5-2 Brauer群の双有理不変性

$$\newcommand{C}[0]{\mathbb{C}} \newcommand{N}[0]{\mathbb{N}} \newcommand{Q}[0]{\mathbb{Q}} \newcommand{R}[0]{\mathbb{R}} \newcommand{Z}[0]{\mathbb{Z}} $$

要約:Brauer 群の双有理不変性(birational invariance of the Brauer group)とは、固有な正則スキームのコホモロジー的 Brauer 群が、双有理なモデルの取り替えで変わらないという性質であり、Grothendieck が講演「Le groupe de Brauer」III の §7 で示した。本頁は原論文の流れに沿って、正則な中心のブローアップでの不変性(III (7.1))、次元 2 以下の系(III (7.2))、純性を仮定した一般の定理(III (7.4))とその系(III (7.3)(7.5))を解説する。原論文の系 (7.3) は「固有」を欠いた形で印字されていて成り立たず、原論文自身が脚注でその証明を撤回している。本頁は反例を示し、固有性を補った形を定理 (7.4) から導く。

前提知識: Brauer群の双有理不変性, Brauer群の純性, ブローアップ, コホモロジー的Brauer群, 双有理写像, 固有射

この頁で示すこと

記号は本書の記号表に従う。$\mathrm{Br}'(X)=H^2(X,\mathbb G_m)_{\mathrm{tors}}$ であり、$\ell$ 準素部分 $\mathrm{Br}'(X)(\ell)$$H^2(X,\mathbb G_m)(\ell)$ に等しい。対 $(X,Z)$$\ell$ に関して純性を満たすとは、局所コホモロジー層 $\mathcal H^3_Z(\mathbb G_m)$$\ell$ 準素部分が $0$ であることをいう(本書 5-1 の頁)。正則な中心 $Y\subset X$ に沿う ブローアップ$\mathrm{Bl}_YX$ と書く。
本頁の主結果は次のとおりである。

  1. ブローアップでの不変性(III (7.1)):$X$ が正則、$Y\subset X$ が正則な閉部分スキームで、「$\ell$$Y$ の剰余標数と異なる」か「$(X,Y)$$\ell$ に関して純性を満たす」なら、$\mathrm{Br}'(X)(\ell)\to\mathrm{Br}'(\mathrm{Bl}_YX)(\ell)$ は同型である。
  2. 一般の定理(III (7.4)):$S$ 上固有な $Y$ への有理写像 $f:X\dashrightarrow Y$$X$ はネーター正則で、余次元 2 以上の閉部分について $\ell$ に関して純性を満たす)は、$\mathrm{Br}'(Y)(\ell)\to\mathrm{Br}'(X)(\ell)$ を一意に定め、両側が同じ条件を満たす双有理写像なら同型である。
    • 次元 2 以下の正則ネータースキームの間の固有双有理射は $\mathrm{Br}$ の全単射を与える(III (7.2))。
    • 標数 $0$ の excellent なネーター正則スキームの間の固有双有理射は $\mathrm{Br}'$ の同型を与える(III (7.3) に「固有」を補った形)。
    • $k$ 上固有な正則スキームについて、次元 2 以下なら $\mathrm{Br}=\mathrm{Br}'$ は双有理不変、$k$滑らかなら $\ell\ne\operatorname{char}k$$\mathrm{Br}'(-)(\ell)$ は双有理不変(III (7.5)。後半は滑らかさを補った形)。
  3. 成り立たない形:III (7.3) を印字のまま(固有性なしに)読んだ形は偽である。開埋め込み $\mathbb G_{m,\mathbb C}^2\hookrightarrow\mathbb A^2_{\mathbb C}$ が反例になる。

