7-3 Weil・Tate・Hodgeの予想との関係

$$\newcommand{C}[0]{\mathbb{C}} \newcommand{N}[0]{\mathbb{N}} \newcommand{Q}[0]{\mathbb{Q}} \newcommand{R}[0]{\mathbb{R}} \newcommand{Z}[0]{\mathbb{Z}} $$

要約:余次元フィルトレーション $N^p$ を、有限体上では Frobenius の固有値の可除性で、複素数体上では Hodge フィルトレーションで捉えようとする原論文 §10 の構想を解説する。有限体上では、余次元 $\ge p$ の部分多様体からの Gysin 像の上で Frobenius の固有値が $q^p$ で割り切れることを Weil 予想(今日では Deligne の定理)から導き、その逆向きを含む予想が次数 $2p$ で Tate 予想になることを見る。複素数体上では、同じ構想の等号の形が一般には偽であることを反例で示し、原論文の 1968 年の追記による修正が一般 Hodge 予想になることを述べる。証明した主張、引用、予想を区別して書き、予想の現況は 2026 年 9 月の時点で述べる。原論文 III の §10.2〜§10.4 と追記脚注に当たる。

前提知識: 余次元フィルトレーション, ℓ進コホモロジー, Tate捻り, Weil予想, Tate予想, Hodge予想, 一般Hodge予想, Hodge構造

この頁で示すこと

有限体上$k=\mathbb F_q$$\ell$$q$ と素な素数、$\bar k$ は代数閉包、$\mathrm{Frob}$ は幾何的 Frobenius)。

  1. [証明] Galois 群の作用は $N^pH^i(X_{\bar k},F)$ を保つ。捻り $\mathbb Z_\ell(-m)$ を付けると $\mathrm{Frob}$ の固有値は $q^m$ 倍になる(III (10.9))。
  2. [定理。Deligne の定理を使う] $X$ が射影的で滑らかなら、余次元 $\ge p$ の射影的で滑らかな $Z$ からの Gysin 像の和の上で、$\mathrm{Frob}$ の固有値はすべて $q^p\beta$$\beta$ は代数的整数で、どの複素埋め込みでも $|\beta|=q^{i/2-p}$)の形である(III §10.2 の下線部の後半を、Gysin 像の上で述べた形)。
  3. [予想] 原論文は、$N^pH^i(X_{\bar k},\mathbb Q_\ell)$ が「$\alpha/q^p$ が代数的整数となる固有値 $\alpha$ の一般固有空間の和」に含まれ、さらに等しいと予想する(III (10.10) と §10.3)。等号の $i=2p$ の場合が Tate予想 である。

複素数体上$X$ は滑らかな射影多様体、$H^i=H^i(X(\mathbb C),\mathbb Q)$$F^p$ は Hodge フィルトレーション)。
4. [証明] $F^p\cap\overline{F^p}=\bigoplus_{r\ge p,\ s\ge p}H^{r,s}$(原論文 (10.14) の右辺の、不等号の向きを正した形)。
5. [後代に確立] $N^pH^i\subset F^p\cap\overline{F^p}\cap H^i$(原論文 (10.12)〜(10.15))。
6. [偽] 原論文が掲げた「この包含は常に等号」という形は偽である(反例:3 つの楕円曲線の積、$i=3$$p=1$)。原論文の 1968 年 10 月の追記がこれを認めて修正した形が [予想] 一般Hodge予想 であり、$i=2p$ の場合が Hodge予想 である。

背景と動機

前の頁の余次元フィルトレーション $N^p$ は、閉集合の外で消えるかどうかという「位相的」な定義をもつ。原論文 §10 は、これを別の構造から読み取れるかを問う。
有限体上では、コホモロジーに Frobenius が作用する。余次元 $p$ の部分多様体に支えられた類は、捻り $(-p)$ を経由するので、固有値に $q^p$ の因子が付くはずである。原論文はこの「算術的」なフィルトレーションが位相的な $N^p$ と一致すると予想し、Tate の予想 [Tat65] に触発されたと書く。複素数体上では、Frobenius の役割を Hodge 分解が果たし、原論文は両者の類似を明言したうえで、Hodge 側の等号の予想を掲げた。
原論文の執筆時(1966 年)には、Weil 予想の Riemann 予想の部分はまだ証明されておらず、原論文は有限体上の曲面の $H^2$ についてさえ Weil 予想も Tate 予想も知られていないと述べ、後者が Artin–Tate により Brauer 群の有限性と同値であることを Tate の講演 [Tat66] から引く。この頁は、その後に確立された事実を区別しながら、原論文の構想を追う。

