2-1 多項式の根と代数閉体

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固有値はいつ存在するのか

行列の固有値は特性多項式の根である。しかし $x^2+1$ は $\mathbb{R}$ に根をもたず、$x^2+x+1$ は $\mathbb{F}_2$ に根をもたない。「多項式には根がある」という言葉は、係数体を指定しなければ正しくない。

根・分解・代数閉性

多項式の根

体 $K$ 上の多項式
$$ f(x)=a_0+a_1x+\cdots+a_nx^n $$
と $\alpha\in K$ に対し、$f(\alpha)=0$ であるとき $\alpha$ を $f$ の $K$ における多項式の根|根という。

分解

$f(x)\in K[x]$ が
$$ f(x)=c(x-\alpha_1)\cdots(x-\alpha_n) $$
と $c,\alpha_1,\ldots,\alpha_n\in K$ を用いて書けるとき、$f$ は $K$ 上で一次式の積に**多項式の分解|分解する**という。根の重複は許す。

代数閉体

体 $K$ が代数閉体(algebraically closed field)であるとは、$K[x]$ の任意の非定数多項式が $K$ に少なくとも一つの根をもつことをいう。

代数閉性と完全分解

体 $K$ が代数閉体であることと、$K[x]$ の任意の非定数多項式が $K$ 上で一次式の積に分解することは同値である。

すべての非定数多項式が一次式の積へ分解するなら、積に現れる $\alpha_j$ は根なので、定義から $K$ は代数閉体である。
逆に $K$ が代数閉体とする。次数 $n$ に関する帰納法を使う。$n=1$ なら既に一次式である。$n>1$ とし、$f\in K[x]$ を次数 $n$ の多項式とする。代数閉性により根 $\alpha\in K$ がある。多項式の除法により
$$ f(x)=(x-\alpha)q(x)+r $$
と書け、$r$ は定数である。$x=\alpha$ を代入すると $0=f(\alpha)=r$ なので、$f=(x-\alpha)q$ である。$q$ の次数は $n-1$ だから、帰納法の仮定により $q$ は一次式の積へ分解する。よって $f$ も分解する。

代数閉体でなくても十分な場合

線形代数学で必要なのは、常に係数体全体の代数閉性ではない。特定の行列 $A$ を三角化するには、その特性多項式が係数体上で分解すれば足りる。
たとえば
$$ A=\begin{pmatrix}1&1\\0&2\end{pmatrix} $$
の特性多項式は $(t-1)(t-2)$ であり、$\mathbb{Q}$ 上で既に分解する。$\mathbb{Q}$ が代数閉体でなくても、この行列の固有値解析に体を拡大する必要はない。
一方、回転行列
$$ R=\begin{pmatrix}0&-1\\1&0\end{pmatrix} $$
の特性多項式 $t^2+1$ は $\mathbb{R}$ 上で分解せず、$\mathbb{C}$ 上で $(t-i)(t+i)$ と分解する。

代数閉包

代数閉包

体 $K$ を含む代数閉体 $\overline K$ で、$\overline K$ のすべての元が $K$ 上代数的であるものを、$K$ の代数閉包(algebraic closure)という。ここで $\alpha$ が $K$ 上代数的とは、$K[x]$ の零でない多項式 $f$ で $f(\alpha)=0$ となるものが存在することをいう。

代数閉包の存在と同型を除く一意性は、本論の体拡大・代数的元・分解体を準備した後で証明する。共有基盤では定義と用途だけを固定する。

$\mathbb{C}$ について何を仮定するか

参照定理:代数学の基本定理

$\mathbb{C}$ は代数閉体である。すなわち、複素係数の任意の非定数多項式は複素数の根をもつ。

この定理の完全証明には、実数の完備性または複素解析の道具が必要になる。本シリーズでは証明を複素解析入門へ委ねるが、使用を隠さない。次の原則を採用する。

  1. Gauss 消去、次元、行列式、Cayley--Hamilton 定理は任意の体上で証明する。
  2. 固有値の存在を述べるときは「特性多項式が $K$ 上で根をもつ」と仮定する。
  3. 三角化・Jordan 標準形には「特性多項式が $K$ 上で分解する」と仮定する。
  4. $K=\mathbb{C}$ なら上の仮定が常に満たされることを述べる箇所でのみ、代数学の基本定理を使う。
  5. 実対称行列の固有値が実数であることは、代数学の基本定理だけに頼らず、内積を使って線形代数学内で証明する。

有限体は代数閉体ではない

有限体 $K=\{a_1,\ldots,a_q\}$ を取ると
$$ f(x):=(x-a_1)\cdots(x-a_q)+1 $$
は任意の $a_j\in K$ に対して $f(a_j)=1$ となる。したがって $f$ は $K$ に根をもたず、有限体は代数閉体ではない。
これは有限体上で固有値が存在しない行列があることを意味する。たとえば $\mathbb{F}_2$ 上で特性多項式 $t^2+t+1$ をもつ行列は、$\mathbb{F}_2$ 上に固有値をもたない。

演習

係数体ごとの分解

$x^4-1$ と $x^4+1$ が $\mathbb{Q},\mathbb{R},\mathbb{C}$ の各体上でどこまで分解するか調べよ。

解答

まず
$$ x^4-1=(x-1)(x+1)(x^2+1). $$
$\mathbb{Q}$ と $\mathbb{R}$ では $x^2+1$ は一次式へ分解しないが、$\mathbb{C}$ では $(x-i)(x+i)$ となる。
次に
$$ x^4+1=(x^2+\sqrt2x+1)(x^2-\sqrt2x+1) $$
である。この分解は $\mathbb{R}$ 上では使える。$\mathbb{Q}$ 上では既約であることも確かめられる。有理数係数で分解するなら、$\mathbb{Q}$ に根がないので二つの二次式の積であり、最高次係数を正規化して
$$ x^4+1=(x^2+ax+b)(x^2+cx+d) $$
と書ける。係数比較から
$$ a+c=0,\qquad bd=1,\qquad ad+bc=0,\qquad b+d+ac=0. $$
$c=-a$ を代入すると $a(d-b)=0$ である。$a=0$ なら $b+d=0$ と $bd=1$ から $-b^2=1$ となり不可能である。したがって $d=b$。すると $b^2=1$ なので $b=1$ または $b=-1$ である。最後の式は $2b-a^2=0$ となるが、$b=1$ なら $a^2=2$、$b=-1$ なら $a^2=-2$ となり、どちらも有理数 $a$ には不可能である。したがって有理係数ではこれ以上分解しない。
実係数の各二次式の判別式は $-2$ だから、$\mathbb{C}$ ではさらに一次式へ分解する。根は
$$ \frac{1+i}{\sqrt2},\quad \frac{-1+i}{\sqrt2},\quad \frac{-1-i}{\sqrt2},\quad \frac{1-i}{\sqrt2} $$
である。

ここから本論へ進み、根を加えて体を拡大する操作を線形代数学の次元で測る。

参考文献

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