線形写像を有限個の数だけで完全に記録するには、何を並べればよいだろうか。
このページでできるようになること
基底の像を列に並べて行列表示を作り、写像の合成を行列積へ翻訳できるようになる。
線形写像は基底を選ばなくても定義できますが、具体的に計算するには座標が必要です。このページでは、行列を線形写像そのものではなく、選んだ二つの基底の間の「翻訳表」として導入します。この見方によって、基底を変えると数値は変わっても、写像の本質は変わらないことが分かります。
$V$ の基底 $B=(v_1,\dots,v_n)$ と $W$ の基底 $C=(w_1,\dots,w_m)$ を選びます。$T(v_j)$ の $C$ に関する座標を第 $j$ 列に並べた行列を $[T]_{C\leftarrow B}$ と書きます。すると
$$[T(x)]_C=[T]_{C\leftarrow B}[x]_B.$$
この等式は、行列の積が線形写像の合成に対応する理由でもあります。
入力の座標展開へ線形性を適用し、出力座標が列の線形結合になることを示す。
$T\colon V\to W$、$S\colon W\to X$ を線形写像とし、$V,W,X$ の基底をそれぞれ $B,C,D$ とする。このとき
$$
[S\circ T]_{D\leftarrow B}
=
[S]_{D\leftarrow C}[T]_{C\leftarrow B}.
$$
任意の $x\in V$ に対して
$$
\begin{aligned}
[(S\circ T)(x)]_D
&=[S(T(x))]_D\\
&=[S]_{D\leftarrow C}[T(x)]_C\\
&=[S]_{D\leftarrow C}[T]_{C\leftarrow B}[x]_B.
\end{aligned}
$$
一方、行列表示の定義から
$$
[(S\circ T)(x)]_D=[S\circ T]_{D\leftarrow B}[x]_B.
$$
二つの行列はすべての座標ベクトル $[x]_B$ に同じ作用をする。特に標準基底ベクトルを順に代入すれば各列が一致するので、行列そのものが等しい。
入力の座標展開へ線形性を適用し、出力座標が列の線形結合になることを示す。
同じ空間 $V$ の二つの基底 $B,B'$ に対し、$P$ を $B'$ 座標から $B$ 座標への変換行列とする。線形変換 $T:V\to V$ の行列は
$$[T]_{B'}=P^{-1}[T]_BP$$
を満たす。
任意の $x$ について $[x]_B=P[x]_{B'}$ です。したがって
$$[T(x)]_{B'}=P^{-1}[T(x)]_B=P^{-1}[T]_B[x]_B=P^{-1}[T]_BP[x]_{B'}.$$
すべての座標ベクトルについて成り立つので行列が一致します。
この関係を相似と呼びます。階数、行列式、固有多項式は相似で変わらず、基底に依らない写像の性質を表します。
$T(x,y)=(x+y,y)$ を標準基底で表すと
$A=\begin{pmatrix}1&1\\0&1\end{pmatrix}$ です。新基底 $B'=((1,0),(1,1))$ では
$P=\begin{pmatrix}1&1\\0&1\end{pmatrix}$ なので $[T]_{B'}=P^{-1}AP=A$ です。この例では写像自身が基底変換行列と同じ形をもちましたが、一般には行列の数値は変わります。
$D\colon\mathbb{R}[t]_{\le2}\to\mathbb{R}[t]_{\le2}$、$D(p)=p'$ とします。標準的な基底
$$
B=(1,t,t^2)
$$
では
$$
D(1)=0,
\qquad D(t)=1,
\qquad D(t^2)=2t
$$
なので
$$
[D]_B=
\begin{pmatrix}
0&1&0\\
0&0&2\\
0&0&0
\end{pmatrix}.
$$
別の基底
$$
C=(1,1+t,(1+t)^2)
$$
を取ります。
$$
D(1)=0,
$$
$$
D(1+t)=1,
$$
$$
D((1+t)^2)=2(1+t).
$$
したがって
$$
[D]_C=
\begin{pmatrix}
0&1&0\\
0&0&2\\
0&0&0
\end{pmatrix}.
$$
この例では、変数を $t$ から $1+t$ へ平行移動した形の基底を選んでも、微分の規則が同じ形で見えました。基底の選択は単なる記号変更ではなく、写像の規則が見やすい座標を探す操作です。
入力の座標展開へ線形性を適用し、出力座標が列の線形結合になることを示す。
$A'=P^{-1}AP$ で $P$ が可逆なら
$$
\dim\ker A'=\dim\ker A,
\qquad
\dim\operatorname{im}A'=\dim\operatorname{im}A.
$$
$A'x=0$ であることは
$$
P^{-1}APx=0
$$
と同値である。左から $P$ を掛けると
$$
APx=0.
$$
したがって $x\mapsto Px$ は $\ker A'$ から $\ker A$ への線形写像である。$P$ は可逆なので逆写像は $y\mapsto P^{-1}y$ であり、核どうしは線形同型である。よって次元が等しい。
また
$$
\operatorname{im}A'
=\{P^{-1}APx\mid x\}
=P^{-1}(\operatorname{im}A)
$$
である。$P^{-1}$ の制限は $\operatorname{im}A$ から $\operatorname{im}A'$ への線形同型なので、像の次元も等しい。
同じ写像の行列成分は基底によって変わりますが、核や像の次元は変わりません。後に行列式と固有多項式も相似で変わらないことを、それぞれの性質から証明します。
同じ数表でも、基底を指定しなければどの線形写像を表すかは決まらない。逆に、同じ線形写像でも基底が違えば異なる数表になる。「行列が等しい」と「線形写像が同じ」を混同せず、定義域と終域の基底を記録する必要がある。
$D\colon\mathbb{R}[t]_{\le2}\to\mathbb{R}[t]_{\le1}$ の行列を、定義域の基底 $(1,t,t^2)$ と終域の基底 $(1,t)$ に関して求めよ。
$D(1)=0$、$D(t)=1$、$D(t^2)=2t$。それぞれの終域基底に関する座標を列に並べるので
$$
[D]=\begin{pmatrix}0&1&0\\0&0&2\end{pmatrix}.
$$
同じ線形写像でも基底を替えると行列表示は変わります。次のページでは、旧座標と新座標の変換を追跡し、同じ自己準同型の行列が相似変換で結ばれることを証明します。
抽象的な働きと具体的な行列を往復できる。微分も通常の行列計算で扱える。
次へ持ち越す問い
この見方を、次のページではより広い対象またはより計算しやすい形へ移す。
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