位相空間論このテキストでは、現代数学のどの方面に進むにあたっても必要となる位相空間論の基本事項を、証明をつけた形で解説する。読者には、集合と写像の言葉への慣れを期待する。たとえば、和集合・共通部分などの集合の操作や、全射・単射・像・逆像などの概念には親しんでいるものとする。さらに、具体例を理解するためには、連続性の $\varepsilon$-$\delta$ 論法を用いた定義や、数列の収束の定義、実数の基本性質などを理解していることが望ましい。
現代数学では、点の集まりとしての集合に構造を付加することにより、多彩な概念を構成していく。例えば、代数学においては、集合に加法や乗法などの演算という構造を付加して群、環、体などといった概念を考える。位相空間は、集合にある種の構造を付加することで、写像の連続性や点列の収束など、ある種の「近さ」にまつわる議論を可能にしたものである。つまり、端的に言えば、位相空間とは「近さ」が定義される場所である。
座標平面 $\mathbb{R}^2$ の中には、我々が慣れ親しんだ数多くの図形、たとえば、線分、円、三角形、四角形がある。こうした図形には、自然に「近さ」の概念があると考えられるが、実際にこれらの図形は $\mathbb{R}^2$ からの相対位相という自然な方法で、位相空間とみなすことができる。しかし、図形を位相空間とみなすことは、同時に「近さ」以外の要素を捨象することでもある。その結果として、通常では同じとは思えない図形が、位相空間として同一(正式な用語では「同相」)となることがある。実際、いま述べた円、三角形、四角形はすべて互いに同相である。しかし、線分はこれらと同相ではない。このように、位相空間の立場では図形がかなり「粗く」分類されることになるが、この立場での図形の分類を目指す学問が位相幾何学である。
上に述べたことからも、位相空間論は幾何学の基礎として重要なことは推察されると思うが、位相空間論の重要性は幾何学に留まるものではない。数学の様々な分野で、直観的には図形とは思えない集合に位相空間の構造を与えることで、ある種の図形的考察が可能となる。一つ例を挙げれば、関数解析学においては、関数のなす集合に位相空間としての構造を与えることで「関数空間」をつくり、関数を点とする一種の図形として取り扱うことで解析学の問題解決に豊富な道具を提供している。
9月3日