背景と動機

双有理不変量の古典的な例は、滑らかな射影多様体の基本群や、正則な微分形式の空間 $H^0(X,\Omega^i)$ である。これらの不変性の証明は、双有理写像が余次元 2 以上の集合の外で定義されることと、そうした集合を除いても不変量が変わらないこと(一種の純性)の組み合わせでできている。原論文は注意 (7.6) で、Brauer 群についての証明もこれと同じ型だと述べている。
§7 は二つの道を示す。一つは、双有理写像をブローアップの列に分解し、各ブローアップで $\mathrm{Br}'$ が変わらないことを示す道である(定理 (7.1)、系 (7.2)(7.3))。もう一つは、ブローアップへの分解を使わず、有理写像の定義域と §6 の純性だけで示す道である(定理 (7.4)、系 (7.5))。原論文は最初の道で系 (7.3) を証明しようとしたが、そこで使った分解の主張は正しくなく、原論文の紙面自身が太字の脚注でそれを認め、第二の道を代わりに指している。本頁は第二の道で系 (7.3) を導く。

定義と準備

  • 有理写像と双有理写像$S$ 上のスキーム $X,Y$ について、$X$ の稠密開集合から $Y$ への $S$ 射の同値類を $S$-有理写像 $X\dashrightarrow Y$ という。逆向きの有理写像があって合成が恒等になるものを双有理写像という(双有理写像)。
  • 双有理不変量:ある種類のスキーム(たとえば $S$ 上固有な正則スキーム)について、双有理写像 $X\dashrightarrow Y$ ごとに標準的な同型 $I(Y)\cong I(X)$ が定まるとき、$I$ をその種類の双有理不変量という。原論文は系 (7.5) で「変動する正則スキーム」という言い方をするが、本頁はこれを固有正則なモデルの取り替えに対する不変性と読む。
  • ブローアップの記号$\pi:\mathrm{Bl}_YX\to X$、例外因子 $E=\pi^{-1}(Y)$。原論文の $X'$ の代わりに $\mathrm{Bl}_YX$ と書く。

引用する事実

次の事実は証明せずに引用する。出典の該当箇所は本頁では確認していない。

  1. 除去の不変性(本書 5-1 の頁の定理):$X$ がネーター正則、$Z$ が純余次元 2 以上の閉部分で、$(X,Z)$$\ell$ に関して純性を満たすなら、$\mathrm{Br}'(X)(\ell)\cong\mathrm{Br}'(X\setminus Z)(\ell)$
  2. 純性が成り立つ場合(本書 5-1 の頁):次元 2 の正則スキームの閉点(すべての $\ell$)。余次元 2 以上で、体上滑らか($\ell\ne\operatorname{char}k$)または標数 $0$ の excellent(すべての $\ell$)。
  3. 生成点への単射性(II (1.8) として引かれるもの):ネーター正則な $X$ について $H^2(X,\mathbb G_m)\to\prod_x\mathrm{Br}(\kappa(x))$$x$ は極大点)は単射。
  4. 捩れ性(II (1.4) として引かれるもの):ネーター正則な $X$ について $H^2(X,\mathbb G_m)$ は捩れ群。
  5. 次元 2 以下で $\mathrm{Br}=H^2$(II (2.2) として引かれるもの)。留保なしに成り立つ(本書 5-1 の頁参照)。
  6. 付値判定法(EGA II §7 の型):$Y$$S$ 上固有なら、離散付値環の分数体からの $S$ 射は離散付値環全体へ一意に延びる。したがって正則な $X$ から $Y$ への $S$-有理写像は、余次元 1 以下の点すべてで定義される。
  7. 正則な中心のブローアップ(EGA II 8.1 の型):$\pi_*\mathcal O=\mathcal O$$X$ が狭義局所正則で中心の余次元が $c$ なら、例外因子は中心上の $\mathbb P^{c-1}$ 束であり、$c\ge2$ なら $\mathrm{Pic}(\mathrm{Bl}_YX)$ は例外因子の類で生成される $\mathbb Z$$c=1$ ならブローアップは同型である。
  8. 固有底変換定理(SGA 4 XII)と、分離閉体上の射影空間について $H^2(\mathbb P^r,\mu_n)\cong\mathbb Z/n$$\mathcal O(1)$ の類が生成する)。
  9. Kummer 列(本書 2-2 の頁)と、正規な連結スキーム $T$ について $H^1(T,\mathbb Z)=0$
  10. Abhyankar の定理(1956):次元 2 の正則スキームの間の固有双有理射は、閉点のブローアップの有限個の合成に分解する。