定義と準備

Galois 作用と Frobenius. $k=\mathbb F_q$ とし、$X$$k$ 上のスキーム、$X_{\bar k}=X\otimes_k\bar k$ とする。$\Gamma=\operatorname{Gal}(\bar k/k)$$\bar k$ への作用を通じて $X_{\bar k}$ に($k$ 線形でない)$X$ 上の自己同型として作用し、構造の輸送によって $H^i(X_{\bar k},F_{\bar k})$ に作用する。$\varphi\in\Gamma$$x\mapsto x^q$ とし、幾何的 Frobenius$\mathrm{Frob}=\varphi^{-1}$ の作用と定める。$\Gamma$$\varphi$ を位相的生成元とする副有限群 $\hat{\mathbb Z}$ なので、$\Gamma$ の作用は $\mathrm{Frob}$ の作用で決まる。
原論文はこの作用を $\mathrm{frob}_N$$N$ は有限体の位数)と書き、向きを明記しないが、固有値が代数的整数になる向き、すなわち幾何的 Frobenius と読むほかない。$X$ の Frobenius 自己準同型が誘導する作用と $\mathrm{Frob}$ が一致することは、以下では Weil 予想の引用の中に含めて使う。
算術的フィルトレーション. $\mathrm{Frob}$$H^i(X_{\bar k},\mathbb Q_\ell)$ 上の固有値がすべて代数的数であるとき、
$$ N^p_{\mathrm{ar}}H^i(X_{\bar k},\mathbb Q_\ell)=\bigoplus_{\alpha/q^p\text{ は代数的整数}}\bigl(\alpha\text{ に対する一般固有空間}\bigr) $$
と置く。条件「$\alpha/q^p$ が代数的整数」は $\operatorname{Gal}(\bar{\mathbb Q}/\mathbb Q)$ の作用で保たれるので、右辺は $\mathbb Q_\ell$ 上定義された部分空間である。原論文はこれを $\mathrm{Filt}'^p$ と書く。
Hodge フィルトレーション. 複素数体上の滑らかな射影多様体 $X$ について、Hodge 分解 $H^i\otimes\mathbb C=\bigoplus_{r+s=i}H^{r,s}$$\overline{H^{r,s}}=H^{s,r}$ と、$F^pH^i=\bigoplus_{r\ge p}H^{r,s}$ を引用する(Hodge構造)。原論文は代数的 de Rham コホモロジーの素朴な切り捨てから $F^p$ を定め、比較定理で有理係数の形に言い換えている。本頁は初めから特異コホモロジーの上で述べる。

主結果と証明

Galois 作用と捻り

作用はフィルトレーションを保つ

$\Gamma$$H^i(X_{\bar k},F_{\bar k})$$N^p$ を保ち、したがって $\mathrm{Gr}^p$ に作用する。

証明

$\sigma\in\Gamma$$X_{\bar k}$ の(スキームとしての)自己同型 $\sigma_X$ を定め、$F_{\bar k}$$X$ からの引き戻しなので $\sigma_X^*F_{\bar k}\cong F_{\bar k}$ が標準的に定まる。$\sigma_X$ は位相同型で局所環を同型に写すので、開集合 $U$ の補集合の余次元は $\sigma_X^{-1}(U)$ でも同じである。引き戻しは制限と可換なので、$\sigma$$\operatorname{Ker}(H^i\to H^i(U))$$\operatorname{Ker}(H^i\to H^i(\sigma_X^{-1}U))$ に写す。

捻りと固有値

$Z$$k$ 上のスキーム、$m$ を整数とする。$\Gamma$ と両立する標準同型
$$ H^j(Z_{\bar k},\mathbb Z_\ell(-m))\cong H^j(Z_{\bar k},\mathbb Z_\ell)\otimes_{\mathbb Z_\ell}\mathbb Z_\ell(-m) $$
があり、$\mathrm{Frob}$$\mathbb Z_\ell(-m)$$q^m$ 倍で作用する。したがって左辺の $\mathrm{Frob}$ の固有値は、$H^j(Z_{\bar k},\mathbb Z_\ell)$ の固有値の $q^m$ 倍である(III (10.9))。

