを示した。
底が有限体上の固有曲線なら、$\mathrm{Br}'(Y)$ と $H^3(Y,\mathbb G_m)$ が分かっているので、$S,T$ はさらに具体的になる。
$Y$ を有限体上の正則な代数曲線とする。$Y$ が固有なら $S=0$ であり、$T$ は位数が $\delta$ を割る巡回群であって、完全列
$$0\to\mathrm{Br}'(X)\to H^1(Y,P)\to T\to0$$
がある。
本書『次元 1 のスキームと類体論』により $\mathrm{Br}'(Y)=0$、$H^3(Y,\mathbb G_m)\cong\mathbb Q/\mathbb Z$($Y$ は整)。$S\subset\mathrm{Br}'(Y)$ なので $S=0$。$T\subset\mathbb Q/\mathbb Z$ は 定理 により $\delta$ で消えるので、$\frac1\delta\mathbb Z/\mathbb Z\cong\mathbb Z/\delta\mathbb Z$ の部分群、すなわち位数が $\delta$ を割る巡回群である。本書『3-4 曲線束の Brauer 群と局所不変量』の定理(基本完全列)に $\mathrm{Br}'(Y)=0$ を入れればよい。
原論文 III Cor. (4.4) は、$Y$ が固有でない場合も含めて $S,T$ が有限であると述べ、その理由を「§1・§2 の結果から $H^2(Y,\mathbb G_m)$ と $H^3(Y,\mathbb G_m)$ は $\mathbb Q/\mathbb Z$ の有限個の直和に含まれる」とだけ書く。本頁は固有でない場合のこの包含を確かめておらず、その場合の有限性は引用として扱う(これを認めれば、$\delta$ で消えることから有限性が従う)。
局所項が消える条件を揃えると、$H^1(Y,P)$ は $Ш(Y,B)$ そのものになり、誤差は $T$ だけが残る。
次の三つを仮定する。(F)、すべての閉点での (L)、そしてすべての閉点 $y$ で「$H^1(\kappa(y),\mathbb Q/\mathbb Z)$ の $d_y$ で消える元は $0$」(たとえば $\kappa(y)$ が分離閉、または $d_y=1$)。このとき
$$H^1(Y,P)\cong Ш(Y,B),\qquad 0\to\mathrm{Br}'(X)/\operatorname{Im}\mathrm{Br}'(Y)\to Ш(Y,B)\to T\to0.$$
本書『3-4 曲線束の Brauer 群と局所不変量』の命題(局所項の計算)の 1・2 により $H^1(y,E_y)$ は $H^1(\kappa(y),\mathbb Q/\mathbb Z)$ の $d_y$ で消える部分群なので、第 3 の仮定により $0$ である。 局所条件による像の記述 の完全列の局所項が消えて $H^1(Y,P)\cong Ш(Y,B)$。これを本書『3-4 曲線束の Brauer 群と局所不変量』の定理(基本完全列)に代入する。
原論文 III Prop. (4.5) の言明には条件 (L) が書かれていない。しかし $Ш(Y,B)$ が $H^1(Y,P)$ の像を表すのは (L) のもとでの帰結であり、原論文は直前の文脈で仮定済みとして読ませていると解される。本頁は (L) を仮定として明示した。
$B$ の生成点での値 $i^*B=i^*P$ から次数写像 $\deg\colon i^*B\to\mathbb Z_\eta$ が定まり、$Y$ は正規なので $\mathbb Z_Y=i_*\mathbb Z_\eta$ だから、層の射 $\deg\colon B\to\mathbb Z_Y$ を得る。
$$J=\ker(\deg\colon i^*B\to\mathbb Z_\eta),\qquad A=i_*J=\ker(\deg\colon B\to\mathbb Z_Y)$$
と置く($i_*$ は左完全)。$J$ は生成ファイバーのヤコビアン(次数 $0$ の Picard 群)に当たる $\eta$ 上の層である。
$X_\eta$ が $K$ 上滑らかなら $J$ はアーベル多様体 $J_K$ の点の層であり、$J_K$ の Néronモデル $\mathcal N$(存在は Néron による。BLR90)について、$Y$ 上エタールな $Y'$ に対し $\mathcal N(Y')=J_K(Y'\times_Y\eta)=(i_*J)(Y')$ が Néron モデルの普遍性から従う。すなわち $A$ は $\mathcal N$ の定めるエタール層である。原論文は、$X_\eta$ の滑らかさの制限は Raynaud の進行中の仕事によれば必要でないらしいと伝聞の形で述べ、$B$ についても有限型でない群スキーム $\mathrm{Pic}_{X_\eta/\eta}$ の Néron モデルで同様の注意が成り立つと書く。さらに有限体上の場合には、これらのモデルにより、考えている Tate–Shafarevich 群が対応する $H^1$ の中で有限指数であることが分かると述べ、精密な関係は Raynaud の後の論文に譲っている。本頁はこれらを証明せず、原論文の記述として記す。