主結果と証明

原論文の印字の順は、定理 (7.1) → 系 (7.2) → 系 (7.3) とその証明 → 定理 (7.1) の証明 → 定理 (7.4) → 系 (7.5) → 注意 (7.6) である。本頁は系 (7.3) だけを定理 (7.4) の後ろへ回す。証明の細部は用語解説 Brauer群の双有理不変性 にあるので、ここでは原論文の論証の組み立てと、各段で何が効くかを述べる。

第一の道:ブローアップ(III (7.1)(7.2))

正則な中心のブローアップ

$X$ を正則、$Y\subset X$ を正則な閉部分スキーム、$\pi:\mathrm{Bl}_YX\to X$ とし、$\ell$ を素数とする。次のどちらかを仮定する。

  • (a) $\ell$$Y$ のどの点の剰余標数とも異なる。
  • (b) $(X,Y)$$\ell$ に関して純性を満たす。
    このとき $\pi^*:\mathrm{Br}'(X)(\ell)\to\mathrm{Br}'(\mathrm{Bl}_YX)(\ell)$ は同型である。
証明の要点

原論文の証明は、次の四つの式をこの順に立てる。

  1. $\pi_*\mathbb G_m=\mathbb G_m$(引用 7 の $\pi_*\mathcal O=\mathcal O$ から)。
  2. $R^1\pi_*\mathbb G_m\cong\bigoplus_{i\in I}\iota_{i*}\mathbb Z$。ここで $Y_i$$i\in I$)は $Y$ の成分のうち余次元 2 以上のもの。茎は狭義局所化の上のブローアップの Picard 群であり、引用 7 により余次元 2 以上の成分では $\mathbb Z$、余次元 1 の成分ではブローアップが同型なので $0$ になる。
  3. Leray の低次の完全列に 1・2 を代入し、$H^1(Y_i,\mathbb Z)=0$$Y_i$ は正則で連結。引用 9)を使うと、$0\to\mathrm{Pic}X\to\mathrm{Pic}(\mathrm{Bl}_YX)\to\mathbb Z^I\to H^2(X,\mathbb G_m)\to H^2(\mathrm{Bl}_YX,\mathbb G_m)\to H^0(X,R^2\pi_*\mathbb G_m)$ を得る。例外因子の各成分が $\mathbb Z^I$ の生成元に写るので、$\mathrm{Pic}(\mathrm{Bl}_YX)\to\mathbb Z^I$ は全射であり、
    $$ 0\to H^2(X,\mathbb G_m)\to H^2(\mathrm{Bl}_YX,\mathbb G_m)\to H^0(X,R^2\pi_*\mathbb G_m) $$
    が完全になる。
  4. したがって、$R^2\pi_*\mathbb G_m$$\ell$ 準素部分が $0$ であることを示せばよい。$\ell$ 準素部分をとる操作は左完全であり、層 $F$ について $F(\ell)=0$ なら $H^0(X,F)(\ell)=0$ だからである。茎で考えれば、$X$ を狭義局所として $H^2(\mathrm{Bl}_YX,\mathbb G_m)(\ell)=0$ を示すことに帰着する。
    最後の主張の証明で (a)(b) が分かれる。
  • (b) のとき:ブローアップは中心の外で同型なので $\mathrm{Bl}_YX\setminus E\cong X\setminus Y$ であり、$X$ が狭義局所なので純性は $H^2(X\setminus Y,\mathbb G_m)(\ell)=0$ を意味する。引用 3 により $H^2(\mathrm{Bl}_YX,\mathbb G_m)\to H^2(\mathrm{Bl}_YX\setminus E,\mathbb G_m)$ は単射なので、左辺の $\ell$ 準素部分も $0$ である。
  • (a) のとき:Kummer 列により、$H^2(\mathrm{Bl}_YX,\mathbb G_m)(\ell)=0$ は各 $n$ について $\mathrm{Pic}(\mathrm{Bl}_YX)\to H^2(\mathrm{Bl}_YX,\mu_{\ell^n})$ が全射であることと同値である。固有底変換(引用 8)により右辺は閉ファイバー $\mathbb P^{c-1}$(剰余体は分離閉)の $H^2$ に等しく、それは $\mathbb Z/\ell^n$$\mathcal O(1)$ の類が生成する。その類は $\mathrm{Bl}_YX$ 上の可逆層 $\mathcal O(-E)$ の制限から来るので、写像は全射である。