証明

$Z_{\bar k}$ 上で $\mu_{\ell^\nu}$ は定数層 $\mu_{\ell^\nu}(\bar k)$ なので、$\mu_{\ell^\nu}^{\otimes(-m)}$ は階数 1 の自由 $\mathbb Z/\ell^\nu$ 加群 $M_\nu$ の定数層であり、係数の双線形写像 $H^j(Z_{\bar k},\mathbb Z/\ell^\nu)\times M_\nu\to H^j(Z_{\bar k},M_\nu)$ は基底の選び方によらず、同型 $H^j\otimes M_\nu\cong H^j(M_\nu)$ を与え、$\Gamma$ と両立する。$\nu$ について射影極限をとる。$\varphi$$\mu(\bar k)$$q$ 乗で作用するので、$\mathbb Z_\ell(1)$$q$ 倍、$\mathbb Z_\ell(-m)$$q^{-m}$ 倍で作用する。$\mathrm{Frob}=\varphi^{-1}$$q^m$ 倍で作用する。

算術的 Frobenius $\varphi$ で考えると、固有値は $q^{-m}$ 倍になる。原論文は「$q^m$ 倍」とだけ書くので、この向きの規約が必要である。

Gysin 像の上の固有値

次を引用する。

  • (W) Weil 予想の Riemann 予想の部分(Deligne [Del74]):$k$ 上射影的で滑らかな $Z$ について、$\mathrm{Frob}$$H^j(Z_{\bar k},\mathbb Q_\ell)$ 上の特性多項式は整数係数で $\ell$ によらず、その根は代数的整数で、どの複素埋め込みでも絶対値が $q^{j/2}$ である。原論文の時点ではこれは予想であった。
  • (G) 射影的で滑らかな $Z$ と射 $g\colon Z\to X$$\dim Z=\dim X-c$)について、Gysin 写像 $H^{j}(Z_{\bar k},\mathbb Q_\ell(-c))\to H^{j+2c}(X_{\bar k},\mathbb Q_\ell)$$\Gamma$ と両立する。
Gysin像の上の固有値の可除性

$X$$k$ 上射影的で滑らかなスキーム、$i,p\ge0$ とする。各 $c\ge p$ について、$k$ 上射影的で滑らかで $\dim Z=\dim X-c$$Z$ と射 $Z\to X$ を有限個とり、それらの Gysin 像の和を $V\subset H^i(X_{\bar k},\mathbb Q_\ell)$ とする。(W)(G) のもとで、$V$$\mathrm{Frob}$ で安定であり、$V$ 上の $\mathrm{Frob}$ の固有値はすべて
$$ q^p\beta\qquad(\beta\text{ は代数的整数で、どの複素埋め込みでも }|\beta|=q^{i/2-p}) $$
の形である。とくに $V\subset N^p_{\mathrm{ar}}H^i(X_{\bar k},\mathbb Q_\ell)$ である。

証明

(G) により各 Gysin 写像は $\mathrm{Frob}$ と可換なので、$V$ は源の直和の $\mathrm{Frob}$ 同変な商であり、$V$ 上の固有値は源の固有値のどれかである。源 $H^{i-2c}(Z_{\bar k},\mathbb Q_\ell(-c))$ の固有値は、捻りの命題により $q^c\alpha$$\alpha$$H^{i-2c}(Z_{\bar k},\mathbb Q_\ell)$ の固有値)である。(W) により $\alpha$ は代数的整数で $|\alpha|=q^{(i-2c)/2}$$c\ge p$ なので $q^c\alpha=q^p\cdot q^{c-p}\alpha$ と書け、$\beta=q^{c-p}\alpha$ は代数的整数で $|\beta|=q^{c-p}\cdot q^{i/2-c}=q^{i/2-p}$ である。

