交わらない二直線のように方程式が解けないとき、「最も近い答え」を数学的に決められるだろうか。
このページでできるようになること
内積から長さ・角度・直交を作り、誤差を測る準備ができるようになる。
$Ax=b$ に解がないとき、数学は「解なし」で終わるのだろうか。長さと直交を導入すると、最も近い答えを一意に選べる。内積から直交射影、最小二乗、QR分解までを一つの問題として追う。
連立方程式 $Ax=b$ に解がなければ、これまでは「解なし」で終わっていた。しかし測定誤差を含むデータでは、$Ax$ が $b$ に最も近くなる $x$ を知りたい。そのためにはベクトルの長さと角度を代数的に測る必要がある。
実ベクトル空間 $V$ 上の 内積 とは、各 $x,y$ に実数 $\langle x,y\rangle$ を対応させ、次を満たす写像である。
$$\|x\|=\sqrt{\langle x,x\rangle}$$
をノルムという。正定値性より $\|x\|\ge0$ で、$\|x\|=0$ と $x=0$ は同値である。また
$$\|ax\|^2=\langle ax,ax\rangle=a\overline a\langle x,x\rangle=|a|^2\|x\|^2$$
だから $\|ax\|=|a|\|x\|$ である。$\langle x,y\rangle=0$ のとき $x,y$ は直交するといい、$x\perp y$ と書く。
内積の公理からノルムを定義し、正定値性が零距離を正しく判定することを確認する。
$x\perp y$ なら $\|x+y\|^2=\|x\|^2+\|y\|^2$ である。
$$
\|x+y\|^2
=\langle x,x\rangle+\langle x,y\rangle
+\langle y,x\rangle+\langle y,y\rangle.
$$
$\langle x,y\rangle=0$ なら $\langle y,x\rangle$ もその共役で $0$ だから、中央の二項が消える。
$M$ を実対称正定値行列とする。このとき
$$\langle x,y\rangle_M=x^\mathsf TMy$$
は内積である。例えば $M=\operatorname{diag}(2,1)$ なら $(1,1)^\mathsf T$ の長さは標準内積では $\sqrt2$、この内積では $\sqrt3$ である。内積は、どの方向をどれだけ重く測るかという追加構造である。
正定値を外すと長さにならない。$x_1y_1-x_2y_2$ は対称双線形だが、零でない $(1,1)$ と自分自身との値が $0$ になるため内積ではない。
$x=(1,2,-1)^\mathsf T$、$y=(2,0,2)^\mathsf T$ とする。
$$\langle x,y\rangle=2+0-2=0,$$
よって直交する。また $\|x\|^2=6$、$\|y\|^2=8$、$x+y=(3,2,1)^\mathsf T$ だから
$$\|x+y\|^2=14=6+8$$
となり Pythagoras の等式を確認できる。
$x\perp y$ かつ $x\perp z$ なら、任意のスカラー $a,b$ に対して $x\perp(ay+bz)$ であることを示せ。
複素数の場合、第2変数の共役線形性より
$$\langle x,ay+bz\rangle=\overline a\langle x,y\rangle+\overline b\langle x,z\rangle=0.$$
実数の場合は共役を外せば同じ計算になる。
ノルムが距離として働くには三角不等式が必要である。次ページでは、その核心となる Cauchy–Schwarz の不等式を等号条件まで含めて証明する。
解の有無だけで終わらず、近さを最適化する問題へ進めるようになった。
次へ持ち越す問い
この見方を、次のページではより広い対象またはより計算しやすい形へ移す。
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