原論文は 1 を「直ちに」、3 の全射性を「すぐ分かるように」で済ませ、2 で余次元 2 以上の成分だけが現れる理由を書かない。条件 (a) は定理では「$Y$ の剰余標数」、証明では「$X$ の剰余標数」と印字されているが、$X$ を狭義局所にして閉点を $Y$ にとったあとでは同じ点を指す。

次元2以下の固有双有理射

$f:X\to Y$ を、次元 2 以下の正則ネータースキームの間の固有双有理射とする。このとき $f^*:\mathrm{Br}(Y)\to\mathrm{Br}(X)$ は全単射である。

証明の要点

$X,Y$ を整で次元 2 としてよい(原論文もそう書く)。引用 10 により $f$ は閉点のブローアップ $X_i\to X_{i-1}$ の合成に分解する。閉点は次元 2 の正則スキームの中で余次元 2 の正則な閉部分であり、引用 2 によりすべての $\ell$ について純性が成り立つ。したがって定理の (b) により各段で $\mathrm{Br}'(X_{i-1})(\ell)\cong\mathrm{Br}'(X_i)(\ell)$ であり、引用 4 により $\mathrm{Br}'$ は捩れ群なので、すべての $\ell$ を束ねて $\mathrm{Br}'(X_{i-1})\cong\mathrm{Br}'(X_i)$ を得る。合成して $\mathrm{Br}'(Y)\cong\mathrm{Br}'(X)$。最後に引用 5 で $\mathrm{Br}=\mathrm{Br}'$ に移す。

引用 2・引用 5 に留保はない。原論文はこの証明の中で $\mathrm{Br}$$\mathrm{Br}'$ を混ぜて印字し、$\ell$ ごとの同型から群の同型へ移る段(捩れ性を使う段)を書かない。次元 2 への帰着も原論文の一文に依っている。

撤回された証明(III (7.3) の後の脚注)

原論文は系 (7.3) を、標数 $0$ の excellent 正則スキームの間の双有理射について $\mathrm{Br}'$ の同型を与えるものとして印字する。直前の系 (7.2) には「固有」があるが、系 (7.3) の印字には無い。その直後に置かれた証明は、Hironaka の理論により、$X$$Y$ の両方から (7.1) の型のブローアップの列で得られる共通の固有双有理なモデルがとれる、という「構造定理」に頼り、定理 (7.1) の (a) に帰着させるものである。
同じ頁(III 印字 p. 138)の最下部には、本文と別の太い書体の脚注があり、この主張は著者の側の思い違い(原文は「malentendu」)らしいこと、系 (7.3) には下で別の証明を与えることが書かれている。さらに定理 (7.1) の証明の後(印字 p. 140)で、本文は、系 (7.3) に与えた証明が繊細なコホモロジー的純性を使わずに特異点解消だけで済んでいる、という趣旨を述べたあと、純性を経由するより一般的な結果として定理 (7.4) を導入する。その「だけで済む」という箇所にも太字の脚注が付き、しかもそれは誤った形で(原文は「sous une forme erronée」)使われていると重ねて述べる。
本頁は、この撤回された論証を使わない。系 (7.3) は、脚注が指す定理 (7.4) から、固有性を補った形で導く。なお、この系を固有性なしに読んだ形は、どんな証明によっても救えない(下の反例)。

第二の道:純性と有理写像(III (7.4))