原論文との違い. 原論文は、前の頁で述べた Gysin 像による記述「$N^p$ は Gysin 像の和に等しい」(有限体上の版。そこでは $Z$ を有限体上で定義されたものにとれることも主張される)を経由して、この主張を $N^p$ そのものの上で述べる。その記述は本書では証明していないので、本頁は主張を Gysin 像の和 $V$ の上で述べた。また原論文は固有・滑らかな $Z$ で述べるが、本頁は (W) をそのまま使える射影的な場合に限った。
もう一つの主張について. 原論文は同じ箇所で、$N^p$ 上の固有値は $\mathbb Q$ 上の共役で閉じ、特性多項式は整数係数であるとも述べる。これは上の論証からは出ない。整数係数の特性多項式をもつ空間の $\mathrm{Frob}$ 安定な部分空間の特性多項式は、一般には有理係数にならないからである。たとえば $\mathbb Q_\ell^2$ 上の $\operatorname{diag}(\alpha,\alpha')$ で、$\alpha,\alpha'$$\mathbb Q$ 上共役な 2 次の無理数でともに $\mathbb Q_\ell$ に属する($\ell$ がその 2 次体で分解する)とき、全体の特性多項式は $\mathbb Z[T]$ に属するが、$\alpha$ の固有直線上の特性多項式 $T-\alpha$ は属さない。本頁はこの主張を立てない。

原論文の予想と Tate 予想

原論文は、上の主張がすべての固有で滑らかなスキームについて(特異点解消を仮定せずに)成り立つと予想し、それを
$$ N^pH^i(X_{\bar k},\mathbb Q_\ell)\subset N^p_{\mathrm{ar}}H^i(X_{\bar k},\mathbb Q_\ell)\tag{P1} $$
と言い換え(III (10.10))、さらに Tate に触発されて
$$ N^pH^i(X_{\bar k},\mathbb Q_\ell)=N^p_{\mathrm{ar}}H^i(X_{\bar k},\mathbb Q_\ell)\tag{P2} $$
を予想する(III §10.3 の冒頭、下線つき)。本頁はこの二つを判定しない。

次数2pでの読み替え

$X$$k$ 上射影的で滑らかなスキームとする。(W) のもとで、(P2) の $i=2p$ の場合は次の主張と同値である:余次元 $p$ の既約閉集合 $Z\subset X_{\bar k}$ のサイクル類が $H^{2p}(X_{\bar k},\mathbb Q_\ell(p))$ で張る部分空間は、$\mathrm{Frob}$ の固有値が 1 の冪根であるような一般固有空間の和に等しい。

証明

前の頁の次数 $2p$ の定理により、$N^pH^{2p}(X_{\bar k},\mathbb Z_\ell(p))$ はサイクル類で張られる。捻りの同型 $H^{2p}(X_{\bar k},\mathbb Q_\ell(p))\cong H^{2p}(X_{\bar k},\mathbb Q_\ell)\otimes\mathbb Q_\ell(p)$ は制限写像と可換なので、両辺の $N^p$ を互いに写し、固有値を $q^{-p}$ 倍する。(W) により $H^{2p}(X_{\bar k},\mathbb Q_\ell)$ の固有値 $\alpha$ はすべての複素埋め込みで $|\alpha|=q^p$ なので、$\gamma=\alpha/q^p$ はすべての共役の絶対値が 1 である。$\gamma$ が代数的整数なら、Kronecker の定理により $\gamma$ は 1 の冪根であり、逆に 1 の冪根は代数的整数である。したがって $N^p_{\mathrm{ar}}H^{2p}$ は、捻った側で「固有値が 1 の冪根の一般固有空間の和」に対応する。