次を仮定する。
$$\deg\colon B\to\mathbb Z_Y\ \text{は層の射として全射}.\tag{D}$$
閉点 $y$ の上の幾何的点での茎は $B_{\bar y}=\mathrm{Pic}(\tilde X_{\tilde\eta}/\tilde\eta)\to\mathbb Z$ で、その像は $\delta''_y\mathbb Z$ なので、閉点の茎での全射性は $\delta''_y=1$ と同値である。生成点の茎での全射性は、たとえば $X_\eta$ が滑らかなら成り立つ(分離閉体上の滑らかな曲線は有理点をもつ)。原論文はこの仮定を「すべての閉点で $\delta_y=1$」と同じだと述べて置く。$\delta''_y\mid\delta_y$ なので、原論文の条件は閉点の茎での全射性を導く。
(D) のもとで、$B$ の $Ш$ とヤコビアンの層 $A$ の $Ш$ がどれだけ違うかを、局所化ごとの $\delta''$ で測る。
(D) を仮定する。
1:長完全列の低次の部分は
$$H^0(Y,B)\xrightarrow{\deg}H^0(Y,\mathbb Z)\to H^1(Y,A)\to H^1(Y,B)\to H^1(Y,\mathbb Z)$$
である。$H^0(Y,\mathbb Z)=\mathbb Z$。$H^1(Y,\mathbb Z)=H^1(Y,i_*\mathbb Z_\eta)$ は、Leray の低次の完全列により $H^1(K,\mathbb Z)=0$ に単射で入るので $0$ である。$H^0(Y,B)=\mathrm{Pic}(X_\eta/\eta)$ の次数の像は、定義により $\delta''\mathbb Z$ である。よって余核は $\mathbb Z/\delta''\mathbb Z$ である。
2:$\bar Y$ も正規な整スキームで、$\bar Y\to Y$ は平坦なので、1 と同じ議論が $\bar Y$ の上で通る。$H^0(\bar Y,B)=\mathrm{Pic}(\bar X_{\bar\eta}/\bar\eta)$ の次数の像は $\bar\delta''_y\mathbb Z$ である。ここに現れるのが横線つきの $\bar\delta''_y$ であって、狭義 Hensel 化の $\delta''_y$ ではないことに注意する。
3:$0$ はつねに $\operatorname{Im}(\mathbb Z/\bar\delta''_y\mathbb Z)$ に入るので $Ш(Y,A)\subset Ш'(Y,A)$ である。$u\colon H^1(Y,A)\to H^1(Y,B)$ と書く。
$\delta''_y\mid\bar\delta''_y$ は一方向なので、原論文の仮定「$\delta_y=1$」(したがって $\delta''_y=1$)からは $\bar\delta''_y=1$ は出ない。$Ш'(Y,A)=Ш(Y,A)$ を言うには、Hensel 化の側の不変量についての仮定が別に要る。
以上を、底が代数閉体上の曲線の場合に当てはめる。この場合は局所項も誤差 $S,T$ も消える。
$Y$ を代数閉体 $k$ 上の正則な代数曲線とする。このとき
$$\mathrm{Br}'(X)\cong H^1(Y,B)$$
であり、$H^1(Y,B)=Ш(Y,B)$ である。さらに (D) が成り立てば、$\delta=\delta'=\delta''$ であり
$$0\to\mathbb Z/\delta\mathbb Z\to H^1(Y,A)\to H^1(Y,B)\to0.$$
閉点の剰余体は $k$ で完全なので 本書『3-4 曲線束の Brauer 群と局所不変量』の命題($E$ と $F$ の構造)により (F) が成り立ち、分離閉なので本書『3-4 曲線束の Brauer 群と局所不変量』の命題(局所項をもつ完全列)により $H^1(Y,P)\cong H^1(Y,B)$。 定理 により $\mathrm{Br}'(X)\cong H^1(Y,P)$。$\kappa(y)$ が分離閉なので $\bar Y$ は狭義 Hensel 局所で $H^1(\bar Y,\cdot)=0$、したがって $Ш(Y,B)=H^1(Y,B)$。$K$ は Tsen の体なので $\mathrm{Br}(K)=0$ であり、本書『3-4 曲線束の Brauer 群と局所不変量』の命題(次数の最大公約数の整除関係)の 2 により $\delta=\delta'=\delta''$。最後の列は ヤコビアンの比較 の 1 である。