有理写像による引き戻し

$S$ を局所ネータースキーム、$X,Y$$S$ 上のスキーム、$f:X\dashrightarrow Y$$S$-有理写像、$\ell$ を素数とし、次を仮定する。

  • $Y$$S$ 上固有である。
  • $X$ はネーター正則である。
  • $X$ の余次元 2 以上の任意の閉部分 $Z$ について、$(X,Z)$$\ell$ に関して純性を満たす。
    このとき、準同型 $f^*:\mathrm{Br}'(Y)(\ell)\to\mathrm{Br}'(X)(\ell)$ で、$X$ の各極大点 $x$ について $f$ が誘導する射 $\operatorname{Spec}\kappa(x)\to Y$ による引き戻し $\mathrm{Br}'(Y)(\ell)\to\mathrm{Br}(\kappa(x))(\ell)$ と両立するものが、ただ一つ存在する。さらに $Y$ もネーター正則で同じ純性の仮定を満たし、$X$$S$ 上固有で、$f$ が双有理なら、$f^*$ は同型である。
証明の要点

(a) 一意性は引用 3 から出る。$\mathrm{Br}'(X)$ の元は極大点での値で決まるからである。
(b) 定義域。 $X$ の余次元 1 の点の局所環は離散付値環なので、引用 6 により $f$ はそこで定義される。$f$ の定義域を $U$ とすると、$Z=X\setminus U$ は余次元 2 以上である。
(c) 引き戻しと戻し。 $f|_U$ から $\mathrm{Br}'(Y)(\ell)\to\mathrm{Br}'(U)(\ell)$ が得られる。これを $X$ へ戻すには $\mathrm{Br}'(X)(\ell)\cong\mathrm{Br}'(U)(\ell)$ があればよく、引用 1 がそれを与える。ただし引用 1 は純余次元の閉部分についての主張なので、$Z$ の成分の余次元がそろっていないときは、余次元の小さい成分から順に取り除く有限個の段に分ける。各段で取り除く集合は $X$ の閉部分とは限らないが、その閉包は $X$ の中で同じ余次元をもつので仮定の純性が当たり、局所コホモロジー層は開集合への制限と両立するので、純性は各段の開集合へ降りる。
(d) 存在は (c) の合成で得られ、極大点は $U$ に属するので両立条件は $U$ の上で明らかである。
(e) 同型。 後半の仮定のもとでは $f$$f^{-1}$ の両方に (a)〜(d) を当てられる。合成は極大点での両立条件を満たす自己準同型なので、(a) の一意性により恒等写像である。

原論文の証明は約半頁で、純性の仮定から「$\mathrm{Br}'(X)(\ell)\to\mathrm{Br}'(U)(\ell)$ は全単射」と直ちに結論し、$Z$ の余次元がそろわない場合の扱いを書かない。また後半の同型は前半を $f$$f^{-1}$ に当てれば従うとだけ述べ、合成が恒等になる理由(一意性)を書かない。また原論文は、この段で系 (6.2) を使うが、系 (6.2) は定理 (6.1) の条件のもとで述べられており、定理 (7.4) の仮定(純性だけ)とは一致しない。本書 5-1 の頁で系 (6.2) を純性だけを仮定する形に述べ直したのは、この隙間を埋めるためである。
純性の仮定は余次元 2 以上だけについて置かれている。本書 5-1 の頁で見た余次元 1 での純性の破れは、この定理に影響しない。

標数0の固有双有理射

$f:X\to Y$ を、標数 $0$ の excellent なネーター正則スキームの間の固有双有理射とする。このとき $f^*:\mathrm{Br}'(Y)\to\mathrm{Br}'(X)$ は同型である。

証明

$S:=Y$ と置き、$X$$f$ で、$Y$ を恒等射で $S$ 上のスキームとみる。$Y$$Y$ 上固有、$X$$f$ が固有なので $Y$ 上固有である。$X,Y$ は標数 $0$ の excellent なネーター正則スキームなので、引用 2 により、純余次元 2 以上の閉部分についてすべての $\ell$ に関して純性を満たし、定理の証明の (c) のとおりこれで仮定が足りる。定理により各 $\ell$$\mathrm{Br}'(Y)(\ell)\cong\mathrm{Br}'(X)(\ell)$ であり、これは一意性により $f^*$$\ell$ 準素部分である。引用 4 により両辺は捩れ群なので、$f^*$ は同型である。