Tate 予想. 通常、Tate予想 は次の形で述べられる:$k$ 上射影的で滑らかな $X$ について、$X$ 上で定義された余次元 $p$ のサイクルのサイクル類は $H^{2p}(X_{\bar k},\mathbb Q_\ell(p))^{\Gamma}$ を張る。有限次拡大 $\mathbb F_{q^r}$ ごとに適用すると、$X_{\bar k}$ のサイクル類が張る部分空間は $\bigcup_rH^{2p}(X_{\bar k},\mathbb Q_\ell(p))^{\mathrm{Frob}^r}$ に等しい、という形になる。易しい包含($\mathbb F_{q^r}$ 上で定義されたサイクルの類は $\mathrm{Frob}^r$ で固定される)は、サイクル類の構成が構造の輸送と両立することから従う。
原論文は「固有値が 1 の冪根である部分」と「十分大きな $r$$\mathrm{Frob}^r$ に固定される部分」を同じものとして書いている。前者を一般固有空間の和と読むと、両者が一致するのは $\mathrm{Frob}$ がその部分で半単純に作用するときに限る(固定ベクトルの合併は一般固有空間に含まれ、等号は半単純性と同値)。この半単純性は、Tate 予想と並べて予想として扱われることが多い。
Brauer 群との関係. 原論文は、有限体上の曲面について、因子の場合($p=1$)の Tate 予想が Brauer 群の有限性と同値であるという Artin–Tate の観察を、Tate の講演 [Tat66] から引く。第6章の完全列 $0\to\mathrm{NS}\otimes\mathbb Z_\ell\to H^2(\mathbb Z_\ell(1))\to T_\ell\mathrm{Br}'\to0$ は、この同値の幾何的な側の骨組みである。
原論文はさらに、$\mathbb F_q$ を有限型の体や $\operatorname{Spec}\mathbb Z$ 上有限型の正則な底に替え、閉点ごとの Frobenius を使って算術的フィルトレーションを定義し直し、そこでも (P2) を予想する。本頁はこの一般化を記録するにとどめる。

Hodge 側

以下、$X$ は複素数体上の滑らかな射影多様体、$H^i=H^i(X(\mathbb C),\mathbb Q)$$N^pH^i$ は前の頁と同じ式(Zariski 閉集合の外で消える類)で定める。

共役との共通部分

$F^pH^i\cap\overline{F^pH^i}=\bigoplus_{r\ge p,\ s\ge p}H^{r,s}$ である。

証明

$F^p=\bigoplus_{r\ge p}H^{r,s}$ で、共役は $H^{r,s}$$H^{s,r}$ に写すから $\overline{F^p}=\bigoplus_{s\ge p}H^{r,s}$。一つの直和分解の部分和どうしの共通部分は、共通の添字の部分和である。

原論文 (10.14) の印字は、右辺の添字の条件を「$r\le p$$s\le p$」としている。これは不等号の向きの誤りである。実際 $p=0$ とすると、印字の条件 $r\le0$$s\le0$ を満たす型は $(0,0)$ だけなので、$i>0$ では印字の右辺は $0$ になるが、$F^0\cap\overline{F^0}=H^i\otimes\mathbb C$ である(たとえば $X=\mathbb P^1$$i=2$ では $H^2\otimes\mathbb C=H^{1,1}\ne0$)。

余次元フィルトレーションとHodgeフィルトレーション

$N^pH^i$ は有理 Hodge 部分構造であり、その複素化は $F^pH^i$ に含まれる。したがって
$$ N^pH^i\subset F^pH^i\cap\overline{F^pH^i}\cap H^i $$
である(原論文 (10.12)〜(10.15) の包含)。

これは原論文の時点では証明されておらず、原論文も「少なくとも標数 0 で」と述べるだけで証明を書いていない。今日では Deligne の混合 Hodge 理論 [Del71] の帰結として知られている(引用):余次元 $\ge p$ の閉集合 $Y$ について、制限の核 $\operatorname{Ker}(H^i\to H^i(X\smallsetminus Y))$ は有理 Hodge 部分構造であり、その Hodge 型 $(r,s)$ はすべて $r,s\ge p$ を満たす。包含の後半は、有理 Hodge 部分構造 $W$ について $W_{\mathbb C}\subset F^p$$W_{\mathbb C}\subset F^p\cap\overline{F^p}$ が同値であること($W_{\mathbb C}$ は共役で閉じる)による。
原論文の等号の予想. 原論文は、有限体上の (P2) の類似として、上の包含がすべての $i,p$ で等号であると下線を引いて予想した。この形は偽である。

反例:楕円曲線の3重積

$\tau=2^{1/3}e^{2\pi i/3}$$E=\mathbb C/(\mathbb Z+\mathbb Z\tau)$$X=E\times E\times E$$i=3$$p=1$ とする。

  • 満たす条件$X$ は滑らかな射影多様体、$i\le\dim X=3$
  • 破る条件:なし(原論文の仮定、射影的・滑らか・$i\le\dim X$ はすべて満たし、破れるのは等号という結論そのもの)。
  • 破る結論$N^1H^3=F^1\cap\overline{F^1}\cap H^3$ という等号。
  • 理由:右辺は $\mathbb Q$ 上 17 次元であり、左辺は奇数重みの有理 Hodge 部分構造なので偶数次元である。