以下、$Y$ を有限体 $k$ 上の固有な正則代数曲線とする。閉点の剰余体は有限体で完全なので (F) が成り立ち、本書『次元 1 のスキームと類体論』により $\mathrm{Br}'(Y)=0$ なので本書『3-4 曲線束の Brauer 群と局所不変量』の命題(次数の最大公約数の整除関係)の 3 により $\delta=\delta'$ である。(L) は上で述べたとおり原論文からの引用として使う。
上の設定で、(L) を認め、すべての閉点 $y$ で $d_y=1$ と仮定する。このとき、$\Delta$ を
系
の巡回群 $T$ の位数とすると、$\Delta\mid\delta$ であり、完全列
$$0\to\mathrm{Br}'(X)\to Ш(Y,B)\to\mathbb Z/\Delta\mathbb Z\to0$$
がある。仮定 $d_y=1$ は、たとえば $X_y$ が重複度 $1$ で幾何的に既約な成分をもてば成り立つ。
仮定 $d_y=1$ を補った理由を、原論文の対応する式と比べて述べる。
原論文 III (4.7) は、この設定で、$d_y$ についての仮定を置かずに上の完全列(式 (4.41))を述べている。しかし $\kappa(y)$ は有限体なので、本書『3-4 曲線束の Brauer 群と局所不変量』の命題(局所項の計算)の 3 により $H^1(y,E_y)\cong\mathbb Z/d_y\mathbb Z$ であり、$d_y\ne1$ となる閉点があると、 局所条件による像の記述 の局所項が消えず、$H^1(Y,P)$ を $Ш(Y,B)$ に置き換える段が正当化されない。原論文はこの後で次の式 (4.42) のために「すべての $\delta_y$ が $1$」という仮定を導入するが、$\delta_y=1$ からは $d_y=1$ は出ない(本書『3-4 曲線束の Brauer 群と局所不変量』の反例(局所の不変量についての原論文の主張)では、すべての閉点で $\delta_y=1$ だが、ある閉点で $d_y=2$)。したがって式 (4.41) には、$d_y=1$ を $\delta_y=1$ とは独立の仮定として補う必要がある。
ヤコビアンの側でも、同じ設定で述べておく。
上の設定で、(D) を仮定し、すべての閉点で $\bar\delta''_y=1$ とする。このとき
$$0\to\mathbb Z/\delta''\mathbb Z\to Ш(Y,A)\to Ш(Y,B)\to0$$
は完全である。仮定 $\bar\delta''_y=1$ は、たとえば $\bar\delta_y=1$ なら成り立ち、とくに $X_y$ の重複度 $1$ の成分の上に、$X_y$ が $\kappa(y)$ 上滑らかな $\kappa(y)$ 有理点があれば成り立つ。
ヤコビアンの比較 の 3 により、$\bar\delta''_y=1$ から $Ш'(Y,A)=Ш(Y,A)$ であり、その完全列が主張の列になる。十分条件について:本書『3-4 曲線束の Brauer 群と局所不変量』の命題(次数の最大公約数の整除関係)の Hensel 化版により $\bar\delta''_y\mid\bar\delta_y$。また、$x$ が $X_y$ の滑らかな $\kappa(y)$ 有理点なら $X\to Y$ は $x$ で滑らかであり、底 $\bar Y$ が Hensel なので $x$ を通る $\bar X\to\bar Y$ の切断があり、その生成点は次数 $1$ の点だから $\bar\delta_y=1$ である。
ここでも、原論文の式と本頁の仮定の違いを記す。
原論文は、(D) と「すべての $\delta_y$ が $1$」のもとで上の列(式 (4.42))を述べ、その根拠として、この設定ではすべての閉点で $\bar\delta_y=\delta_y$ が成り立つ(式 (4.43))と主張し、証明を読者の演習に残す。この主張 (4.43) は一般には偽である。本書『3-4 曲線束の Brauer 群と局所不変量』の反例(局所の不変量についての原論文の主張)は有限体上の射影直線の上の曲線束で、ある閉点で $\delta_y=1$、$\bar\delta_y=2$ となる。したがって本頁は (4.43) に頼らず、Hensel 化の側の仮定 $\bar\delta''_y=1$ を直接置いた。同じ反例では $\bar\delta''_y=1$ なので、原論文の仮定のもとで式 (4.42) の結論そのものが成り立つかどうかは、この反例では決まらない。本頁は (4.42) を原論文の仮定のままでは主張せず、その真偽も断定しない。
有限体上の場合の限界を、原論文自身がどう見ていたかを添えておく。