原論文は定理 (7.4) を「より一般的な結果」として示すだけで、そこから系 (7.3) を導く段($S=Y$ と置くこと、捩れ性で $\ell$ を束ねること)を書かない。上の証明はそれを補ったものである。

体上固有な正則スキーム

$k$ を体、$X,Y$$k$ 上固有な正則スキーム、$f:X\dashrightarrow Y$$k$ 上の双有理写像とする。

  1. $X,Y$ の次元が 2 以下なら $\mathrm{Br}(X)=\mathrm{Br}'(X)\cong\mathrm{Br}'(Y)=\mathrm{Br}(Y)$
  2. $X,Y$$k$滑らか$\ell\ne\operatorname{char}k$ なら、$\mathrm{Br}'(X)(\ell)\cong\mathrm{Br}'(Y)(\ell)$
証明

$S=\operatorname{Spec}k$ と置く。$X,Y$$k$ 上有限型なのでネーターである。(1) 余次元 2 以上の閉部分は 2 次元の成分の閉点の有限集合であり、引用 2 により純性が成り立つ。定理と引用 4 により $\mathrm{Br}'(X)\cong\mathrm{Br}'(Y)$、引用 5 で $\mathrm{Br}$ に移す。(2) 引用 2 の滑らかな場合により、純余次元 2 以上の閉部分について $\ell$ に関して純性が成り立つので、定理を当てればよい。

原論文は後半を「$k$ 上固有な正則スキーム」について述べ、根拠に定理 (6.1) c) を挙げる。しかし定理 (6.1) c) は $X$$k$ 上滑らかであることを要し、$k$ が完全でなければ正則でも滑らかとは限らない。本頁は後半の仮定に「滑らか」を明記した。正則だが滑らかでない場合に主張が成り立たない例を本書は知らないので、原論文の形が偽であるとは述べない。

原論文の注意 (7.6)

原論文は §7 の終わりに二つの注意を置く。本書はどちらも証明しないので、原論文が述べていることとして記録する。

  • a) §6 の観察からすると、定理 (7.4) の純性の仮定は他の仮定から従うかもしれず、そうなら $\mathrm{Br}'$ は与えられた底の上の正則固有スキームについてつねに双有理不変量になる。原論文は、疑わしい最初の場合として、標数 $p>0$ の代数閉体上の 3 次元の射影的で滑らかなスキームについての $\mathrm{Br}'$$p$ 準素部分を挙げる。本頁の証明がこの場合に届かないのは、滑らかな場合の純性が $\ell\ne p$ を要するからである。原論文はまた、定理 (7.4) の証明の型が、基本群や $H^0(X,\Omega^i)$ の双有理不変性の古典的な証明と、対応する純性を経由する点で同じであると述べる。
  • b) 系 (7.3) の論法で使った「構造定理」は、いまの文脈では不可欠ではないが、同じ原理によるコホモロジー的な結果の一群に属するとして、原論文は次を挙げる:正則スキームの間の固有双有理射 $f$ について $R^if_*\mathcal O=0$$i>0$。Hironaka に帰されている)、幾何的ファイバーの有限係数の奇数次コホモロジーの消滅、そのうち $H^1$ については基本群の消滅で、これは Zariski–Nagata の純性と基本群の特殊化から解消と独立に得られること、そしてそれがファイバーの $\mathrm{Pic}^0$ が単巾であることと同値であり、それが $0$ になるかは問いとして残る(ファイバーが 1 次元なら正しい)こと。この段の脚注(III 印字 p. 143)は、これらの結果が Hironaka が実際に確立した形の特異点解消で証明されることを明記している。
    三つの太字の脚注を合わせて読むと、原論文の紙面は、撤回された「構造定理」と、確立された特異点解消定理とを区別している。本頁の証明はどちらも使っていない。