計算の筋だけを述べる(全体は 一般Hodge予想 の記事にある)。$H^3=\bigwedge^3H^1$ は 20 次元で、$H^{3,0}$$\omega=dz_1\wedge dz_2\wedge dz_3$ で張られる。$F^1$$H^{3,0}$ の杯積に関する直交補なので、有理類 $v$ が右辺に入るのは $\int_Xv\wedge\omega=0$ のときであり、これは $\omega$ の周期写像 $H_3(X,\mathbb Q)\to\mathbb C$ の核に対応する。周期の値の張る空間は $\mathbb Q+\mathbb Q\tau+\mathbb Q\tau^2+\mathbb Q\tau^3$ で、$\tau^3=2$$[\mathbb Q(\tau):\mathbb Q]=3$ からこれは 3 次元なので、右辺は $20-3=17$ 次元である。一方、左辺は上の定理により有理 Hodge 部分構造で、重み 3 は奇数なので型 $(r,s)$$(s,r)$ が対になり、次元は偶数である。左辺の性質に 1971 年の結果を使っているので、この反例は原論文の時点の道具だけでは完成しない。
1968 年の追記と一般 Hodge 予想. 原論文には 1968 年 10 月付けの追記脚注があり、著者はそこで、この形の予想は本質的に自明な理由で偽であると認め、右辺を「右辺の $\mathbb Q$ 部分空間のうち、Hodge 分解について安定な複素部分空間を生成するもので最大のもの」に取り替えるよう修正した。同じ脚注は、$X$$m$ 次元のとき $i\le m$ を仮定し忘れたことと、$i\ge m$ の場合の読み替えにも触れているが、本頁はその部分を検証していない。上の反例は $i=m=3$ なので、この補足によっては救われない。Grothendieck は翌年、この事情を短い論文 "Hodge's general conjecture is false for trivial reasons" [Gro69] にまとめている。本書は、上の反例がその論文の論法と同じかどうかには立ち入らない。
修正後の形は次のとおりである。

修正された等号

$N^pH^i$ は、複素化が $F^pH^i$ に含まれる有理 Hodge 部分構造のうち最大のものに等しい。

これが 一般Hodge予想 である。$i=2p$ では $F^p\cap\overline{F^p}\cap H^{2p}=H^{p,p}\cap H^{2p}$ であり、この部分空間は(偶数重みで型 $(p,p)$ だけからなるので)それ自身が有理 Hodge 部分構造になる。したがって $i=2p$ では原形と修正形は一致し、前の頁の次数 $2p$ の議論の特異コホモロジー版($N^pH^{2p}$ がサイクル類で張られること。引用)と合わせて、「$H^{p,p}\cap H^{2p}(X,\mathbb Q)$ の元は余次元 $p$ の代数的サイクルの類の有理結合である」という Hodge予想 になる。上の反例は奇数重みの偶奇を使うので、$i=2p$ の場合には効かない。

例と反例

有限体上の楕円曲線. $E$$\mathbb F_q$ 上の楕円曲線とする。$H^1(E_{\bar k},\mathbb Q_\ell)$$\mathrm{Frob}$ の固有値 $\alpha,\bar\alpha$$\alpha\bar\alpha=q$$|\alpha|=\sqrt q$ を満たす(引用。楕円曲線については Hasse の定理)。$\alpha/q=1/\bar\alpha$ のノルムは $1/q$ なので代数的整数でなく、$N^1_{\mathrm{ar}}H^1=0$ である。前の頁により曲線では $N^1H^1=0$ なので、(P2) は $i=1$$p=1$ で成り立つ。$H^2(E_{\bar k},\mathbb Q_\ell)$ の固有値は $q$ で、$N^1_{\mathrm{ar}}H^2=H^2=N^1H^2$ となり、これも (P2) と整合する。
射影空間. $X=\mathbb P^n$ では $H^{2j}(X_{\bar k},\mathbb Q_\ell)$ の固有値は $q^j$ で、前の頁の計算 $N^jH^{2j}=H^{2j}$$N^{j+1}H^{2j}=0$ と、$q^j/q^p$ が代数的整数であることと $p\le j$ が同値であることが一致する。複素数体上でも $H^{2j}=H^{j,j}$ で、同じ整合が成り立つ。
因子の場合. $p=1$$i=2$ の Hodge 予想は、Lefschetz の $(1,1)$ 定理として成り立つ(引用)。
部分空間の特性多項式. 上の $\operatorname{diag}(\alpha,\alpha')$ の例。「整数係数の特性多項式をもつ空間の安定な部分空間」という仮定だけでは、部分空間の特性多項式の有理性は出ない。
原形の一般 Hodge 予想. 上の $E\times E\times E$ の例。