原論文は、有限体上の場合の議論が完全でないことを自ら認め(「Autocritique」と題した段)、残る課題として次を挙げる。(i) 整数 $\Delta$($H^3(Y,\mathbb G_m)\to H^3(X,\mathbb G_m)$ の核の位数)は常に $\delta$ に等しいのか、それとも $\delta_y$ の最小公倍数なのか。(ii) $\delta_y=1$ を仮定しないときの $Ш(Y,B)$ と $Ш(Y,A)$ の関係。(iii) さらに進んだ分析は、Artin と Tate の予想公式を与えるはずである。これらは原論文の時点で未解決として述べられている。
以下の二つの例は、定数族という最も簡単な場合に本頁の仮定がすべてみたされ、主結果がどの形になるかを示す。
$k$ を代数閉体、$C$ を $k$ 上の滑らかで固有な連結曲線、$Y$ を $k$ 上の正則な曲線、$X=C\times_kY$ とする。$C(k)\ne\emptyset$ なので $X\to Y$ は切断をもち $\delta=1$、ファイバーはすべて幾何的に整なので $E=0$、したがって $P=B$ である。$X_\eta$ は滑らかで閉点の茎の全射性も $\delta''_y\mid\delta_y=1$ から従うので (D) が成り立つ。
代数閉体上の場合
により、$J_K$ を $C$ のヤコビアンの $K$ への底変換として
$$\mathrm{Br}'(X)\cong H^1(Y,B)\cong H^1(Y,A)=H^1(Y,i_*J_K).$$
同じ構成を有限体の上で行う。
$k$ を有限体として、$C(k)\ne\emptyset$ となる $C$ で同じ構成をすると、$\delta=1$ なので $T=0$($\Delta=1$)、ファイバーは幾何的に整なので $d_y=1$ であり、(L) を認めれば $\mathrm{Br}'(X)\cong Ш(Y,B)$ である。切断があるので $\bar\delta''_y=\bar\delta_y=1$ でもあり、(D) のもとで 有限体上でのヤコビアンの Ш により $Ш(Y,A)\cong Ш(Y,B)$($\delta''=1$)。
以下は原論文(1966–1968 年)の後の話題で、本頁の証明には使っていない。文献の中身は本頁で確かめていないので、要点だけを記す。
本頁が対応する原論文は Le groupe de Brauer III Gro68 である。
頁は『Dix exposés』(1968)の印字頁である。本頁は原論文の段落の順ではなく、Tate–Shafarevich 群、大域の比較、底が特別な場合、の順に並べた。基本列と局所の不変量に当たる箇所は本書『3-4 曲線束の Brauer 群と局所不変量』の対応表にある。
| 原論文 | 頁 | 本頁の箇所 |
|---|---|---|
| III Prop. (4.3) | 112 | $S$ と $T$ は $\delta$ で消える |
| III Cor. (4.4) | 112 | 有限体上の底 と固有でない場合の注意 |
| III (4.15)(4.17) と Ш の定義 | 115 | Tate–Shafarevich 群 、 局所条件による像の記述 |
| III Prop. (4.5) | 118–119 | $H^1(Y,P)$ と $Ш(Y,B)$ の一致 (条件 (L) を明示) |
| III (4.32)–(4.38) | 119–120 | ヤコビアンの Tate–Shafarevich 群との比較 |
| III Cas particulier (4.6) | 120–121 | 代数閉体上の曲線の上の曲線束 |
| III Cas particulier (4.7)、式 (4.41) | 121 | 有限体上の曲線束と Ш (仮定 $d_y=1$ を補った形)と式 (4.41) の注意 |
| III 式 (4.42) | 121 | 有限体上でのヤコビアンの Ш (仮定を $\bar\delta''_y=1$ に替えた形) |
| III 式 (4.43) | 121 | 一般には偽:本書『3-4 曲線束の Brauer 群と局所不変量』の反例(局所の不変量についての原論文の主張)、「原論文の式 (4.42)(4.43) について」の注意 |
| III Autocritique (4.8) | 122 | 「原論文の自己批判」の注意 |
| III Complément (4.9) | 122–123 | Galois コホモロジーによる $Ш$ の記述 |
| III Complément (4.10) | 123–124 | 「Néron モデルとの関係」の注意 |
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