例と反例

曲面の点のブローアップ

$X$$\mathbb C$ 上の滑らかな曲面、$x\in X$ を閉点とする。$Y=\{x\}$ は余次元 2 の正則な閉部分で、$\ell$ は剰余標数 $0$ と異なるので、定理の (a) により、すべての $\ell$ について $\mathrm{Br}'(X)(\ell)\cong\mathrm{Br}'(\mathrm{Bl}_xX)(\ell)$ である。捩れ性で束ねれば $\mathrm{Br}'(X)\cong\mathrm{Br}'(\mathrm{Bl}_xX)$。同じ証明の 3 から $\mathrm{Pic}(\mathrm{Bl}_xX)\cong\mathrm{Pic}(X)\oplus\mathbb Z$$\mathbb Z^I$ は自由なので列は分裂し、$\mathbb Z$ は例外曲線の類で生成される)も読み取れる。Picard 群は増えるが、Brauer 群は増えない。
中心を因子 $D\subset X$(余次元 1)にとると、ブローアップは同型であり、証明の 2 で余次元 1 の成分が寄与しないことと整合する。

有理多様体のBrauer群

$X$$\mathbb C$ 上の固有で滑らかな多様体で、$\mathbb P^n_{\mathbb C}$ と双有理なものとする。このとき $\mathrm{Br}'(X)=0$ である。
実際、$\mathbb P^n_{\mathbb C}$ では引用 8 により $H^2(\mathbb P^n,\mu_m)\cong\mathbb Z/m$$\mathcal O(1)$ の類で生成されるので、Kummer 列の $\mathrm{Pic}(\mathbb P^n)\to H^2(\mathbb P^n,\mu_m)$ は全射であり、$\mathrm{Br}'(\mathbb P^n)$$m$ 倍の核は $0$ である。よって $\mathrm{Br}'(\mathbb P^n_{\mathbb C})=0$。系「体上固有な正則スキーム」の 2(標数 $0$ なのですべての $\ell$ に当てられる)と捩れ性により $\mathrm{Br}'(X)\cong\mathrm{Br}'(\mathbb P^n_{\mathbb C})=0$ となる。この議論は次元に制限が無く、留保のある引用も使わない。
対偶として、$\mathbb C$ 上の固有で滑らかな多様体で $\mathrm{Br}'\ne0$ のものは有理でない。

固有でない双有理射

原論文に無い反例である。開埋め込み $j:\mathbb G_{m,\mathbb C}^2=\operatorname{Spec}\mathbb C[x^{\pm1},y^{\pm1}]\hookrightarrow\mathbb A^2_{\mathbb C}$ を考える。

  • 満たす性質$j$ は双有理射である(関数体はともに $\mathbb C(x,y)$)。$\mathbb A^2_{\mathbb C}$$\mathbb G_{m,\mathbb C}^2$ はどちらも標数 $0$ の excellent なネーター正則スキームである。
  • 満たさない性質$j$ は固有でない(稠密な真の開埋め込みは固有でない)。
  • 破る含意:系 (7.3) を印字のまま読んだ形、すなわち「標数 $0$ の excellent 正則スキームの間の双有理射は $\mathrm{Br}'$ の同型を与える」という主張。定理の後半の「$X$$S$ 上固有」という仮定も、$S=\mathbb A^2_{\mathbb C}$ として満たされない。
  • 証明:本書 5-1 の頁の反例の大域版で見たとおり、$\mathrm{Br}'(\mathbb A^2_{\mathbb C})=0$ であり、四元数代数 $(x,y)_2$ の類は $\mathrm{Br}'(\mathbb G_{m,\mathbb C}^2)$$0$ でない元である(因子 $x=0$ に沿う剰余が、$\mathbb C(y)$ の平方でない $y$ の類になる)。よって $j^*:\mathrm{Br}'(\mathbb A^2_{\mathbb C})\to\mathrm{Br}'(\mathbb G_{m,\mathbb C}^2)$ は同型でない。