その後の発展

以下は 2026 年 9 月の時点での記述である。

  • Weil 予想. 有理性は Dwork が示し、Grothendieck の $\ell$ 進コホモロジーが有理性と関数等式を与えた。Riemann 予想の部分は Deligne が 1974 年に射影的で滑らかな多様体について証明し [Del74]、1980 年の Weil II [Del80] でより一般の形に拡張した。本頁の Gysin 像の上の固有値の定理は、これにより条件付きではなくなった(射影的な場合)。
  • Tate 予想. 有限体上の Abel 多様体の因子の場合は Tate が証明した [Tat66]。有限体上の K3 曲面の因子の場合は、Nygaard、Nygaard–Ogus、Maulik、Charles、Madapusi Pera らの一連の仕事で、すべての標数で証明されている。有限体上の曲面について、因子の Tate 予想と Brauer 群の有限性の同値は Tate と Milne [Mil75] によって確立された。一般の場合は未解決である。
  • Hodge 予想. 未解決であり、Clay 数学研究所が 2000 年に発表したミレニアム懸賞問題の一つである。整数係数の形は成り立たないことが Atiyah–Hirzebruch によって示されている。$p=1$ の場合は上の Lefschetz の定理である。
  • 一般 Hodge 予想. 修正後の形は未解決である。原論文の等号の形が偽であることは、Grothendieck 自身が [Gro69] で公にした。
  • 余次元フィルトレーションと算術的フィルトレーションの包含 (P1). 本書ではその現況に立ち入らない。

原論文との対応表

原論文内容本頁
III §10.2 前半(p. 166)Galois 作用がフィルトレーションを保つ、Frobenius作用はフィルトレーションを保つ、定義と準備
III (10.8)(p. 167)有限体上の Gysin 像による記述原論文との違い(本頁では使わない)
III (10.9)(p. 167)捻りと固有値捻りと固有値
III §10.2 の下線部(p. 167)固有値の可除性、共役で閉じることGysin像の上の固有値の可除性、もう一つの主張について
III (10.10)(pp. 167–168)算術的フィルトレーションとの包含(P1)
III §10.3(pp. 168–169)等号の予想、$i=2p$ で Tate 予想、一般の底、Artin–Tate と Brauer 群(P2)、次数2pでの読み替え、Tate 予想、Brauer 群との関係
III §10.4、(10.11)〜(10.15)(pp. 169–170)de Rham と Hodge のフィルトレーション、包含Hodge 側、共役との共通部分、余次元フィルトレーションとHodgeフィルトレーション
III §10.4 の下線部(p. 170)包含は等号という予想原論文の等号の予想、楕円曲線の3重積
1968 年 10 月の追記脚注(p. 170)等号の形の誤りの承認と修正、次数の範囲1968 年の追記と一般 Hodge 予想、修正された等号

参考文献

  • [Gro68] A. Grothendieck, Le groupe de Brauer I, II, III, in: Dix exposés sur la cohomologie des schémas, North-Holland / Masson, 1968(本頁は III の pp. 166–170)。
  • [Gro69] A. Grothendieck, Hodge's general conjecture is false for trivial reasons, Topology 8 (1969).
  • [Tat65] J. Tate, Algebraic cycles and poles of zeta functions, in: Arithmetical Algebraic Geometry (Purdue, 1963), Harper & Row, 1965.
  • [Tat66] J. Tate, Endomorphisms of abelian varieties over finite fields, Inventiones mathematicae 2 (1966); および On the conjectures of Birch and Swinnerton-Dyer and a geometric analog, Séminaire Bourbaki, exposé 306, 1966.
  • [Del71] P. Deligne, Théorie de Hodge II, Publications Mathématiques de l'IHÉS 40 (1971).
  • [Del74] P. Deligne, La conjecture de Weil I, Publications Mathématiques de l'IHÉS 43 (1974).
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