代数閉包はすべての代数方程式を解ける世界ですが、一本の多項式 $f$ を調べるには大きすぎます。$f$ の根をすべて含み、それ以外には余分なものを加えない体を取り出したものが分解体です。「根を全部入れる」と「根で生成される」の二条件によって、必要十分な大きさを表します。
$f\in K[x]$ を次数1以上の多項式とする。拡大体 $L/K$ が $f$ の $K$ 上の**分解体**であるとは、次の二条件を満たすことをいう。
二つ目の条件は最小性を表します。第一条件だけなら、分解後に無関係な元をいくら加えてもよく、対象が定まりません。
$L$ が $f\in K[x]$ の分解体で、$K\subseteq E\subseteq L$ において $f$ が $E[x]$ で一次式の積に分解するなら $E=L$ である。
$f$ の根 $\alpha_1,\ldots,\alpha_r$ はすべて $E$ に属します。従って
$$
L=K(\alpha_1,\ldots,\alpha_r)\subseteq E.
$$
仮定の $E\subseteq L$ と合わせて $E=L$ です。□
任意の体 $K$ と次数1以上の $f\in K[x]$ に対し、$f$ の $K$ 上の分解体が存在する。さらに分解体は $K$ の有限次拡大として取れる。
$n=\deg f$ について帰納します。$n=1$ なら $f$ はすでに $K$ 上で分解し、$K$ 自身が分解体です。
$n\ge2$ とし、$K[x]$ で $f$ の既約因子 $p$ を一つ取ります。商体
$$
K_1=K[x]/(p)
$$
で $\alpha=x+(p)$ とおけば $p(\alpha)=0$、従って $f(\alpha)=0$ です。因数定理により
$$
f(x)=(x-\alpha)g(x)\qquad(g\in K_1[x])
$$
と書け、$\deg g=n-1$ です。
帰納法の仮定により、$g$ は $K_1$ 上の有限次分解体 $L$ をもちます。$L$ では $g$ が一次式の積に分解し、$\alpha\in K_1\subseteq L$ なので $f=(x-\alpha)g$ も分解します。$L$ の中で $f$ の根をすべて $\alpha_1,\ldots,\alpha_r$ とし
$$
E=K(\alpha_1,\ldots,\alpha_r)
$$
とおきます。$E$ では $f$ が分解し、根によって生成されるので $E$ は $f$ の分解体です。
各 $\alpha_i$ は $K$ 上代数的で、個数は有限です。従って $E/K$ は有限次です。□
この証明は実際の計算法にもなっています。
$\operatorname{char}K\ne2$ とし
$$
f(x)=x^2+bx+c
$$
とします。平方完成すると
$$
4f(x)=(2x+b)^2-(b^2-4c).
$$
判別式 $\Delta=b^2-4c$ の平方根を添加すれば
$$
f(x)=
\left(x-\frac{-b+\sqrt\Delta}{2}\right)
\left(x-\frac{-b-\sqrt\Delta}{2}\right)
$$
と分解します。
$\operatorname{char}K\ne2$ とする。$f=x^2+bx+c\in K[x]$ の分解体は
$$
K(\sqrt{b^2-4c})
$$
である。判別式が $K$ の平方なら次数1、平方でなければ次数2である。
上の解の公式から、二つの根は $K(\sqrt\Delta)$ に属します。逆に二根を $r_1,r_2$ とすれば
$$
r_1-r_2=\sqrt\Delta
$$
なので、根が生成する体は $\sqrt\Delta$ を含みます。従って分解体はちょうど $K(\sqrt\Delta)$ です。$\Delta$ が平方なら $\sqrt\Delta\in K$。平方でなければ $x^2-\Delta$ は根をもたない二次式なので既約で、拡大次数は2です。□
例えば $x^2-2$ の $\mathbb Q$ 上の分解体は $\mathbb Q(\sqrt2)$ です。一方、$x^2+1$ は $\mathbb R$ 上では $\mathbb C=\mathbb R(i)$ を分解体としますが、$\mathbb C$ 上ではすでに分解しているので分解体は $\mathbb C$ 自身です。分解体は多項式だけでなく基礎体にも依存します。
実数の三乗根を $\alpha=\sqrt[3]{2}$、1の原始三乗根を
$$
\omega=\frac{-1+\sqrt{-3}}2
$$
とします。三つの根は
$$
\alpha,\qquad \omega\alpha,\qquad \omega^2\alpha
$$
です。従って分解体は
$$
L=\mathbb Q(\alpha,\omega)
$$
です。
$x^3-2$ の $\mathbb Q$ 上の分解体 $L$ は次数6をもつ。
$x^3-2$ は Eisenstein の判定法を素数2について適用できるので既約です。従って
$$
[\mathbb Q(\alpha):\mathbb Q]=3.
$$
$\mathbb Q(\alpha)$ は $\mathbb R$ の部分体なので、非実数 $\omega$ は含まれません。$\omega$ は $x^2+x+1$ を満たすため
$$
[\mathbb Q(\alpha,\omega):\mathbb Q(\alpha)]=2.