不変性を壊しているのは、$\mathbb A^2_{\mathbb C}$ から取り除いた二つの因子 $x=0$$y=0$ である。余次元 1 の集合を取り除くと除去の不変性は使えず、実際、正則因子の完全列(本書 5-1 の頁)が示すとおり、$\mathrm{Br}'$ は因子に沿う剰余の分だけ大きくなりうる。原論文の撤回された証明も、ブローアップ列への帰着を通して固有性を本質的に使っていた。

その後の発展

以下は原論文(1966 年の講演、1968 年刊)より後の展開であり、本頁では出典を確認していない。

  • 有理性の問題への応用。M. Artin と D. Mumford(1972 年)は、Brauer 群の捩れ部分が双有理不変量であることを使い、$\mathbb C$ 上の単有理だが有理でない 3 次元多様体の例を与えたとされる。上の例「有理多様体のBrauer群」の対偶が、その議論の骨格にあたる。原論文はこの応用を述べていない。
  • 不分岐コホモロジー。$\mathrm{Br}'$ の双有理不変性は、関数体の不分岐 Brauer 群、さらに不分岐コホモロジー(J.-L. Colliot-Thélène と M. Ojanguren、1989 年ほか)の枠組みで扱われるようになったとされる(不分岐コホモロジー、本書第 7 章)。
  • 分解定理。原論文の脚注が退けた「二つのブローアップ列で挟む」という形の主張に関連して、標数 $0$ の双有理写像を滑らかな中心のブローアップとその逆の列に分解する弱分解定理が、D. Abramovich、K. Karu、K. Matsuki、J. Włodarczyk により示されたとされる(2002 年)。原論文の脚注は正しい形を書いていないので、これが脚注の意図した訂正だとは言えない。
  • $p$ 準素部分。注意 (7.6) a) の問いにかかわる $p$ 準素部分の純性は、本書 5-1 の頁の「その後の発展」に書いたとおり、後に一般の正則スキームについて示されたとされ、それにより体上固有滑らかなスキームの $\mathrm{Br}$ の双有理不変性は $p$ 準素部分も含めて成り立つとされる。

原論文との対応表

原論文(III §7、印字 pp. 137–143)本頁
定理 (7.1)、式 (7.1)〜(7.4) とその証明定理「正則な中心のブローアップ」
系 (7.2)系「次元2以下の固有双有理射」
系 (7.3)(「固有」なし)とその直後の証明「撤回された証明」、反例「固有でない双有理射」
印字 p. 138 と p. 140 の太字の脚注「撤回された証明」
定理 (7.4) とその証明定理「有理写像による引き戻し」(純余次元ごとの段と一意性の段を補った)
系 (7.3)(本頁が採る形)系「標数0の固有双有理射」(定理 (7.4) から導いた)
系 (7.5)系「体上固有な正則スキーム」(後半は「滑らか」を補った)
注意 (7.6) a) b)、印字 p. 143 の脚注「原論文の注意 (7.6)」
(原論文に無い)例「曲面の点のブローアップ」、例「有理多様体のBrauer群」

原論文の §7 でも、式番号 (7.1)〜(7.4) と定理・系の番号 (7.1)〜(7.4) は別のものを指す。

参考文献

  • A. Grothendieck, Le groupe de Brauer III : exemples et compléments, in Dix exposés sur la cohomologie des schémas, North-Holland / Masson, 1968, pp. 88–188(§7 は pp. 137–143)。
  • A. Grothendieck, Le groupe de Brauer II, 同書 pp. 67–87。
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  • A. Grothendieck, J. Dieudonné, Éléments de géométrie algébrique II, Publ. Math. IHÉS 8, 1961。
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  • J.-L. Colliot-Thélène, M. Ojanguren, Variétés unirationnelles non rationnelles : au-delà de l'exemple d'Artin et Mumford, Invent. Math. 97 (1989)。
  • D. Abramovich, K. Karu, K. Matsuki, J. Włodarczyk, Torification and factorization of birational maps, J. Amer. Math. Soc. 15 (2002)。

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