1-3 係数体を替えると何が変わるか

$$$$

ベクトルは同じでも係数が違う

「$1$ と $i$ は独立か」という問いには、係数をどこから取るかを指定するまで答えがない。実係数なら独立だが、複素係数なら $i\cdot1-1\cdot i=0$ という関係がある。この違いは表記上の細部ではなく、次元・固有値・対角化を変える。

スカラーを制限する

スカラー制限

$K$ が $L$ の部分体で、$V$ が $L$ 上のベクトル空間であるとする。ベクトルの加法を変えず、スカラー倍に使う数を $K$ に限ることで得られる $K$ 上のベクトル空間を、$V$ の $K$ への**スカラー制限**という。

たとえば $\mathbb{C}$ は $\mathbb{C}$ 上では基底 $\{1\}$ をもつ一次元空間である。$\mathbb{R}$ へスカラー制限すると基底は $\{1,i\}$ となり二次元である。

拡大体上で独立なら部分体上でも独立

$K\subset L$ とし、$V$ を $L$ 上のベクトル空間とする。$v_1,\ldots,v_n$ が $L$ 上線形独立なら、スカラー制限した $V$ で $K$ 上線形独立である。

$a_1,\ldots,a_n\in K$ が
$$ a_1v_1+\cdots+a_nv_n=0 $$
を満たすとする。$K\subset L$ だから各 $a_j$ は $L$ の元でもある。$L$ 上の線形独立性により $a_1=\cdots=a_n=0$ である。よって $K$ 上でも線形独立である。

逆は成り立たない。$1,i\in\mathbb{C}$ は $\mathbb{R}$ 上独立だが、$\mathbb{C}$ 上従属である。

同じ数の組でも独立性が変わる

$\{1,\sqrt2\}\subset\mathbb{R}$ を考える。有理数 $a,b$ について
$$ a+b\sqrt2=0 $$
なら、$b\ne0$ とすると $\sqrt2=-a/b\in\mathbb{Q}$ となり矛盾する。よって $a=b=0$ であり、$\mathbb{Q}$ 上独立である。
一方、実係数を許せば
$$ (-\sqrt2)\cdot1+1\cdot\sqrt2=0 $$
なので $\mathbb{R}$ 上従属である。

固有値も係数体に依存する

実行列
$$ A=\begin{pmatrix}0&-1\\1&0\end{pmatrix} $$
を考える。$Av=\lambda v$ を満たす非零実ベクトル $v=(x,y)^t$ があるとすると
$$ -y=\lambda x,\qquad x=\lambda y. $$
これらから $x=-\lambda^2x$ を得る。$x=0$ なら第一式から $y=0$ となるので、固有ベクトルが非零であることに反する。したがって $x\ne0$ であり、$\lambda^2=-1$ が必要である。実数にはそのような $\lambda$ がない。
しかし複素数上では固有値 $i,-i$ があり、
$$ A\begin{pmatrix}1\\-i\end{pmatrix} =i\begin{pmatrix}1\\-i\end{pmatrix},\qquad A\begin{pmatrix}1\\i\end{pmatrix} =-i\begin{pmatrix}1\\i\end{pmatrix}. $$
したがって $A$ は $\mathbb{R}$ 上では固有値をもたず、$\mathbb{C}$ 上では対角化できる。

次元はどう変わるか

スカラー制限と次元

$K\subset L$ を有限次拡大とし、$V$ を有限次元 $L$ ベクトル空間とする。このとき
$$ \dim_K V=[L:K]\dim_L V $$
である。ここで $[L:K]:=\dim_K L$ である。

$u_1,\ldots,u_m$ を $L$ の $K$ 基底、$v_1,\ldots,v_n$ を $V$ の $L$ 基底とする。$mn$ 個のベクトル
$$ u_iv_j\qquad(1\le i\le m,\ 1\le j\le n) $$
が $V$ の $K$ 基底であることを示す。
任意の $v\in V$ は $v=\sum_j a_jv_j$ と書ける。各 $a_j\in L$ は $a_j=\sum_i c_{ij}u_i$、$c_{ij}\in K$ と書けるので
$$ v=\sum_{i,j}c_{ij}u_iv_j. $$
よってこれらは $V$ を $K$ 上生成する。
次に $\sum_{i,j}c_{ij}u_iv_j=0$ とする。$v_j$ の $L$ 上の独立性から、各 $j$ について $\sum_i c_{ij}u_i=0$ である。さらに $u_i$ の $K$ 上の独立性から、すべての $c_{ij}=0$ となる。よって $u_iv_j$ は $K$ 上独立である。したがって次元は $mn$ である。

線形代数学での運用原則

  • 基底・次元・階数を述べるときは、必ず係数体を固定する。
  • 固有値が存在すると決めつけず、特性多項式が係数体上で根をもつか確認する。
  • $\mathbb{R}$ から $\mathbb{C}$ へ移ると、解や固有値は増えうる。独立性は失われうる。
  • 元の体へ戻るときは、複素固有値や複素基底から得た結論が実ベクトルについて何を意味するかを翻訳する。

演習

複素空間の実次元

$\mathbb{C}^n$ を実ベクトル空間とみたとき、次元が $2n$ であることを具体的な基底を挙げて示せ。

解答

$e_1,\ldots,e_n$ を標準基底とする。このとき
$$ e_1,ie_1,e_2,ie_2,\ldots,e_n,ie_n $$
が実基底である。任意の $z=(a_1+b_1i,\ldots,a_n+b_ni)$ は
$$ z=\sum_{j=1}^n a_je_j+\sum_{j=1}^n b_j(ie_j) $$
と実係数で表せる。右辺が0なら各座標の実部・虚部を比較してすべての係数が0となるので独立である。

次ページでは、係数体に根が存在するという仮定を正確に言い分ける。

参考文献

Mathpediaは寄付と、参考文献の書籍リンク(Amazonアソシエイト)の紹介料で運営されています。 支援について / 寄付する

前ページへ
体とGalois理論 ― 拡大・分離性・正規性・Galois対応から一般五次方程式までの表紙
次ページへ