$$
塔の法則より
$$
[L:\mathbb Q]=2\cdot3=6.
$$
□
根を一つ加えた $\mathbb Q(\alpha)$ は次数3ですが、まだ残り二根を含みません。分解体は「一つの根を含む体」より大きくなり得ます。この差が、後に正規性という概念になります。
$f\in K[x]$ の次数を $n\ge1$、その分解体を $L$ とする。このとき
$$
[L:K]\le n!.
$$
根を一つずつ加えます。最初の根 $\alpha_1$ の最小多項式は $f$ の既約因子なので次数は高々 $n$。$K(\alpha_1)$ 上で一次因子を除いた残りは次数 $n-1$ なので、次に加える根の最小多項式の次数は高々 $n-1$ です。同様に続けると、塔の法則により
$$
[L:K]\le n(n-1)\cdots2\cdot1=n!.
$$
途中で複数の根が同時に入れば不等号は真に小さくなります。□
この $n!$ は後に、Galois群が $n$ 個の根の置換群へ入ることと対応します。ここではまだ自己同型を使わず、根を添加する各段の次数だけから上界が出ています。
$f_1,\ldots,f_r\in K[x]$ に対し、すべてを同時に一次式の積へ分解する最小の有限次拡大が存在する。それは積
$$
f_1\cdots f_r
$$
の分解体である。
積の根全体は、各 $f_i$ の根全体の合併です。従って積の分解体はすべての $f_i$ を分解し、それらの根全体で生成されます。逆にすべての $f_i$ が分解する体では積も分解します。分解体の最小性から結論します。有限次性は分解体の存在定理によります。□
$f=x^4-2\in\mathbb Q[x]$ とし、$\alpha=\sqrt[4]{2}>0$ とする。$f$ の分解体が $\mathbb Q(\alpha,i)$ であり、次数が8であることを示せ。
根は
$$
\alpha,-\alpha,i\alpha,-i\alpha
$$
なので分解体は $\mathbb Q(\alpha,i)$ です。$x^4-2$ は素数2について Eisenstein なので
$$
[\mathbb Q(\alpha):\mathbb Q]=4.
$$
$\mathbb Q(\alpha)\subseteq\mathbb R$ なので $i\notin\mathbb Q(\alpha)$。$i$ の最小多項式はこの体上でも $x^2+1$ であり、塔の法則から
$$
[\mathbb Q(\alpha,i):\mathbb Q]=2\cdot4=8.
$$
□
$f=x^3+x+1\in\mathbb F_2[x]$ が既約であることを示せ。根を一つ $\alpha$ とすると、$\mathbb F_2(\alpha)$ の8元を列挙し、この体ですでに $f$ が分解することを示せ。
$f(0)=1$、$f(1)=1+1+1=1$ なので根をもちません。三次式が可約なら一次因子をもつため、$f$ は既約です。従って
$$
\mathbb F_2(\alpha)=
\{a+b\alpha+c\alpha^2\mid a,b,c\in\mathbb F_2\}
$$
であり、具体的には
$$
0,1,\alpha,\alpha^2,1+\alpha,1+\alpha^2,
\alpha+\alpha^2,1+\alpha+\alpha^2
$$
の8元です。関係式 $\alpha^3=\alpha+1$ を使うと
$$
\alpha^4=\alpha^2+\alpha,
$$
$$
f(\alpha^2)=\alpha^6+\alpha^2+1
=(\alpha^3)^2+\alpha^2+1
=(\alpha+1)^2+\alpha^2+1=0.
$$
さらに $f$ の $x^2$ の係数は0なので三根の和は0、従って第三の根は $\alpha+\alpha^2$ です。実際
$$
f=(x+\alpha)(x+\alpha^2)(x+\alpha+\alpha^2)
$$
と分解します。ゆえに一根を添加した体が分解体です。□
$x^4-1$ の $\mathbb Q$ 上、$\mathbb R$ 上、$\mathbb C$ 上の分解体をそれぞれ求めよ。
根は $1,-1,i,-i$ です。$\mathbb Q$ 上では $i$ だけを加えればよいので $\mathbb Q(i)$。$\mathbb R$ 上では $i$ を加えて $\mathbb C$。$\mathbb C$ 上ではすでに全根を含むので $\mathbb C$ 自身です。□
$(x^2-2)(x^2-3)$ の $\mathbb Q$ 上の分解体を求め、その次数が4であることを示せ。
根は $\pm\sqrt2,\pm\sqrt3$ なので分解体は
$$
L=\mathbb Q(\sqrt2,\sqrt3)
$$
です。$[\mathbb Q(\sqrt2):\mathbb Q]=2$。もし $\sqrt3\in\mathbb Q(\sqrt2)$ なら $\sqrt3=a+b\sqrt2$ と書けます。平方して
$$
3=a^2+2b^2+2ab\sqrt2.
$$
$1,\sqrt2$ の一次独立性から $2ab=0$。$a=0$ なら $b^2=3/2$、$b=0$ なら $a^2=3$ となり、いずれも有理数 $a,b$ では不可能です。従って第二段の次数も2で、$[L:\mathbb Q]=4$ です。□
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